リハビリテーションの原点は、歩行自立より「口から食べて、トイレに行って排泄すること」。特集「排泄ケア・リハビリテーション」2本目の記事は、平成医療福祉グループのリハビリテーション部による排泄リハビリテーションを取り上げます。
同グループのリハビリテーション部では、「排泄や食事の自立は患者さん本人の尊厳を保ち、自信の獲得にもつながる」という考えのもと、積極的な排泄リハビリテーションに取り組んできました。その中心となっているのが、排泄リハビリテーションチーム(以下、排泄リハチーム)です。
今回は、排泄リハチーム発足の経緯、調査・研究によって実証された排泄リハビリテーションの効果、病棟での取り組みを推進する排泄ケアコーディネーターの活動について、印西総合病院の理学療法士 佐藤翔さん、濱谷美穂さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
佐藤翔(さとう・しょう)
印西総合病院リハビリテーション部 部長、理学療法士。2011年、博愛記念病院に入職。2015年、印西総合病院に異動とほぼ同時に排泄リハチームに参加。
濱谷美穂(はまや・みほ)
印西総合病院リハビリテーション部 理学療法士。2017年、印西総合病院に入職。排泄リハチームが開催した排泄ケアコーディネーター育成研修を受講し、以降5年間にわたり排泄ケアコーディネーターとして活動している。
なぜ、排泄自立をリハビリテーションの原点に置くのか
平成医療福祉グループでは、前代表の時代から「口から食べて、トイレに行って排泄する」という人間としての尊厳を優先的に改善させることを重要視してきました。しかし当時、療法士を育成する専門学校や大学における、排泄リハビリテーションに関する教育は充分とは言えず、「臨床現場において効果的な介入が行えているか」に疑問があったそうです。こうした背景のもと、2015年9月に発足したのが排泄リハチーム。排泄リハビリテーションの取り組みの統一化と質の向上に向けて動きはじめました。
印西総合病院の理学療法士・佐藤翔さんは、排泄リハチーム発足直後にメンバーとして参加したひとりです。

佐藤さん「理学療法士のなかには、いかに患者さんをベッドから起こして歩行して筋トレするかをメインに思っている人も多くて。でも、歩行自立より前に、トイレに行こうとして失禁していたり、おむつを着けて『ベッドの上でおしっこしていいよ』と言われる人の気持ちをないがしろにしてしまっていることは大きな課題です。また、FIM*の13ある運動項目のうち、更衣(下半身)、トイレ動作、排尿管理、排便管理、移乗(ベッド・椅子・車椅子)、移乗(便座)、移動(歩行・車椅子)の7項目までが排泄行為に関連しています。トイレに介入することは日常生活動作(ADL, Activities of Daily Living)の回復につながることを実感しています」。*機能的自立度評価法、Functional Independence Measureの略。日常生活動作の評価に用いる。
折しも、2016年の診療報酬改定において「排尿自立指導料(現在の排尿自立支援加算)」が新設され、社会的にもリハビリテーション介入による下部尿路機能の回復が注目されはじめていました。排尿自立指導料の算定要件には、医療機関内に医師、看護師および理学療法士または作業療法士から構成される「排尿ケアチーム」の設置が義務付けられたのですが、排泄リハチームはそれに先んじた取り組みとなりました。
排泄リハチームは、各病院の取り組みの状況を把握してデータを集積したり、研修会を行ったりしています。また、女性特有の体の構造や失禁症状などウィメンズヘルスケア部門での活動、おむつを外すための対策フローの提案、便に対する症状(便秘や便失禁等)の対策立案など、排泄障がいの回復に向けたさまざまな取り組みを進めています。
排泄障がいのタイプに合わせた訓練プログラム
排泄リハチームは、同年10月からは各種ガイドラインを参考に、系統的な排泄障がいタイプ別の訓練プログラムなどのマニュアルを作成。グループ内の各施設で、排泄リハビリテーションがはじまりました。

まず、入院時のアセスメントで療法士が患者さんやご家族に聞き取りを行い、排泄障がいがある場合はどのタイプに該当するかを評価。その後、カンファレンスで医師、看護師、介護士に評価の結果を共有して、職種ごとに関与する方法を話し合います。残尿測定やカテーテルの管理は看護師、生活指導やトイレ誘導の声がけなどは介護士が担当します。
失禁には、お腹に力が入ったときに漏れる「腹圧性尿失禁」、急に尿意が起きてがまんできず漏れてしまう「切迫性尿失禁」、尿が少しずつ漏れ出る「溢流性尿失禁」、排尿機能は正常だけど身体機能の低下や認知症によって失禁する「機能性尿失禁」に大別されます。
佐藤さん「意外と、歩行訓練やトイレ誘導をしているだけで失禁が改善することはあるんです。そういう成功体験から、適切な評価を行わなくなるのが課題になっています。そうではなく、病理病態を把握して、一人ひとりの患者さんが該当する失禁パターンを評価したうえで、必要な環境設定や訓練などを行い、その経過を追っていくことが大事です」。
力を入れているトレーニングのひとつが骨盤底筋訓練(PFMT, Pelvic Floor Muscle Training)です。骨盤底筋とは、骨盤の下部(底)に位置する筋肉の総称です。複数の筋肉の集合体であることから「骨盤底筋群」とも呼ばれています。妊娠や出産、加齢、運動不足によって骨盤底筋が弱くなると、内臓が下がって骨盤内にある膀胱が押されて頻尿や尿漏れなどの排泄障がいが起きやすくなります。

佐藤さん「骨盤底筋訓練は、とりわけ腹圧性尿失禁や切迫性尿失禁の改善に効果があります。訓練には、筋肉を強化するだけでなく、排泄に適した骨盤底筋の使い方を知っていただくという目的もあります。ただ、デリケートな場所にある筋肉ですので、触診や視診をさせてもらいにくく、効果を確認しにくいという課題があります。印西総合病院では、骨盤底筋群の収縮を可視化して、力の入れ方を体感していただけるバイオフィードバック療法の機材を導入しています」。
バイオフィードバック療法では、親指大のプローブ(圧力計)を膣または肛門に留置して、患者さんと一緒に骨盤底筋の動きや筋力の強さをモニターで確認しながら、正しい筋肉のつかい方を練習することができます。

佐藤さん「腹筋が強いと骨盤底筋がうまく収縮できなくて、腹圧で尿漏れが起きてしまうことがあります。お腹に貼った電極パットで腹筋、膣または肛門に留置した圧力計で骨盤底筋の動きを同時にモニタリングすると、どこに力が入っているのかを可視化できるので本当に効果が出るなと思います。ただ、バイオフィードバック療法は可視化したデータを見て理解できる方が対象ですので、認知症の方には他の訓練をしてもらいます。また、圧力計を留置することに対する忌避感があったり、痛みを感じたりする患者さんには実施しません」。
排泄リハビリテーションにおいては、患者さんの気持ちを優先しながら、それぞれに適した方法でアプローチすることもとても大切なことなのです。
排泄リハビリテーションの効果を実証する
排泄リハチームは、2016年3月から9カ月をかけてグループ内の各施設を訪問し、マニュアルに沿った排泄リハビリテーションの実施状況を確認するアドバイザー活動「排泄リハラウンド」を実施しました。各施設のトイレに一つひとつ入って、手すりや介助バーの有無、便器の様式や高さなどを確認。トイレ環境の改善を提案したり、マニュアルの使い方や困難症例の相談に乗ったりしたそうです。
佐藤さん「療法士の多くは、臨床に入って初めておむつ交換やトイレ誘導を経験することになります。入職時には必ず『自分でトイレができないのはどれほど苦しいか』を理解してもらう研修を行い、患者さんのQOLを大事にしながらリハビリテーションに取り組んでもらうよう伝えています」。
同時に、排泄リハビリテーションの効果を検証するための調査・研究にも着手。2015年10月から半年間、同グループの病院において膀胱直腸リハを集中的に実施した126名を対象に、膀胱直腸障害に対するリハビリテーションの効果を検証しました。開始時と終了時における尿便意の有無、おむつ使用の有無、入退院時のFIMの総合得点、トイレ動作などを比較調査した結果、いずれの項目においても改善が認められました*。
*津江尚幸、他:膀胱直腸障害に対するリハビリテーションの効果検証, JMC 10: 69-74, 2017

佐藤さん「2018年に行った調査では、尿失禁のタイプ別の訓練プログラムを強化して実施するか否かをランダム化した比較試験で、排泄リハビリテーションの臨床的効果を検証しました。*。特に機能性尿失禁においては有意に減少することが認められ、尿失禁の残存は通常のリハビリを行っている群が47%だったのに対し、排尿リハ強化群は28%まで減少。FIMの下衣更衣項目、移動項目でも有意に改善することがわかりました。データとして排尿リハビリテーションの効果を示せたことは大きな手応えになりました」。*津江尚幸、他:排尿リハビリテーションの臨床的効果ーー他施設共同ランダム化比較試験, 総合リハ 49: 173-179, 2021
この調査結果をまとめた論文「排尿リハビリテーションの臨床的効果ーー多施設共同ランダム化比較試験」は、2022年に掲載誌『総合リハビリテーション』にて第30回総合リハビリテーション賞を受賞。「排尿リハビリテーションの強化がFIMの改善にもつながる可能性を示した」と高い評価を受けました。
病棟の取り組みを推進する排泄ケアコーディネーター
排泄リハチームでは、排泄ケアコーディネーターの育成と各病院への設置にも取り組んでいます。印西総合病院の理学療法士・濱谷美穂さんは、5年前から排泄ケアコーディネーターとして活躍しています。
濱谷さん「排泄ケアコーディネーターになったのは、佐藤部長に声をかけていただいたのがきっかけでした。その後、排泄リハチームの研究に関わったり、勉強会に参加させてもらったりするなかで、自分自身としても排泄リハビリテーションに興味をもつようになりました」。
排泄ケアコーディネーターは、病棟で排泄リハ係を担当する理学療法士、作業療法士と連携しながら、排泄機能に関わる評価や訓練、適切な下着形態の選択、トイレ環境の整備などを話し合いながら、改善すべき課題に取り組む役割。前記事で取り上げた、尿道留置カテーテル(以下、尿道カテーテル)の抜去に向けた働きかけも行っています。

濱谷さん「ADLが上がってきて、離床時間も長くなってきた患者さんについて、担当の医師や看護師の方に『尿道カテーテルを抜きませんか?』『そろそろ抜けませんかね』と働きかけたり。できるだけ早期に抜去できるように地道に活動を重ねています」。
佐藤さん「排泄リハチームが発足した当時は、尿道カテーテルの留置は医学的にも必要な治療だという考え方が強くありました。でも、絶対に必要な時期が終われば、尿道カテーテルはできるだけ早く抜くほうがいい。ただ、尿道カテーテルを抜いた後に尿が出るかどうかは、抜いてみないとわからないので、なかなか医師の理解を得られないこともありました。幸いにも、当時院長だった原崎弘章先生(現・印西総合病院 名誉院長)が抜去に対して前向きだったので、病院全体に『尿道カテーテルを抜こう』という風潮ができてきました」。
印西総合病院では、多職種が参加する「排尿ケアチーム会議」を隔週で開催するほか、各病棟でも「排尿ミーティング」を毎週開催。病棟の各階から集まったメンバーが、難しい症例について情報を共有して話し合っています。

濱谷さん「症例のアセスメントを話し合ったりして、少し活気が出てきたところです。看護師さんに尿道カテーテルが入っている理由を改めて聞くと『この人は抜けそうだね』となることもあります。他職種の方たちの意見を求めるときは、背景情報やデータを示しながら『どう思いますか?』と問いかけて一緒に考えて、巻き込んでいくことを意識しています」。
患者さんの排泄障がいの解決という目標を共有し、職種間の壁を超えて議論ができるようになれば、より良い排泄ケア、排泄リハビリテーションを目指すことができます。また、排尿ケアチーム会議のように、定期的に多職種で意見を交わす場は、病棟スタッフの排泄障がいに対する意識を高めるうえでも大切な機会になっています。
あきらめずに布パンツを目指す理由
排泄障がいのある患者さんが一番望んでいるのは「トイレに行きたいときに行ける環境ではないか」と佐藤さんは言います。トイレ介助に対して「申し訳ない」という気持ちを抱いてしまい、トイレのために人を呼びにくい患者さんも多いのです。
佐藤さん「患者さんがトイレという問題を解決したいと思えるかどうかは、介助する我々が患者さんの気持ちをどのくらい配慮できるかも大きく関わってくると思います。失禁しているけれど、尿取りパット内で出ているからおむつでいいと言われる患者さんも意外といらっしゃって。でも、下部尿路に問題があるかどうかきちんと評価をせずに、リハビリパンツやおむつにしてしまうことがそもそもの間違いだと思います。患者さんもまた『入院したら、リハビリパンツやおむつになるもの』だと考えている方が多いのですが、そう考えさせる状況そのものを変えて、布パンツへの移行を最終目標にしたいと考えています」。
排泄リハチームは、入院した時点でできるかぎり患者さんにリハビリパンツを履いてもらってトイレの練習をはじめ、「失禁がなくなれば布パンツを目指しましょう」と説明。実際に、布パンツに移行できる患者さんも多くいるそうです。

佐藤さん「患者さんたちは『人に迷惑をかけたくない』『汚したパンツを家族に洗濯してもらうのが申し訳ない』などと、どうしても負の感情が先行してしまいます。だからこそ、失禁がなくなったらなるべく早く布パンツに移行してトイレに行ける自信をもってもらうことが重要だと考えています。そのためにも、療法士全員が布パンツを着用するメリットを患者さんに説明できる状態になっておく必要があります」。
近年のリハビリパンツは履き心地も良くなり、価格も下がってきています。利便性の面からも「リハビリパンツでいい」と考える患者さんやご家族もいると思うのですが、それでも布パンツを目指そうとする理由は何でしょうか?
佐藤さん「入院中のリハビリでトイレに行けるようになっても、ご自宅に戻られた後に状態が悪くなる方もいます。たとえば肺炎を起こして発熱したら、またトイレに行けなくなることもあります。布パンツを履いていたら、何かあってもリハビリパンツでトイレに行ける状態を保てるという心理的な安心感があることが、布パンツを目指す一番のメリットだろうと考えました。グループ内の議論を経て、利便性やコストではなく心理的な面を第一に考えて布パンツを目指そうという結論に達しました」。
また、施設へ退院した場合も、リハビリパンツや布パンツを履いていれば、トイレで排泄ができる状態で過ごせるのも大事なポイントです。というのも、おむつを外すための取り組みや積極的なトイレ誘導をしていない施設もあり、おむつのまま入所するとそのままになってしまう可能性が高いからです。入院中のリハビリで、できるだけ高い位置付けの下着形態を目指しておくべき理由はここにもあります。
尿道カテーテルの抜去、排尿できるかどうか、失禁があるかどうか、下着形態のステップアップ、ひとりでトイレに行けるかどうかーー排泄障がいの解決には、さまざまな段階があります。「布パンツを目指す」ということは、「失禁せずにトイレに行ける」ということ。高い目標ではありますが、病院内のすべての職種で共有できたら今よりも実現に近づくはず。排泄リハチームや排泄ケアコーディネーターたちが、他職種に働きかけながら一人ひとりの患者さんに向き合う、地道な取り組みの先その高い目標に手が届く日が来るに違いありません。
次の記事では、排便ケアの専門家・pooマスターにお話を伺います。
プロフィール

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。