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特集記事|ACP vol.4

ACPを治療選択の単なるツールにはしたくない。
目指すのは、ACPのプロセスを「地域」で担う未来

ACP2026.07.21

私たちは一人ひとり、性格も考え方も異なり、取り巻く環境も、立場も異なります。その一人ひとりが同じ状況に立たされたとしても、そこでとる選択が違ってくるのは当然のことです。「ACP(Advance Care Planning*)」における選択も多様であることは想像に難くなく、最期までその人らしい人生を送るためには、極めて大切で必要なプロセスだと言えるのではないでしょうか。


グループの経営企画医師で多摩川病院副院長の八戸敏史さんは、患者さんと接するなかでACPの重要性を実感。病院内はもちろん、地域にまで視野を広げ、本質的な実践に取り組んでいます。日本でACPが始まった社会的背景と医療・福祉の役割、八戸さんが目指したい理想のACPについて伺いました。

 

*ACP: 「病気などにより意思決定能力が低下したときに備えて、今後の治療や療養について、患者さんの意向をかなえるために話し合うプロセス」と定義される。日本では「人生会議」という名称もある。

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<プロフィール>
八戸 敏史(やえ・としふみ)
呼吸器科指導医、内科指導医、病院総合診療認定医・特任指導医。2002年、横浜市立大学医学部卒業。東京医療センターにて初期研修後、東京病院にて呼吸器診療に従事。順天堂大学・慶應義塾大学でがんの基礎研究に取り組み、医学博士を取得。ハーバード大学への留学を経て、順天堂大学医学部准教授として診療・教育・研究に携わる。「人を診る医療」の実践を基軸に、全人的な視点での臨床と後進育成に注力。2024年より平成医療福祉グループに経営企画医師として参画し、多摩川病院副院長に就任。順天堂大学非常勤講師。

日本では、ACPを地域共同体が担っていた

アメリカで発展したACPが欧州各国やオーストラリアに広がり、日本でも厚生労働省がその必要性に言及したのは、2007年「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」が制定されたとき。2018年のガイドライン改訂の際に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に名称を変更し、ACPの概念が明確に盛り込まれました。

*厚生労働省「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」の改訂について(2018年3月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000197665.html

多摩川病院 副院長 八戸敏史さん

ここでふと疑問が湧きます。ACPという言葉がなかった時代は、どのようにして「本人の意思決定を最大限に尊重」してきたのでしょうか。あるいは「されてこなかった」ということなのでしょうか。

八戸さん「ACPはその人の価値観を引き出し、本人らしい選択ができるようにするための『対話』や『意思決定支援』のことです。日本にはACPという言葉はなかったものの、ACPのような役割を地縁・血縁などを軸とする地域共同体が担っていました。ところが都市化が急速に進んだことで住民同士のつながりが失われ、核家族化するとともに身内が亡くなるのを見ることも減って、死と生活が切り離されていきました。また、高度経済成長のなかで効率化が求められ、団地などの住宅環境が増えたことで、物理的にも自宅で看取ることがほとんどできなくなりました。そこで、地域や家族による看取りの役割が“安全”で“衛生的な”病院に移行してきたというのが、日本でACPが必要とされるようになった背景です。医療者側も、ACPは治療にも大きく関わることだから、病院がその役割を引き受けて実施するのがもっとも適切だろうと考えるようになりました」。

八戸さん自身も、当初は大きな違和感なく受け入れていたそう。しかし、日本でのACPは人工呼吸器を装着するかしないか、経管栄養をするかしないか、抗がん剤治療を行うか行わないかなど、単に治療方法を二択で選ぶという文脈に置き換えられているのが実状でした。

八戸さん「昔は、地域のなかにその人や家族をよく知る周囲の人たちがいました。また、多くの人には生まれたときから大人になるまでその人の生活や家族を見ながら診察や治療をし続けているかかりつけ医がいて、患者さんのことをよくわかっていたんですね。だからがんや脳梗塞など、重篤な病気になったときも、その人の背景を知ったうえで対話ができました。
 
今は多くの人に、長く付き合ってきた『かかりつけ医』がおらず、医師と患者さんは病気になってからはじめて会うことがほとんどです。すると、その人の価値観も人生観もまったく知らないので、ある程度は病態やデータから判断するしかなくなる、というのが日本のACPの現実です。つまり、医療・福祉の現場だけでACPをすることには限界がある。ただ、現時点では僕らがやらなければならないのは確かであり、やるからにはしっかり実のあるものにしたいと思っています」。

患者さんごとに、医療者側のキーワーカーは異なる

八戸さんは、患者さんとの短いコンタクトのなかでも最大限、本来のACPにつなげられるよう、気をつけて実践していることがあります。それがケアのゴールを話し合うための3ステップの面談フレームワーク「3ステージプロトコール(3SP)」です。

3ステージプロトコールは、2020年にアメリカの『Mayo Clinic Proceedings』誌に掲載された論文で発表されたもの(図は同論文をもとに作成)。会話の流れをリアルタイムで組み立て直すこと(Reframing)を重視し、訓練を受けていない医師でも使いやすい構造であることが特徴

まず 「1)病状・予後の共有(今、何が起きているのか?)」を行い、現在の病状と今後の経過、治療可能性について、患者さんやご家族と共通理解をもちます。次に「2) 価値観・目標の確認(何を大切にして生きたいか?)」をします。患者さんやご家族の価値観や人生観に基づき、その人にとって大切なこと、優先したいこと、避けたいことを引き出します。最後に「3) 目標に沿った治療提案(その人らしさを実現するために、どの医療やケアを選ぶか?)」です。医療者は明らかになった価値観や目標を踏まえて専門的な観点からのアドバイスを行い、目標に沿った具体的な治療方針を提案し、患者さんやご家族と共有意思決定を行います。

八戸さん「日本では、ステップ2の『価値観・目標の確認』に深く切り込むことなく、ステップ1『病状・予後の共有』からステップ3『目標に沿った治療提案』へ直接流れてしまっているのではないでしょうか。そのため、ご本人も適切な選択ができず、医療者側も適切な支援ができていないと感じます。僕は、患者さんやご家族の価値観や人生観をできるだけ深掘りし、思いや考えを引き出して気づきを促すことを心がけています」。

八戸さんは、チームのあらゆる職種のスタッフに「患者さんの人生観や価値観を探るようなケアをしましょう」と伝えているそう。なぜならば、どの職種のスタッフがステップ2を担うのか、患者さんによってまったく異なるからです。

八戸さん「医師や看護師には言えなくても、長い時間を一緒に過ごすリハビリスタッフや介護士さんには、伝えられる気持ちや意向ってたくさんあるんです。タッチング(手や指で相手の体に意図的に触れることで、安心感を与えたり痛みや不安を和らげたりするケア技術)が基本となるリハビリスタッフは、患者さんから本音をもらされることも多いですし、排泄や入浴など、尊厳に関わる介助を担っている介護士さんも同様です。あるいは、お金に関することは、窓口にいる医事課スタッフや地域連携室のソーシャルワーカーのほうが話しやすいかもしれない。もちろん、医師や看護師にしか言えないことだってあるでしょう。患者さんごとに、医療者側のキーワーカーは異なります。ACPは、チーム医療の発揮のしどころなんです」。

人生の選択は、医療的なことだけでは決められない

八戸さんは「ACPをしっかり考えることは、ケアの質の向上にもつながる」と確信しています。

八戸さん「グループでは、総合診療に力を入れて全人的医療を目指していますが、本当の意味での全人的って『全人生的』ってことなんですよね。その意識をもつと、患者さんの見え方が変わり、ケアの質も自然と高くなるんです。患者さんの過去、現在、未来を想像しましょう、と」。

全人生的にその人を診る。それはまさにACPが目指すところです。その結果、治療やケアの選択も変わっていくのだそう。

八戸さん「かつて、40代の進行肺がんの患者さんを担当したことがあります。40代であれば現役真っ只中ですし、体力も十分あります。仕事と両立できる治療も増えていますし、効果も期待できるので、抗がん剤治療を受ける方が多いです。でも彼は『抗がん剤治療を受ければ完治するのか?』と質問しました。たしかに彼の病状での抗がん剤治療の目的は、QOL(Quality of Life, 人生、生活の質)を維持し、健康寿命を伸ばすことでした。つまり、完全な治癒は難しくどうしても病とつきあっていくことになります。もちろんそれなりのお金もかかります」。

病気のこと、抗がん剤治療のメリット・デメリットなどを説明し、対話を重ねた結果、その患者さんは「完治が望めないのであれば、抗がん剤治療にかかる分のお金を子どもに残したい」と言われたそうです。ご家族も「本人がそう決めるなら」と納得し、最終的には、抗がん剤治療ではなく、症状をやわらげる治療に専念することを選択しました。

八戸さん「『若いから、絶対に抗がん剤治療などの積極的治療を受けるはず』と考える医療者は多いのではないでしょうか。しかしながら、その患者さんにとっては、子どもに少しでもお金を残してあげることが重要だった。それは、彼の人生観や価値観、家族との関係性から生まれた、彼自身の選択なんです。病院にいれば1人の肺がん患者さんですが、病院を出た外ではコミュニティや家族のなかに、唯一無二の父親や夫としての役割がある。彼は、自分のことは二の次で、そこに最大のプライオリティをおかれたのかもしれません。そういうのって、本当に医療的な一面だけ見て決められることではないんですよね」。

どんな治療を望むのか、あるいは医療以外の支援を中心に据えるのか。その理由はなんなのか。考え方は多様で、いろいろな選択肢がありますが、結果だけを切り取ってみても本質は見えづらく、その人を取り巻くコミュニティ全体を見通す力が必要です。これからの医療現場には、患者さんの属しているコミュニティや文脈、それに基づいた意思や意向をうまく引き出し、共感・共有したうえでの意思決定支援が求められているのです。

多摩川病院
八戸さん「訪問診療であれば、家の様子を見て質問することもできますし、対話の時間が長く取れるのでACPはしやすいんです。でも病院だと『ベッドの上の患者さん』になってしまって、『個』としての価値観や人生観がなかなか見えてこないんですね。だから多摩川病院では、コロナ収束後は30分という面会時間の制限をなくして、何時間でも一緒にいられるようにしたのです。お見舞いに来たご家族や友人とたくさん会話をすることで患者さんが明るくなっていくことはもちろん、気心の知れた方々との会話の端々から、その人の価値観や人生観を知るヒントが見つかります。たった30分の面会では、何もわからないですよね」。

また、患者さんの目標に沿った治療・ケアの選択肢を示せるようにと、病棟ごとに集まって多職種カンファレンスを行うほか、総合診療の観点からも偏った医療にならないよう医師同士の対話の時間も増やしています。さまざまな専門科の視点から意見をもらうことで、その患者さんにとって最適な治療を検証し、総合的な提案をしているのです。

究極の目標は「ACPを地域に戻すこと」

八戸さんは、医療現場ができるACPの最善を模索する一方で、病院と地域との連携にも目を向けています。究極の目標は「ACPを地域に戻すこと」だとも語ります。

八戸さん「社会構造の変化が起きたために、今は医療・福祉がACPのプロセスの大事な部分を担っているけれども、これをまた地域に戻していきたい。それがなにより自然なことだと思うので、どうしたら戻せるかを考え、取り組んでいきたいと思っています。もちろん、地域で担えなくなった理由や要因があるわけなので、ただ単に地域に戻そうというわけではありません。まちのなかに病院が組み込まれる雰囲気をつくり、医療職や福祉職の人間が、プロフェッショナルとしての見解をもって地域に入っていくことで、昔と今の良さが融合されて、より良いACPが実現できると思います」。

八戸さんが注目している場のひとつは、なんとスナックだそう。地域の人々が夜な夜な語らうスナックは、ローカル・コモンズ(地域の集会所や広場、カフェなど、地域住民が集まるオープンかつ公共的な空間)でもあるのです。

八戸さん「スナックに集まる人たちのなかに、AさんのACPの肝になるBさんがいるかもしれないし、スナックのママがその人のACPをするうえで重要な要素を把握しているかもしれない。スナックって、自然とACPができる場所じゃないかと思うんです」。

ほかにも喫茶店や町中華など、誰もが気軽に集えて楽しめる場のアイデアがいろいろとあるそう。また、病院と地域をつなぐハブとなる患者支援協働センター「つどい」を立ち上げました。

八戸さん「『つどい』のなかには地域連携部門と在宅サービス、そして地域共創企画室が入っています。病院と地域をつなぐ相談窓口のような役割を担っていこうとしているのですが、だんだん認知されてきて、市の地域包括支援センターから医療が必要な引きこもりの方に関する相談が入ってきたり、ケアマネジャーさんから生活に密着した困りごとなどを直接相談されたりすることも増えてきました。特徴的なのは地域共創企画室で、これは地域のみなさんをはじめ、学校や行政、商工会などとも協働しながら、『地域とともに暮らしに根付いた活動』を共創する部門です。今は専属のリハビリスタッフがいて、町内会の体操教室や勉強会、市の介護予防事業などを幅広く請け負っています。地域と病院が横でつながってできることを考えていくのも、大切だと思っています」。

「つどい」の拠点は病院エントランスに近接するスペースにつくり、患者さんも地域の人もスタッフも気軽に立ち寄り、集える場にしていきたいそうです。

八戸さん「地域の方からお話を伺うと、医療や福祉を含めた場のニーズは高いですし、やっぱりみなさん、歩ける範囲に何かしらの集える場がほしいって言うんですね。歩ける範囲っていうのは、まさにコミュニティのなかにあるということ。そのコミュニティが、生き生きしたものになるにはどうしたらいいか、どういう場が必要かということを考え続けていきたいです」。

医師の一般的なイメージは、診察室にいて、病気や怪我の診断や治療をしてくれる人。ところが八戸さんは、病院の外に出て、地域とつながり、コミュニティを醸成することに積極的に取り組んでいます。それが医療や福祉にとって大切な要素だと考えているのです。

八戸さん「日常の関係性のなかで、すでにACPにつながる対話がなされていて、いざ病気になったときには、医療の専門家としてその人の価値観や人生観に基づいた選択肢を示し、決めてもらうことができる。そこでの患者さんとの対話はもちろん有意義にしていきたいんですが、『病気や治療に関する知識が、最期の決定に役立つのであれば使ってください』ぐらいの感覚でいいんじゃないかなと思います。僕はやっぱり、ACPを治療選択の単なるツールにはしたくない。地域に戻すまでには何年、何十年かかるかわかりませんが、必ず実現したいです」

八戸さんは「ACPは、決めるまでに何度も揺れ動くのが当たり前」だと話されていました。そして、なぜ揺れ動くのかを理解し、心から寄り添うためには「その人の人生観や価値観を知ること」がいかに大切なのかということも。だからこそ八戸さんは、患者さんの家族や暮らしている地域と自然につながり、ACPのプロセスを多くの人で支える関係づくりに踏み出そうとしているのだと思います。

一方で、今もこの先も、医療職や福祉職が患者さん一人ひとりの人生に最期まで伴走する存在であることは間違いありません。もし、自分自身や家族の死を意識せざるを得ないときがきたら、私たちは誰とどんなふうに対話がしたいでしょうか。そのとき、八戸さんのように最善を尽くしながら、ACPのプロセスをともにしてくれる医療者がいることは、どれほど心強いことだろうかと思います。

プロフィール

ライター

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平川友紀

ひらかわ・ゆき

フリーランスのライター。神奈川県の里山のまち、旧藤野町で暮らす。まちづくり、暮らし、生き方などを主なテーマに執筆中。

フォトグラファー

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生津勝隆

なまづ・まさたか

東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。