みなさんは今日、何回トイレに行ったか覚えていますか?
排泄は、食事と同じく人間が生きるために絶対に必要な行為。ですが、尿意や便意がないときは特に意識することはありません。また、人間社会において排泄はタブーでもあり、たとえば食事中に話題にするのはマナー違反だと考えられています。人前で排泄することに大きな羞恥心を伴うこともまた、食事との大きな違いです。
しかし、人間は歳を重ねるとしだいに排泄する力も衰えるもの。60歳以上の78%以上が何らかの下部尿路症状を有し、年齢とともにその頻度が上昇すると言われています*。ただ、大人になってからおむつ交換やトイレ介助をしてもらうのは、乳幼児の頃とは違ってとてもデリケートです。場合によっては、深く尊厳を傷つけられる可能性もあります。つまり、排泄とは人の命と尊厳に深く関わる行為だと言っても過言ではありません。
回復期リハビリテーション病院や介護老人保健施設などで、高齢の患者さん・利用者さんに向き合ってきた平成医療福祉グループでは、「自分の意思でトイレに行き排泄することを目指す」ことを行動指針にしています。排泄機能の回復とトイレ動作の獲得は、在宅復帰を目指すリハビリテーションにおいても、また患者さんのQOL(Quality of Life, 生活、人生の質)を向上するうえでも最重要課題のひとつだからです。
今回の特集記事では、同グループの排泄ケア・リハビリテーションにフォーカス。尿道留置カテーテル(以下、尿道カテーテルと表記)の抜去、排便ケア、排泄機能回復のためのリハビリテーション、トイレ介助、排泄ケアなど。患者さん・利用者さんの排泄ケア・リハビリテーションの各段階に関わる人たちに取材を行い、全5回にわたって記事をお届けすることにしました。
1本目となる本記事では、同グループ副代表で医師の坂上祐樹さん、看護部長の加藤ひとみさんに、排泄自立の第一歩となる尿道カテーテル抜去の重要性についてお話を伺います。
*本間之夫、他:排尿に関する疫学調査、日本排尿機能学会誌 14-2:p266-277、2003
<プロフィール>
坂上祐樹(さかがみ・ゆうき)
平成医療福祉グループ副代表、経営企画医師、海外事業部部長。1981年長崎県島原市出身。2006年長崎大学卒業。長崎県五島中央病院で初期研修後、厚生労働省に入省。医師偏在を課題として臨床研修制度の見直しなどに取り組み、診療報酬改定や災害医療の整備などを手掛け、2017年に同グループに入職。
加藤ひとみ(かとう・ひとみ)
平成医療福祉グループ看護部部長。香川県高松市出身。1996年、博愛記念病院に介護士として入職。介護福祉士の資格を取得した後、徳島県立看護学院(現・徳島県立総合看護学校)にて看護師の資格を取得。2012年、世田谷記念病院の立ち上げに加わり、看護部部長に就任。
排泄障がいは、QOLと尊厳に深く関わっている
排泄行為に問題があることを「排泄障がい」と呼びます。排泄障がいと呼ばれる症状の範囲は広く、すべての年代で起きる可能性がありますが、ことに加齢とともにその割合は増えていきます。少し遠回りするようですが、排泄障がいについて理解するために、私たちの人生のなかで排泄行為がどのように変化していくかを見ていきたいと思います。
生まれたばかりのとき、私たちは誰もがおむつを着けて過ごします。新生児は1回ごとの排泄量は少なく、1日15〜20回の尿、7〜10回の便をします。成長とともに、膀胱機能が発達すると尿を溜められるように、直腸は便のかたまりをつくれるようになって回数が減るとおむつがとれます。2〜3歳頃になると尿意をがまんしたり、「トイレに行きたい」と意思表示したりできるようになり、ひとりでトイレに行けるようになります。
その後は、排泄に関わる病気などをしなければ、ごくふつうにトイレに行く生活を送ります。しかし、60歳を越えると排泄コントロールが難しくなっていきます。膀胱を支える骨盤底の筋肉が衰えて失禁しやすくなり、腸の働きが弱まって便秘や下痢を起こしやすくなります。さらには認知機能が低下していくと、トイレそのものを認識できなくなることもあります。
加齢に伴って排泄コントロールが難しくなるのは、赤ちゃんがおむつを必要とするのと同じく自然なこと。しかし、社会生活を送る大人が下着を汚すと情けなさを感じるのもまた自然な心理です。自信を失い、羞恥心のために人に相談できずに抱え込むこともあります。排泄障がいは人としての尊厳を傷つけられかねない非常にデリケートな問題なのです。
あらためて、排泄という行為を見直すと実に多くの日常動作で成り立っています。「尿意・便意を感じる」「トイレまで移動する」「トイレや便器を認識する」「下着を下ろす」「便器に座る」「排尿・排便をする」「後始末をする」「下着を着る」「部屋に戻る」など。何らかの理由でこの一連の動作のどれかが欠けると、トイレに行くことがしんどくなり、生活に支障をきたす可能性があります。排泄障がいは、患者さんのQOLを損なうだけでなく、在宅復帰を妨げる要因にもなりえます。
平成医療福祉グループは「じぶんを生きる を みんなのものに」を理念に掲げ、治りきらない病気や障がいを改善することを通して、患者さんや利用者さんが生きやすくなるように関わろうとしています。排泄障がいについては、どのような取り組みがあるのでしょうか。まずは排尿に関する問題に深く関わる、尿道カテーテル*の抜去についてお話を伺っていきましょう。
*尿道からカテーテル(チューブ)を挿入して先端のバルーンを膀胱ないで膨らませて留置し、カテーテルが抜けないように固定する。
尿道カテーテルはできるかぎり抜く
術後や怪我などで全身状態が悪く排尿が難しいとき、あるいは膀胱や腎臓の病気で尿路の確保が必要なときに、尿道カテーテルを挿入して持続的に尿を排出させる処置を行います。しかし、尿道カテーテルを不必要に長期留置すると排泄機能の低下を招くおそれがあります。

坂上さん「長期にわたる尿道カテーテル留置は、尿路感染や尿道の損傷リスクがあるため、必要がなくなり次第なるべく早く抜去したほうがいいんです。また、尿道カテーテルによって持続的に排尿していると、膀胱が収縮する力を失って廃用症候群を起こしてしまいます」。
加藤さん「尿道カテーテルを入れていると、どうしてもチューブが日常動作やリハビリテーションの邪魔になるという問題もあります。チューブが何かに引っ掛かることによる、尿道の亀裂や損傷のリスクもありますし、皮膚トラブルの原因にもなります。また、尿を溜める蓄尿バッグをぶら下げて歩くことによって、自尊心を傷つけてしまう部分もあると思います」。
このようにさまざまな問題があるにも関わらず、高齢の患者さんに対しては、尿道カテーテルを長く留置してしまう傾向があるそうです。
坂上さん「救急搬送時や手術の際に尿道カテーテルを入れて、その後の経過をきちんと評価せずに入れっぱなしになるケースが見られます。尿が出ないと腎不全を起こす危険性がありますが、尿道カテーテルを入れていればそのリスクはありません。また、排尿については泌尿器科の専門領域だという認識から抜かないままにしてしまうケースも考えられます」。
同グループは慢性期医療に長く携わってきた経験から、人間としての尊厳を保つことが、回復や在宅復帰への自信にもつながると考え、「口から食べて、トイレに行って排泄する」を重視してきました。2017年には、当時のグループ理念「絶対に見捨てない。」を支える取り組みのひとつに「自分でトイレ」を据えました。また、同グループ独自のQIシステム(Quality Indicator、医療の質を示す指標)を開発・導入した2019年以降は、排泄に関わる数値をデータ化。各病院における尿道カテーテルの抜去率を可視化することで、病棟スタッフ全体による改善を後押ししています。
チーム医療で取り組む、排泄自立の第一歩
尿道カテーテルを抜去して排尿できるようになると、排尿障がいを一次クリアできます。ただ、尿道カテーテルの抜去は慎重に行う必要があります。患者さんの全身状態と尿量が安定しているかどうかの確認はもちろん、患者さんの意思確認も大切です(長期にわたって留置していた患者さんのなかには「このままがいい」と希望する方もいるそうです)。
入院時のアセスメントや入院中の病棟カンファレンスで、各職種が持ち寄る情報を共有しながら、「この患者さんは尿道カテーテルを抜けるかどうか」を話し合います。抜去のゴーサインを出すのは医師。薬物療法や間欠的導尿*などの処置も行いながら経過を観察します。坂上さんは「膀胱がんなどの病気の人を除けば、どうしても抜去できなかった患者さんは30人に1人くらい」だと話します。
*1日4〜6回、尿道にカテーテルを入れて膀胱内に溜まっている尿を体外に排出する

坂上さん「尿道カテーテルを抜去した後は、時間経過を見ながら看護師が残尿測定値を確認。尿が出ていなかったら、薬物療法で前立腺肥大による尿道の圧迫を抑えて排尿を促したり、膀胱の過剰な収縮を抑制して失禁を防いだりしながら抜去を進めます。そのプロセスのなかで、療法士はトイレの環境設定や排泄リハビリテーションを進め、介護士と看護師は定時誘導を行って排尿を習慣づける訓練を行います」。
加藤さん「病棟スタッフの間で、尿道カテーテルを抜くべきだと意識はしていると思います。医師の方から『この患者さんの尿道カテーテルを抜いて残尿測定してみて』と指示が出ることもあれば、看護師や介護士から『この患者さんは抜いても大丈夫そうだから抜きませんか?』と医師に提案することもあります」。
排泄リハビリテーションの成果を上げるには、医師、看護師、介護士、療法士、薬剤師など、多職種が協力しあうチーム医療の力が問われることになります。
患者さんの生活と人生を大切にするからこそ
排尿障がいには、乏尿(尿の排泄量が低下)、尿閉(体外に尿が排泄されない)、認知や運動機能の低下により起こる機能性病失禁や腹圧性尿失禁、尿が漏れ出る溢流性尿失禁などいろいろな尿失禁があります。また、排尿の回数やタイミング(時間帯)も人それぞれで、極めて個別性が高いのも特徴のひとつ。患者さんの身体の状態や認知レベルによって、トイレ介助に10分以上を要することもあるそうです。また、排泄に関わるケアでは、快適なおむつの当て方のような技術も必要ですし、患者さんに羞恥心を抱かせない配慮も欠かせません。とても高度なケアが求められます。

加藤さん「患者さんが退院後に目指すべきゴールに合わせて何が課題なのかが見えてきます。特に、回復期リハビリテーション病院の場合は、在宅復帰を目指す人が多いですから、尿道カテーテルを入れたままで帰れるのか?という問題があります。『トイレに行けるようになったら帰ってきてもらえる』というご家族の声もあります。その人が目指す生活を実現するために障がいになることを取り除いていくという視点に立つと、やるべきことが明確になるのではないかと思います」。
「トイレに行けるかどうか」は、たとえば発熱や痰の吸引のように緊急性が高く、命の危険に関わることではありません。治療の範囲だけで排泄を捉えていると、優先順位が下がってしまいます。おむつで排泄してもらうことは、身体抑制のように目に見えるかたちで患者さんの尊厳を奪っているわけでもありません。「なぜ、尿道カテーテルを抜くことが大事なのか」「『自分でトイレ』を目指すのか」を、自分の身にも置き換えながら意識できないとケアの質は保てなくなります。
坂上さん「誤解を恐れずに言えば、尿道カテーテルを留置していたらおむつ交換もトイレ介助もしなくていいんです。それでも、抜去を目指すのは先ほど話したデメリットが大きいこと、そして何よりも我々は患者さんのQOLを第一に考えるグループであることを目指しているからです。患者さんが望む生活を送るために排泄は大事な要素だから、そこに向き合わないと全人的なケアができない。医師を含めてスタッフ全員に意識して取り組んでもらいたいと思っています」。
同グループの病院の患者さん、施設の利用者さんは主に高齢の方たちです。加齢によるさまざまな機能低下や障がいは「キュア(cure, 治療)」によって完治しないケースも少なくありません。しかし、たとえ「キュア」はできなかったとしても、患者さんや利用者さんが生きやすくなるように、「ケア(care, 看護、介護、関心をもって関わること)」することはできます。患者さんの排泄に関わることは、まさに「ケア」が問われる分野だと言えるかもしれません。
次回の記事では、リハビリテーションを通して排泄障がいの改善に取り組んできた、同グループの排泄リハビリテーションチームを取り上げます。
プロフィール

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。