寝たきりや認知症などで、常時介護が必要となった要介護3以上の高齢者が入所する介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)。ここで、食事や入浴、着替え、移動、排泄の介助と、利用者さんの生活全般をサポートするのが施設の介護士です。施設でのケアの質は、その人のQOL(Quality of Life, 人生、生活の質)にそのまま直結する点で、利用者さん一人ひとりに寄り添い、その人に合わせたケアを行うことが求められています。
特に排泄は、健康なうちは他者の目に触れないところで、自立して行うことが当然とされているため、それを他者に委ねることは精神的苦痛や羞恥心を伴います。排泄ケアは、こうした心情をおもんばかり、利用者さんの自尊心や尊厳を傷つけることがないよう十二分な配慮をしたうえで行われなければなりません。しかしそれは、施設を取り巻く現状と照らし合わせると、決して簡単なことではありません。
本記事では、施設における排泄ケアのあり方と尊厳を守るケアの本質、そして、今まさに検討中の今後の取り組みについて、平成医療福祉グループ介護福祉事業部 部長の前川沙緒里さんと同グループのヴィラ町田 副施設長でケアアドバイザーの白井あかねさんに伺いました。
<プロフィール>
前川 沙緒里(まえかわ・さおり)
平成医療福祉グループ 介護福祉事業部 部長。社会福祉士。2001年、博愛記念病院に入職。複数の介護・福祉施設を経験し、ヴィラ勝占の施設長を務めたほか、介護施設の立ち上げに携わる。現在は介護福祉事業部部長として、高齢者介護施設や障害者支援施設の運営サポートを行う。
白井 あかね(しらい・あかね)
介護老人福祉施設「ヴィラ町田」副施設長/ケアアドバイザー。介護福祉士。療養型病院に長く勤めたあと、平成医療福祉グループの取り組みに感銘を受け、2011年5月、ヴィラ町田の立ち上げスタッフとして入職。施設での業務に加え、ケアアドバイザーとして、関東エリア6施設の人材育成・指導にも携わる。
目指すのは「スタッフと一緒にトイレに行って排泄ができる」こと

平成医療福祉グループでは「じぶんを生きる を みんなのものに」というミッションのもと、「個人の意思とその人らしさを尊重する」行動指針(Action)の一つとして「自分の意思でトイレに行き排泄することを目指します」と定めています。
介護老人福祉施設(以下、施設)は、治療やリハビリを目的とする病院と異なり、入所者さんが必要な介護やサポートを受けながら生活を送るための生活の場です。2015年4月の介護保険法改正により、原則として自宅での生活が困難な「要介護3〜5」の方々が入所対象となりました。最も介護度が低い「要介護3」の方であっても移動は車イスでないと難しく、すべてに何かしらの介助が必要だとされています。そのため、施設における「トイレで排泄する」とは、「要介護3〜4」の利用者さんが「スタッフと一緒にトイレに行って排泄ができる」ことを指します。具体的には、どのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
まず、利用者さんが入所した2週間後に入所時アセスメントを行います。ヴィラ町田では、施設独自のカンファレンスシートを用意。施設にいる介護士、療法士、看護士、管理栄養士や歯科衛生士らが利用者さんの情報を書き込み、それを元に、今後のケアの方針を決定します。検討内容は食事、入浴、移動など生活全般に渡り、もちろん排泄についても含まれます。例えば、病院から直接入所する方はおむつを着けていることがほとんどですが、「本当におむつでなければならないのか」についても、この段階で検討するそうです。
前川さん「施設で過ごしているようすを見ていると、なんでおむつだったんだろうと思う人もいます。尿道留置カテーテルが入っている状態で来られても、全然抜けるよねという人もいます。でも、考えるきっかけをつくっていかないと、おむつで来た人はおむつのまま、カテーテルが入っている人は入ったままということになってしまいかねないんですね。2週間後のアセスメントは、その人にとって本当に必要なケアは何かを考える、最初のきっかけになっています」。
さらに、入院中は寝たきり状態だった人でも、施設での生活そのものがリハビリになり、ADL(Activities of Daily Living、日常生活動作)が上がっていくことも。さらに、排泄に関連する薬の量を調整したり、簡単なリハビリメニューを生活に組み込んだり、食事内容を検討したりすることで、おむつからリハビリパンツに移行できたり、トイレに行けるようになるケースもあるそうです。
白井さん「ただし、要介護5以上の寝たきりの方、座位を取るのが難しくトイレに座ることができない方など、トイレでの排泄が難しい方もいます。そういった方は全介助となり、おむつに排泄してもらうことになります」。
前川さん「おむつへの排泄が不快であることは間違いありません。でも、方法がそれしかない人もいるので、おむつをゼロにしましょうとか、おむつをなくすことを最終目的にしてしまうのは、ちょっと違うと思うんですね。おむつの不快をいかに減らしていくかは、トイレで排泄するのと同じぐらい大切で、それこそ当て方やパット選び、座位や体勢によっても不快は減らせるんです」。
同様に、管が身体にずっとついている状態は不快であるという考えのもと、尿道留置カテーテルについても、入所後に必ず1度は抜去にトライしています。病院では「抜けない」と判断された人でも抜去できるケースは少なからずあります。無理だと決めつけず、どうすれば不快を減らせるかを第一に考えることが大切なのです。
排泄の自信がつくと、普段の様子もガラッと変わる

ただし、「自分でトイレに行く」ことだけが最適解ではありません。なかには、トイレに行くことを苦痛に感じる人や、体を動かすときに強い痛みを伴うからおむつにしてほしいという人もいます。「どうしたいか」は人それぞれで、一人ひとりの意思を尊重しながら適切な排泄ケアを手探りしていくところにも、排泄ケアの難しさがあります。
白井さん「いちばん難しいのは、身体機能には問題がなくても、認知症でトイレに行きたいと言えなかったり、トイレの認識ができなくなっている方の介助です。そういった場合は、介護士が常にその人の動きや反応、表情を見て、そろそろトイレに行きたいのかな、歩きはじめたらトイレを探してるんだろうなと感じ取って誘導するようにしています。ただ、一日中その人だけを見ているわけにはいかないので簡単ではない。悩ましいところです」。
一方で、ずっとおむつを着けている人でも、トイレに座ってみると生理反応で自然と排泄できることもよくあるのだそう。そのため、決して無理はしないものの、トイレで排泄することを目指す視点を完全になくすことはありません。
前川さん「体が動かなくても、介助が必要であったとしても、そこはやっぱり目指すというか。おむつで排泄しないと仕方がないと思っていた人が、トイレに行ってできたとなると『トイレに行きたい! 職員さんも助けてくれる! やる!』って前向きに思えるようになるんです。そうすると、ご飯がちゃんと食べられるようになったり、不穏になることが減って認知症の症状が改善することもあります。排泄の自信がつくことで、普段の様子がガラッと変わる人はすごく多いんですね。それを見ていると、トイレで排泄するって本当に大切だなと思います」。
排泄の成功は、その人の生活に対するモチベーションを上げていく効果もあるのです。また、ケアのことだけを考える施設ならではの排泄支援のあり方もあると感じています。
前川さん「ある施設で、すごく大好きな男性の職員さんがいるおばあちゃんがいました。その方が『その職員とデートに行きたい』って言うんですね。だから『デートに行くんだったら、トイレは自分でできたほうがいいですよね。がんばってみましょうか?』と提案したんです。その結果、その方はすごくがんばって、自分でトイレに行けるようになって、本当にその男性職員と近くのショッピングモールにデートに行ったんです。『生活の中にある排泄』という視点で『気持ちから変える』という関わり方ができるのが施設のいいところ。コミュニケーションをとって、その人のことを徹底的に知り、寄り添う。ケアはすべて、そこからだと思います」。
排泄を他人に助けてもらうことへの複雑な思いを忘れない

しかし現実として、一人ひとりに寄り添った排泄ケアを実践するのは難しい側面もあるようです。
例えば入浴や排泄は、同性介助が理想です。しかし、現在の制度と人員では、日中はなんとか同性介助ができても、夜や早朝は異性介助となってしまうことがあります。完全に同性介助にしようと思うとそれ相応の加配をしなければならず、そうなると経営的にも厳しくなってしまいます。それ以前に、人材不足で十分な人員を確保することも困難です。
前川さん「うちのグループの病院ではないのですが、友人のおばあちゃんが入院したときに、当たり前のように入浴介助や排泄介助に男性がいたそうなんです。そのおばあちゃんは、それが嫌で嫌で泣いて帰りたいと言って、結局家に帰ったそうです。その話が、私はずっと記憶に残っています。排泄を人に助けてもらうことに対する複雑な思いは、本人がはっきりおっしゃらなかったとしても当たり前にあるんだというところは絶対に忘れちゃいけない。とはいえ、完全に同性介助にすることは難しい現実もある。どうしたらいいのか、ずっと考え続けています」。
理想と現実のギャップがあるからこそ、今できることを模索していくしかない。その中で、白井さんが大切だと痛感しているのが「適切なケアとは何かを定期的に振り返る」ことです。
白井さん「高齢者虐待防止の研修で、神奈川県が出している『不適切なケアの自己点検シート』を題材にして、アンケートに回答してもらったんですね。その中の項目に『男性が女性の入浴介助をすることは不適切かどうか』という質問がありました。これはもちろん不適切なケアです。でもみんな、答えに迷っちゃうんですね。本気で異性介助が適切だと思っているわけではありません。ただ、解決できずに異性介助になっている現状があるので、自信を持ってダメだと言い切れなくなっているんです。だから、年に何回か自己点検を行って認識の歪みを修正していくことが大切なんですね」。

前川さん「この仕事を選んだ以上、言葉数が少ない職員でも、話せば根底に『利用者さんのために』という思いが必ずある。でも、利用者さん一人ひとりのことだけを考える時間が、現場は本当にないんですね。そこで、仕方がないと思考停止せず、どうしたらいいかを話し合って考える時間をつくることは、とても重要です」。
そのためにも今後やっていきたいのが、カンファレンスやケース会議の場で、利用者さんについて徹底的に話し合う時間を設けることです。「それだけでケアの内容がぐっと変わってくると思います」と白井さん。
これもまた、現実には簡単ではありません。現場は常に忙しくて時間の余裕がなく、カンファレンスやケース会議ではやるべきことも定められているからです。
白井さん「私たちは、利用者さんが何を思っているかを考えることしかできないんです。それが合っているかもわかりません。でも、考えなくなったら尊厳はたぶん守れない。これでいいのかな、その人にとってどうなのかなと考え続けることが、尊厳を守ることだと思うんです」。
尊厳とは、具体的な行動によって守るだけではないのです。「利用者」ではなく「ひとりの人」として接し、大切に思うことが、なによりその人の尊厳を守ることにつながります。
思いで行動は変わる。だから諦めない

前川さんは「介護職の専門性は、利用者さんがどうやったら少しでも幸せに過ごせるのかを永遠に考え続けること」だと言います。それは、2024年に制作された「HMW VISION BOOK 2024」にも通底しているマインドであり、実際、施設で働く職員からは「ビジョンブックを読んで、私たちが思っていたケアのあり方は間違ってないと思えた」と言われることもあるそうです。
前川さん「それを聞いて、言葉にするって大事だなと思いました。だから来年度は、ビジョンブックの思いを、より現場に即した形でどう行動に落としていくかを考えて、伝えていきたいと考えています」。
介護福祉事業部では2024年度、施設職員の技術向上と育成のために、手技や手順をまとめたマニュアルを作成しました。やるべきことや必要な技術は可視化され、現場の実践にも活かされている一方、グループとして目指すケアのあり方を伝えるのが先だったのでは、とも感じているそうです。そこで、順番は逆になりましたが、介護福祉事業部の職員と白井さんをはじめとするケアアドバイザー8名、全国の介護施設の施設長らに呼びかけ、ガイドを制作する予定です。
前川さん「排泄について勉強してみたいスタッフはいるし、排泄ケアがこうなったらいいのにという思いは、みんなあると思います。ただそれを行動としてどこまでできるかというと、個が思っているだけでは難しくて。だから、自信をもって仕事ができるように、グループとしての方針を打ち出してあげることが必要だなと。いずれはグループ内に同じ思いをもつ人が増えて、その人が自分の働く施設の中でそれを伝えていってくれるといいなと思います」。
2024年11月には、関西で2名、関東で2名の施設職員(介護福祉士3名、看護師1名)がPOOマスターの資格を取得しました。今後もグループとして、資格取得希望者がいれば支援していくそう。より良い排泄ケアのための足がかりは少しずつ築かれています。
前川さん「私は、思いで行動は変わると思っているので。諦めたらそこで終わる。だから、常に今が本当にいいのかを問い続け、考え続けていきたいと思います」。
尊厳の回復や生きるモチベーションに直結するのが「生活の中の排泄ケア」です。そのあり方は多様で、明確な正解はありません。だからこそ、大切なのは利用者さんの本心に寄り添い、悩み、考えながらも、真摯に接する「思い」の部分。ガイドが完成したあと、現場がどのように考え、変化し、どのような排泄ケアの形が育まれていくのか。近い将来、特集記事で取り上げたいと思います。
プロフィール

ライター
平川友紀
ひらかわ・ゆき
フリーランスのライター。神奈川県の里山のまち、旧藤野町で暮らす。まちづくり、暮らし、生き方などを主なテーマに執筆中。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。