2024年4月、平成医療福祉グループは、すべての介護・福祉施設の職員(厨房内業務を行う職員をのぞく)の服装自由化を実施。3ヶ月の移行期間を経て、今は誰もが好きな服装で働くようになりました。ピンク、ゴールド、シルバーと髪をあでやかに染めた人たちもいます。
今回の服装自由化は、「じぶんを生きる を みんなのものに」というミッションに基づく施策。職員さんと利用者さんの「ケアする側・される側」という関係性の垣根を取り払い、また「職員全員が同じ目線で利用者さんに向き合ってほしい」というねらいがありました。実際のところ、職員さん自身のあり方や、施設内の関係性にはどんな影響があったのでしょうか。まずは、スーツを着ることが多かったという施設長さんたちにお話を伺ってみましょう。
スーツを脱いだ施設長たち
移行期間がはじまる4月1日、ケアホーム住吉の施設長、川口勉さんは初めての私服で出勤しました。「きっとみんなは移行期間が終わる頃まで制服だろうな」と予想しつつ、事務所に入っていくといつもと違う風景が待っていました。
川口さん「事務員、相談員、ケアマネージャー、清掃の方まで私服でした。しかも、けっこう楽しんでくれている印象で。思っていた以上に受け入れてくれたんだなと意外に思いました。私服を喜ぶ人たちもいて、初日から好きなキャラクターのTシャツにバンダナを着けて来た介護士もいました。髪を染めた人もいて、赤色、シルバー、金色の人がいます」。
こんなふうに、職員が自由なファッションを楽しんでいるのは、「ミッションとセットで伝えているからだと思う」と川口さんは言います。ちなみに、ご家族からは「どうしたの?おしゃれになったねって言われました」と、ちょっと照れながら教えてくれました。
こちらは、「前は休日もずっとスーツを着ていた」という、ケアホーム板橋の施設長 小澤純一さん。服装自由化をきっかけに、新しく洋服を買い揃えて「自分に似合って楽な服」を見つけることを楽しんでいるそうです。
小澤さん「今は『楽しいね、施設長の服!』って言われるようにがんばっています。私服になってからは、利用者さんが『あれ、施設長さんだったの?』と仲良く話してくれたり。入職希望者からは、『施設長が施設長っぽくなくて話しやすい』『他の職員さんと仲良くしていることに惹かれた』というコメントをもらったり。僕は、『施設長』と呼ばれるより名前で呼ばれたいんです。近い間柄だけど頼れる人、くらいでいいかなと思っていて。そういうふうに変わるきっかけになるのが、服装自由化プロジェクトかなと思っています」。
ヴィラ播磨の久保恭子さんは、20代で施設長になって以来、「施設長らしく見せなければ」とずっとスーツを着ていました。私服になってからは、スーツを着ていなくても周囲の態度は全然変わらないことに気づいて、「肩の荷が降りた」と言います。
久保さん「他の施設に行くと『黒い服着てなかったから、久保さんってわからなかった』って言われたりします。でも、私だとわからなくても、にこやかに挨拶してくれる。それを見て『あ、こういうことか』と思いました。利用者さんなのか職員なのか、家族さんなのかぱっと見ではわからなくなったことによって、館内で会えばお互いににっこりする関係性が見えてきたんです。とてもいい変化だなと思っています」。
コミュニケーションの回路が増えていく
施設をめぐっていると、「職員が私服を着るようになって以来、利用者さんから声をかけられることが増えている」という話をあちこちで耳にしました。洋服をきっかけに会話がはじまって、お互いに意外な一面を知り合うこともあるようです。介護福祉事業部の城野さんは次のように話します。
城野さん「先日、関東のある施設でパンダの絵を描いたチャイナ服風の服を着ている職員さんがいたんです。『その服めっちゃかわいいね』『実は自分でリメイクして絵を描いたんです』って話していたら、利用者さんも集まってきて『上手ね』って。初めのうちは、職員さんは少し勇気を出して自分を開示しないといけなかったかもしれない。でも、制服に隠れていた魅力が現れて、利用者さんたちと新しいコミュニケーションが、あちこちの施設に生まれているんだろうなと想像しています」。
「寝たきりの方は毎日風景が変わらないからこそ、おしゃれしていると目の刺激になるから喜んでもらえる」と教えてくれたのは、ケアホーム板橋の介護士 K.M.さん。利用者さんの気分転換になればとあえて派手なスカートを履いたり、アクセサリーを着けたりして、「見て見て!」と声をかけることもあるそうです。
Kさん「以前、訪問介護の仕事をしていたとき、一緒に外出をしたり、病院の付き添いに行くときに制服を着ていると、『ヘルパーに来てもらっているのが近所にバレる』と恥ずかしがる人もいました。それに、いかにも作業着みたいな服を着ていると、利用者さんに失礼かなという気もするので、なるべくおしゃれするようにしています」。
同じく「寝たきりの利用者さんに季節を感じさせてあげたい」と話すのは、ヴィラ播磨のケアマネージャー 徳賀茂雄さん。一年を通して空調管理されている施設において、職員が季節感を表現する存在になってもよいのでは、と考えはじめているそうです。
徳賀さん「たとえば、お正月に獅子舞の装束、クリスマスにサンタクロース、ハロウィンの仮装など、施設でコスチュームを用意するのもいいかもしれません。外に出られない利用者さんもそれを着てご家族や職員と写真を撮るのもいい。面会に来られるご家族との会話のきっかけになるかもしれません。職員にとっても、仕事を流れ作業にしないために“遊び心”が必要です。服装自由化がその一助になればとも思っています」。
「はじめまして」の関係が毎日生まれる
現在は、服装自由化に心から納得している徳賀さんですが、当初は「制服であれば、利用者さんやご家族、外部の相談員にも見分けやすかったのに」と感じていました。たしかに、制服にはメリットもありました。ご家族は「あの制服は介護士さんだから、お母さんのことを聞いてみよう」と声をかけやすい。利用者さんも、誰が職員なのかを見分けやすい。しかし、だからこそ、これからは「人と人という関係をより強くしなければならない」と考えたそうです。
徳賀さん「制服がなくなるからこそ、職員は自分の立場と役職をわきまえて、自律の心をもたなければいけない。自分自身も、『本当にこの服装でいいのか』を自問しますし、外部との会議が多い立場にあるので、仕事に対する姿勢もより考えるようになりました」。
服装自由化を進めてきた、介護福祉事業部の前川沙緒里さんは、生活の場である施設のなかで、制服を着ることにずっと違和感をもっていたそうです。制服は職種を見分けやすくするからこそ、人を「その人自身」よりも職種で見てしまう。「人と人」の出会いを妨げてしまう部分があると感じていたからです。
前川さん「私たちが普通に生活している場のなかでは、お互いに『はじめまして』と出会うことからはじまります。施設だって同じく生活の場なのに、制服を着ていると『介護士』『看護師』と職種で判断することからスタートしてしまうんです。今は、朝のミーティングを終えたスタッフが、各ユニットに入って『おはようございます』と声をかけると、認知症の利用者さんが『おはようございます。はじめまして』と応えてくれるんですね。看護師でも医師でもない、何者でもない“私”として、毎日、毎朝『はじめまして』と利用者さんに出会える。すごく素敵だなと思います」。
ただ私服だというだけで、食事介助をするときのようすも「おばあちゃんと孫」のように見えてくるから不思議です。もしかすると、制服を着ることは、その空間をパブリックに感じさせたり、ちょっとした緊張感をかもしだすのかもしれないと思いました。
すべての専門職に共通するケアの土台をつくる
服装自由化は、利用者さんと職員が一緒に「じぶんを生きる」状態を模索する施策だったのかもしれません。このミッションが浸透することによって、これからどんな変化が起きていくのでしょうか。久保さんは「枠組みにとらわれずにやってみよう、きっと許されるよねという自由度が高くなった」と言います。
久保さん「やっぱり、医療グループの施設なので、しっかりした決まりのなかで規律正しくしなければという雰囲気を感じてきました。新しいミッションから、それぞれの施設のカラーで進めていい、大きいグループのなかにいるけれど、全然一緒じゃなくていいというメッセージを受けました。それぞれの専門職としての見方は大事だけど、利用者さんと向き合うなかで一番大事にすることは同じという感覚により近づけそうな気がします」
前川さんは、ミッションが現場に浸透していく未来に、「専門職としてケアをする」から、「ケアする人として専門性を生かす」という視点の転換を見据えています。
前川さん「どの職種も土台になるのは『目の前にいる人のことをとことん考えられる専門家』であること。その土台がなければ専門性は発揮されないと思います。もちろん、専門職としての自信はもっていてほしいのですが、ひとりの利用者さんに関わるうえでは、その専門性は一部でしかありません。服装自由化は、それぞれの専門職に共通するケアの土台の部分で、お互いのつながりを深くするきっかけにもなると思っています」
肩書きや資格は、その仕事をする人にとって大切なアイデンティティです。専門職として働くことはその人のプライドにもなります。その専門性を生かすことは「じぶんを生きる」にとても近い。それを「みんなのものに」しようとすると、「ケアの土台の部分」が見えてくるのかもしれません。目の前にいる利用者さん、一緒に働く仲間に向き合うという「ケアの土台」がつくられたとき、もっともっとお互いの専門性を生かしあい、リスペクトしあえる関係になれるーー平成医療福祉グループの服装自由化は、そんなケアの未来をひらく最初の一歩になりそうです。
プロフィール
フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。
フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。