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特集記事|チーム医療 vol.3

「じぶんを生きる を みんなのものに」はチーム医療の合言葉。グループのミッションを伝えるツール「VISION BOOK」

チーム医療2024.11.14

チーム医療とは、医療専門職や介護専門職に従事する人々が、連携しながら治療やケアにあたること。しかし、平成医療福祉グループでは、医療スタッフや介護スタッフだけでなく、広報や人事、事務といった一般職、施設管理や清掃スタッフに至るまで、すべての関係者を「患者さんを真ん中に置いたひとつのチーム」だと捉え、チーム医療を「チームの力を最大化すること(=チーム・ビルディング)」だと定義しています。


こうした独自の考え方の根底にあるのが、2023年12月に発表された同グループの新理念(=ミッション)「自分を生きる を みんなのものに」です。理念とは「ある物事に対してこうあるべきだという理想の概念」のことであり、組織にとっては常に「立ち返る原点」となるもの。一方、日々、目の前の患者さんに向き合うことで精一杯な現場に、かたちのない理念を伝え、浸透させていくのは非常に難しいことでもあります。


そこでつくられたのが、医療という専門性の高い分野で起きていることを咀嚼しながら、新たな理念と重ね合わせて伝えていくツール「HMW VISION BOOK 2024」(以下、ビジョンブック)です。制作を担当した広報部のみなさんは、グループ全体に理念を伝え浸透させていくという大きな課題に、どう向き合い、取り組んできたのでしょうか

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<プロフィール>

中塚聡(なかつか・さとし)

平成医療福祉グループ広報部係長、編集班班長。2018年にライターとして入職。職員インタビューやSNS運用に多く携わる。ビジョンブック制作時には、編集長として代表や広報部員と話し合いを重ね、ミッションの伝え方を調整したほか、一部執筆も担当。

重田祐子(しげた・ゆうこ)

平成医療福祉グループ広報部・編集班所属。編集プロダクション、出版社勤務を経て、2022年、編集者として入職。普段は病院・施設の広報誌やパンフレットなどの編集を担当している。ビジョンブックにおいては、誌面構成を考案し、イラストレーターへの依頼や印刷手配、スケジュール・予算管理、ライティング、校正まで、多岐に渡る業務を担った。

川本祐未(かわもと・ゆみ)

平成医療福祉グループ広報部主任、印刷班(グラフィックチーム)班長。デザイン事務所でエディトリアルデザインの経験を積み、2017年にデザイナーとして入職。同グループでは各病院の広報誌やグラフィックツールのデザインを担当している。2022年より、印刷班の主任としてグラフィックツールのディレクションを担い、ビジョンブックにおいてはデザイン責任者として全ページのデザインを担当。イラストレーターの選定も行なった。

みんなに「自分を生きてほしい」

もともと平成医療福祉グループは「絶対に見捨てない。」という理念を掲げていました。これは、現代表の武久敬洋さんが副代表に就任した際、グループとしての姿勢を表す言葉が必要だと考えてつくったもの。創業者で現会長の武久洋三さんが行なってきた数々の取り組みを言語化したときに「絶対に見捨てない。」という力強く明快な理念が生まれました。当時の状況を、同グループ広報部係長の中塚聡さんは振り返ります。

平成医療福祉グループ広報部係長 中塚聡さん
中塚さん「それが、私もまだ入職していない10年以上前のことです。そこから時間が経って、平成医療福祉グループは、医療だけでなく福祉にも取り組むなど事業の幅を広げていきました。すると『絶対に見捨てない。』という言葉だけでは、グループとして取り組んでいることを説明しきれなくなってきたんですね」。

以前から広報部では、こうした幅広い同グループの取り組みをどうPRしていいのか、悩んでいました。代表も同様にPRに課題を感じており、ウェブサイトのリニューアルとリブランディングを進めていくことに。そのタイミングで、理念を表現する新しい言葉をつくることになりました。

2023年秋、徳島・神山町にて行われた2泊3日の合宿のようす(提供:平成医療福祉グループ)

新しい理念を考える2泊3日の合宿には、代表の武久さん、介護福祉事業部部長の前川沙緒里さん、リハビリテーション部部長の池村健さんといった現場トップの職員に加え、広報部から中塚さんとグラフィックチームの川本祐未さんをはじめとする4名が参加しました。そこで前川さんが話してくれたあるエピソードが、同グループが目指す未来を言語化する端緒になりました。

中塚さん「ある介護施設に、椅子をひっくり返したり叩いたりするおじいちゃんがいました。通常そういった行動は、問題行動とされてしまうのですが、前川さんがあるカンファレンスに参加した際、その行動の理由を探ったのだそうです。すると、昔は家具職人だったというバックボーンに辿り着きました。そして『きっと椅子を直そうとしてくれてたんだ!』と受け止められたそうです。そのエピソードに続けて前川さんが『自分が大事にしてきたことはいつまでも大事にしたいだけなのに、介護施設にいると、自分らしく生きることが難しくなってしまうことがある。でも一人ひとりが大事にしてきたことを胸に、“自分を生きてほしい”って思うんです』と話した瞬間、合宿のメンバー全員が『それだ!』となりました」」。

話し合いは一気に進み、まず「自分を生きる を 支え続ける」という言葉が生まれました。そして、合宿からさらに数日後「“支え続ける”ではなく“みんなのものに”はどうだろう」という新たな提案が出てきたのだそうです。

中塚さん「『支え続ける』だと医療者側の視点だけになってしまう。でも『みんなのものに』だと、患者や利用者、医療者の壁がなくなって、文字どおり、自分を生きることが一人ひとりの自分ごとになりますよね。また全員が『それだ!』となりました」。

新たなミッション「じぶんを生きる を みんなのものに」が誕生した瞬間でした。現場でのリアルな経験が、同グループが目指す医療やケアの本質を体現する言葉を見つけ出したのです。

新しいミッションを浸透させるために、手に取れるツールを

ミッションの策定とともに、それをグループ全体に伝えるために企画されたのがビジョンブックの制作でした。その役割を担うのは、広報部のメンバー。ビジョンブックの編集を担当した重田祐子さんは、「じぶんを生きる を みんなのものに」という新しい言葉を初めて聞いたとき、どう感じたのでしょうか。

平成医療福祉グループ広報部・編集班 重田祐子さん
重田さん「最初は言葉だけをポンと聞いたので、正直戸惑いました。ビジョンブックについても、具体的な要望は特になかったんです。メディアをつくるときは、まず対象読者から考えるのですが、ビジョンブックの読者対象には、次年度の春に入職する新しい職員もいれば、何十年も働いてきた職員もいる。病院、介護施設、障がい者施設と働く現場もさまざまで、私たちのような非医療職もいます。その幅広い読者のみなさんに興味をもってもらい、代表の思いやミッションの意図をしっかり伝えなければならない。さてどうしようと悩みました」。

こうした反応を見た中塚さんは、ビジョンブックを制作する前に、広報部内でミッションを共有し、浸透させる必要性を感じました。そこで広報部編集班のメンバーと川本さん、代表の武久さん、前川さんが集まり、ビジョンブック制作のキックオフミーティングを開催。ビジョンブックに何を載せたいのか、そもそも目的はなんなのか、新しいミッションはどういう思いで生まれ、どうしてこの言葉になったのかを、代表や前川さんの口から語り直してもらいました。

重田さん「そのとき代表が『これからはトップリーダーが何か言ってそれに従うような時代ではない。自分たちで考えて行動できるようになってほしい。広報部には、そのための指針となる手に取れるツールをつくってほしい』と話されたんですね。そこでミッションの理解とビジョンブックをつくる目的に対する解像度が一気に上がり、『よし!やるぞ!』という気持ちになりました」。

ところが、制作に取りかかると思いも寄らない壁に何度もぶつかったそう。一番難しかったのは、代表や前川さんの伝えたいことのニュアンスを掴むこと。そのすり合わせにはとても苦労したそうです。しかし、双方ともに粘り強く新理念を表現したと言えるまで議論を尽くしました。

中塚さん「最初は、代表たちが現場で見てきた感覚を、うまく言葉に反映できませんでした。わからないのであれば何度でも答えるからわかるまで聞いてほしいと言われ、実際に何回も時間をつくってもらい、トライアンドエラーを繰り返しました」。
川本さん「デザイン作業も同じでしたね。話を聞いては代表たちの頭の中にあるイメージを逐一絵に描いたり、テイストの違うイラストやレイアウト案を何パターンも用意して見てもらったり。どれが代表のイメージに近いのかをラリーを重ねて擦り合わせていきました」。
重田さん「今、初校を読み返すと、短いテキストでわかりやすく伝えようとするあまり、すごく言葉足らずだったなと思います。より良い原稿にするためにはどうしたらいいか、再度代表とミーティングを重ね、前川さんに東京の事務所まで来ていただいて1日かけてあらためてお話を伺ったこともありました。でも振り返ってみると、それだけ対話を繰り返したおかげでいいものができたし、私自身もものの見方のバリエーションが増えたように思います」。
平成医療福祉グループ広報部主任、印刷班(グラフィックチーム)班長 川本祐未さん

ビジョンブックのデザインを担当した川本さんは、イントロからビジョンまでの冒頭ページをいかにして読んでもらうか、読んだ人にどう印象を残すかに心を砕いたと言います。

川本さん「現場のスタッフは常に忙しいからじっくり読む時間が取れないということは、最初からわかっていました。でも理念が『じぶんを生きる を みんなのものに』に変わったことはちゃんと伝えたかった。そこだけでも読んでもらえるように字を大きくしたり、イラストを全面に出したり工夫しました。日々の業務で疲れたとき、迷いが生じたときに、家に帰ってミッションのページだけでも開き『そうだ、これが私の原点だった』と立ち返ってもらえるものにしたいと思いました」。
理念が大きな文字でドンと掲載され、理念を達成するためのプロセスを旅に見立てたイラストが全面に描かれている。「この見立てができたとき、ビジョンブックを通して伝えたかったことがよりクリアになった手応えがありました」

夢や理想を語ることの大切さ

2024年春に行われた新人研修では、ビジョンブックを元にプログラムが組まれた(提供:世田谷記念病院)

2024年春、同グループは完成したビジョンブックを全職員に配布。新人研修プログラムもビジョンブックに基づいて実施しました。今後は採用試験などでも活用される予定です。グループのミッションを丁寧に紐解き、取り組むべきアクションをわかりやすく解説したビジョンブックの存在は、職員の行動指針となると同時に、ミッションに共感する人材の採用にもつながると、大きな期待が寄せられています。

ただし、働いている職員の反応はさまざまです。以前の「絶対に見捨てない。」という理念に惹かれて入職した人もいるため、「戸惑いの声がないわけではない」と中塚さんは正直に話します。

中塚さん「当然ですけど、1冊の冊子で現場がすぐに変わるものではないんですね。実は、ある病院の方から『ビジョンブックって夢の世界じゃないですか』と言われたこともあって。確かに夢のように見えるかもしれませんし、そう思われる気持ちもわかります。でも理想を示すことは大切だし、代表の視点をみんなが共有していないと、チームとしてどこへ向かえばいいかがわからない。理想を1回出し切って置いておく、いつでもアクセスできるようにしておくことが、いつか意味をもつ日がくるのではないかなと」。
ビジョンブックの表紙のイラストは「自分を生きる を みんなのものに」が体現された、10年後の世界を描いている。同グループが目指す世界だ

「みんなのものに」という言葉が私たちをチームの仲間にしてくれた

「じぶんを生きる」のかたちは人によって違い、正解も不正解もない。一人ひとりが「じぶんを生きる」を全うする世界は、とても豊かで多様性あふれる世界に思えます。だとすると、みんなにミッションを伝え、浸透させていく役割を担った広報部のみなさんの現時点での「じぶんを生きる」は、いったいどんなものなのかが気になります。

川本さん「以前の理念のとき、私たちは、医療者が患者さんや利用者さんを助けるお手伝いをするという意識でいました。でも新しいミッションは『みんなのものに』ですよね。私たちも『one of them(そのうちのひとり)』であって仲間だと言われた気がしました。だから今は、私がone of themとしてやっていけることを考えています。例えば現場のトップである部長さんが思っていることをわかりやすく伝えるためのサポートがデザイナーの私ならできるのではないかと考えています」。
重田さん「命を救う現場にいる人たちを尊敬しています。私は普段、職員にインタビューをする機会が多いのですが、話していると情熱的な人ばかりなんですね。志が高くて頭が下がるし、同じグループで働く人間として誇りに思う。そういったみなさんの言葉を紹介し続けることでグループに貢献したいという気持ちは、話を聞くたびに強くなっています。みなさんが蒔いている種を拾ってそれを広げていくこの仕事が、今、とても楽しいです」。
中塚さん「課題を見つけたとしても、そこに対して広報部が貢献できることがたくさんあります。平成医療福祉グループは『社会がよくなるために』ということを常に考えて行動している大きな組織であり、客観的に見ても社会に与えるインパクトがとても大きい。微力かもしれませんが、僕もそれに力添えしたい。だからこそやりがいがあって、大変だけど「今が一番楽しい」と言えるし、それこそが今の仕事における僕の『じぶんを生きる』だなと思います」。

同じグループの仲間として、医療現場で働く人たちの思いを伝える仕事を「じぶんを生きる」こととして引き受けようとする、広報部のみなさんのあり方もまたミッションを体現しているように思われました。

ビジョンブックに込めた広報部からのメッセージ

もう一度、ビジョンブックの「じぶんを生きる を みんなのものに」と書かれたページを開いてみました。すると、右下に配置された本文の最後の4行にあらためて目が止まりました。

「この取り組みは、誰かの犠牲のもとに成り立つものであってはいけません。スタッフもまた、自分らしくいられることを目指します。“みんなのもの”となることを実現するため、一緒に歩みましょう」

このテキストを書いたのは中塚さん。「この4行に書かれていることがあってはじめて“じぶんを生きる を みんなのものに”というミッションが成立すると思ったので絶対に入れたかった」と言います。ここには、現場の思いを直接受け止め、時間をかけて新しいミッションを掘り下げながら言語化とビジュアル化に取り組んできた広報部が伝えたかったメッセージも込められているのです。

広報部がチーム医療に果たす役割は、ミッションをグループで働くひとり一人に浸透させて、チーム医療の基盤を築くこと。そのために、ビジョンブックの制作や日々の広報活動によって、同グループ内をミッションという太く強い横串でつなぐことです。そして、一人ひとりが体現している「自分を生きる」を見える化し、職員をエンパワーメントしたいと願っています。

中塚さん「ここからは、僕らもビジョンブックを指針として、みなさんをエンパワーメントとする取り組みをどんどんやっていきたい。ミッションをきちんと浸透させて血肉化できるかどうかは、広報部だけでなく、人事部をはじめ各部門のみなさんの力も必要だと思っています」。

ビジョンブックが一人ひとりの手に渡った今、それぞれが考え、それぞれの「自分を生きる」ための道のりがはじまります。その道の先に、グループが目指す医療と福祉のあり方が生まれてくるに違いありません。ビジョンブックの完成は、ゴールではなくスタートなのです。

プロフィール

ライター

ライター

平川友紀

ひらかわ・ゆき

フリーランスのライター。神奈川県の里山のまち、旧藤野町で暮らす。まちづくり、暮らし、生き方などを主なテーマに執筆中。

フォトグラファー

フォトグラファー

生津勝隆

なまづ・まさたか

東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。

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