身体抑制は、移動・行動の自由を奪う行為であり、患者さんのQOLを損ない、人権をも侵害するという深刻な問題をはらんでいる。厚生労働省は、2000年から「身体拘束ゼロ作戦」を推進し、さまざまな啓蒙活動を行ってきた。しかし現在もなお、「患者の安全確保」や「スタッフ不足」を理由に患者さんを拘束する病院・施設は後を絶たない。そこで同省は、2024年度の診療報酬改定で「身体拘束を最小化する体制整備」をすべての病棟・病室*の施設基準に盛り込んだ。身体拘束廃止に向けて一歩踏み込んだかたちである。
(*精神保健福祉法の規定が別途ある、精神科病院・精神病室のある病院は除く)
平成医療福祉グループでは、2015年から身体抑制ゼロの実現に向けた取り組みを本格化。「身体抑制を選択肢に入れず、最大限考えて工夫する」ことを徹底している。本記事では、同グループの世田谷記念病院の取り組みを取材。身体抑制をしない環境づくりと看護の取り組みを紹介する。
患者さんの状態を正確に把握する
身体抑制が安易に行われる理由を突き詰めると、患者さんに対する無関心に行き着く。たとえば、認知症のある患者さんへの無意識の偏見や差別なども、一人ひとりを「自分たちと同じ人間」として見ない態度から生じてくる。まずは、患者さんをひとりの人間として理解することが身体抑制をしない看護の第一歩になる。



患者さんを見守る環境を整える
身体抑制の理由は大きく分けて「チューブ類の抜去」「徘徊」「転倒・転落」である。いずれも病院では“問題行動”と見なされているが、患者さんの立場になって考えるとその行動を起こす理由を理解し、対策を立てることができるようになる。
世田谷記念病院は、2020年に病棟設備をリニューアルした際、ナースステーション隣に大きな談話室を設置。患者さんは食事や日中活動を、病棟スタッフの見守りが行き届く談話室で行うことにした。病室でひとり過ごしているとついチューブ類に触ってしまう患者さんも、談話室で病棟スタッフと話したり、日中活動に取り組んだりしているとチューブに触らずにいられるケースが多いという。





身体抑制をしないためのツールを揃える
病棟内での転倒は、歩行や移動能力が低下している自覚がなかったり、病棟スタッフへの遠慮から起きるケースが多い。また、ベッドからの転落は、移動能力が著しく低下している場合、あるいは自力で離床できない患者さんに起きる。平成医療福祉グループでは、センサーなどのツールを多数導入して転倒・転落のリスクを回避している。世田谷記念病院で使われているツールを一部紹介しよう。






チューブ類の抜去にどう対応するか
患者さんに栄養を補給する、経鼻胃管、中心静脈カテーテル、胃ろうチューブ、人工呼吸器に接続する気管切開チューブなど。痛みやかゆみを伴う不快感、あるいは目の前で揺れるのが気になるなどの理由で、患者さんがチューブ類を抜いてしまうことがある。平成医療福祉グループでは、代替治療法への切り替えも含めて、身体抑制をしない対策を講じてきた。経鼻胃管や高カロリー輸液などの抜去については翌日の再挿入で対応。どうしても点滴を抜いてしまう患者さんの場合は、代替治療法への切り替えも検討する。
首の静脈に中心静脈カテーテルを留置している患者さんの場合は、末梢留置型中心静脈カテーテル(PICC、上腕部から針を入れる)や、遠位大腿静脈留置(鼠蹊部のやや下に針を入れる)に切り替える。あるいは、24時間投与から日中のみの12時間投与に切り替え、夜間はロックして抜去を防ぐことも。抜去が有害事象につながる気管切開チューブや中心静脈カテーテルについても、指先だけをカバーする手袋のみ使用する。





プロフィール

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。