病院に集うさまざまな専門職が協力し合って、患者さんの治療やケアにあたるチーム医療。より良いチーム医療を実現するには、各スタッフが専門職として成長して「医療」の質を高めると同時に、「チーム」の力を最大化することも大切です。
平成医療福祉グループでは、 人事部が中心になり「チーム力向上のための環境づくり」にも取り組んでいます。カンファレンスなどスタッフが対等に意見を言い合える「対話文化」を醸成する1on1ミーティング、病院を離れて自然のなかでお互いを知り合う「チーム・ビルディング合宿」。専門職としての立場ではなく、「人と人」として関わり合うことから、医療現場でのチームワークを底上げしようとしています。
今回は、同グループの合宿所のひとつ、兵庫・淡路島にある「島の合宿所」を訪問。代表の武久敬洋さん、人事部係長の大沼恭平さん、人事部で合宿を担当している黒澤紗季さんに、同グループのチーム・ビルディングの考え方についてお話を伺いました。
<プロフィール>
武久敬洋(たけひさ・たかひろ)
平成医療福祉グループ代表。徳島県神山町在住。3人の子どもの父。2010年、平成医療福祉グループへ入職。以降、病院や施設の立ち上げなどに関わりながら、グループの医療・福祉の質向上に取り組む。2022年、グループ代表に就任。共同編集した著書に『慢性期医療のすべて』(2017 メジカルビュー社)がある。
大沼恭平(おおぬま・きょうへい)
平成医療福祉グループ人事部係長。2017年入職。職員教育、福利厚生、人事制度についての業務に関わる。職員教育の一環として合宿所に携わり、職員教育担当として、合宿のファシリテーションを行う。
黒澤紗季(くろさわ・さき)
平成医療福祉グループ人事部、職員教育担当。同グループのダイバーシティ&インクルージョン推進室メンバー。2019年、理学療法士として平成横浜病院に入職し、2022年より多摩川病院にて勤務。2023年度「つなぎてプロジェクト」につなぎてとして参加したのち、2024年より現職。
病院ならではの特殊な関係性にアプローチする
淡路島の西岸、瀬戸内海を見晴らす丘の上に「島の合宿所」と名付けられた、小さなキャンプ場があります。ここは、平成医療福祉グループの“合宿施設”。「保養所」ではなく「合宿所」と名付けられていることに大切な意味があります。なぜ、合宿する場所をつくっているのでしょうか。
武久さん「医療従事者は高い緊張のなかで働いています。お互いの日常的な姿を見ることも少ないため、『人と人』としての関係が育ちにくいのを感じていました。僕自身が医師として、他の職種からは気軽に話せる存在ではないんだと強く感じてきました。でも、自然のなかで一緒に楽しい時間を過ごして、ごはんをつくって食べて寝るだけで、立場の違いを超えてちょっと特別な感じになれます。合宿をしてみたら、意外と効率よくスタッフの間に非言語的な関係性が育つんじゃないかと思ったんです」。
医師は、治療に関わるすべての判断を求められるリーダーの役割を担います。一昔前までは、医師は病院内のヒエラルキーの頂点と見られていましたし、その構造はいまだ医療界に根強く残っています。しかし、チーム医療の考えが広まった今、各職種はそれぞれの専門性に基づいた意見を持ち寄ることが求められています。前記事でも述べたように、慢性期・回復期病院の多い同グループでは多職種連携を重視しており、病院内のヒエラルキー構造や職種間の壁の存在は課題になっています。
武久さん「医師という仕事はひとつ間違えば命に関わるという意味で“怖い仕事”でもあるので、鎧をまとってガチガチになってしまうという側面もあります。各職種が対等に話せるようにするには、チーム医療に関わるメンバー全員が専門性のレベルや知識・経験の別なく同じ土俵に乗ることからはじめないといけない。だけど、僕自身も病院のなかで『ふだんの自分』を出すのは難しい。それなら、病院の外でそれぞれが鎧を脱いだ状態で関係性を育てて、病院に持ち帰るほうがいいじゃないかと考えました」。
常に人の命と向き合い続ける病院はある種の非日常空間でもあります。分刻みで時間に追われ、緊張の高い仕事をしているときに「日常の顔」ではいられません。一方で、広々とした自然のなかにある合宿所では、時間からも役割からも解放されて、「鎧を脱いだ状態」になれるというわけです。
役割も肩書きも外して過ごす
武久さんが、チーム・ビルディングの一環に合宿を取り入れたきっかけは、徳島のNPO法人自然スクールトエックのフリーキャンプでした。あらかじめ決められたことは何もなく、自分たちのやりたいことを自分たちで決めて活動するという自由なキャンプだそうです。行き先は、日本最南端の有人島・波照間島。武久さんのほか、リハビリテーション部部長の池村健さん、介護福祉部部長の前川沙織里さんらも参加しました。なぜ、このキャンプに参加したのでしょう?
武久さん「どうしたら職種の壁を取り払えるのかを考えていたときに、グループサイトのリニューアルを依頼したモノサスの代表・林隆宏さん(当時)に、『人間は本質的につながりあう能力を持っている。トエックのキャンプを経験すれば、人は個と個ではつながれなくても、場としてつながれるんだと体感できる』と勧められました。トエックのキャンプについては、いまだにうまく言葉にできないんです。一緒に遊んだだけといえばそうなのですが……。『お互いがすでにつながっている状態にあるという感覚』は体感しないと理解できないと思ったことが、合宿というアイデアの元になりました」。
チーム医療は、「患者さんの目標を達成する」という共通の目標に向かって協力し合うチームワークです。合宿の狙いは、その一歩手前にあるチーム・ビルディングをすること。メンバーの間の「人と人のつながり」は、自然と合理的な合意形成に向かう条件になるからです。人事部で合宿を担当している大沼恭平さんは、合宿では「参加者が自由にできる場をつくる」ことを心がけているそうです。
大沼さん「合宿では、その場を一緒に過ごす時間づくりを大切にしています。ただ、集まった人たちは、『自由にしてください』と言われるだけでは戸惑ってしまうので、いかに自由にしてもらえるかを考えるのが我々の役どころです。たとえば、ごはんを一緒につくるほうがいいか、事前に用意したほうがいいのか。メンバーのようすを見ながら準備を進めるのですが、当日の雰囲気を見ながらやり方を変えることもあります」。
同グループの合宿制度がはじまったのは2023年から。2年目に入って、合宿所の利用は増えてきているそうです。いったい、どんなときに合宿を行っているのでしょうか。
チームのはじまりをつくる「キックオフ合宿」
同グループの合宿には、大きく分けてふたつのパターンがあります。ひとつは、新しいプロジェクトがはじまるときに行う「キックオフ合宿」。グループ初の合宿は、2023年2月の「つなぎてプロジェクト」のキックオフ合宿でした。「つなぎて」とは、入職する新人と職場をつなぐ役割を担う職員の愛称。みんなが助け合い、居心地よく働ける職場のカルチャーを生み出すことを目的としています。黒澤紗季さんは、第一期つなぎてとして合宿に参加したひとりです。
黒澤さん「当時は、多摩川病院で理学療法士として働いていました。入職4年目を迎えて、日々の仕事にプラスして何か自分の役割がほしいなと思っていたとき、つなぎて募集のポスターを見かけて手を挙げました。合宿では、新入職員を職場になじみやすくするための企画をみんなで考えました。病院職員のなかで一番困りやすいのは新人ですから、何かあったときに一番声をかけやすい存在になれたらいいなと思っていました。ふだんの業務とつなぎてを両立するのはなかなか大変だったのですが、新人さんたちから『つなぎてさんがいてよかった』という声は届いています」。
その後、黒澤さんは人事部に異動。2回目のつなぎて合宿に、運営側として関わりました。大沼さんは、「つなぎてプロジェクトは、つなぎてに手を挙げる人がいることに意味がある」と言います。
大沼さん「つなぎてプロジェクトは、つなぎてになる人自身を育てる場でもあるんです。病院はチームで協働する場であるにも関わらず、職種の間では『これは自分の仕事ではない』『あなたの仕事ではない』とお互いに線を引いてしまうところもあるようです。つなぎてプロジェクトは、病院のなかで自然と助け合う関係をつくる文化づくりのきっかけになればと考えています」。
もうひとつは、何か課題を感じているチームがじっくり話し合うための合宿。人事部では、「合宿をしたい」と相談されると「その課題を解決するために、合宿が最適なのかどうか」を検討しているそうです。
大沼さん「合宿によって、患者さんや利用者さんのケアの質につながることも大切だからです。相談内容を聞いてみて、研修の場をつくったり、他の病院に視察に行ったりする方がより適切なだと考えた場合は、こちらから他の方法を提案することもあります」。
同じグループ内であっても、病院ごとのカルチャーもあれば、各職種やチームの特徴や生じる課題もまた多様です。「だからこそ、小さな取り組みをたくさん用意するほうがよい」と大沼さん。小さくても確実な変化を積み重ねることによって、「人と人として関わる」という組織風土をじわじわと浸透させようとしています。
お互いをよく見るために必要な時間をかける
同グループが企画する合宿では、「相手をよく知る時間」を必ずつくるようにしているそうです。たとえば、精神科病院・大内病院の改革プロジェクト(2024年7月リニューアルオープン)では、軽井沢にある合宿所でキックオフを実施。「ふだん話せていない人同士」がペアになり、3時間を一緒に過ごしてみたそうです。武久さんは大内病院の院長と、森をのぞむテラスで向き合いました。
武久さん「彼に対して『消極的な発言が多い人かな?』という印象をもっていたのですが、じっくり話してみると精神科医療に誰よりも情熱をもっていて。だからこそ、ネガティブな側面も誠実に話そうとする人なんだとわかってきました。逆に、僕はネガティブなことを言ってもしかたがないから明るいところに注目しようとします。お互いの言葉がズレていた理由がわかり、目指している方向は同じだとわかって面白かったし、彼をすごく好きになりました」。
お互いを深く知り合うとチームに心理的安全性が生まれ、メンバーは能力を発揮しやすくなります。大内病院のリニューアルプロジェクトでは、キックオフ合宿がチーム・ビルディングの場として有効に働いた好例だったと言えるでしょう。
心理的安全性の向上については、2022年から人事部が主導するかたちで「1on1」がはじまりました。「1on1」は、同じ課の上司(メンター)と直属の部下(メンティ)が固定でペアとなり、月1回30分程度のミーティングを実施するというもの。基本的に上司は聞き役に徹し、部下が話したいことを聞くことになっています。これもまた、「業務外の会話をする場づくり」のひとつです。
大沼さん「お互いのことをよく知らないと、ネガティブなことを言うと嫌われるんじゃないかと思って本心を話せない。でも、心理的安全性が高くなると、ネガティブなことも言えるようになり関係も深まります。また、自分が感じていることをありのままに言葉にしていいと思える仲間がいる方が、自分らしく働けるのではないかと思います」。
「人と人の関わり」のなかには、お互いにぶつかりあったり、嫌な気持ちになったりする関わりも含まれます。しかし、出会い頭には嫌な印象を受けた人であっても、のちにじっくり話してみると「面白い人だな」と思えることも往々にしてあります。一緒に過ごすなかで、いつしか相手の欠点を笑って受け入れられるようにもなります。
自分が相手を受け入れると、相手もまた自分が受け入れてくれるようになります。合宿は、お互いを受け入れあうスペースをつくり、関係性を育てる場だと言えるのかもしれません。その関係性のなかでこそ、「じぶんを生きる」が「みんなのものに」なっていくのだろうと思います。
次の記事では、同グループの理念であり、チーム医療の合言葉「じぶんを生きる を みんなのものに」を伝えるツール「HMW VISION BOOK 2024」について取り上げます。
次回は11月14日(木)に公開予定です。
プロフィール
フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。
フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。