入院患者さんの日常生活をサポートする、病院内の介護士。入浴や食事の介助、ベッドから出てリハビリやデイルームに行くときの移動の介助、そして排泄ケアなどを担当しています。また、医療職が多い病棟スタッフのなかで非医療職として、QOL(Quality of Life, 人生、生活の質)の視点から患者さんのケアにあたるという大切な役割も担っています。
排泄ケアは「介護の仕事の3分の1が排泄介助」と言われるほど、主な業務のひとつです。「自分を生きる を みんなのものに」をミッションに掲げる平成医療福祉グループでは、病院内での排泄ケアにどのように取り組んでいるのでしょうか。同グループ看護部介護部門関東エリア長で介護福祉士の福崎彩子さんに、病院介護における排泄ケアで大切にすべきことを伺いました。
<プロフィール>
福崎 彩子(ふくざき・あやこ)
看護部介護部門関東エリア長/大内病院 介護福祉士 係長。 2012年入職。世田谷記念病院に長く勤めたあと、2024年11月に、建て替えが終わってリニューアルオープンした大内病院へ配属され、認知症ケア病棟を担当。関東エリア長として、関東一円の病院の介護部門も統括している。
おむつの選定や当て方次第でQOLは上がる

排泄は、人間の生命に欠かせない生理現象ですが、加齢とともに身体機能が衰えると、尿や便の失禁、あるいは身体機能の問題でトイレに移動できなくなるなど、さまざまな排泄障がいが起きはじめます。排泄障がいには、情けなさやみじめさを感じて深く傷ついてしまうなど人間の尊厳に関わる側面があります。だからこそ、排泄ケアには、高い技術と豊富な知識を活かしながらも、患者さんに寄り添う姿勢と慎重さが求められます。具体的にはどのようなことをしているのでしょうか。
福崎さん「おむつ交換、トイレ誘導、陰部洗浄、失禁があれば、シーツ交換や更衣も行います。個別性を大事にしているので、1日何回といった決まりは設けていません。一人ひとり排泄パターンは違うはずですし、患者さんをきちんと見ていけば、その人に合った回数や方法はわかってくるものなんですね」。
その人の状態を見極め、評価し、適切なケアや介助をするために、入院時合同評価では、医師、看護師、療法士、介護士らが日常動作を確認し、方針を決めていくのだそう。
福崎さん「急性期病院から転院してくる場合は、寝たきりでテープ式おむつをされている患者さんが多いです。でも、入院時合同評価でトイレ動作を見ていくと『この人はテープ式おむつじゃなくてリハビリパンツでもいけるよね』ということもあります。ただ、深く考えないで『もう大丈夫じゃない?』って布パンツにした結果、もしも失禁してしまうと患者さんは失敗が怖くなって前に進めなくなってしまう。なんでも早ければいいというわけではないんですね」。
たとえば、現在福崎さんが勤務する認知症ケア病棟では、トイレが認識できなかったり、尿意が感じられなかったりと、排泄の管理が難しい認知症患者さんが多く、ほとんどの人がおむつを着用しています。
福崎さん「尿失禁や尿意の有無、排泄パターンを確認しておむつの選定を行います。おむつは嫌だなと思われるかもしれないけど、今のおむつはすごく性能が良くなっているんですよ。脱ぎ履きしやすくてフィットしやすく、失禁した後も冷たく感じない。最近のリハビリパンツなんて、薄くてよく伸びて、色付きのおしゃれなものも出ています。それにおむつにも、ちゃんと正しい当て方があるんですね。きちんと当てていると不快感もないし、漏れることもない。そこは介護士の技術次第なんです」。
サイズが合わない、当て方がよくないなど、おむつの不快は患者さんのQOLを著しく低下させます。おむつを外そうとしたり、おむつの中に手を入れて排泄物を触ったりと、不穏な状態になってしまうことも。だからこそ、介護士が高い技術をもっていることはとても重要なのです。最近は、紙おむつの適切な使い方や排泄に関する知識を習得したことを証明する「アテントマイスター」という民間の認定資格があり、同グループではその取得を積極的に呼びかけています。


また、トイレを認知できなくなっている患者さんに、もう一度トイレを認識できるように働きかけることもあります。
福崎さん「認知症の症状のある患者さんでも、自分でトイレに行ける人にはリハビリパンツを履いてもらってトイレ誘導をすることもあります。トイレで便座に座ることを意識づけて、排泄はどこでするものなのか、トイレで排泄する気持ちよさを覚えてもらう。そういうことを伝える人が私たち介護士だと思っています」。
退院後も続けられる排泄ケアを見極める
慢性期医療に取り組む平成医療福祉グループの病院では、多くの高齢の患者さんが長期にわたる入院生活を送っています。在宅復帰に向けて、治療、リハビリによるADL(日常生活動作, Activities of Daily Living)の回復と同じくらい重要なのが排泄の問題。「自分でトイレに行けるかどうか」「排泄ケアを自宅でできるかどうか」が退院の決め手となることも少なくありません。
福崎さん「ご家族が高齢だと、洗濯が大変だから使い捨てできて臭いも少ない紙おむつのほうが楽でいいという人もいます。家に帰ったら高齢の奥さんしかいないからトイレ介助をできない場合もあります。ご自宅の環境や家族構成も考慮しつつ、その人に合う排泄のあり方をご家族も含めて相談しながら決めていくんです」。
決まった時間に行う食事や入浴は民間の介護サービスに依頼できますが、排泄ケアは24時間待ったなしです。どうしても夜間や外出時の介助は難しいため、自宅で介護するご家族からも排泄の自立を望む声は多くあります。
福崎さん「家に帰ってから失敗してしまうと、せっかく入院中にリハビリをした意味がなくなりかねません。入院している間に慎重に評価して、家族にも必要な介助のやり方を習得してもらうことで、安心して暮らせるようになるのが理想ですから」。
患者さんがご自宅に戻ったときに、無理なくトイレに行けるのか。ご家族にとって負担なく続けられる排泄ケアはどのようなものか。それらを見極めるには、入院中の患者さんの日常を観察する介護士の視点がとても大切なのです。
情報の把握と共有が排泄ケアの質を向上させる
診察のとき、検査のとき、リハビリや食事のとき。入院中の患者さんは、さまざまな職種の病棟スタッフと接しながら一日を過ごしています。患者さんの日常生活を介助する介護士が見ているのは、患者さんたちの「ふだんの顔」。だからこそ、わかることがあります。
福崎さん「リハビリや検査のときは、『先生に診てもらっているから』とみんながんばるんです。だけど私たちは患者さんの24時間を知っています。入浴介助のように肌と肌の付き合いもしますから、本音や本当の動きみたいなところも見えてきます。特に朝晩の眠いときとリハビリのときでは全然動きが違うので、何かあれば記録に残しますし、なるべく他職種にも生活のなかの動作を見てもらうようにしています」。
このように、各分野の専門家が連携して一人の患者さんの回復のためにチームアプローチできることが病院介護の面白さだと福崎さんは言います。排泄ケアについても同様で、病院介護士は、さまざまな情報を基にどのようなケアが必要かを判断し、逆に生活の様子を各専門家にフィードバックすることで、より良い治療やリハビリにつなげていきます。
福崎さん「医師は薬のコントロールをして、看護師は薬を飲ませる。リハビリでADLを上げていき、私たちは毎日の生活パターンを見ていく。そのなかで排泄ケアに関しても情報共有しています。ただ、日々の排泄の経過を記した排泄表を見ているだけではわからないことも多いんですね。ある患者さんがすごくお腹が痛いと言って何度もトイレに行った日があるとします。ずっと続くならそういう排泄パターンの患者さんだけれども、看護師に確認したら、その日は排泄に関わる薬を飲んでいたことがわかったりする。そういったことを見極めるためにも、わからないことがあれば他職種に質問しますし、電子カルテの確認も必要です。1週間ぐらいはしっかり排泄のパターンを見ていく必要があります」。
また、トイレ介助の際のリスクになりうる転倒事故も、患者さんの情報を共有することによって防ぎやすくなります。
福崎さん「それこそ、その人のADLや認知度を知らないで介入してしまうと事故につながってしまうんですね。認知症の方のなかには『わかりました』と返事をしていても実はわかっていなかったり、すぐに忘れてしまう人もいます。転倒の原因を調べたら、介助するときは右側につくべき患者さんだったのに、左側についたせいだったということもあります。そういう細かい情報までもっておけば、転倒を未然に防げるんです」。



患者さんとしっかり関わり、他職種と話をして、時間が許す限りいろいろな記録に目を通しておくことは、適切なケアを提供するうえで欠かせない基本です。
福崎さん「せっかく各分野の専門家が必要な情報を提供してくれているのに、バラバラなことをしていたら意味がないですよね。私たちは排泄ケアに関しても、それぞれの役割があると思っています。でも、それぞれでやっているだけではダメで、それぞれがやっていることを共有しあわなければならない。他職種との連携ができている病院は良い排泄ケアができているのではないかと思います」。
適切な排泄ケアは患者さんの在宅生活を後押しする
介護福祉士を養成する学校では、「おむつ内排泄体験」という疑似体験学習を実施しています。一晩中おむつを着けていて寝たままで排泄する感覚、濡れたおむつのまま行動する不快感や不安を自ら知るためです。「だから、出そうと思っても出ない感覚や、出したあとの気持ち悪い感じは、介護士はみんなわかっているはず」と福崎さんは言います。
福崎さん「自分たちの都合でやりやすさを優先にすることは、本当にしちゃいけない行為だと思うから。『自分だったらどうかな?自分の家族だったらどう考えるかな』といつも振り返ることができれば、きっと思いやりをもって排泄ケアをできるんです。でも、業務に追われて忙しくしていると、ポジティブな声かけをできないときもあるとは思います。思わず、患者さんの前で『漏れてる』と口に出して、失敗したと思わせてしまうこともあるかもしれません。お互いに人間だから間違うことはあります。そのときは、きちんと反省して謝罪することが倫理的にも大事だと思います」。
「認知症だから伝わらない」と思い込んで、タメ口になったり、子どもに対するような言葉遣いをすることは、介護現場では固く禁じられています。患者さん本人の尊厳を損なうだけでなく、そのご家族に不信感を抱かせ、またスタッフの意識低下にもつながるからです。平成医療福祉グループでは、定期的な接遇研修などを実施して、ケアの言葉づかい、敬語の使い方などを振り返る機会を設けています。
「介護士の育成や指導にますます力を入れていきたい」と福崎さん。患者さんが一人ひとり違うように、介護士も一人ひとり個性があります。いろいろな人がいるからこそ、技術の向上やマインドの共有が、質の高いケアの提供のためにも不可欠です。

福崎さん「失禁したときに、患者さんから『ごめんね』ってすごく言われるんですね。そのたびに『いや、こっちこそごめんなさい』って思うんです。結局、自分たちが未熟だと相手に不快な思いをさせてしまう。特に排泄は、恥ずかしいし申し訳ないという気持ちになってしまう人が多いからこそ、こちら側がきちんとしたケアをしないといけないんです」。
患者さんの一番近くにいるからこそ、排泄の悩みに寄り添うことができる。同時に、長く一緒にいるからこそ、気を抜いたときにタメ口が出てしまうこともある。病院のなかでの患者さんと介護士の関係は、少し家族に似ているところがあります。だからこそ、患者さんと家族の不安に寄り添いながら、入院生活を在宅生活につなげていく架け橋のような役割を担うことができるのです。
その人のスタイルを尊重することは、その人の尊厳を守ること
一方、排泄ケアを行なう上での精神面での取り組みはどうでしょうか。福崎さんは、「ポジティブな言葉がけ」と「成功体験を一緒に喜ぶ」ことを大切にしています。
福崎さん「排泄がうまくいったときは『気持ち良かったですね』とか『スッキリしましたね』と声がけすることが多いです。特に認知症の方は、うれしいとか気持ちがいいとかきれいとか、そういうポジティブな言葉を使うと、そのときの印象がすごく残るんですね。逆に失敗したときにネガティブな言葉を使うと、その印象も残るので気をつけなければいけないんです。一緒に喜びながら、少しずつ成功体験にもっていくようにしています。なかなか簡単なものではないんですけど」。
このほか、排泄の際に目線を逸らしたり、少しの間姿を消すといった配慮もしています。
福崎さん「目の前に人がいて、おしっこしていいよと言われても、なかなかできるものじゃないですよね。私だって嫌です。体を支えていないとできない人は申し訳ないけど支えさせてもらいますが、自分でしっかり姿勢が保てる人だったら、介護士は見えないように少し離れます。もちろん、急に動いて転倒することがないように、動きがわかるようにはしておきますが、常に患者さんの気持ちを考えて行動するんです」。
たとえば、男性には「排尿は立ってしたい」という方も少なからずいるそうです。リハビリ中で不安定な状態なので、つい心配で「座ってしてください」と言いたくなりますが、そんなときでもその人のスタイルを可能な限り尊重するようにしています。
福崎さん「いつもとやり方が違うと出したいものも出ないと思うんですよね。そしてそれは、尊厳を守ることにもつながると思うんです。介護する側が、その人のやりたいようにやらせてあげたいと思っていないと、どうしても安全なスタイルになっていってしまいます。立ってしたいと言われたら、療法士に立位の安定性を見てもらって、他職種が介助に入るときも同じアプローチをとってもらう。そのうち、本人が危ないと認識できてトイレに座るようになることもあります」。

最後に「福崎さんにとってのケアとは?」を聞くと、「よろこび!」とひとことで表現されました。「その人のためにする。それが一人ひとりを大切にすることになるから」と。
本来なら誰にも見られたくない排泄のケアは、ケアする人を信頼できて初めて受け入れられるのだと思います。「じぶんを生きる」をありのままに受け止めることを「よろこび」とする福崎さんのあり方は、患者さんとご家族を安心させるケアにまっすぐにつながっています。
次の記事では、介護老人福祉施設での排泄ケアのあり方について取り上げます。
プロフィール

ライター
平川友紀
ひらかわ・ゆき
フリーランスのライター。神奈川県の里山のまち、旧藤野町で暮らす。まちづくり、暮らし、生き方などを主なテーマに執筆中。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。