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特集記事|地域と医療のあたらしい関係:在宅医療 vol.4

暮らしのなかにいる患者さん・利用者さんを診る。
「おうち診療所 神山」訪問診療の現場レポート

地域と医療のあたらしい関係:在宅医療2025.09.23

「朝ごはん、ちゃんと食べた? 今日は何を食べたの?」

朝10時30分、診療所の医師 武久敬洋さん(平成医療福祉グループ代表)、看護師の佐々木春奈さん、森長怜実さんは、96歳で一人暮らしをしている文子さんの家を訪問しました。

初診のときは「ベッドでほとんど目を開けることもなかった」という文子さん。ご本人は在宅生活を希望されていましたが、「本当に一人暮らしできるのか」については慎重な判断が必要でした。スタッフは、勤務時間外にもようすを見に行き、最終的にはご本人の了承を得て「見守りカメラ」を4台設置。すると、スタッフが「嘘でしょ?」と驚くような姿が映っていました。

「トイレに行くのがギリギリかなと思っていたら、自分でご飯もつくっているし、カメラの前からいなくなったと思ったら、庭仕事に出て草を刈ったりしていたんです。これなら一人暮らしで大丈夫だなと思いました」。

毎日、きちんとお薬を飲めているか、お薬の管理に問題はないかを「投薬カレンダー」で確認。この日は、「ここ数日、目薬が見当たらない」と言われたため、スタッフが目薬を探しました。念のため、目の状態もチェックします。

家のなかに変化はないかも見ておきます。訪問診療では、患者さんの身体を診るだけでなく、暮らしている空間そのものの観察もとても大切。部屋のようすが「いつもと違う」と感じたら、そこに小さな異変の兆候が見つかることもあるのです。

たとえば、冷蔵庫。もし空っぽになっていたら、買い物が難しくなっていたり、食欲が落ちていたりするかもしれません。念のため、食事に関して困っていることはないかを確かめておきます。

午後は、訪問看護のために、ご夫婦と娘さんの3人暮らしのお家に向かいました。お母さんの認知症の症状が進んで、ご家族の負担が大きくなったため診療所にご相談がありました。お父さんが透析治療の通院で不在になる日に、見守りを兼ねた入浴介助から関わりはじめました。

この日の担当は藤本さん。「お昼は何を食べましたか?」ーーやはり、会話のはじまりは食事のことから。水分は摂っているか、便は出ているか、お風呂には入れているかを尋ねます。新聞で日付と曜日を一緒に確認するのは、日付の感覚を維持してもらうため。認知症の中核症状である見当識障害への対応策のひとつです。

問診の途中で、藤本さんがお腹に手を当てて「暑くないですか?」と声をかけました。利用者さんのお腹が熱をもっているのが気になったのです。背中に触れると汗をかいているようす。「ちょっとお水を飲みましょう」と促します。

この日は気温35℃を超える猛暑日。なのに、利用者さんは秋冬物の長袖の洋服を着ています。そういえば、最近は同じ服ばかり着ていることに気づいた藤本さん。夏服は用意されているのか、洗濯はできているのか。会話のなかで、自然と話してもらえるように気を配りながら確認します。部屋のなかも暑いのが気になり、調べてみるとエアコンが消えていました。

もしかして、リモコンの操作方法がわからなくてエアコンをつけられなかったのかもしれません。藤本さんは、「エアコンをつけましょうか」と声をかけると、リモコン操作の介助をはじめました。電源スイッチは赤いボタン、温度設定は矢印のあるボタン。ゆっくり操作方法を覚えてもらいます。

「投薬カレンダー」にお薬を入れる作業も一緒にして、「お薬はここから飲む」と意識づけをしてもらいます。お薬の飲みすぎ、飲み忘れを防ぐために服薬管理はこのカレンダーで行っています。

透析治療から帰宅したお父さんに、今日の訪問で気になったことを申し送りします。「夏服の着替えが少ないので、一緒に買いに行ってあげてくださいね」「お薬は必ず投薬カレンダーから飲んでもらってください」と、ご家族に協力してほしいことも伝えていました。

部屋の温度、片付き具合、冷蔵庫の中身、洋服の選び方、読書の進み具合……。医師・看護師の「観察」の目は、暮らし全体から患者さん・利用者さんの状態を見極めようとします。「病気」を診ているのではなく、「身体だけ」を診ているのでもなく、その人の暮らしや人生そのものを診ようとしていました。一人ひとりの暮らしを支えることから、まちの暮らしを支える地域医療のかたちがつくられていくのだなと思います。

診療所には、まちの人たちが集う「集会所」や「畑」もあり、さまざまなイベントも開かれています。診療所のスタッフにインタビューをした記事もありますので、ぜひこちらもご一読ください。

プロフィール

フリーライター

フリーライター

杉本恭子

すぎもと・きょうこ

京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。

フォトグラファー

フォトグラファー

生津勝隆

なまづ・まさたか

東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。