「病院・施設を利用される方々や働き手、誰もがありのままに、お互いを尊重し合うこと」――平成医療福祉グループは、2023年4月に発表した「ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)宣言」にこの一節を記しています。そして、同年12月には新理念「じぶんを生きる を みんなのものに」を制定し、「私たちは医療福祉のトップランナーになり、誰もが、どんな時も、自分らしく生きられる社会の実現を目指します」というビジョンを掲げました。
並べてみると、D&I宣言とグループのビジョンの言葉は響き合っているように思われます。「もちろん、我々が掲げるビジョンのなかにはD&Iも含まれています」と、同グループ代表・武久敬洋さん。では、「誰もが、どんな時も、自分らしく生きられる社会の実現」に向けて、医療・福祉の現場からどのようなアプローチが考えられるのでしょうか。武久さんにじっくり聞かせていただきました。
<プロフィール>
武久敬洋(たけひさ・たかひろ)
平成医療福祉グループ代表。徳島県神山町在住。3人の子どもの父。2010年、平成医療福祉グループへ入職。以降、病院や施設の立ち上げなどに関わりながら、グループの医療・福祉の質向上に取り組む。2022年、グループ代表に就任。共同編集した著書に『慢性期医療のすべて』(2017 メジカルビュー社)がある。
ダイバーシティは属性だけの話ではない
日本で「ダイバーシティ」という言葉が広まったのは、2000年代に入ってから。「ダイバーシティ経営」(経済産業省*)や「ダイバーシティ・マネジメント」のように、主に企業・組織のイノベーションと結びついて使われています。しかし、ダイバーシティという言葉の歴史を紐解くと、1960年代アメリカの公民権運動のなかで、人種、性別、肌の色や宗教による差別や不平等の解消を目指すなかで光を当てられた言葉でした。その後、ビジネスにおける人材活用や組織づくりの観点で注目されるようになり、日本ではダイバーシティの原点が伝わらないままビジネス用語として普及したという経緯があります。
* 経済産業省「ダイバーシティ経営の推進」
平成医療福祉グループでは、「差別や不平等の解消を目指す」という本来の意味も含めて、ダイバーシティという言葉を捉えています。患者さんの「じぶんを生きる」に向き合うことの延長線上に、ダイバーシティ&インクルージョンを位置付けているからです。
武久さん「当グループの理念『じぶんを生きる を みんなのものに』に沿って言えば、患者さんや利用者さん、職員も『そのままで尊重されている』ことが必須になりますから。一般的にはダイバーシティは、性別、国籍、人種、年齢、SOGI、障がいなど、ある意味でわかりやすい属性の多様性を指すことが多いのですが、もっとグラデーションのなかにあるような無数の多様さだと思うんです。たとえば、職場のダイバーシティであれば『この仕事に合わないね』『人づきあいが苦手だね』みたいなことも含めて、『どうすればお互いに問題なくそのままでいられるか』をみんなで考えていけたらといいな、と」。

武久さんは、久保明教著『内在的多様性批判』(作品社)から「このバラバラな世界をバラバラなままでつなぐために」というフレーズを引用しながら、「ほんとに難しすぎるんですよねえ」とつぶやきました。
「より多様になるということは(中略)それぞれの生きる世界がバラバラになっていく」ことです。しかし、多様性の尊重は「正しいこと」と認められる一方で、「どこまでの多様性を認めるのか」と多様性を押さえ込む議論も起きています。そして、社会の「秩序」を維持する範囲に収まる「多様性」という言葉が、多様性の尊重を否定するものとして現れるという矛盾が生じます。
岩渕功一氏は、「(誰もが)あるときは特権的な立場に位置していても、他の場合にはそうではなく周縁化される立場にいる」*と指摘しています。「自らの立ち位置の複数性と可変性」への気づきは、無意識的にマジョリティとして生きていた自分を捉え返し、他者の関係性を解きほぐしていくことを促します。武久さんが、ダイバーシティに向き合う原点もまた、「自らの立ち位置の複数性と可変性」を意識せざるを得なかった“個人的な体験”にありました。
*岩渕功一著『多様性とどう向き合うかーー違和感から考える』岩波新書
誰もがマイノリティであり、マジョリティでもある
武久さんは、平成医療福祉グループ代表であり整形外科医ですが、若い頃にDJとして活動していたそうです(現在も不定期で活動中)。「あの頃は、どこにいても居心地がよくなかった」と振り返ります。

武久さん「僕の好きな音楽を好きな人は少なく、DJとしてはものすごい狭い層にしか評価されないんです。しかも音楽の世界では医師はマイノリティで、あまりいい印象をもたれていない。社会一般で言えば、僕は『特権』をもつ側ですが、自分が居たいと思う場所では常にマイノリティになってしまう。ずっと、複雑で微妙な位置にいたような気がします」。
この“個人的な体験”は武久さんが自らのうちにマイノリティの視点を育みました。そして今、全国に100を超える病院・施設を有する医療福祉グループの代表として、医療・福祉の世界のダイバーシティを考える足場のひとつになっています。
もし、このような体験がなければ、武久さんは「特権」に意識的になれなかったかもしれません。
出口真紀子氏は、マジョリティのもつ「特権」を自動ドアになぞらえています。たとえば、「病院に行きたい」と思えばあたりまえのように通院できるのは、この自動ドアが開く人です。さらに、「自分と似たような属性の人が周りにいるから、自分に『特権』があるという認識になかなかつながりにくい、という構造がある」と言います*。武久さんは、医療業界に見られる「均一性」が、特権に対する無自覚さの一因ではないかと見ています。
* 2022年度三重県 管理職人権教育研修会講演記録「マジョリティ側の『特権』を可視化し、教育現場で生かすには」(講師 出口真紀子氏)
武久さん「医療者の“その人らしさ”が見える方が、患者さんや利用者さんも“その人らしさ”を出しやすいのではないでしょうか。海外には、かっこいい革ジャン着てバイクに乗って登場する医師もいるようですが、全然それでいいと思うんです。日本の医療者は、“医療者らしさ”を過剰に演じすぎていて、“その人らしさ”があまり表に出てこない。しかも、みんなが医療業界に合わせていくので、よりいっそう個性が目立たなくなる感じもあって。他業界からいろんな人を採用してきたのも、業界の常識に染まっていない人と一緒に働くことによって、こうした均一性を緩ませたいという意図もありました」。


2024年4月、同グループが実施した「すべての介護・福祉施設の職員(厨房内業務を行う職員を除く)の服装自由化」も、職員と利用者さんの間にある「ケアする側・される側という垣根を壊す」ことを目指しての決断でした。


同グループの「おうち診療所 神山」では、医師である武久さんも看護師や療法士も私服で勤務しており、スタッフは武久さんを「代表」「先生」ではなく「たかちゃん」と呼んでいます。職種間のヒエラルキーのない状態のなか、それぞれが専門性を重ね合いながら患者さんに向き合っています。患者さんと医療者も、とてもフラットに関係しています。ある日、診察を終えた武久さんは、「ところで、先生はいつ来るんですか?」と患者さんに聞かれたこともあるそう。日常に溶け込んだ、やわらかな診察のようすが伝わるエピソードです。
病院にひそむ差別構造を解きほぐす
病院では、医師、看護師、介護士、介護福祉士、社会福祉士、薬剤師、療法士、管理栄養士など、さまざまな国家資格を有するスタッフが医療チームを組んで働いています。しかし、各々の専門性や職種間のヒエラルキーにより、フラットな議論が難しいという課題があります。2022年3月以降、同グループでは、病院における上下関係や職種間の垣根を超えてフラットな関係づくりをするために、患者さんに関わるすべての職種の制服の統一を進めています。
武久さん「このヒエラルキー構造を認めることは、精神疾患のある人たちや障がいのある人、あるいは認知症の人を差別する構造を認めることにもつながります。組織としてこの構造を徹底的に排除する必要があります。また、差別的な気持ちを100%もたなくするのは無理だとしても、少なくとも差別的な言動によって人の尊厳を奪うことがない状態にはしたいですね」。

差別はさまざまなかたちで現れます。「女性だから昇進させない」というのはわかりやすい女性差別ですが、「全国転勤を昇進の必須条件とする」というのはどうでしょうか? 中立的な基準のようでいて、実は育児・介護中の人(主に女性)を排除する、間接的な差別になりえます。あるいは、同性婚を法的に認めないことは、相続や税制、医療同意などの面で不利益を生む、制度的な差別だと言えます。D&Iにおいては、研修などによる意識改革と同時に制度的なアプローチも必須です。
武久さん「まずは、ダイバーシティを理解しやすい環境を整えることも大事だと思うんです。当グループの精神科病院 大内病院の認知症専門病棟では、建て替え後に一夜にして身体拘束を撤廃しました。身体拘束をしている状況のなかで『身体拘束をやめましょう』と言うよりは、すでに身体拘束がない世界のなかで患者さんのケアを考えるほうがいい。まずは環境の変化を投げかけて、差別のない関係づくりを促すことも大事だと思います」。

医療の世界は、枝分かれした診療科ごとに高度に専門化してきました。また、患者さんを検査結果のデータによって「正常/異常」を振り分けて疾患を特定し、特定の部位の治療やリハビリが行われます。「枠組みで人を見る文化と高度・専門化の流れのなかでケアの視点を失ってきたんだよね」と武久さんは繰り返し語ります。全人的な医療を目指している同グループでは、総合診療専門研修プログラム「HMW総診」を立ち上げて、総合診療医の育成にも着手しました。
武久さん「ダイバーシティは、当グループの理念に深く関わると同時に、ケアの概念にもつながるものです。当グループでは今、『ケアとは、じぶんを生きるを支えるすべての営み』と定義しています。ダイバーシティもその条件のひとつ。人を属性や条件で評価しないように意識しながら、誰もがどんなときも自分らしく生きられる状態を目指し続けたいですね」。
ダイバーシティを極めるとケアに至る
特集「排泄ケア・リハビリテーション」では、「入浴や排泄ケアを同性介助に徹底する難しさ」に触れました。同性介助が理想だとわかっていても、人員配置が不足しやすい夜間には異性介助になるケースは少なくないそうです。取材では「異性介助は不適切だとわかっていても、自信をもってダメだと言い切れなくなる」こともあり、定期的な自己点検によって認識の歪みを修正する重要性が語られていました(現行の介護保険制度の限界も指摘されています)。

武久さん「ケアする側の立場にいる人が、お世話を必要とする人をちょっと見下すことがあると思うんですね。施設への通所・入所の必要がない方に異性介助をすることはまずありません。なのに、入所者さんには“不適切なケア”をしてもいいことになってしまうのは、ケアがマニュアル化された”作業“になってしまっているからだと思います」。
「患者さんのために」「利用者さんのために」と思って仕事をしているはずなのに、日々の業務に追われるうちに不適切なケアをしてしまうーーそこには、ケアする側とされる側の間に潜む差別が見え隠れします。前述の取材では「しかたがないと思考停止せず、利用者さん一人ひとりのことを考える時間をつくる」重要性も指摘されていました。
武久さん「患者さんや利用者さんを知ろうとしなければ、『じぶんを生きる を みんなのものに』はできません。この人はどんな人で、どう感じていて、今はどんな状態なのか。どんなことをしたいんだろう?と知ろうとしてはじめて、『じゃあ、自分はこういうサポートをしよう』とケアができる。我々の理念を突き詰めるとそこに至ると思います」。

本特集の記事で、LGBTQ+の人たちの医療サービス利用時の困難に触れましたが、こうした具体的な課題を解決するD&I推進室の取り組みも、「じぶんを生きるを支えるすべての営み」としてのケアの一環として捉えられます。
武久さん「まるっと取り組みを進めるには、やっぱりケアの視点をもつ人を増やす必要があります。ケアの技術というよりは、ケアの視点の方ですよね。ものすごくケアの視点が高い人は、相当に差別をしなくなっている人だと思います。『どうすればこの人は幸せになれるだろうか』を考えている人は、まず差別なんてしませんよね。今、当グループが一番大事なものとしてケアを置きはじめたことも、理念やダイバーシティにつながっています。個別の課題に取り組むことと、全体としてのケアを盛り上げることを同時に進めているところです」。
D&I推進室が進めているLGBTQ+に関する取り組みや、看護部や介護福祉事業部が力を入れている認知症ケアの研修などは、それぞれに具体的な課題解決を目指すと同時に、そのプロセスを通じてケアの視点の獲得、差別の解消につながることも期待されています。
グループ代表としての武久さんは、「スタッフのケア」にも目を向けています。
武久さん「ケアできる人はケアされている人なんだろうなと思うんです。自分は誰からもケアされていないと思っている人は、誰かをケアすることになりにくい。だから、組織としてはまず第一にスタッフをケアする姿勢をちゃんと示すことが大事だと考えています。サービスを提供してその対価を得るという発想ではなく、自然とケアが循環するような状況をつくっていきたいです」。

今回は、たくさんのテーマを重ね合わせながら考える記事になりました。
過去2年間にわたって制作してきた特集記事を振り返ると、いずれも「じぶんを生きるを支えつづける」というケアの概念に基づくD&Iの取り組みとしても捉え直せます。また、「ケアの循環をつくる」という考え方は、ケアする側とケアされる側に生じる分断や差別をなくし、お互いに「じぶんを生きるを支えつづける」関係性へとひらかれていく可能性を感じました。
インタビューをしているとき、武久さんは「こんなことを言っている僕も行動に出さないだけで、無意識のうちに差別しているんだろうなと思う」と自省しながら真摯に言葉を紡いでいました。そのような姿勢こそが、誰かの尊厳を守ることにつながるのだと思います。
日々の生活や仕事に追われるなかで、「差別」や「ダイバーシティ」を考えるのはしんどいと感じる人もいるかもしれません。でも、「ケアの循環をつくる」という視点に立つなら、D&Iは自分と自分が大切に思う人たちを含めた「みんな」をあたたかい世界に導く考え方だと言えます。この記事を読んだ人が、そんな気持ちになってくれていたらとてもうれしく思います。
プロフィール

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)、『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』(晶文社)など。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。





