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特集記事|介護のプライド vol.2

AIにはできない、人間の仕事だから介護はかっこいい。
利用者さんの日常を支える介護技術の奥深さ。

介護のプライド2026.08.18

みなさんは、「介護技術」という言葉を聞いたことはありますか?


実は「介護技術」は、介護福祉領域の専門用語。介護する側とされる側双方の負担を軽減し、利用者さんが安全に自立した生活を送れるようにする、専門的なケアの技法です。


「介護」も「技術」も身近な言葉だから「なんとなくわかる」気がしてしまいますが、「どんな専門性があるのか」はイメージできなかったりします。この「なんとなくわかる」という感じは、介護の仕事そのものにもありそうです。「日常生活を営むのに支障がある人をサポートする」ことですが、「具体的に何をどのように?」となるとぼんやりしてきませんか。


もしかして、介護技術にフォーカスすれば、介護の仕事がより具体的に伝わるのでは?と考え、東京・西多摩郡にある介護老人福祉施設 藤香苑で働く、介護福祉士のグエン ティ トゥイー フオンさんに取材を申し込みました。ただし、ケアする側/される側の間で非言語的にやりとりされる介護技術を、お話だけで理解するのは難しいかもしれません。そこで、グエンさんに“1日弟子入り”させていただいたのち翌日にインタビューでお話を伺うことにしました。

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<プロフィール>
グエン ティ トゥイー フオンさん
ベトナム出身。介護老人福祉施設 藤香苑 介護部主任、トレーナー、介護福祉士、准看護師。2013年、母国にて看護師資格を取得したのち、経済連携協定プログラム(EPA)に参加。2015年より日本で働きはじめる。2020年11月、平成医療福祉グループに入職。2025年、第15回オールジャパンケアコンテスト外国人介護職員 A部門で優秀賞を受賞。

知識と技術が安全で効率的なケアを支えている

朝8時半、藤香苑に着くとグエンさんがほがらかに迎えてくれました。あかるい笑顔が一瞬でこちらの緊張をほどいてくれます。

グエンさんはベトナム出身。大学で看護学を学んでいたとき、病院実習で「高齢者と関わることが好き」だと感じていたそうです。卒業後は看護師として就職しましたが、まもなくして日本とベトナムの経済連携協定(EPA、Economic Partnership Agreement)に基づく、EPA介護福祉士候補者受入れ制度を知って参加を決めました。

藤香苑 介護部主任 トレーナー グエン ティ トゥイー フオンさん
グエンさん:日本は高齢者支援のレベルが高いと言われていましたし、自分も経験を積みながら学びたいと思いました。ベトナムの看護師資格はそのままでは日本では使えないので、厚生労働省に書類を提出したうえで試験を受けて、日本の准看護師資格を取得しました。来日から3年後には介護福祉士の国家資格も取得しました。

一般的に、日本の医療・福祉の現場では「看護師の方が専門性が高い」というイメージをもたれることもあります。もともと看護師資格をもっていたにも関わらず、グエンさんはどうして介護福祉士の道を選んだのでしょうか。

グエンさん:看護は医師の指示のもとで治療の補助を行う仕事ですが、介護士は利用者さんのQOL(Quality of Life, 生活の質)を高める仕事。知識と技術がしっかり身につくと、看護と介護の専門性は、まったく異なるものだとわかります。たとえば、高齢者をチームでケアするという目的は同じであっても役割はまったく違うんです。どちらも自分の仕事にプライドを持って、一緒に協力して利用者のケアをするということなんですね。

たとえば、ベッドから車椅子、車椅子からトイレなどへ乗り換える際の移乗介助は、身体的な負担が大きく腰痛の原因になりやすいと言われています。しかし、人間の筋肉や骨の構造と重力の作用を取り入れるボディメカニクス(身体力学)を使えば、介護する側とされる側の双方の負担は大きく軽減します。男性利用者さんを車椅子からベッドに移乗介助するときも、介護用のスライディングボードを使って一瞬で完了。想定をはるかに超えた手際の良さにあっけに取られてしまいました。

グエンさん:ボディメカニクスはもちろん、さまざまな福祉用具も活用していますので、最小限の力で利用者さんの身体を動かせます。職員の負担なく移乗介助できると、利用者さんの安心感も上がりますし、安心かつ効率的なケアができるんですよ。
車椅子でベッドまで移動して、スライディングボードを設置するとほんの一瞬で移乗は完了。クッションを当ててポジショニングをしたのち布団を整えます
新しく導入されたシャワー入浴装置。リクライニングした状態でドームに入るとミストシャワーが体を包み込み体の芯まで温めます。利用者さんのプライバシーを守ると同時に、介助者は中腰での洗髪・洗身する負担から軽減されるというメリットもあります。利用者さんの評判も良いそうです

介護技術はケアの現場に埋め込まれている

介護技術の基本は、利用者さんの安全性を確保し、安心してもらえる信頼関係を築くこと。言葉にするとシンプルですが、1日の生活のすみずみまで「安全性を確保する」ために、水ももらさぬような細やかな配慮の網が張り巡らされています。

たとえば、眠るとき、食事をするとき、テレビを見ているとき、私たちは自然と楽な姿勢をとりますが、自力で身体を動かせなくなるとどこか一カ所に圧がかかり褥瘡(じょくそう=床ずれ)ができてしまいます。自力で体を動かせない人の身体の位置を安全で快適な姿勢に設定・保持する「ポジショニング」は重要な介護技術のひとつです。

グエンさん:ベッドで寝ているときに褥瘡ができやすい踵に、クッションを当てて浮かせるだけでは他の部位に褥瘡ができてしまう可能性があります。踵を浮かせてから全身の圧を分散させて除圧しないとだめなんですね。

ほかにも、筋肉の緊張による拘縮(こうしゅく)や間接の変形を和らげたり、座っているときの呼吸を楽にしたり、誤嚥を防ぐ姿勢をつくったりすることもポジショニングの技術です。麻痺の状態や関節の硬さに合わせて、最適な姿勢をつくるポジショニングは、利用者さんの筋肉をやわらげて残された機能を活かすことにもつながります。

おやつの時間の食事介助。首の角度とスプーンを口に運ぶ角度が適切かどうかをグエンさんに確認していただきました
お茶の時間になると「あの人は甘いのが好きだからジュース」「この人は血糖値が高いからお茶ね」とテキパキ指示がありました
とろみをつけるときは計量スプーン2つを操り、異なる濃度のお茶を同時につくってしまう技に驚きました(ダマができないようかき混ぜるのはコツが必要なのです)
グエンさん:利用者さんに合わせた対応やケアは、自分ひとりで決めるのではなく、チームで統一することがとても大事。みんなのケアがバラバラになると、利用者さんは不安になりますし、生活のリズムも安定しにくいんです。万が一の事故があったときも、原因分析が難しくなるリスクもあります。

介護技術は、唯一無二の正解のある“技術”とはちょっと違うのだなと思いました。利用者さん一人ひとりと介護する人の間にあって、日ごとに、さらに言えばその瞬間ごとに最適解を探求するもの。あるいは、ケアする側とされる側のあいだに埋め込まれているものというイメージです。昨日の最適解は、必ずしも今日も通用するわけではないからこそ、目の前にいる利用者さんと向き合うしなやかさが生まれるのかもしれません。

利用者さんの「生きる力」を尊重する

藤香苑で一番心に残ったのは、スタッフのみなさんが利用者さんの「できる」(いわゆる残存能力)を大切にされていることでした。歩くのはつらくても足を動かせるなら、車椅子のフットボードを外して「足こぎ」してもらって下肢の機能を維持する。ゆっくりでも自分の手で食事ができるなら、介助には入らずに見守ってみる。必要以上の介助は、利用者さんのADL(日常生活動作)の維持を妨げ、QOLの低下にも影響しかねないからです。利用者さんの「自立を支援する」ことは、介護の根幹でもあります。

グエンさん:人は「自分で決めて、自分でできる」ことに生きる意味があるのではないでしょうか。認知症の方もそうでない方も、「自分で何もできない」と感じてしまったら「私はなんのために生きているのだろう?」と思ってしまう。「今日はどう過ごしたいのか」についても確認は必要です。レクリエーションに参加したい人もいれば、自分のペースで本を読みたい人もいます。主体は利用者さんであってスタッフではありませんから、何よりも本人の意思を尊重します。
歩ける利用者さんがトイレに行くときは、手をつないでゆっくり一緒に歩きます
おしゃべり好きな利用者さんとテーブルを囲みながら、仕事を進めるグエンさん。「こちらのおふたりはお互いに話を聞き合える関係なので、一緒にいると安心なんですよ」。利用者さんの性格や相性をよく観察したうえで席の配置も決めているそうです

認知症の方とのコミュニケーションにおいても、「本人の言うことを否定しない」コミュニケーションを心がけます。でも、“事実”と異なることを話されたときは、どんなふうに答えているのでしょうか。

グエンさん:認知症の方は「この人は誰?ここはどこ?」と不安がいっぱいです。たとえば、食事をしたのに「食べていない」と言われるのは、食べたことを覚えていないからです。なのに、「さっき食べましたよ」と否定すると、「あの人は自分の味方ではない」と感じて落ち着かなくなってしまいます。「そうですか。まだ食べていないですね。じゃあ、ごはんが来る前にお茶を飲みませんか?」と言ってお茶を飲んでいただいたら、それでごはんのことを忘れて落ち着かれる可能性もあります。

もし、スタッフに「そんなことを言っても聞いてもらえない」と反論されたときも、グエンさんはまずは受け止めることからはじめます。「とりあえず、やってみたら?」と提案して一緒に一番良い方法を探り、うまくいったときは情報を共有してケアの統一を図るそうです。介護技術に基づくコミュニケーション方法は、スタッフ間においても生かされているのです。

チームで「一人ひとりに合わせたケア」を共有する

「一人ひとりに対してチームで統一したケアをする」には、フロアごと、そして施設全体での情報共有も重要です。睡眠や食事の量、排泄の回数や状態、日中の過ごし方などはもちろん、ふだんと違うようすがあればすぐに確認して記録に残しておきます。ある利用者さんのそばにいたグエンさんが、「あれ?ちょっと汗をかいていますね」と体温を測ることになりました。ご本人からの訴えはなくても、「いつもとちょっと違う」と感じたらすぐに体調を確認するそうです。

グエンさん:高齢者は若い人よりも状態が変わりやすく、日中は元気だったのに夜は熱が出たり、呼吸が苦しくなったりすることも多いんです。「具合が悪い」「疲れた」などと、しっかり訴える利用者さんは少ないので、早期発見は大事ですね。「今日はいつもより発言が少ないな」「顔色がちょっと蒼白だな」と感じたらすぐに確認しますし、夜勤の職員に申し送りをして巡回もお願いします。もし、私たちが体調不良に気がつかず記録も残さなければ、利用者さんが重篤な状態に陥るかもしれない。その危険性を常に意識して、ちょっとした変化も観察しなければいけないと思っています。
「3階はひさしぶりなんですよ〜」と言いながらも、利用者さん全員の名前はもちろん、最近の状態もしっかり把握しているグエンさん。「あの利用者さんが食事以外でデイルームに来たらコーヒーがほしいときですよ」などと教えてくれました
この日は日直だったグエンさん、食事や入浴が一段落すると介護記録をつけます。「要望があれば家族にも見てもらうので、できるだけくわしく書きますよ」と教わりながら入力作業をしました。

ひとりの利用者さんに複数のスタッフが関わるうえで、欠かせないのが「介護記録」。「午前中はどこで何をしていたか」「誰かと会話していたか」「不穏なようすがあったか」「楽しそうだったか」「何を話されていたか」など、客観的な事実を正確に記したものです。介護記録は、ご家族との情報共有にも使われています。要望があれば閲覧してもらいますし、「最近、母のようすはどうですか?」と電話で尋ねられたときにも参照します。いわば介護記録は、利用者さんに関する情報共有の要でありコミュニケーションツールでもあるのです。

ケアの技術を教えるために必要なこと

「チームで統一したケアをする」には、職員の介護技術のレベルややり方を揃えていかなければいけません。藤香苑介護部の主任として、またトレーナーとしてグエンさんはどんなふうに職員の指導をしているのでしょうか。

スタッフに呼び止められると、いつもすぐに立ち止まって話を聞くグエンさん。
グエンさん:入職したときに、介護技術の5項目(食事介助、排泄介助、移乗介助、入浴介助、ポジショニング)の講習を行い、「当グループではなぜこのやり方をするのか」を説明したうえで実践してもらいます。もし、納得されない場合は一緒にやってみます。たとえば、食事介助では首の角度が大事で、顎が上がっていると誤嚥しやすい。「本当かな?」と思われていたら、一緒にこの角度でお茶を飲んでみます。そのうえで、首の角度をどう調整したら飲み込みやすいかを試してみる。実感をもって納得できるように支援するんです。納得できないままでは、やり方を変えるのは難しいですから。

グエンさん自身もわからないことがあると、介護福祉事業部のケアアドバイザーに相談しているそうです。そのたびに「根拠のある説明をしてもらえている」と感じてきたからこそ、自分もまたスタッフに納得される答え方を心がけています。

「みなさんが、なんでもすぐに気軽に相談できる存在にもなりたい」とグエンさん。スタッフの技術や利用者さんへの声掛けに問題を感じたときも、すぐ指摘するのではなく、まず観察して原因を分析。本人がどうしたいのかを確認しながら、一緒によい方法を考えるようにしているそうです。

グエンさん:うまくいかないとき、困っている本人が一番不安だと思います。何に困っているのかをしっかり聞き取って、その大変さを共感することからはじめます。仕事のなかで困ったこと、利用者さんへの対応で悩んでいることは、すぐに相談してもらえるとありがたいです。指導もしやすいですし、他の職員も同じことに困っているなら施設内の介護部会議で話し合って業務調整を検討します。それによって利用者さんのクレームや事故も減るでしょうし、ケアの質の向上にもつながるからですね。

介護の仕事は人間にしかできないからかっこいい

来日してから10年以上、ひたむきに介護技術の向上に務めてきたグエンさん。周囲の人たちからも「グエンは本当に勉強家だ」と高く評価され、藤香苑のスタッフに頼られる存在になりました。長く続けたからこそ感じている、介護の仕事の面白さについて聞いてみました。

にこやかに話しかけながら水分補給の介助をするグエンさん。だけど、目はいつも真剣。利用者さんの状態を観察していることが見て取れます
グエンさん:やっぱり利用者さんの笑顔を見るときにやりがいを感じる仕事かなと思います。利用者さんが安心して暮らせるようになって、家族の方たちにも感謝されるとうれしいですね。高齢者のみなさんは私の人生の先輩ですので、いろんなアドバイスをもらうこともあります。ストレスが溜まっていたときに「無理しないでね」と言ってもらえて力になったこともありましたよ。今後もし、身近な人や自分の家族に介護が必要になったときも自信をもてるかなと思います。それに、今の世の中はAIを頼りにしていますが、介護の仕事は人間じゃないと無理だと思います。そういう意味でも、介護の仕事はかっこいいなと思いますよ。

グエンさんは「藤香苑は利用者のお家になればいいな」と言います。もし、ここが利用者さんたちの家であるなら、スタッフにとっては職場という“暮らし”の場でもあります。利用者さんにも同僚であるスタッフにも、あたたかい眼差しを注ぐグエンさんのあり方を見ていると、介護技術は人と人が一緒に生きるための技術だと言いたい気持ちになりました。

グエンさん:これからも、自分が勉強した知識と技術を活かして高齢者のみなさんを支援していきたいし、スタッフのみなさんのサポートもしたいと思います。介護技術はもちろん利用者さんのためのものですが、介護する側のためのものでもあります。技術が身につけば、自分の力を使わなくても介助できるので楽になります。介護の仕事はそんなに大変じゃないですよ。大変は大変だけど、自分のやり方次第で長く続けられるし、毎日楽しいことがありますから。

グエンさんには、人間を理解したいという新鮮な好奇心を感じました。だからこそ、利用者さん、そして一緒に働くスタッフに興味をもち、深く観察できるのだろうと思いました。きっと介護技術の根っこにあるのは、人間が人間に対して抱く、目の前にいる人とより良い関係を築きたいという願いなのかもしれません。グエンさんが「介護の仕事は人間じゃないと無理」と言われた理由が少しわかった気がしました。

特集「介護のプライド」、次は「介護のキャリア」をテーマにした記事をお届けします。どうぞお楽しみに!

プロフィール

フリーライター

フリーライター

杉本恭子

すぎもと・きょうこ

京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)、『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』(晶文社)など。

フォトグラファー

フォトグラファー

生津勝隆

なまづ・まさたか

東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。

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