ひとプロジェクト 第43回【前編】東浦平成病院 看護部長/小林 さおりさん

東浦平成病院

看護部長

小林 さおり さん

Kobayashi Saori

高校生の延長線として看護学校へ
周囲の意見に流されて育った学生時代

4月の公開よりしばらくお休みしていた「ひとプロジェクト」ですが、今回より再開!
これからも当グループで活躍するスタッフを紹介してまいります。
今回登場するのは兵庫県淡路市にある東浦平成病院の看護部長、小林さおりさんです。
看護師を目指した理由から、新人看護師時代のこと、また「初めは何のことかも知らなかった」という「EPA(経済連携協定)」(※1)に基づく外国人看護師候補者の受け入れに責任者として関わり、奮闘した話などをお聞きしました。ぜひご覧ください!

※1 EPA:特定の国との間で人材の移動や投資など幅広い分野で経済関係を強化していく取り組み。平成医療福祉グループのEPAの取り組みについては、こちらをご覧ください

※2:本取材は2020年3月に行われたものです。

「看護師」は母親がなりたかった職業

ご出身はどちらですか。

徳島県の吉野川市です。今も徳島から淡路島まで車で通勤しています。

車通勤なんですね。

そうですね。車で隣の県まで通勤していると聞くと、大変なイメージがあるかもしれませんが、徳島市内の病院に通勤していたときのほうが朝の渋滞がひどかったので、心の負担は少ないんですよ。

就職されてからずっと車通勤だったんですか。

いえ、新卒で就職した病院は京都でした。就活中に友人が「京都の病院に就職する」って言うので、「じゃあ私も」って(笑)。

あっさりと京都行きを決めたんですね。

そうなんです。当時は、その場の流れに乗ってしまう癖があったんです。看護師を目指した理由も母親にすすめられるままってぐらい。

10代で人生設計を迫られるのは難しいですよね。

憧れの職業が特になかったので、母親から「お母さんは看護師になりたかった」という話を聞いているうちに、看護師が気になるようになって。部活でケガをして入院したときも、母親と看護師さんの働く様子ばかり見ていました。

入院中は看護師さんのことが気になりましたか。

見てましたね〜親子で(笑)。私の担当が新人の看護師さんで「きっと泣いたんだろうな」って子どもながらに察する日もあったり、なぜか部屋に顔を見に来てくれることも多くて、不思議な職業だなって思いました。でも、そのまま看護学校へ進学しました。

看護学校時代や新人時代がハードだとお聞きしますが、いかがでしたか。

う〜ん。看護学校時代にインパクトが強い患者さんの受け持ちを体験したことはありましたけど、私にとっては高校生活の延長みたいな楽しい青春でした。その分、新人になってから苦労しました。配属先がICU(集中治療室)だったので、ちょっとピリっとした空気が漂っていて、人生で一番勉強したし…実は泣きながら仕事していた日もありました。さっきの新人看護師さんのことを言えないですね(笑)。

  • 看護師人生を変えた偉大なる先輩との出会い

    当時の職場はどんな雰囲気だったんですか。

    私の教育担当だった先輩は、オールラウンドプレーヤーでした。仕事はできるし、教え方も私に合っていました。県外就職として来たスタッフは部署に私だけだったので、最初はぎこちなかった生活が、先輩のおかげで非常勤の先生とも仲良くなれたり、仕事もプライベートもお世話になっていました。

    先輩からはどんな指導を受けたのですか。

    業務に対する宿題を出されて、次の日に答える形で仕事を覚えていったんですけど、聞かれたことの表面だけを答える私に「そんな状況じゃ担当させられない」と勉強不足を見抜くような先輩でした。ちゃんと根っこまで理解していないと、携わりたい仕事には就かせてもらえないので、必死に勉強していました。

    鋭い指摘を受けたこともあったんですね。

    ありがたいです。その先輩に「勉強したい」って言えば、医学系の参考書が揃っている本屋さんに案内してくれるんですよ。私、地下鉄の乗り方も知らなくて(笑)。私のことを気にかけてくれる思いやりのある人でした。その先輩が、私の原点ですね。

    仕事中以外でも頼れる先輩だったんですね。

    そうなんです。先輩からBBQに誘われたこともあって、顔を出したら、普段の現場だとあまり話す機会がない医師やコメディカルスタッフも参加していて、BBQしながら大勢で話せたことで、次の仕事から妙な緊張をせずに声がかけられるようになりました。面倒見のいい先輩でしたね。

    きっかけがあれば、距離はぐっと縮まりますよね。

    仕事をがんばるためのモチベーションって大事だと思います。教育する立場になったら、私自身が嬉しかった体験を土台にして教えようと思っていました。

離職率が一桁台
地元から選ばれる病院にしたい!

今の職場に転職されたときは、管理職として入職されたんですか。

いえ、違います。ほかのスタッフが後輩指導する様子を隣で見ているような普通のスタッフでした。数年勤務してからブランク期間があって、戻ってきた2年後ぐらいに主任になりました(ちょっと嫌そうに言う)。

今、とっても嫌そうに見えました(笑)。

(笑)。主任って葛藤の連続で大変なんですよ。現場のスタッフと同じように患者さんを持っているのに「主任」の役割がときどき降ってくるし、自分でやっちゃえばすぐ終わる仕事を別のスタッフに振って覚えさせなきゃいけない…。その記憶が(笑)。

少しずつ立場が変化していったんですね。

主任の葛藤の後に係長になって師長や副部長を経て、今の役職になりました。管理職になってから、知らないことは全部、現場のスタッフに助けてもらったおかげで乗り越えられました。ここは地方病院なので、スタッフに恵まれていないとここまで仕事を続けられなかったと思います。

都市部と地方には何か違いがあるんですか。

人員の差が大きいです。都市部だと求人募集をすれば応募・選考・面接をして充足することが多いですけど、地方だと求人応募数がまず違うので、欠員を出さないことが大切なんです。退職者が出ないように、離職率を下げることが重要。でも…都市部との違いはそれぐらいになったと思います。

昔はもっとあったんですか。

「行きたい研修が遠くて行けない」「参加費よりも交通費が高い」とか、いろいろありましたね。IT化が進んだので、オンライン研修も増えましたし、ネットで物品購入もできて、地方だからできない、という部分は減りました。看護部の離職率を毎年算出していますが、昨年は6%、今年は定年退職のスタッフを含めて11%でした。

離職率がすごく低いんですね。

ただ、ここから先は難しいですね。女性が多いので結婚や出産・子育ての期間もありますし、当院はEPA候補者が帰国する想定もあって。でも、来年こそ6%を切れるようにがんばりたいです。

EPA候補者のこともお聞きしたいのですが、担当された時期はいつ頃ですか。

主任のお話をいただいたときなので、今年で8年目です。新しく受け入れる予定になっていたフィリピンからのEPA候補者を担当したことが始まりでした。

以前からEPAに関する活動に興味をお持ちだったんですか。

それが…全く無知でした。英語も話せないし、EPA候補者って聞いても何を指すのか明確にわからなくて。最初は「無理です!」って(笑)。

  • 適任だった?
    EPA候補者のお姉さん役とお母さん役

    EPA候補者との初仕事は覚えていますか。

    忘れないです(笑)。名古屋で顔合わせをしたんですが、何を話せばいいのかわからなくて、ずっと黙ってました。だから、初めて会った候補者たちは、私のことが怖かったみたいですね。

    お会いしたときにはすでに入職が決まっている状況だったんですか。

    彼女たちの場合は、そうでした。一般的な受け入れの流れとしては、まず現地で先に合同の就職説明会のようなものが行われて、各病院がブースを出すんですが、そこをEPA候補者が回って病院を選びます。

    選ばれる側なんですね。みなさんには選んだ理由を聞かれましたか。

    全員、日本のアニメが大好きで、一番のお気に入りだった「NARUTO」の舞台に近かったから気軽に聖地巡礼ができると思って、当院を選んだと聞きました。でも実際は東浦平成病院から、ちょっと遠いんですよね(笑)。

    それは知ってしまうとショックですね。

    でも、一緒に聖地巡礼しましたよ。私が新人のときに先輩から「がんばったご褒美」を用意してもらったように、EPA候補者たちが行きたいと思っている観光スポットは「がんばったご褒美」にしました。最後の方は病棟のスタッフもメンバーに加わって団体旅行みたいでした(笑)。

    日本語はどうやって教えていたんですか。

    当時は、今ほどグループ内で統一の教育マニュアルもできあがっていなかったので、小学校の勉強と同じようなやり方でした。漢字ドリルをコピーしてテストするような「国語の勉強」をしていたんですけど、途中でやめました。

    何か思うところがあったんですか。

    最初はドリルに沿って「しんにょうの書き順」とか「さんずいの成り立ち」も教えていました。でも、国家試験には「書き順」も「漢字の成り立ち」も絶対出ないんです。診療科の前で、漢字の読み書きを覚えてもらう方が圧倒的に早いので、現場実践型に変えました。

    そのEPA候補者が国家資格を取得されたのは、いつ頃でしょうか。

    来日から3年です。また、ここからが大変だったんですよ(笑)。

後編を読む

profile

東浦平成病院 看護部長 小林 さおり(こばやし さおり)

【出身】徳島県吉野川市
【職種】看護師
【趣味】嵐のライブに行くこと
【好きな食べ物】食パン(高級食パンをみんなで試食する)

病院情報

兵庫県淡路市久留麻1867番地

医療法人社団 淡路平成会
東浦平成病院

内科・循環器内科・外科・脳神経外科・整形外科・小児科・耳鼻咽喉科 眼科・皮膚科・心療内科・リハビリテーション科・放射線科地域に根差し、必要な医療を提供しながら、総合医療福祉センターの役割と地域のトータルヘルスケアに貢献する専門施設を充実させています。医療・看護はもちろん、介護・リハビリテーションにも重点を置き、長期療養生活にも対応できるよう環境を整えています。