離床、栄養管理、身体抑制、ポリファーマシー。これまで特集したすべての取り組みは、さまざまな職種が連携する「チーム医療」によって行われていました。そこで、今回はあらためて平成医療福祉グループにおけるチーム医療のあり方にフォーカス、病棟スタッフによるチームづくりについてさまざまな視点から紐解きます。
病院は、さまざまな専門職が集うがゆえに、上下関係や職種間の壁が生じやすいという課題を抱えています。同グループが取り組む、対等に意見を言い合えるチームづくりはどのように行われているのでしょうか。また、同グループの理念とチーム医療はどのように関わっているのでしょう。本記事では、平成横浜病院の医師・天辰優太さん、介護部長の小林由美子さんに、同グループが目指しているチーム医療のあり方についてお話しを伺いました。
<プロフィール>
天辰優太(あまたつ・ゆうた)
平成医療福祉グループ経営企画医師、訪問事業部部長。大分県大分市出身。2012年岐阜大学卒業。岐阜市民病院で初期研修後、厚生労働省に入省。介護報酬制度、診療報酬制度の改定や国立ハンセン病診療所の医師確保、医師の働き方改革に携わる。2020年に同グループに入職。
小林由美子(こばやし・ゆみこ)
平成医療福祉グループ看護部介護部門長、介護福祉士。鹿児島県鹿児島市出身。療養病院、回復期リハビリテーション病院、総合病院などを経て、2023年に同グループに入職。
年齢とともに積み重なる問題を解決するために
大きな怪我をしたとき、急な病気や事故で搬送されたとき、あるいは手術が必要なときなど。私たちは治療に専念するために病院や診療所などに入院します。あるいは、身体的・精神的、社会的なケアが必要なとき、療養を目的とした入院をすることもあります。大きく分けて、前者は「急性期」と呼ばれ、治療が終われば退院して社会復帰します。一方で、「慢性期・回復期」と呼ばれる後者の病院では、身体機能の回復、退院支援など生活面での支援も重要になります。
慢性期・回復期病院の患者さんの多くは高齢の方たち。年齢とともに積み重なった心身の問題を抱えており、同時に複数の問題を解決する必要があります。チームのメンバーは、医師、看護師、介護士、介護福祉士、社会福祉士、薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士、歯科衛生士、病棟クラークなど。一人ひとりの患者さんの“目標”を達成するために、さまざまな職種が協力しあう医療チームが組まれています。
天辰さん「救命医療やがん治療など、高度急性期病院では医師の役割が大きく、また病気が治れば社会復帰が可能な方も多くいます。しかし、平成医療福祉グループがカバーする慢性期・回復期病院でお会いする患者さんは、低栄養や廃用症候群*になっていて在宅復帰が難しいケースが多い。リハビリテーション、嚥下機能や栄養状態の改善、排泄機能の維持・向上など、治療以外の要素が増えていくので、多職種が連携する必要性がより高くなるんですね。医師は、多職種が集まるチーム全体をマネジメントするトータル・コーディネーター的な役割を担いながら治療に取り組みます。看護師や介護士、リハビリを担う療法士は、患者さんと過ごす時間が長いのでいろんな情報をもっています。退院後の生活を考えるときには、各職種が情報を持ち寄って考えるほうが解像度も上がりますし、よりよく患者さんのニーズに応えられます」。
*同グループの廃用症候群に関する取り組みについてはこちらの記事もご一読ください。
「目的ある離床」を目指して。 寝たきりを防ぎ、入院生活のQOLを向上する」
小林さん「チーム医療には、患者さんの目標を達成するために多職種が連携するチームもあれば、病棟をまたいで仕事をしている職種ごとのチームもあります。病院で働くうえでは、チームとしてやっていないことはないのかもしれません」。
たとえば「栄養管理サポートチーム」は、「患者さんの栄養状態を改善する」という目標を達成するための医療チーム。医師、看護師、管理栄養士、言語聴覚士などが中心になり、患者さんの食事量や嚥下状態を確認し、理学療法士からリハビリの状況、薬剤師から薬の副作用の有無などの情報を得ながら、患者さんの栄養状態を改善していきます。
チームで患者さんの治療に取り組むには、情報共有のしくみとメンバー間のコミュニケーションが不可欠です。同グループにおいて、それはどのように行われているのでしょうか。患者さんの入院時から順を追って見ていきましょう。
情報共有のしくみを最大限に生かすには?
患者さんが入院されると、初日に「入院時合同評価」を実施します。医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、社会福祉士、薬剤師、管理栄養士などの多職種チームで、患者さんの心身の状態を評価して安全な居室環境を設定します。
また、社会福祉士が聴取した病前の状況、患者さん本人とご家族の希望、医師の診断のもとに大まかな入院期間と目標を設定し、医師から患者さんとご家族に説明。患者さんと患者さんに関わる医療チーム全員が、「退院までに達成したいこと」を共有したうえで入院生活をスタートさせるのです。
入院中は、定期的なカンファレンスで目標に向けた進捗状況を確認するほか、病棟スタッフが記録する電子カルテ、朝夕の申し送りの会で患者さんの状況を常にチームで共有しています。小林さんは、カンファレンスを通じて「チームとして取り組んでいること、優先すべきことを共有して同じ方向を向く」ことが大切だと考えています。
小林さん「たとえば、カンファレンスのたびに『この患者さんは、3カ月の入院期間を経てT字杖で自立歩行して自宅に帰れそうだから、最初の1カ月の目標はこれくらい』などと確認しながら、その目標に向けて各職種がどんな取り組みをしているのかを共有できていたら、そのチームはいい感じで進んでいきます。チーム医療を円滑に進めるには、治療方針を決定するリーダーである医師とともに、チームを回していくサブリーダーの存在や自由な議論をできる場づくりも大事なんです」。
天辰さんは、同グループの看護部部長・加藤ひとみさんの「患者さんに対応する時に『主語が患者さんになっているかどうか』が大事ではないか」という言葉*を紹介しながら、「患者さんにとっての健康やありたい姿は、医療の面だけではない」と言います。
*新人研修のトークセッションで話されていた言葉。くわしくは【トークセッション】新人研修「スタッフの専門性を拡張しチームで成長し続けるために」後編をご覧ください。
天辰さん「各職種がプロフェッショナルとしてアセスメントするのも重要ですが、ふだんの会話のなかでいわゆる医療ではない部分についても自然と話せるほうがチームとしては強いです。治療の状態や病状の理解、病院のなかの暮らしで感じることによって、患者さんの不安も移り変わっていきます。日々の変化に接しながら、我々は患者さんと一番いい道を探っていかなければいけない。それには、入院中のことだけでなく、『患者さんの望む生活を可能にするにはどういうケアが必要なのか』という視点で情報共有するという意識をもつ必要があります。医学的な治療の“一般的な枠”を超えていけるかどうかは、チーム医療の力にかかっていると言っても過言ではありません」。
「医学的な治療の“平均値”を超えていける」チーム医療とは、どのようにして可能なのでしょうか。そこには、同グループが掲げる理念「じぶんを生きる を みんなのものに」が大きく関わっています。
患者さんの「じぶんを生きる」を真ん中に置く
医療の目的は、言うまでもなく患者さんを治すこと。ただ、医療従事者が考える「患者さんの希望」は、ときとして患者さん本人の希望と一致しないことがあるそうです。小林さんは、かつて出会った片麻痺の患者さんのことを話してくれました。
小林さん「その患者さんが杖をついて歩けるようになったとき、私たちは『歩けるようになってよかったね』と喜びました。歩けるようになるとADLを大きく改善するので、それが一番いいと考えていたからです。でも、その方は麻痺側の手が動いたときのほうが嬉しいとおっしゃったので衝撃を受けました。介護は、医療職ではないからこそ、患者さんの思いや考えを一番大事な軸として、チーム医療のなかに入れていかなければいけないなと思っています」。
うなずきながら聞いていた天辰さんは、「僕、小林さんとワンエピソードあるんですよ」と、平成横浜病院で小林さんが企画した『院内デイ』での一幕について語りはじめました。当時、担当していた患者さんが「僕の前では見せたことのない、いい表情をしているのを見て衝撃を受けた」のだそうです。
天辰さん「小林さんや他の職種の方たちは、患者さんの人としての面にアプローチできてすごいなと思いました。医師としては治療に直結する情報だけあればいいと思っていると、介護士さんたちから患者さんの話を聞いてもあまりメリットを感じないかもしれません。でも、白衣を着て診察する医師には『大丈夫です』という患者さんも、介護士さんや看護師さんには何を不安に思っているかを話していたりする。たとえば、病棟で暴れている患者さんがいるときに、介護士さんが教えてくれる『こういう気持ちをもっているみたいですよ』という情報は非常に重要で、単純に薬を処方する以外の問題解決の方法が見えてきます。それぞれの立場でしか得られない情報があるとわかっていると、ふだんの会話の質も違ってくるし、チームとしても強くなっていくんじゃないかと思います」。
より強いチームを目指すには「お互いを理解しあっていること」が必要だと、小林さんは考えています。
小林さん「病棟では誰もが忙しく働いています。みんなが『自分だけが忙しい』と思っているとお互いに仕事を押し付け合ってしまいますよね。だからこそ、自分が仕事をしている間に、他職種は何を専門にしていて、どんな内容の仕事をどのくらいしているのかを知っておくべきだと思います。全職種がお互いの大変さや強みを理解しあえているとチームは強烈に強くなれます」。
患者さんが暮らしている病棟は24時間365日、片時たりとも止まることは許されません。その環境のなかで、お互いを理解し合えるようなチームをつくるにはどうしたらよいでしょうか。
チームで医療に取り組む関係性を築く
チーム医療は「分業」ではなく「協働」。しかし病院には、さまざまな国家資格をもつ職種が集まっているがゆえに、職種間のヒエラルキーや専門性による壁によって、フラットな議論が難しいという現実もあります。そこで、同グループでは全職種が同じスクラブを着用するなど、さまざまな取り組みを行ってきました。
天辰さん「病棟では、難しい課題ほど職種を超えた議論が必要です。ところが、そういう課題ほど答えがひとつではないことも多く、自分の意見が正しいかどうかわからないこともあり、専門職として決められたフォーマットをはみ出して議論するのは勇気が必要です。そのための心理的安全性は担保されているのかという、チームビルディングの視点も必要になります」。
同グループの人事部では、さまざまなかたちでチームビルディングをサポート。そのひとつが、軽井沢と淡路島に設けられている合宿施設です。職種間の関係性をほどくために病院から離れて、インフォーマルな場をともにすることによって、「人と人」の関係を築きやすくしています。平成横浜病院では、2023年に軽井沢で管理職の合宿を実施。ふだんは業務上の会話しかしない人たちの意外な素顔が垣間見えて、関係性がぐっと深まったそうです。
天辰さん「病棟にいると仕事もあるし、それぞれの職種に期待される役割もあるから、なかなか素顔の部分って見えてこないんです。やるべき仕事はたくさんあるけれど、治療や専門職としての仕事をしているだけでは、グループが目指す理念『じぶんを生きる を みんなのものに』を考えるところまでは至らないだろうと思っています」。
「じぶんを生きる を みんなのものに」は、病気や障がいがありながらも自分らしく生きられることを実現するという同グループの理念。患者さんに向き合うスタッフは、この理念のもとに「一人ひとりが自分らしく生きるには何が必要なのか」を考えて取り組むことを目指しています。
小林さん「グループの理念は、患者さんや利用者さんだけではなく、我々スタッフにも関わってくるもの。介護士に関して言うと、たとえば寝たきりの状態にある人でも、その人の望むことを少しでも重ねてステップアップしていく、そのベースをつくることが『じぶんを生きる』なんだと思います。自分の仕事に責任をもつ、納得して仕事をすることにもつながる理念だと思っています」。
「じぶんを生きる」ことによって、相手の「じぶんを生きる」を受け止める。そのやりとりのなかで、「じぶんを生きる を みんなのものに」という状況が生まれていく。小林さんは介護の仕事のなかで「じぶんを生きる」をしていて、それはそのまま患者さんの「じぶんを生きる」につながっているのです。
患者さんの暮らしを支える視点をもつ
天辰さんは、同グループの訪問診療・在宅診療事業「おうち診療所」にも関わっています。病院から出て患者さんの生活の場に入っていく経験のなかで、「患者さん」の捉え方が変わってきたそうです。
天辰さん「在宅診療では患者さんのご自宅が医療の場。たとえば、食事ひとつをとっても、在宅では民間のサービスを利用したり、ときにはご近所の方や成年後見人の方に手助けしていただいたりもします。患者さんの目線で見れば、医療はサービスのひとつに過ぎないし、患者さんの暮らしを支えるためには、本当の意味での連携が必要になります。その認識を得てから病院に戻って来ると、どうしても患者さんの暮らしを支えるという視点が見えにくくなるのを感じています。理想としては、在宅診療と病院で症例検討会を開いたり、スタッフが人事交流できるといいのではないかと思います」。
そもそも、病院とは患者さんの治療をよりよく行うために、さまざまな専門職が集まって連携している場所。患者さんの治療やリハビリに最適化された環境がつくられています。それゆえにこそ、病院はいわゆる「生活」とはかけ離れた環境になっているという側面もあります。
小林さん「患者さんは病院にいるから『患者さん』と呼ばれているだけで。本来は、小林さんなり、天辰さんが自分の家で幸せに暮らす目的のために、治療やリハビリを受けるために入院しているわけです。ところが、専門職はその専門性ゆえに、治療やリハビリに意識を向け過ぎてしまうことがあります。こんな話を聞いたことはありませんか? リハビリをして『こんなに歩けるようになりましたね!』と言うと、患者さんは『先生、私は歩いてどこに行ったらいいんですか?』と答えたというエピソードを。在宅診療や病院は、その人の暮らしのためにあるという見方ができるようになるといいと思います」。
冒頭でも書いたように、慢性期・回復期医療では退院後の生活支援も重要です。だからこそ、チーム医療のメンバーも広い意味では、患者さんのご家族や地域の生活支援サービスまでを含むと考えることもできます。そして、病院の外側にまで広がって支援するからこそ、「患者さんと病院の人」ではなく「人と人」として関わるケアの視点がより重要なのです。そしてもちろん、「人と人」として関わるのは医療チームのメンバー間でも同じことが言えます。
次の記事では、同グループの人事部が取り組む「チーム力向上のための環境づくり」について取り上げます。
次回は11月7日(木)に公開予定です。
プロフィール
フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。
フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。