団塊の世代が75歳以上となった2025年、日本の高齢化率は29.3%* と世界最高値に達しました。今後も65歳以上の人口は増え続け、2043年にピークを迎えると予想されています。要介護認定者は75歳以上で31.5%、85歳以上では57.8%**。高齢者における認知症および軽度認知障害(MCI)の有病率は約28%と推計する研究もあります***。
少子高齢化に加え、核家族化や単身世帯化が進んだ社会においては、かつてのように家族だけで介護することは難しく、高齢者向けの介護福祉施設への期待は年々高まっています。心身が弱り、さまざまなサポートが必要となった方々が入居する施設は、何より「安心して暮らせる家」でなければなりません。そのために、施設で働く人たちは介護という仕事にどんな誇りをもち、何を大切にしているのでしょうか。
平成医療福祉グループでは、全国に70以上の高齢者向け介護福祉施設を運営しています。今回は、その一つである東京都西多摩郡日の出町の介護老人福祉施設「藤香苑」施設長の石川圭太さんと、各地の介護施設を見守り続けてきた介護福祉事業部 高齢事業本部長の城野葵さんに、同グループが目指す介護のあり方、介護の仕事の魅力を語っていただきました。
<プロフィール>
城野 葵(じょうの・あおい)
平成医療福祉グループ 介護福祉事業部 高齢事業本部長。群馬・前橋市出身。広告代理店勤務を経て、2019年入職。関東のエリア担当、高齢入所事業の担当を経て、現在は、特養・老健・介護医療院・デイサービス・居宅介護支援などの高齢事業全般のブランディングおよび経営支援、事業支援を行っている
石川 圭太(いしかわ・けいた)
社会福祉法人道心会 介護老人福祉施設 藤香苑 施設長。介護福祉士、保育士。保育系専門学校を卒業後、保育士として5年務める。その後、介護福祉士として2009年に藤香苑に入職。2018年より施設長に。
正解を探し続け、考え続けるのが介護という仕事
介護の仕事は、未経験や無資格でも働けることから、「特別な技術を必要とせず、誰にでもできる仕事」という漠然としたイメージをもっている人が多いのではないでしょうか。しかし、石川さんも城野さんも「そうではない」とはっきりと言います。
石川さん:表面的な介護であれば、誰でもできるのかもしれません。しかし、本気で介護の仕事をやろうと思うと、すごく奥が深くて、ちっとも簡単ではないんです。
石川さん自身が介護の仕事を選んだきっかけもそこにありました。

もともと保育士を目指していた石川さん。保育系の専門学校に進学したところ、その学校には介護福祉専攻科があり、3年目まで通うと介護福祉士の資格も取得できることがわかりました。そこで「資格が取れるなら取っておこうか」という軽い気持ちで進級しましたが、実習で行った介護施設で強烈な体験をします。
石川さん:利用者さんに、失語症の男性がいました。僕は2週間つきっきりで担当して、すごく良好な関係を築けたと思っていたんですね。でも、実習最後の日に担当職員さんと一緒に挨拶に行き「2週間ありがとうございました!」と言った瞬間にぶっ飛ばされたんです(笑)。ショックでしたよ。「あんなに仲良くさせてもらってたのになんで!?」って。
その後、担当職員さんから「失語症のせいでうまく言葉で表現できないんだけど、寂しいとかありがとうとかいろいろな思いがあって、その全部の感情がぶっ飛ばすという行為に出てしまったんじゃないか」と言われたのだそう。
石川さん:その瞬間「やばい、この仕事深すぎる…!」って。人としてすごく勉強になるし、利用者さんの行動の奥にある思いを想像できる職員さんもすごいと思った。これは実習だけでは終われない、ちゃんと介護の仕事をやりたいと思いました。
考えた末、もともと就きたかった保育士の仕事も経験しておきたいと、期限を決めて5年間働き、その後、介護福祉士に。両方経験してみると、保育と介護にはさまざまな共通点がありました。
石川さん:まず、人と接する仕事であること。相手が言語化できていない背景を読み取るのが大切なところ。もしかしたらこういう背景があるから今こういう状態になっている、もしくはこういう発言をしているということを、相手を一人の「人」として見て感じ取っていくのは、どちらの仕事にも通じる大切なところかなと思います。ただ、保育以上に客観的な指標がなく、評価しづらいのが介護の仕事の難しさです。介護では、同じことをやってもQOL(Quality of Life, 人生、生活の質)が上がる人もいれば、まったく上がらない人もいる。それって感覚的なもので、なぜそうなるかは、言葉ではうまく言い表せないんです。

城野さんは、各地の介護施設を見続けるなかで、介護職の“すごさ”を実感し「介護のイメージを変えたい」と思ってきました。
城野さん:石川さんも言っているように、介護は100人いれば100通りのパターンがあって、本当に正解がない仕事です。だから、そのときどきの利用者さんの状態を見極め、自分の動きを使い分けて対応していくケアのすごさを、私はいつも感じるんです。シンプルに「とてもクリエイティブな仕事だな」と思うし、そのすごさが伝わっていないことには、もどかしさを覚えます。でも一方で、それを言語化するのはかなり難しいな、とも感じているんです。
感覚的だという介護の本質をわかりやすく語ることはできず、決まった型を提示することもできません。介護には「うまく言葉にならない」という「言葉」があるのです。
石川さん:でも、言葉にならないのが介護のいいところなんですよね。答えがはっきりしないし、こうじゃないかと考えたとしても、それが本当に正解なのかは厳密にはわからない。それを探し続けるというか、考え続けることが介護なんです。
「HMWとりくみ自慢大会」を、介護の仕事に誇りをもつきっかけに
簡単には言葉にできないからこそ、すごさを実感しづらいのは現場で働く介護職のみなさんも同じです。
城野さん:私が1日施設にいるだけでも、職員さんたちの動きを見ていて「ここでその対応ができるのはすごいな」と思うことがたくさんあるのに、本人たちはそれに気づいていないんです。介護って毎日24時間続いていくもので、派手ではないからこそ、職員さんたちも自分たちがやっていることが当たり前になりすぎているんだと思います。
もっと自分たちの仕事に自信と誇りをもってほしい。そこで介護福祉事業部が企画したのが、2026年3月26日、27日に初開催した「HMWとりくみ自慢大会」でした。これは東京・千葉・神奈川にある17の介護福祉施設の職員が、所属する施設の自慢したい取り組みを発表するとともに、お互いの自慢をたたえ合うイベントです。
城野さん:介護職のみなさんは、自分たちのすごさに気づいてないし、そもそも自分を積極的にアピールすることをしない人たちが多い。そこで、あえて自分たちの取り組んでいることを「自慢」という形で発表してもらうことにしました。
それともうひとつ、いろいろな事例をグループ全体で共有していきたいというのもあって。介護の仕事は個別性が高いからこそ、属人化しやすいところがあります。ある職員さんのお話だけはちゃんと聞いてくれるという利用者さんがいたら「じゃあ、今後もその人に担当してもらおう」で終わってしまう。本当は、なぜその職員さんの話だけは聞いてくれるのか、何が良くて何が嫌なのかを考えていくのが大切だと思うんですね。だからとりくみ自慢大会が、それを一緒に考えるきっかけになったらいいなと。

本大会の東京・千葉エリア部門で、みごと「じまニスト大賞」を受賞したのが、実は藤香苑。プロジェクト名は『「あなたの夢、叶えます」ープロジェクトを通じたケアの本質の再定義ー』でした。これは、施設の利用者さんを対象に抽選会を実施し、選ばれた3名の夢を支援するというもの。大会当日の発表では、そのなかから「お気に入りの職員さんとトンカツを食べに行きたい」という利用者さんの夢を叶えた事例を紹介しました。
この利用者さんは、当初、嚥下機能の低下により、摂取できる食事の形態が制限され、トンカツを食べられる状態ではありませんでした。そこで多職種が連携して嚥下機能の改善に取り組み、「訓練」を「夢を叶えるためのプロセス」に捉え直すことで、利用者さんの意欲向上につなげたのです。その結果、実際にお店に行ってトンカツを食べることができました。
石川さん:すごくドラマチックなことをやっているように見えたかもしれませんが、利用者さんが「トンカツを食べたい」と言っているから、嚥下機能を向上させるリハビリをして連れていってあげようという、ごく当たり前のことをやっているだけなんですね。ただ、普段は業務に追われて、なかなかそこまではできていないのも事実。そこで、どうやったら「本来の介護ってこれが普通だよね」という感覚に気づいて実践してもらえるようになるか。それを考えた結果、利用者さんの夢を叶えるという目標を設定して、プロジェクト形式で実現を目指すことにしたんです。

そうすることで、利用者さん本人はもちろん、プロジェクトに関わった職員さんも積極的に夢を叶えようと動き、自分で考えて行動していきました。これが当たり前になれば、利用者さんとの接し方も、施設のあり方も、変わっていくのではないかと期待しています。
石川さん:本来の嚥下機能では食べられないはずの「トンカツを食べる」というほど大きな夢でなくても、「職員さんともっと話したい」といったシンプルな希望をもっている利用者さんはたくさんいます。その利用者さんにとっては、会話する時間がとても大切なんですね。でも業務内容のなかには、食事介助や排せつ介助はあっても、「会話介助」はない。そこで「せめて1日10分はゆっくりお話する時間をとろう」と、現場が考えられるかどうか。そんなふうに、みんなが工夫しながら行動していけば、介護の質はどんどん良くなっていくと思います。

施設を、社会や地域と切り離さない
石川さんは、同グループの理念が「じぶんを生きる を みんなのものに」に変わったとき、『VISION BOOK2024』のなかに「既存の枠組みに捉われない」という言葉を見つけ、「必要だと思うことはどんどんやってみよう」という気持ちになったそう。


特に力を入れたのが、施設だけで完結せず、地域へ出て、地域とつながる取り組み。たとえば、近隣にレストランやコンビニがないことから「もしかしたらニーズがあるのでは?」とはじめたのが、施設で提供している食事をお弁当にして販売する「みんなのホッとランチ」。今ではすっかり地域に定着しています。
※この取り組みについては平成医療福祉グループのnoteでくわしくご覧いただけます。
石川さん:福祉事業としてお弁当を販売する場合は、宅配まですることが多いかと思います。でも最初から予算をかけて、失敗したら怖いと思って。まずはお弁当を施設まで買いに来てもらうことにしました。そうしたら、高齢の方や片麻痺の方がわざわざ歩いて買いに来てくれたんです。「買いに来てもらったほうが外出の機会になるし、このほうがいい!」ってなって。今も宅配はせず、お弁当販売という形で続けています。
現在は週2回、12食ほどを用意して、毎回完売しているそう。管理栄養士が考える栄養バランスのいいお弁当を、400円という低価格で購入できるのだから、人気があるのもうなずけます。
石川さん:購入してくれる方には高齢者が多いので、メールやLINEではなく、電話での予約制にしています。予約開始日は一気に電話がかかってきて回線がパンクするんですよ(笑)。宣伝も大々的にはせず、自治会の回覧板だけでお知らせしています。僕らはお金を儲けたいわけではなく、せっかく栄養バランスのとれた食事をつくっているのだから、地域のみなさんにもお裾分けしたらいいんじゃないか、と思っただけなんです。

地域向けのお祭り「藤フェス」も開催しています。利用者さんが出店者としてお店に立ち、サービスを受けるのではなく提供する側に回ったり、子どもたちでもできるボランティアを用意して、楽しみながら施設と関わりをもってもらえるようにするなど、地域との接点のつくり方を工夫しているそう。
城野さん:グループとしても、社会福祉法人が運営している施設である以上、地域に貢献することは当然のことだと思っています。ただし、単純に地域に向けたお祭りをやるだけというのは違うと思っていて。今は、施設にいる利用者さんや職員、地域の人たちが混ざり合う場づくりをすることが大切だと考えています。


石川さん:お祭りでは地域の野菜の販売をするんですけど、そのときに使う買い物袋を3カ月かけてみんなでつくりました。お祭り当日に、店頭に立って自分がつくった袋に野菜を入れて渡すという目的をもつことで、袋づくりがリハビリになるし、日々の楽しみにもなるんです。
こうした細かい配慮も、石川さんにとっては「ただ当たり前のことをしているだけ」という認識です。
石川さん:「福祉」という言葉が「普通」や「当たり前」を遠ざけているような気がするんです。僕は、施設が社会と切り離されることなく過ごせる場になったらいいなと思っています。個人的な夢は、近所の人が野菜を買いに来て、利用者さんと喋って、後日「あのとき『また来てね』って言われたんで面会に来ました」みたいなことが起こることです。
施設もまた、その地域を構成する要素の一つ。そして利用者さんはその地域で暮らす一員でもあります。施設と地域の境界をつくらず、ゆるやかにつなげていくことは、とても自然なことではないでしょうか。
城野さん:介護福祉事業部としては、現場の介護スタッフが自分たちのケアに自信をもてるようにバックアップしていきたいです。現在、当グループのVISION BOOKのように、介護施設のケアのあり方やスタッフの行動指針を示すものの策定を進めています。藤香苑が行っている地域との関わりづくりや、利用者さんの夢を叶えるプロジェクトは、まさにそれに含まれるものです。

「入居したから夢が叶った」と言われる施設を目指して
石川さんは「介護は、単にできないことを手伝う仕事ではない」と言います。
石川さん:例えば、ベッドの移乗介助は、職員が100の力でやってはダメなんですね。利用者さんに30の力があったら70の力、利用者さんに70の力があったら30の力でサポートする。利用者さんのできる・できないの凸凹を埋めてフラットにするのが僕らの役割なんです。
こうした役割を念頭に置けば、施設に入居するからこそできるようになることもたくさんあるはずだと石川さんは考えています。
石川さん:僕は藤香苑を「あそこの施設なら行きたい」「特養に入ったから夢が叶った」と言ってもらえる施設にしていきたい。「相手の意思やできることを発見して、どれだけ引き出せるか」が僕らの仕事の本質であり、施設は職員がサポートすることで「新しいチャレンジができる」場所になりうると思っているんです。

実際に、認知症に対する理解の広がりや生活習慣の見直し、さらには「夢や希望をもって日常生活を過ごす」ことが、認知症の発症や進行を抑えるとする研究もあります***。ここでなら、夢を叶えられるし、当たり前に日常を送っていい。そう思えたとき、施設は本当の意味で、利用者さんにとって居心地のいい「家」になっていくのでしょう。
介護の仕事は、一人ひとりの可能性を信じて、利用者さんの「できる」を支えながら、ともに暮らしをつくっていく仕事。介護職の存在は、夢や希望を諦めることなく、人生を明るい方向へ後押ししていく原動力でもあるのです。
次回は、介護する側とされる側双方の負担を軽減し、利用者さんが安全に自立した生活を送れるようにする、専門的なケアの技法「介護技術」を取り上げます。藤香苑で働く介護福祉士さんにライターが1日弟子入りし、介護の専門性を密着取材します。
プロフィール

ライター
平川友紀
ひらかわ・ゆき
フリーランスのライター。神奈川県の里山のまち、旧藤野町で暮らす。まちづくり、暮らし、生き方などを主なテーマに執筆中。

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)、『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』(晶文社)など。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。


