Diversity & Inclusion(多様性と包摂性、以下D&I)は、性別、年齢、国籍、価値観の違いを尊重し、誰もが能力を発揮できる環境をつくる考え方。平成医療福祉グループの理念「じぶんを生きる を みんなのものに」にも重なるものです。今回の特集では、同グループにおける取り組みを通して、医療・福祉の現場におけるD&Iについて考えます。
最初に訪ねたのは、大阪・淀川区にある障がいのある方のための就労支援(B型)と生活介護事業を行っている「PALETTE」。4階建ての建物には、お菓子工房、陶芸工房、シルクスクリーン機器を導入した印刷工房や多様な表現が生まれるアトリエ、作品を展示・販売するギャラリー&ショップが備えられています。まずは、PALETTEの日常を施設長の嶋岡真人さんにご案内いただきましょう。

<プロフィール>
嶋岡真人(しまおか・まさと)
社会福祉法人 関西中央福祉会 PALETTE / FAN 施設長。2017年入職。服飾系専門学校を中退後、アパレル業界で服飾デザインなどを経験。障がいのある人が「ものづくり」を通じて、より生き生きと過ごすためのサポートをしたいと希望し、PALETTEの立ち上げに参加。2022年より現職。
PALETTEで育つものづくりの風景
まず、ご案内いただいたのはアトリエと印刷工房のある4階。利用者さんたちが思い思いに絵を描いたり、刺繍をしたり、絵本をつくったりしていました。道路標識を描くのが得意な樋口淳平さんは、全国各地の道路標識を独特のタッチで絵にしています。恐竜や古代生物をモチーフに描くYKさん、オリジナルキャラクター「ポコポコ」を描くちかちゃん、自らの体験を絵本にしたミズキさん……。それぞれの持つ世界観を表現した作品が生まれ、アトリエを活気づけていました。



作品は、利用者本人と相談しながら、洋服やトートバッグ、ポーチなどの小物にデザインしています。嶋岡さんは「全員の作品を商品にするのは、PALETTEのこだわりのひとつ」だと言います。
嶋岡さん「日本はアート市場が小さくて、アート作品を売るのは難しい。多くのアート系の福祉事業所はその壁にぶつかって、利用者さんの作品をTシャツや小物などに二次利用します。でも、外注して制作すると100枚以上つくらないと元が取れないので、全員の作品を商品化するのは難しくなります。そこで、将来的にペイできる計画を立てて機材を導入させてもらいました」。
業者さんに外注すると、シルクスクリーンの製版は1版8000円ほどかかります。一方、シルクスクリーン製版機は「軽自動車1台分」くらいの価格ですが、1版650円にコストダウンできますし、思い立ったらすぐにTシャツやトートバッグをつくれます。PALETTEでは、利用者さんの作品をデザインした商品の販売するほか、小ロットのシルクスクリーン印刷の仕事を受注。「2年で初期費用をペイできた」と嶋岡さんはニコニコしています。


嶋岡さん「シルクスクリーン印刷のインクの色、刺繍糸の色も全部作者の意向で決めていて。商品のデザインから製作、検品、プライスカードづくりまですべて利用者さんが関わっています。いろんな過程を乗り越えて完成するから、利用者さんは大きな達成感を得ます。それこそが、僕らが仕事をするうえでのやりがいですよね。さらに、自分が生み出したものが実際に売れるという社会からのフィードバックもあります。売れるとうれしいですから、次の作品制作へのモチベーションにもなります。社会参加への自信にもつながって、自分自身への肯定感にもなります。ものづくりを通して、その循環をつくりたいと思っているんです」。
一人ひとりの個が交わって新しい価値が生まれる
3階の陶芸工房には、利用者のみなさんの制作スペースと窯場が設けられています。粘土を丸めたり、こねたり、伸ばしたり、黙々と手を動かすみなさんからは、創作のエネルギーがもうもうと立ち上っているかのようでした。それぞれにとてもいい表情をされているのも印象的です。


嶋岡さん「陶芸については専門知識を持つ職員がいて、粘土の触り方や簡単な器のつくり方はレクチャーしていますが、ある程度慣れてきたら自由につくってもらっています。最初のうちは陶器は全然売れなかったんです。でも、みんながやりたいことを大事にしたかったので、無理やりお皿やコップをつくりたくなくて。ちょっとずつ評価されるようになり、全国七店舗で取り扱っていただけるようになりました。今ではしっかり売り上げが出る仕事です」。
最初のヒット商品となったのは植木鉢。ある日、マグカップをつくっていた利用者さんが底に穴を開けたことから、「植木鉢になるかも?」とヒントを得たのがきっかけでした。2022年からは、人気のファームマーケット「SOLSO FARM」での取り扱いがはじまり、今では1店舗50〜60鉢を納品しても10日ほどで完売する人気です。
陶芸工房は、生活介護事業の一環ですが、陶芸作品の売り上げの一部は作者にお給料として支払われています。生活介護事業所の月平均工賃は3000円前後のところ、PALETTEでは多い人では2万円になることもあります。
嶋岡さん「お金を稼いで自分の好きなものを買いたい人は、好んで植木鉢をどんどんつくられていますし、お金に興味がなくて好きなものをつくりたい人もいます。そこは利用者さんの自由なので、それぞれのやりたいことをしっかりサポートしています」。


生活介護の利用者さんには、一人ひとりに合わせた支援計画をつくります。来所すること自体がチャレンジだという利用者さんは、「午後14時に来て職員とおしゃべりするだけ」でもOK。また、全員でいっせいに作業するのではなく、それぞれがその日にやりたいことをできるよう、一人ひとりに合わせた準備をしているそうです。来る時間、作業の内容がバラバラだと、施設側としては対応が大変ではないでしょうか?
嶋岡さん「一人ひとりの用意が違うので、職員はすごく大変だと思います。でも、僕はどうしても一人ひとりの個にスポットを当てることにこだわりたくて。やっぱり創作だから各自にペースがありますし、一人ひとりのスケジュールややり方もみんな違う。でも、利用者さんと話している職員の顔を見てください。楽しそうでしょう?これが、僕が目指したかった施設です。人が関わり、混ざり合う。一人ひとりの個が認められて、交わって新しい価値を生んでいく。絵の具のパレットのように混ざり合うのが、僕が目指したかった施設のあり方なんです」。
職員と利用者さんは「同僚」のような関係
2階のお菓子工房では、カラフルなキャンディやアイシングクッキーなど、手作りの温かみや作り手の個性・創作性を活かしたお菓子づくりをしています。一般就労も含めて、社会に出る準備をしている方も多いため、各自が食品を取り扱う責任をもって厨房に入ります。

嶋岡さん「お菓子づくりは細かい工程に分かれていますし、一緒に働く仲間とのコミュニケーションも必要ですので、製造方法やルールを学んでもらいながら作業していただいています。利用者さんを評価するのは好きではないのですが、ここではスモールステップで成長する訓練として約30項目の評価項目を設けて、できたこと/課題が残ることを明確にしています」。
厨房を覗くと、利用者さんと職員さんがお揃いのユニフォームを着て作業しているようすが見えました。嶋岡さんは「支援する/される側を見た目で区別しない」ことに強いこだわりがあったそうです。
嶋岡さん「同じ仕事をする仲間として、先輩・後輩みたいな関係性のなかで働いてほしいという思いがありました。支援学校の先生や保護者の方からは『同じユニフォームを着ていると誰が職員か見分けがつかなくて、利用者さんが困るのでは』と言われたのですが、困っている人がいたら職員が必ず声をかけるので大丈夫なんですよ」。
嶋岡さんは「支援する側/される側」に上下関係が生まれることに強い違和感をもっています。もちろん、職員が支援に入ったり、技術を教えたりすることはありますが、あくまでも「同じ仕事をする仲間」。お菓子工房で同じユニフォームを着ること、陶芸工房やアトリエでは全員が私服でいることも「支援する側/される側という関係を濁らせたい意図があった」と言います。

嶋岡さん「あくまで同じ人なんだという思いがあって。たとえば、利用者さんのなかには困っている利用者さんを助けようとする人もいます。そういうとき、『やらなくていいですよ』と止めることもしたくなくて。支え合ったり助け合ったりするのが人ですし、ときにはケンカが起きてもいいと思います。そういう関係性が生まれていくのが社会だと思っているので」。
大きなテーブルを囲んで一緒に作業するスタイルも、「関係性が生まれていくのが社会だ」という嶋岡さんの信念から生まれたもののひとつです。生活介護事業所としては珍しいこのスタイルの理由について、もう少し詳しく伺ってみましょう。

人と人が関わる社会を味わってほしい
PALETTEでは、陶芸工房もアトリエも、ほとんどの利用者さんは大きなテーブルを囲んで制作しています(1人で集中したい人は壁際の1人席を選ぶこともできます)。支援学校の先生方や、他の生活支援事業所の方たちはこの環境を見て驚かれるそうです。
嶋岡さん「利用者さん同士で関係をこじらせたり、ケンカが起きたりしないんですか?と聞かれます。僕は揉めたらいいと思っています。だって、それが人の本質じゃないですか?もちろん、職員が止めるから殴り合いにはならないです。なるべく刺激が少ないように個別の席で作業する方がいいという考え方もありますが、僕は社会って刺激を受けるものだと思う。利用者さんにも、いろんな人に関わって価値観をつくり変える経験を味わってほしくて。もちろん、しんどくなってしまう人には個別で対応しますが、基本的には揉めたり仲良くなったりする、人としてのつきあいをやってほしくてこのスタイルを取り入れているんです」。

アトリエでは、その日にできた絵を貼り出すと「この絵、すごいかっこいいね」と、尊敬の念をもちあう関係が生まれています。「師匠」と呼ばれる利用者さんもいて、向いの席に座って画風を真似たりする人もいるそう。なかには、PALETTEの環境になじめなくて、グループ内外の他施設に移る人もいますが、多くの場合はだんだん落ち着いてテーブルを囲む仲間になります。
嶋岡さん「僕は異業種から福祉に興味をもってこの世界に入ってきました。何も知らない初心者だから、福祉の“常識”を壊せるんだと思います。たとえば、加藤昭浩さんはもともと『シュレッダーが好きな人』だと思われていて、10年間ずっとシュレッダーで紙を刻んでいたんです。でも、僕はそんなわけないと思ったから陶芸を体験してもらいました。すると意外と楽しそうに粘土をこねられたんですね」。
最初は小さな球形や棒をこねていた加藤さんに、陶芸スタッフが「形にしてみましょう」と声をかけると筒状のオブジェが生まれたそう。今では「作家の加藤さん」として認識され、彼の作品を待つファンもいます。でも、ご本人は「自分は作家だ」と思っているかどうかはわかりません。ただ、植木鉢の売上げで自分の好きなお菓子を買うのを楽しみにしているようすは感じられます。

嶋岡さん「加藤さんの植木鉢を買ってくれる人にとって、加藤さんはすばらしい作品を生み出すアーティスト。障がいがあるかどうかは関係ないですよね。加藤さん自身も笑顔で活動される時間が増えたし、その作品を見ている利用者さんに影響を与える存在にもなっています。介入のしかたひとつで、加藤さんに対する周囲の見方がどんどん変わっていくんです」。
障がいで判断せず、その人の本質に向き合う
現在、PALETTEの職員16名のうち、介護福祉士などの有資格者は6名。嶋岡さんや陶芸などアート専門スタッフを含む約3分の2は資格をもっていません。このことは、「福祉施設はこうあるべき」という“常識”や「この障がいをもっている人にはこう対応すべき」というセオリーにしばられることなく、「その人の本質に向き合う」というPALETTEのあり方に作用しています。
嶋岡さん「もちろん、障がい特性を知識としてもっておく必要はあるけど、そのフィルターで人を見ることは一切なくて。PALETTEに来る前にいた支援学校での評価に沿って何かを決めたりはしません。『人付き合いが苦手』と評価されていても、僕らはその人とちゃんと出会って知りたいし、今までとは環境が違うから全部試してみたい。保護者の方にもそう説明して、その人の本質に向き合うことがPALETTEの特徴なのかなと思います」。
障がいのある人たちは「将来の夢」をもつことすら、奪われてきていると嶋岡さんは言います。「野球選手になりたい」「アイドルになりたい」と言っても、大人たちに「障がいがあるから諦めなさい」と言われて目指すことすらできなかったという利用者さんもいるそうです。支援学校を卒業してからの進路も限られています。

嶋岡さん「少なくとも僕らは、なれるかどうかは別として、挑戦することはできます。障がいがあるというだけで、目指すことすらできないなんて間違っています。少しでも多くの選択肢をもてるようにしたいという思いはすごくあって。PALETTEに来る利用者さんは、絵やアート作品をつくるのが好きな人が多いので、それを素直に社会につなげて、できればお金にも変えていくことをしたい。利用者さんがやりたいと言えば、新しい活動をどんどんつくって、興味があれば試せる状況にしたいと思っています」。

PALETTEの1階はギャラリー&ショップ。PALETTEで生まれた作品のほか、 社会福祉法人 関西中央福祉会が運営するさまざまな施設の利用者さんの作品を展示しています。定期的に特別展も開催しており、オープンな交流の場になっています(開館時間であれば、誰でも見学・お買い物に立ち寄り可能です)。

「障がいのある人」としてではなく「作品をつくる人」として出会い、作品を通して関係を結ぶ。小さな経験かもしれませんが、「障がいのある人」というフィルタを外すきっかけにはなります。「人としてちゃんと出会う」ならば、「障がい」は互いを隔てる壁ではなく、互いを理解しあうための特性として捉える可能性をひらくこともできます。そのとき、わたしたちははじめてD&Iへのスタートラインに立てるのではないでしょうか。
もし、大阪に行くことがあるなら、ぜひPALETTEを訪ねてみてください。ギャラリー&ショップに並ぶ作品を通して、PALETTEの人たちに出会ってほしいと思います。その出会いから変わる世界もあるかもしれません。
プロフィール

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)、『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』(晶文社)など。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。


