回復期・慢性期医療のトップランナーとして、患者さん・利用者さんのQOL向上に取り組み、医療福祉改革にも貢献してきた平成医療福祉グループ(以下、HMW)。このたび、総合診療専門研修プログラム「HMW総診」を立ち上げて、2026年4月からプログラムを開始することを発表しました(※)。HMWはなぜ総合診療医を必要とするのか、総合診療医の育成に着手したのか。まもなくはじまる一期生の募集に先立ち、HMWの代表・武久敬洋さん、副代表の坂上祐樹さん、天辰優太さんに座談会形式でお話を伺いました。
※ 同グループの堺平成病院(大阪府堺市)、世田谷記念病院(東京都世田谷区)、多摩川病院(東京都調布市)にて研修受け入れを実施
<プロフィール>
武久敬洋(たけひさ・たかひろ)
平成医療福祉グループ代表。徳島県神山町在住。3人の子どもの父。2010年、平成医療福祉グループへ入職。以降、病院や施設の立ち上げなどに関わりながら、グループの医療・福祉の質向上に取り組む。2022年、グループ代表に就任。共同編集した著書に『慢性期医療のすべて』(2017 メジカルビュー社)がある。
坂上祐樹(さかがみ・ゆうき)
平成医療福祉グループ副代表、経営企画医師、海外事業部部長。1981年長崎県島原市出身。2006年長崎大学卒業。長崎県五島中央病院で初期研修後、厚生労働省に入省。医師偏在を課題として臨床研修制度の見直しなどに取り組み、診療報酬改定や災害医療の整備などを手掛け、2017年に同グループに入職。
天辰 優太(あまたつ・ゆうた)
平成医療福祉グループ副代表、経営企画医師、訪問事業部部長。1987年大分県大分市出身。2012年岐阜大学卒業。岐阜市民病院で初期研修後、厚生労働省に入省。介護報酬制度、診療報酬制度の改定や国立ハンセン病診療所の医師確保、医師の働き方改革に携わる。2020年に同グループに入職。
全人的医療・ケアを理解する医師を求めて
昨年の代表・副代表による座談会で、「我々のグループには、全人的な医療・ケアを理解している医師が必要で、その期待に最も近いのは総合診療医だ」と言われていました。改めて、総合診療専門研修プログラムをはじめる背景とその理由について伺いたいです。

武久:僕が代表に就任した翌年(2023年)、HMWの理念を再検討するプロジェクトを立ち上げたとき、これまで我々がやってきたことを総ざらいしたんですね。すると、我々が取り組む慢性期・回復期医療では、9割近くがケアだと言っても過言ではない。また僕自身も、徳島の中山間地域・神山町ではじめた「おうち診療所 神山 」で訪問診療をしてみると、いわゆる医療でどうにかなるものはするけれども、「その人がその場で生活できるように何ができるか」というケアの視点で考えることのほうが多い。その経験も踏まえて、在宅医療をしている総合診療医的な視点を持つ医師は、僕らの病棟が求めている全人的な医療・ケアをする医師の役割に近いんじゃないかと感じるようになりました。
天辰さんは、経営企画医師としておうち診療所を担当されていますが。
天辰:今の日本は高齢化が進み、3人に1人が65歳以上、6人に1人が75歳以上。年齢とともにゆるやかに身体機能は衰え病気が複雑化するので、65歳以上の約6割は多疾患併存の状態にあると言われています。また、在宅医療の現場では、病気だけでなく心理的・社会的な面も影響して、生活に課題を抱える患者さんをたくさん見てきました。こうした困難事例は今後さらに増えるでしょうし、医療の枠さえ超えて課題を解決する力のある医師が必要だと感じています。
坂上さんは、厚労省で医系技官をされていたときに、新専門制度を担当されていたそうですね。19番目の専門医として総合診療医が生まれた、大きな背景を伺いたいです。
坂上:厚労省に入省してすぐ、2009年か、2010年頃に新専門医制度の議論がはじまって、僕は総合診療医の企画を担当していました。国としては、多疾患併存を抱える高齢者の増加に対する課題意識がありました。疾患ごとに臓器別専門医にかかるようになると非効率だし、医療費もかかってしまうからです。また、高齢者を支えるために、医療と介護の制度の垣根を超える必要性もありました。
こうした背景のもと、全人的な医療を担う医師の必要性が認識され、2018年に総合診療専門研修プログラムがはじまりました。今、HMWに入職してから8年目ですが、うちとしても研修プログラムをつくれる体制が整ってきました。
武久:総合診療医はもっと診断学的な総合診療をするのかなと思っていたのですが、研修プログラムを受けた人たちと話していると、ケアの視点や地域との関わりについてちゃんと学んでいるという実感を得ました。他の専門医と違い、総合診療医の研修プログラムは民間の病院でもつくれます。
そもそも我々は、全人的なケア・医療を目指す医療福祉グループですから、総合診療医を目指す人たちに最適な研修環境になるはず。若い人たちと一緒に、我々が目指す医療・福祉の未来を一緒に考えたいですね。
医師が解決すべき課題は変わりつつある
日本プライマリ・ケア連合学会のWebサイト『総合診療医という選択』を見ていると、「患者を360度から診る」「家族・生活背景まで診る」「地域全体を診る」と、すでにHMWが実践してきたアクションと重なっていて驚きました。

天辰:総合診療医は、まさに我々が求めている医師像に非常に近いんです。これまでは、スペシャリティを先鋭化して全ての責任を背負うのが良いとされる医師像でしたが、今は医療が解決すべき課題が変わってきています。退院後の在宅生活に思いをはせながら、病棟の他職種を巻き込み、ときには医療以外のソーシャル・キャピタルと連携しつつ、幅広い視点と知識で患者さんの課題を解決する。そういう医師が求められる時代になったのを感じます。
臓器別専門医を目指す方がいる一方で、社会的なことに関心を寄せる若い医師や医学部生は増えているのでしょうか。

坂上:かつては臓器別専門医志向が強かったのですが、地域に根ざして総合診療をやりたい医学部生や研修医が増えているのを実感します。時代や社会が求める医師像を察知した、医療従事者の意識が変わりはじめているのではないでしょうか。
天辰:おそらく今までは、地域医療で人を助けたいと思っていても、まずは医局に入ってスペシャリティをもつのが一般的な医師のキャリアプランでした。総合診療医ができたことにより、我々のようなグループで幅広い経験をしてもらえるようになり、医師のキャリア選択の幅が広がっているんだと思います。
武久:社会が着実に進化する中で、医療の進化はなお遅れたままです。かつては社会的地位を得ることに憧れたかもしれませんが、今は社会的起業などを含めて「社会的な仕事はかっこいい」という価値観をもつ若い人が増えました。それもまた、総合診療医を目指す人が増えた理由のひとつかもしれません。
総合診療医は新しい専門医で、権威がないことも良い作用を生んでいると思います。指導する側も比較的若く、大胆かつ柔軟ですし、研修を受ける専攻医も新しい領域に挑戦できる人たちです。総合診療という領域には、新しさゆえのフラットさ、風通しのよさもあると思いますね。
天辰:今回、HMW総診をはじめるにあたって、いろんな病院に連携のお願いをしに行ったのですが、我々の理念や育てたい医師像をお話しすると、みなさん「ぜひ一緒にやりましょう」と言ってくれて。「実績がないから」「回復期・慢性期のグループだから」と断られることは一度もありませんでした。非常にいいフィールドだなと思いました。
武久:オルタナティブなんですよね。我々も社会の変化を目指しているので親和性が高いんだと思います。
坂上:僕の母校・長崎大学では、若い頃に離島医療をやっていた先生が総合診療の教授をされています。その先生は、島に溶け込むために漁師さんたちのところに一升瓶を持って行って仲良くなり、コミュニティに入って健診を進めていたそうです。総合診療は、そういう人が教授になっていくという意味でも、オルタナティブなフィールドですよね。
医師・医療の枠組みに“とどまらない”総合診療
HMW総診のコンセプト「とどまらない総合診療 Think beyond. Act for local.」についても聞いておきたいです。

武久:全人的医療は、ガイドラインや臓器的専門医的な知識や技術、いわゆるキュア(治療)の範疇にある医療者だけではできるわけがないんです。たとえば、病院においては、リハビリの知識や感覚、栄養や介護、地域にある社会資源を組み合わせて、患者さんが望む「じぶんを生きる」を実現に近づけていこうとします。地域に出ていくときには、さきほどの一升瓶のエピソードのように、地元の人との関係性づくりもあるでしょう。とどまっていたら、本当にいい医者にはなれないと思うので、コンセプトとして掲げました。医療にさえとどまらない、社会課題の解決にもチャレンジしてほしい。そんなところも含めています。
天辰:全人的医療をしようとすると、医療の及ぶ範囲だけでは解決できない課題がたくさん出てきます。専攻医の方達は、研修期間のうちに解決のためのツールをできるだけ、多く学んでおくとよいと思います。我々のグループには、急性期、回復期・慢性期、在宅・訪問医療、地域・離島医療、精神医療、障がい者福祉、まちづくりなど非常に多岐にわたる取り組みがあります。これほど幅広い選択肢を経験できる研修プログラムは、他に類を見ないのではないでしょうか。
武久:極端な話、医者として稼がなくていいとさえ思っています。僕自身は、この社会を見るときに、おそらく医者としてやってきたからこそ見えるものがある、というぐらいに捉えているというか。そういう意識でいますね。
代表・副代表は、HMW総診に来られる専攻医の方たちと、どんな関わりをイメージしていますか?

天辰:記念すべき一期生、まずは来てくれたら涙がでるくらい嬉しいです。研修病院に桜の木をみんなで植樹したいぐらい(笑)。もちろん我々も関わりますよ。経営企画に興味があれば、我々の会議に参加してもらうこともできます。
武久:経営に関わってもらえるといいですね。ただ、医療福祉はビジネスではないということは明言しておきたいです。
坂上:もし、僕が担当している海外事業に興味をもってくれたら、インドネシアのクリニックにも連れて行こうかなと思います。総合診療医を目指す人にも幅がありますが、HMW総診を選ぶのはいろんなことに興味をもつ人じゃないかと思うんです。我々の最大の強みは、病院も在宅も福祉も、病院経営も経験できること。幅広くいろんな経験をしてみたい人には刺さるプログラムになると思います。
武久:目の前にいる患者さんだけにとどまらないで、社会全体にも関わりたい人にとってはベストなプログラムですね。希望があれば、広報部などのバックオフィスも経験してもらえます。そういう発想をもっていること自体、他ではなかなかないプログラムだと思います。
良い総合診療医が増えれば、きっと社会は良くなる
HMW総診をはじめることによって、グループにはどんなフィードバックがあるでしょうか。

武久:慢性期・回復期の病院は、一線を退いた医師が人生の第二ステージに選ぶ傾向があります。まさか、若い医師を研修に受け入れる時代が来ると思っていませんでした。我々が大事にしてきたケアとしての医療という感覚をもつ、若い総合診療医を仲間に入れることで、グループ全体の意識もグッと変わっていくと思います。
天辰:若い人たちは医師としての知識や経験が多くないからこそ、人としての部分で患者さんをしっかり支えようとする気持ちがとても強くて。彼らが患者さんに接している場面を見ると、まさに全人的だなと思いますし、学ぶべきことがあるなと思います。そういう方たちが来てくれると、グループとしての成長にもつながるのではないかという期待もあります。せっかくなら、柔軟な発想で何か企画してほしいですね。
武久:やっぱり、若いってすごいですよね。僕はHMWに30歳で入職し、42歳で代表を引き継ぎましたが、ある程度若いうちに運営に関われたからこそ、今の時代に合った新しい挑戦に全力で取り組めたと思います。振り返ると、30代の頃と今とでは同じモチベーションではないですし、おそらく時代の変化にも追いつききれていないのだろうと感じています。
だからこそ、今の若い人たちにこそ、思いっきりがんばってほしい。僕は、そんなみなさんの挑戦を本気で応援していきたいと思っています。
坂上:HMW総診は、グループの将来を左右するプロジェクトだと思っています。若い医師を迎えることで組織が活気づくことも期待しています。一方で、HMW総診を立ち上げたことにより、後進を育てたい指導医クラスの方が、我々のグループに興味をもちはじめています。さっそく来年度から入職が決まった方もいます。幅広い視点をもちつつ、熱意ある指導をしてくれる先生が増えることも、病院の雰囲気を良い方向に変えるだろうと思います。
若い総合診療医が増えて、その中から経営企画医師になる方も現れたりして、今まで思いつかなかったことを始めてくれるかもしれませんね。

天辰:この分野に関わる人たちはみんな同じ思いだと思いますが、総合診療が全国に広がることにより、良い医療を提供できるという実例を増やしたいです。3年間のプログラムでは、我々のグループ内の病院で研修してもらうことも、他の医療機関のお世話になることもあります。その後のキャリアとしては、もちろん我々のグループ内で活躍してくれるなら大歓迎ですし、他の場所に巣立ってから戻ってきて我々の力になってくれるのもいいと考えています。連携医療機関の先生方ともうまく人材をやり取りしながら、一緒にこの分野を盛り上げたいです。
坂上:たしかに。HMWに残って一緒にグループの将来を担ってくれたら嬉しいけれど、そうではなくても違う場所で地域や社会課題のためにがんばってくれていたらいいと思っています。
武久:良い総合診療医が増えれば社会が良くなると思って、力を入れている人が多いですね。今、総合診療医を増やそうとしている組織や、医療の分野にケアの視点を取り入れようとしている組織はまだ少数派。連携しながら仲間を増やしていきたいです。
ありがとうございました!HMW総診の一期生にどんな方が来てくださるのか、楽しみにしています。
次回は、HMW総診の指導医が語る具体的なプログラム内容について記事をお届けします。
オンライン説明会の開催および合同説明会「レジナビ」出展のお知らせ
6月14日(土)にオンライン説明会を開催
募集受付の開始に先立ちまして、オンラインによる説明会を開催します。
実際のプログラム内容やグループやキャリアのこと、指導医についてなどお話しいたします。ぜひお気軽にご参加ください。
【HMW総診 オンライン説明会】
日程:2025年6月14日(土)
時間:18:00〜19:00
内容:プログラム説明、グループ紹介、指導医紹介、質疑応答など(予定)
配信形式:Zoom
参加:無料
応募締め切り:6月13日(金)17時
対象:医学生/初期研修医/専攻医・後期研修医/リカレント希望の医師
※後日アーカイブ配信を予定
オンライン説明会申し込み
不明点やご相談などのお問い合わせについては、お問い合わせページよりご連絡ください。
※「採用について」を選択してください
レジナビフェア2025 東京・大阪に出展
いろいろな病院の情報が一度にチェックできる、日本最大規模の研修病院合同説明会「レジナビフェア」に出展いたします。
プログラムの詳細や、グループの取り組みについて、代表・副代表をはじめ、指導医がお話ししますので、ぜひご参加ください。
※参加には、レジナビへの登録と参加申し込みが必要です。
【民間医局レジナビフェア2025 東京】
日程:2025年6月29日(日)11:00~17:00
会場:東京ビッグサイト南1~4ホール
出展病院:世田谷記念病院
詳細:民間医局レジナビフェア2025 東京
【民間医局レジナビフェア2025 大阪】
日程:2025年7月6日(日)11:00~17:00
会場:インテックス大阪 1・2号館
出展病院:堺平成病院
詳細:民間医局レジナビフェア2025 大阪
プロフィール

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。