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ポリファーマシーはなぜ起きる?薬の種類と量を適切にするために

ポリファーマシー2024.06.27

ポリファーマシーという言葉を聞いたことがあるでしょうか?「Poly(多い)」と、「Pharmacy(薬剤)」が合わさった造語で「多剤内服」「多剤服用」などとも言い、「複数の薬の服用により副作用などの有害事象が起こり得る状態」を意味します。とりわけ、高齢者の医療において深刻な問題になっています。


ポリファーマシーはなぜ起こるのか。どうすれば防ぐことができるのか。今回はこの問題の背景と平成医療福祉グループのポリファーマシー 対策の取り組みを、前後編2本の記事で取り上げます。前編となる本記事では、問題の構造的な背景を、同グループのポリファーマシー対策を中心となって進めてきた薬剤部長の秋田美樹さん、医師の坂上祐樹さんに伺いました。

(取材・執筆:大越裕、撮影:生津勝隆、構成:杉本恭子)

<プロフィール>
秋田美樹(あきた・みき)
平成医療福祉グループ薬剤部 管理部部長、医薬品管理センター センター長。東京都東村山市出身。調剤薬局に勤務後、2009年に緑成会病院に入職。

坂上祐樹(さかがみ・ゆうき)
平成医療福祉グループ経営企画医師、海外事業部長。長崎県島原市出身。2006年長崎大学卒業。長崎県五島中央病院で初期研修後、厚生労働省に入省。長崎の離島で医師偏在を課題として臨床研修制度の見直しに取り組み、診療報酬改定や災害医療の整備を手掛け2017年に同グループに入職。

年齢とともに増えていく薬剤の種類、大丈夫?

人間は高齢になるにつれ、身体に不調を感じやすく持病も増えていきます。あちこちの病院にかかるうち、薬の種類と量がどんどん増えてしまうことも少なくありません。厚生労働省のデータ(社会医療診療行為別調査、2022年)によると、60歳以上で5剤以上を処方される人は約27%、70歳以上では40%以上にも。みなさんのなかにも、ご家族が処方された薬の量を見て「こんなにたくさんの薬を飲んで大丈夫?」と思ったことがある方もいるかもしれません。

実際に、高齢者は5剤以上を服用すると、ふらつきや転倒が起きやすくなるという報告もあります。転倒は、骨がもろくなっている高齢者にとっては重大なリスクです。また、薬の種類によっては、せん妄や鬱症状のほか、食欲低下や便秘などの排泄障害が起きることも。しかし、医療関係者の間で、その問題性がようやく広く認識されるようになったのは10年ほど前から、国をあげての取り組みはこの数年の間に動きはじめたばかりです。

厚生労働省は2016年度以降、薬の適正使用と必要に応じた減薬の促進を目的とする診療報酬の改定を進め、医療機関はポリファーマシー対策を求められるようになりました。また同省は、2018年に「高齢者の医薬品適正使用の指針」を策定。ポリファーマシーによる有害事象を防ぐとともに、国民医療費全体の約6割も占める高齢者医療費の効率化に乗り出しました。

高齢者への処方頻度が高く、漫然とした投与に気を付けたい薬剤。

高齢者ほどポリファーマシーは問題になる

一般には、5剤以上が処方されるとポリファーマシーの可能性が高くなるとされています。日本老年医学会で発表された研究によれば、転倒などの薬物有害事象は、6種類を超えると15%ほど跳ね上がることがわかっています。しかし、厚生労働省のガイドラインでは、「一律の剤数/種類数のみに着目するのではなく処方内容の適正化が求められる」と明記されています。つまり単純に数で判断するのではなく、処方薬の中に潜在的に不適切な薬が含まれているかどうかが問題なのです。

同グループでは、6剤以上からポリファーマシーのリスクが高まると考え、処方薬の内容を見直しながら、5剤を上限としてできる限り少ない処方数とすることを目指しています。

ところで、65歳以上の高齢者のポリファーマシーが特に問題となるのはどうしてでしょうか? 同グループ薬剤部 管理部部長、秋田美樹さんは「薬剤は身体にとって異物である」という前提から説明してくれました。

秋田さん「薬剤は体内に入ると肝臓で代謝され、腎臓から尿などの経路で排出されます。異物を排出するわけですから、当然、腎臓や肝臓といった臓器には負担がかかります。その負担をかけても薬を飲むメリットのほうが大きいのであれば良いのですが、必要ない薬をずっと飲み続け、肝臓や腎臓に負担をかけ続けるのは患者さんの健康に大きな不利益をもたらします」

また高齢になればなるほど、肝機能や腎機能が低下し、水分量の減少、体脂肪の変化により、体に負担がかかっていきます。

秋田美樹さん。平成医療福祉グループ薬剤部 管理部部長、医薬品管理センター センター長。
秋田さん「食事に例えれば、若いときはビフテキやカツ丼のようなこってりした油っぽいものをペロリと食べられても、歳をとると胃腸にやさしい、蕎麦みたいなあっさりしたもののほうが好きになります。それに量も食べられなくなりますよね。でも薬は、大人と子どもでは処方量が明確に分けられていますが、大人になったら何歳になっても同じ量が処方されます。薬剤の説明書には『高齢者に処方する際は注意すること』と書かれているのですが、では、どれぐらいの量を出せばいいか、具体的な指示はごく一部をのぞきどこにもないのです」

さらに年齢とともに血液中の「アルブミン」というタンパク質の量が減ることも影響します。アルブミンは、カルシウム、亜鉛、銅などの微量元素や、脂肪酸、ホルモンなどと結合し、体が必要とする目的部位へ運搬する機能があります。アルブミンが減ると、代謝や内分泌のバランスが崩れ、免疫力が低下するなど、さまざまな体調悪化につながります。薬剤の中にはアルブミンと結合する薬があり、アルブミン量が低下している高齢者では、薬の作用が強くあらわれます。

副作用を抑えるために別の薬が出される「処方カスケード」

そもそも、高齢者のポリファーマシーが起きる主要因は、複数の医療機関にかかる人が多いことにあります。秋田さんが、ひとつの例を挙げて説明してくれました。

秋田さん「ある70代の男性が内科クリニックにかかっていて、定期的に血圧や高脂血症の薬とともに、胃薬をもらっていたとします。その人があるとき庭で作業していて腰を痛めてしまった。そこで近所で評判のいい整形外科に行くと、ロキソニンやボルタレンなどの痛み止めが処方されました。それらの鎮静剤は胃を荒らしますので、胃を保護する薬も同時にもらいます。すると、内科の胃薬と重複してしまうわけです」

ポリファーマシーの影響は身体とともに精神にも及びます。たとえば、鎮静剤のチアプリドという薬は、神経伝達物質のドーパミンに作用して攻撃性や興奮を抑える効果があるため、認知症の患者さんに処方されることがあります。しかし、服用を続けるともの忘れや鬱、ふらつき、パーキンソン症状、排尿障害、便秘、嚥下障害を引き起こすことがあります。

ロキソプロフェン(販売名:ロキソニン)は鎮痛解熱剤としてよく知られているが、胃を荒らしてしまう副作用がある。
胃の消化性潰瘍に使う薬であるファモチジンOD錠は副作用でせん妄を起こすことがある。上記、ロキソニンの副作用を抑えるためにファモチジンOD錠が処方され、その副作用によるせん妄を抑えるために…と処方が重なることを「処方カスケード」という。

ほかにも胃の消化性潰瘍に使う薬であるファモチジンOD錠も、副作用でせん妄を起こすことがあります。胃腸薬を飲む方にすれば、まさか意識に影響を与えるとは思いません。しかし精神状態に影響を与える成分が含まれる胃腸薬は複数あり、実は注意が必要です。頻尿を改善するために投与される、抗コリン作用を持っているソリフェナシンコハク酸塩という薬も、転倒やふらつきを起こしやすくします。こうした薬の副作用が、さらなるポリファーマシーを招くことも珍しくないと秋田さんは言います。

秋田さん「医師や薬剤師が、処方された薬でふらつきや転倒などの副作用が起きていると気付けばいいのですが、気づかないとふらつきを抑えるためにほかの薬をさらに処方してしまうことがあります。あるいは、薬の副作用で便秘になっているのに、それを改善するために便秘薬を処方したりすることも。このように処方がどんどん増えていく『処方カスケード』もまた、ポリファーマシーでよく見られる現象の一つです」

日本の医療・制度が抱える構造的な問題も一因に

ポリファーマシー が起きる背景には、日本の医療が抱える構造的な問題もあります。

医師が出した処方せんに従って薬剤を調合し、薬を患者さんに渡すのは、多くの場合、病院のすぐ近くにある薬局(いわゆる門前薬局)です。患者さんが持ってきたお薬手帳を薬剤師が見て、重複する薬を見つけたら処方したドクターに連絡をとり、出す必要があるかを確認すれば、重複投与や処方カスケードは未然に防げます。しかし秋田さんは、「現状では門前薬局の薬剤師がそのような対応をとるのは難しいと思います」と語ります。

秋田さん「自分の薬局のすぐ側にある、顔を知った医師であれば照会をかけることは難しくないと思いますが、遠方の知らない医院で出された薬については、細かい内容は問い合わせにくいでしょう。外来の患者さんが各病院でどういう診断を受けているかもわかりませんし、自分の判断で薬を減らして万が一何かあったら責任がとれない、という心配もあります」

同グループの経営企画医師、坂上祐樹さんは、グループに入職する前は、厚生労働省で医系技官として10年間勤務していました。国の医療体制のルールづくりに長年携わってきた知見から、「日本の皆保険制度はすばらしいシステムですが、それが結果的にポリファーマシーを引き起こしている現状がある」と指摘します。

坂上祐樹さん。平成医療福祉グループ経営企画医師、海外事業部長。
坂上さん「日本の医療保険制度は、国民の誰もが少ない自己負担で高度な医療を受けられ、国民全体の健康に寄与するすばらしい制度です。しかし同時に、あちこちの病院をお店のように渡り歩いて診断を受ける“ドクターショッピング”をも可能にしてしまうという負の側面もあります。たとえばアメリカでは、民間の医療保険に入っていないと病院の自己負担額がめちゃくちゃ高いので、ドクターショッピングはできません」

それに加え、高齢者の中には、知人と話すために日常的に病院に通い、薬をたくさんもらうのが習慣になっている方も少なくありません。医者の側も、ほかの病院と同じような薬を出しても診療報酬がつくので経営的にプラスになります。患者さんも、薬をたくさん出してくれるお医者さんに通うほうが何となく得した気分になる。その医療保険制度を前提としたもたれあいが、ポリファーマシーの原因のひとつになっています。

年間500億円の医療費が無駄になっている

ポリファーマシーは、この国の医療費の増大にも影響しています。多くの種類と量の薬を医師の処方通りに服用するのは難しく、飲み忘れや自己判断による服用の中断をする人も。大量の飲み残し(残薬)が発生しており、在宅の75歳以上の高齢者の残薬を換算すると、年間500億円以上にものぼると言われています。

坂上さん「ポリファーマシーによる薬剤費の増額が国の医療費にも深刻な影響を与えていることから、厚生労働省でも対策に本腰を入れ始めています。2020年の診療報酬改定では、『入院患者に対して減薬した場合の診療報酬の加算』に踏み込みました。ポリファーマシーを解消するには、入院患者を受け入れる病院と、地域の医療を連携させる必要があります。国もそれがわかっているので、入院時点よりも退院時に薬を減らせたら診療報酬を加算して、病院の経営的なモチベーションを上げようとしているのです」

現在、医療機関同士の連携や、医師・薬剤師間の情報共有の仕組みづくりなどが議論されています。また、調剤薬局に勤務する薬剤師が「かかりつけ薬剤師」となって、市民の身近な医療の相談窓口となっていくことも推進されています。そんななか、同グループでは「入院期間はポリファーマシー解消のチャンスになる」と、2005年9月から独自の取り組みを進めてきました。後編の記事「約20年かけて積み上げたポリファーマシー対策の知見を日本の医療に生かしたい」では、その取り組みについて詳しくお伝えします。

プロフィール

ライター

ライター

大越裕

おおこし・ゆたか

神戸在住。㈱テックベンチャー総研の創業メンバーであるとともに、理系ライター集団、チーム・パスカルの一員として研究者やテクノロジー企業のインタビュー記事を多数手がける。

フォトグラファー

フォトグラファー

生津勝隆

なまづ・まさたか

東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。