dummy

EN

約20年かけて積み上げたポリファーマシー対策の知見を日本の医療に生かしたい

ポリファーマシー2024.06.27

平成医療福祉グループでは2005年9月から、高齢者の心身に大きなリスクをもたらすポリファーマシー(多剤内服)の問題を認識し、その対策を進めてきました。とりわけ、入院期間が平均2カ月にわたる同グループの回復期病院は、減薬をするうえでまたとない機会を提供しています。


ポリファーマシーが起きる構造的な背景をお伝えした前編に続き、本記事では、薬剤師、医師が中心となり多職種が連携しながら、どのようにポリファーマシー対策を進めているか紹介します。

(取材・執筆:大越裕、撮影:生津勝隆、構成:杉本恭子)

<プロフィール>
秋田美樹(あきた・みき)
平成医療福祉グループ薬剤部 管理部部長、医薬品管理センター センター長。東京都東村山市出身。調剤薬局に勤務後、2009年に緑成会病院に入職。

坂上祐樹(さかがみ・ゆうき)
平成医療福祉グループ経営企画医師、海外事業部長。長崎県島原市出身。2006年長崎大学卒業。長崎県五島中央病院で初期研修後、厚生労働省に入省。長崎の離島で医師偏在を課題として臨床研修制度の見直しに取り組み、診療報酬改定や災害医療の整備を手掛け2017年に同グループに入職。

渡部千春(わたなべ・ちはる)
淀川平成病院 薬剤部 主任薬剤師。大阪府大阪市出身。医薬品メーカーの研究開発部で勤務後、回復期リハビリテーション病院で12年勤務。2020年に淀川平成病院に入職。

「足し算の処方」から「引き算の処方へ」

病気が見つかったり、新たな症状が出るたびに薬の種類と数が増えていくーー基本的に、薬剤の処方は「足し算」の考え方で行われます。平成医療福祉グループでは、ポリファーマシー の解消には「足し算の処方」から「引き算の処方」へのシフトが必要だと考え、2005年から減薬に取り組んできました。同グループ薬剤部 管理部部長の秋田美樹さんは、2009年に調剤薬局から同グループに入職した際に、前職までとは違う処方のあり方に驚いたそうです。

秋田さん「当時からグループでは、内服薬が5剤を超える場合は申請書を書く『5剤制限申請書』という制度がありました。よく覚えているのは、入職した直後、ある高齢の患者さんを受け入れたとき、『この薬はいらないよね』と先生に指摘されて『ここでは処方薬を減らすんだ』とびっくりしたことです」

その患者さんは入院前から、脳梗塞のあとに意欲を改善させるために投与されるセロクラールという薬を何年も継続して飲んでいました。セロクラールの説明書には「12週間続けて飲んで効果がなかったらやめること」と注意があります。しかしその効果を責任をもって確認する主治医がいなかったために処方され続けていたのです。このときは、入院を機にセロクラールの服用をやめることができました。

もうひとつ、秋田さんがカルチャーショックを受けたのは、医師から「薬については薬剤師のあなたたちが病院で一番くわしいんだから、どの薬が必要なのか、必要がなければ減薬を提案してほしい」と言われたこと。それまでは、「医師に対して薬を増やす提案はしたことはあっても、減らす提案をしたことはなかった」と語ります。その後の秋田さんは、病棟薬剤師として看護師など他職種と連携しながら患者さんの容態を見守り、必要に応じて医師への減薬や処方の変更を提案するようになりました。

入院時チェックを経て医師に薬剤計画を提案している薬剤師(博愛記念病院にて)

同時に、ポリファーマシーについて研究を進め、2009年には日本慢性期医療学会で同グループの減薬の取り組みを発表。また、2014年に薬剤部長に就任してからは、グループ全体のポリファーマシー対策マニュアルの作成を中心となって行いました。

秋田さん「私が入る以前から平成医療福祉グループの病院では、武久洋三前代表の考えのもと、6剤以上の薬をなるべく処方しないようにしていました。しかし新しく入る医師や薬剤師の中には、多剤服用の弊害についてあまり知識を持っていない方もいらっしゃったことから、武久敬洋現代表と私で、マニュアルを作っていったのです」

以来、同マニュアルは改訂を重ね、現在は第10版が現場で運用されています。

入院初日に薬剤師がすべての持参薬をチェック

同グループのポリファーマシー対策は、患者さんが入院した初日、薬剤師による今飲んでいるすべての薬のチェックから始まります。現場で対応する薬剤師の渡部千春さんは、その様子を次のように語ります。

渡部さん「過去にほかの病院やクリニックで処方してもらった薬はもちろん、薬局で買ったサプリや漢方薬まですべて持参してもらい、一つひとつ薬剤師がチェックを行います。患者さんによっては、大量の薬がパンパンに入ったスーパーのレジ袋をいくつも持ってくる方もいます。それを開けると、10年以上前に処方された薬が入っているなんてこともザラです。私たち薬剤師はそれらすべてを確認して、治療に必要な薬、いらない薬を判断して、仕分けしていきます」

このチェックは原則的に入院当日、担当医が不在の場合でも入院後3日以内に実施することがルール化されています。チェックする対象は病院で処方された薬剤だけではなく、市販されているサプリや漢方薬にも及びます。

秋田さん「『サプリや漢方薬には副作用がない』と思われがちですが、そんなことはありません。例えば神経の高ぶりを抑えて不眠にも使用される抑肝散(よくかんさん)という漢方薬を、患者さんが持ち込まれることがあります。抑肝散に含まれる甘草には血液中のカリウム濃度を下げる有害事象があり、カリウム値が低くなりすぎると不整脈を起こすことがあります」
神経の高ぶりを抑え、不眠にも使用される漢方薬「抑肝散」はカリウム値を下げる有害事象も。薬剤チェックで副作用の影響だと気づかなければ、検査結果を見て「グルコン酸K(カリウムを補給する薬)」を処方することに

薬剤チェックでそのことに気づかなければ、血液検査の数値だけを見て、カリウムを補充する薬を調剤してしまう可能性があります。薬による副作用を、また別の薬で補うことを「処方カスケード」と呼びますが、それを起こさないためにも、この最初の薬剤師によるチェックと評価が非常に重要なのです。

他にもサプリでは、脳の血流をよくする効果があるイチョウ葉エキスと、血液凝固防止薬を飲み合わせると、出血傾向が高まる危険性があります。また抑うつにおすすめされるサプリのセントジョーンズワート(セイヨウオトギリソウ)も、抗うつ剤をはじめ多くの薬と相互作用し、ときに重篤な副作用が出ることから要注意です。

入院時の持参薬チェック。薬剤をひとつずつ確認し、パソコンで「持参薬確認表」を作成する(博愛記念病院にて)

入院時の持参薬チェックが終わると、薬剤師はそれに基づいて「持参薬確認表」を作成。一つひとつの薬剤について継続するべきか否か、薬剤師としての評価を備考欄に書き込み、担当の医師に渡します。医師はその確認表および各種の検査結果をもとに、処方する薬とストップする薬を最終決定します。

薬剤師は、薬のプロフェッショナルとして薬剤変更の提案は行うものの、最終的な処方権をもつのは医師。ポリファーマシーの解消には、医師と薬剤師との連携が必要不可欠です。減薬において薬剤師と協力することの重要性を、医師の坂上祐樹さんは次のように強調します。

坂上さん「医師は自分の専門によって、得意な領域と、あまり知らない領域があります。入院患者さんが以前からずっと飲んでいる薬について、自分がくわしくない病気に対する処方だった場合、『必要だから飲んでるのだろう』とあまり深く考えずに継続の判断をしがちです。しかしだからこそ、薬については医師よりも広く知っている薬剤師のプロとしての意見が、患者さんにとって最適な処方を決定するためにも重要となるのです」
入院時のカンファレンス。患者さんに関わる病棟スタッフが集まって情報を共有する(博愛記念病院にて)

入院期間中は、多職種で定期的に薬の効果を検証

患者さんの入院中には、「多剤内服アセスメント」を複数回行います。継続して飲んでいる薬のすべてについて、本当に期待される薬効を上げているかを薬剤師が評価。その結果にもとづいて継続の必要性について具体的に意見を表に記載し、再び医師に渡します。医師はその意見を参考に、薬の中止・減量・継続・変更の判断を下します。

渡部さん「患者さんが多数訪れ、診療に時間的な制約がある外来診療中心の病院では、一人ひとりについてどんな薬を飲んでいるか、確認するのは困難です。そのため入院は、減薬を行ううえでまたとないチャンスとなります。このグループの病院は、入院期間が2カ月と長いことから、入院中に薬剤の減量や中止による影響を観察することができます」
病棟薬剤師の数が多いことも同グループの特長のひとつ。患者さんと直接コミュニケーションを取りながら薬の効果を確認する(博愛記念病院にて)
薬剤師は患者さんの症状を見ながら、減薬や他の薬への切り替えを提案する

多剤内服アセスメントの結果、患者さんが何年も飲み続けてきた薬を中止することもしばしばあります。

秋田さん「ロキソニンなどの痛み止めを、患者さん自身もすでに痛みがなく、なぜそれを飲んでいるかわかっていないのに漫然と飲み続けていることは珍しくありません。『この薬は必要ないので、減らしますね』と伝えると、『ずっと飲んできた薬なのに、やめて大丈夫ですか?』と不安に思う患者さんもいますが、血液検査などの数値を見せて、必要ないことを丁寧に説明します。実際にやめてみて1〜2週間後の検査結果を説明すると、『飲まなくても問題なかったんだね』と安心されます」

入院中の薬の評価は、多剤内服する薬の数に応じて、5剤以下の場合は3カ月ごと、5剤以上の場合は1カ月ごと、10剤以上は2週間ごとと、頻度を変えて実施しています。多剤内服アセスメントの結果、患者さんが服用する薬が中止・減薬・変更となったときには、その情報を患者さんと接する看護師にカンファレンス等の際に共有。看護師は、患者さんが眠れているかどうか、食事を十分にとれているかなど日々の状態を確認し、何か問題があればすぐに医師・薬剤師へと報告します。

万が一必要な薬を減らしてしまったら、患者さんの健康が損なわれるリスクもあります。だからこそ、医師、薬剤師、看護師はもちろん、食事の摂取状況を見ている管理栄養士や、リハビリテーションを行う理学療法士など、病棟スタッフ全員が協力してポリファーマシーの解消に取り組むことが重要なのです。

坂上さん「入院患者の健康回復にとって、食事から栄養をとることは極めて重要です。薬を減らしても、食事によって栄養摂取を改善することで、病状が良くなることは珍しくありません。グループでは以前から食事に力を入れ、自前で厨房を持ち入院患者さんの嗜好に合わせたメニューを提供することを心がけていますが、それはポリファーマシー対策のひとつにもなっています」

渡部さんは、あるとき坂上さんと薬の処方について話し合うなかで、ハッとしたできごとがあったと言います。

渡部さん「入院していたある患者さんの血圧が低めだったので、坂上先生に血圧を上げる薬の処方を提案したんです。すると先生に『この患者さんは、退院してから何がしたいって言ってるの?』と尋ねられました。その質問を聞いて『そういえば私は、患者さんの退院後の生活について何も知らない』と気づきました」

渡部さんは改めてその患者さんに「退院後は何をするご予定ですか?」と尋ねました。するとその方は、「すでに定年退職しているので、家でゆっくり野球の阪神戦を見るのが楽しみですね」と答えました。

渡部さん「毎日外に働きに出て、身体を動かす生活であれば、低血圧は問題です。でもその方の場合、血圧が低めであっても辛くならないような生活を送っていました。だとすれば、低血圧は改善すべき問題ではありません。本来、薬剤師はそんなふうに一人ひとりの患者さんのライフスタイルに合わせた処方を考えるべきなんだ、と気づかされました」

先駆者として蓄積してきた知見を広めていきたい

患者さんに減薬を提案し、その結果健康状態が改善していくのを見ることは、病棟で働く薬剤師にとって仕事のやりがいにもなっています。

秋田さん「入院時には元気がなかった患者さんが、薬をやめたことで意識や食欲が向上し、リハビリをする気力が出て、すっかり元気になって退院していった方をたくさん見てきました。ご自宅に帰った患者さんのご家族から、『薬が減ってうれしいです。退院した後、お婆ちゃんがすごく話すようになりました』といった声を聞くのが、一番うれしいですね」

坂上さんは、「全国の病院の中でも、平成医療福祉グループのポリファーマシー対策の取り組みは、トップレベルに進んでいると言っても過言ではありません。その知見はきっと他の医療機関でも役立つはずです」と語ります。

同グループの薬剤部では、ポリファーマシー対策をグループ全体で推進していくため、ポリファーマシー率を算出して、病院事務長・薬剤部責任者・院長にメールで通知しています。この取り組みは、薬の処方権をもつ一人ひとりの医師に、ポリファーマシーに対する問題意識をもちつづけてもらうためでもあります。

坂上さん「そのメールには、医師一人ひとりについても毎月減薬の実施状況が記されていることから、自分たち医師にとってはプレッシャーですが、新しくこのグループに加わる新任の医師の方にも、ポリファーマシー対策の重要性に気づいてもらう機会となっています」

また同グループでは各病院に入院する、6剤以上の薬を服用している患者をリスト化し、院内のITシステムで情報を共有することで、処方内容の見直しをはかる取り組みも進めています。将来的には5剤以下の患者さんの薬剤についてもリストアップができるようにし、グループ内の他の病院でどのような処方を行っているか、確認できるシステムの開発を目指しています。

ポリファーマシーに関するデータは、同グループが設置する総合研究所に集積しています。今後は、他の医療機関にもその知見を提供し、参考にしてもらう構想もあるそうです。ますます高齢化が進む日本で、ポリファーマシー対策はこれからさらに重要になることは間違いありません。同グループの蓄積したノウハウはきっと、日本全体のポリファーマシー対策にも役立つことでしょう。

プロフィール

ライター

ライター

大越裕

おおこし・ゆたか

神戸在住。㈱テックベンチャー総研の創業メンバーであるとともに、理系ライター集団、チーム・パスカルの一員として研究者やテクノロジー企業のインタビュー記事を多数手がける。

フォトグラファー

フォトグラファー

生津勝隆

なまづ・まさたか

東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。