dummy

EN

特集記事|服装自由化 vol.2

変わるのは服装ではなく「ケアの関係性」。服装自由化プロジェクトのねらいとは?

服装自由化2024.08.29

2024年4月、平成医療福祉グループは、すべての介護・福祉施設の職員(厨房内業務を行う職員をのぞく)の服装自由化を実施しました。この大きな決断の背景にあったのは、同グループの新しいミッション「じぶんを生きる を みんなのものに」。職員と利用者さんが、“人と人として”の関係をつくっていく未来に向けての第一歩です。


今回の特集記事では、服装自由化プロジェクトにフォーカス。同プロジェクトの立ち上げから実施までに介護福祉事業部ではどんな議論が交わされたのか、施設長のみなさんはどんなふうに受け止めたのか。そして、制服がなくなったことによってどんな変化が現れているのか。写真と記事にてくわしくお伝えしたいと思います。

関連記事

<プロフィール>
前川沙緒里(まえかわ・さおり)
平成医療福祉グループ 介護福祉事業部 部長。社会福祉士。2001年、博愛記念病院に入職。複数の介護・福祉施設を経験し、ヴィラ勝占の施設長に。介護福祉事業部の立ち上げに関わる。

城野葵(じょうの・あおい)
平成医療福祉グループ 介護福祉事業部 関東エリア長。群馬・前橋市出身。広告代理店勤務を経て、2019年入職。

久保恭子(くぼ・きょうこ)
平成医療福祉グループ 介護福祉事業部 関西エリア長。ヴィラ播磨 施設長。理学療法士。兵庫・加古川市出身。2005年入職。

川口勉(かわぐち・つとむ)
社会福祉法人 平成記念会 介護老人福祉施設 ケアホーム住吉 施設長 介護支援専門員。兵庫・加古川市出身。2008年入職。2018年から関東で複数の施設立ち上げに関わり、2021年から現職。

制服をやめてもいいんじゃない?

制服の見直しが話題に上がったのは、2023年末に開かれた介護福祉事業部の全体会議。関東エリア長・城野葵さんの「ひとつの施設で服装自由化のトライアルをしてみたい」という提案がきっかけでした。

城野さん「会議で提案したのは、どちらかというと効率化の観点からでした。大規模施設では制服を保管するスペースを確保して、制服のメンテナンスや管理にも手間をかけています。また、職種ごとの制服サンプルを各サイズ用意しておいて、入職者に試着してもらって発注するのもけっこう大変。新しく決まったグループのミッション『じぶんを生きる を みんなのものに』に即して考えても、『職員が自分らしく生きる』という意味で、制服を着るかどうかを選べる方がいいのではないかと発言したんですね」。

ところが、同グループの代表・武久敬洋さんは「制服をやめる目的は職員のためだけではないのでは?」と発言します。「一番大切なのは、利用者さんと職員の間にある『ケアする側・される側』という垣根を壊すこと。むしろ、利用者さんのために制服を廃止しよう」という武久さんの言葉に、みんなが賛成しました。同じく会議に参加していた久保恭子さんは、一気に全施設での服装自由化に向かっていく議論を、ちょっとドキドキして聞いていました。

久保さん「代表の言うことにはもちろん賛成でしたが、長く施設に勤めているので制服が染み付いていたんです。しかも、旧制服は水色の蛍光色のジャージ。6年前に紺色ズボンの制服に変わってホッとしていましたし、すごく落ち着いたなと思っていて。職種によって色が違うシャツも、家族さんにわかりやすいというメリットもありました。現状に違和感はなかったので、制服をなくすとどんな感じになるのか、ちょっとイメージできなかったんです」。

2024年1月、介護福祉事業部のメンバーに、サービスごと(通所、特養、障がいなど)の責任者を加えたプロジェクトチームが発足。服装自由化の実施に向けて、話し合いがはじまりました。

大きな改革だからこそ勢いが必要だった

久保さんが言うように、制服は対外的には職業を見分ける記号になります。また、着る人自身の職業的プライドを醸成し、公私を切り替える作用もあります。加えて、そもそも人間は長く続いた慣例をやめることに心理的抵抗を感じやすいもの。職員間に大きな衝撃が走ることが予測されました。プロジェクトチームは、「制服から私服への切り替えには、半年ほど時間をかけたほうがいい」と考えていました。

ところが、もうすぐ4月。入職するたくさんの新卒者に、たった数カ月しか着ない制服を配るのはもったいない。でも4月から制服を廃止すると、タイムリミットはたった3カ月。各施設の意見をじっくり聞く時間がなくなってしまいます。実施時期は、プロジェクトチームが最初に直面した難問でした。

前川さん「たしかに3カ月は短かすぎるけれど、ぎりぎり準備が間に合う期間でもありました。話しているうちにだんだん、『4月じゃない?』という感じになっていって。それに、大きい改革だからこそ、少し勢いをもって進めないと変わらないと考えてもいたんです。最初のうちは混乱するかもしれないけれど、絶対にうまくいく確信もありました。」

長らく介護事業部を見てきた前川さんは、過去に何度も施設単位で私服化を試してきました。でも「私服と制服どちらを着てもいい」とすると、結局は制服を着つづけてしまう職員さんが多く、私服化は成功しなかったそうです。この経験もまた「勢いをもって進める」という判断を後押ししたのです。

もっと「同じ場所で過ごす仲間」になるために

4月に実施するなら、3月までには施設長や管理・責任者に伝えなければいけません。プロジェクトチームに残された2カ月弱の準備期間のなかで、とりわけ時間をかけて議論したのは「現場への伝え方」。単なる制服廃止ではなく、ミッションに基づく施策であることを理解してもらいたかったからです。

そこで、本プロジェクトの意図をまとめた「制服の廃止およびドレスコード見直しについて」を作成。施設長、管理・責任者に読んでもらうことにしました。下記に引用する、同文書から「制服を廃止する目的について(一部要約)」を読んでみてください。「制服の廃止を通してどうなってほしいか」に言葉を尽くしていることが伝わってきます。

・職員と利用者さんとのケアする側・される側という従来の関係性にとらわれず、同じ場所で共に過ごす仲間として、“人と人”という関係の中で利用者さんと関わりをもってほしい
・職員間の上下関係や縦割りの役割を取り除き、職員全員が同じ目線で利用者さんに向き合ってほしい
・職員にとっての「じぶんを生きる」を考えたとき、多様な価値観をお互いに享受し、認め合うような柔軟な職場環境をつくっていってほしい
・仕事における『自由と責任』を職員が自律することで自分自身で選択していってほしい

もうひとつ、プロジェクトメンバーが頭を悩ませたのは、「ドレスコードについてどう伝えるか」という問題でした。

城野さん「ドレスコードを完全にフリーにするのか、ある程度の制限を設けるのか。もし、制限するならどんな言葉で表現するのか。たとえば『スカートはダメ』と具体的に言うのか、『利用者さんが不快にならない』のように抽象的に言うのかなど。施設長に案内するときの言葉づかいは、すごく時間をかけて考えました」。

最終的に、「業務上支障のない範囲で、原則制限なし」「ただし、利用者さんと職員の安全には十分に配慮する」と、事実上ドレスコードはほぼフリーに。「判断に迷うときは、ミッションと(制服廃止の)目的に立ち返り十分検討すること」と付記し、各施設の裁量に委ねる幅を持たせました。さらに、さまざまな質問が寄せられることを想定して、「施設長・管理責任者向けQ&A」も準備しました。

たとえば「制服に類似したユニフォームを持参して着るのはOKか?」という質問には、はっきりと「NGです」と回答。一方で、「服装の自由はどこまで許容するのか?」に対しては、「『業務上支障のない範囲』であれば特に制限はありません。施設内判断としてください」と施設の判断に委ねる回答としました。また、変化を受け入れやすいように、制服から私服への移行期間を3カ月間設けました。

「家では制服を着て介護をするの?」

2024年2月29日、服装自由化プロジェクトは、全国の施設長、管理・責任者向けのオンライン説明会を開催しました。「制服の廃止およびドレスコードの見直し」「施設長・管理責任者向けQ&A」を配布。各施設からの質問はオンラインで受け付け、その回答は随時共有することを伝えました。説明会に参加していた、ケアホーム住吉の施設長・川口勉さんは、「正直なところ、うちの職員はどう思うだろう?一定数の批判の声はあるだろうな」と思いながら聞いていたそうです。

川口さん「ただ単に『制服がなくなるんだよ』と伝えたら、『なんで急に変わるんだ?』という話になってしまうから、グループのミッションとセットで伝える必要がある。それには、紙ペラ1枚配るだけ、朝礼で話すだけではだめだと思いました。そこで、各フロアの介護職員さん、厨房、事務所、各部署と7〜8グループに分けて、同じ日に説明することにしました。日を分けると『私服化する』という話だけが一人歩きしそうだと思ったからです」

少人数の場をつくったのは、職員の意見や疑問を聞くためでもありました。なかには制服の廃止に抵抗感の強い職種や、「制服があると楽でいいのに」という意見もありました。「実は、僕も制服があるほうが楽だなと思っていたんですけど」と川口さん。それでも、制服をやめる方がいいと思ったのはどうしてだったのでしょうか。

川口さん「みんなに言ったのは、『家では制服を着て介護してる?』ということ。特別養護老人ホーム(以下、特養)は入所者さんの“家”です。『自分のお父さん、お母さんを介護するとき、エプロンはするかもしれないけど着替えないよね?』と、こんこんと説明しました。こう言うと、みんな納得してくれていましたね」。

「入所者さんにとって施設は『自宅』なのだから」という、川口さんの言葉はとても説得力があります。同じように、各施設では「なぜ制服をやめるのか」をめぐってさまざまな対話が重ねられました。

城野さん「それぞれの施設長が、その人なりに咀嚼して発信してくれたからこそ、大きなトラブルなく浸透していったのかなと思います。これだけ自由なドレスコードにしたからこそ、私たちと施設長、施設長と職員も、すべては対話でどうにか解決するしかなくて。それによって生まれるいいコミュニケーションもあったし、必要な時間だったと思っています」。

プロジェクトチーム立ち上げから半年後、2024年6月末をもって、同グループの全施設の職員さんは誰もが私服で働くようになりました。服装自由化によって、それぞれの施設にはどんな変化が起きているのでしょうか。次の記事では、いくつかの施設への訪問を通して見えてきた新しい風景についてお伝えしたいと思います。

プロフィール

フリーライター

フリーライター

杉本恭子

すぎもと・きょうこ

京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。

フォトグラファー

フォトグラファー

生津勝隆

なまづ・まさたか

東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。

キーワード