「すべての病棟で身体拘束がゼロになった日、朝礼で報告してみんなで喜びあいました」。
2026年6月、多摩川病院は開院以来初めて、全病棟で患者さんの身体拘束ゼロを実現しました。実は、昨年度は同グループ内の関東エリアの病院のなかで、同病院の拘束率はワースト1位。月平均で約15人の患者さんへのミトン装着、四点柵の使用がありました。そこから一念発起し、看護師を中心に身体拘束ゼロ化を目指した結果、約8カ月で目標を達成できたというから驚きです。
平成医療福祉グループは、2015年に「身体抑制廃止委員会」を立ち上げ、すべての病院・施設での「身体拘束ゼロ」の実現を目指してきました。2020年からは、四肢を拘束する紐やベルトは全病院で廃棄し、体幹抑制ベルトやミトンなども看護部長の許可なく使用不可とするルールを徹底。ほとんどの病院で、身体拘束率はゼロもしくは数例で推移しています。
特集「身体抑制はしないと決める」(2024年)では、拘束ゼロを目指す工夫と葛藤について取り上げましたが、取材当時「わずかに残る拘束」として言及されていたのがミトン装着でした。その後、同グループは全病院に対して「拘束解除を可能にするしくみづくり」を徹底。実際に身体拘束ゼロを達成した病院も増えています。
今回は、多摩川病院看護部の身体拘束ゼロ化委員会・チームのメンバーに取材。身体拘束ゼロを実現するための組織づくり、拘束解除に葛藤していた看護師の意識が変わっていくプロセスについてお話を伺いました。
<プロフィール>
坂本信一(さかもと・しんいち)
看護師。2014年、平成医療福祉グループ入職。世田谷記念病院勤務を経て、2023年より、多摩川病院看護部長。
平山 佳波(ひらやま・かなみ)
看護師。2018年、多摩川病院入職。回復期リハビリテーション病棟看護師長(研修・教育担当)。多摩川病院身体拘束ゼロ化委員会 委員長。
降幡 紗代(ふるはた・さよ)
看護師。2020年、多摩川病院入職。医療療養病棟 看護師長。多摩川病院身体拘束ゼロ化チームメンバー。
神定 美智子(かんじょう・みちこ)
看護師。2010年、多摩川病院入職。現在は医療療養病棟を担当。多摩川病院身体拘束ゼロ化チームメンバー。
患者さんの安全のためには
「しかたない」と思っていた
身体拘束とは、「本人の行動の自由を制限すること」。抑制帯やミトンなど、患者さんの身体や衣服に触れる用具を使用して動きを抑制する行為を指します。日本では、特に精神病棟における過剰な身体拘束が問題視されていますが、実は高齢の患者さんが多い医療療養病棟においても身体拘束率が高い状況が続いています。
多摩川病院の医療療養病棟の師長を務める降幡紗代さんは、その理由のひとつに「医療依存度の高い患者さんが多いこと」を挙げます。

降幡さん:医療療養病棟は、気道確保のための気管切開チューブや経管栄養などに用いるマーゲンチューブなどを挿入している患者さんが、他の病棟より多く入院されています。命に関わるライン・チューブ類の自己抜去のリスクが高いと判断したとき、やむなく身体拘束をする流れになってしまっていました。
厚生労働省は、2024年度に「身体拘束を最小化する体制整備」をすべての病棟・病室の施設基準に盛り込む診療報酬改定を実施*。「切迫性」「一時性」「非代替性」をすべて満たす「緊急やむをえない場合」のみ、必要な手続きを踏まえて行うように指導しています**。
* 精神保健福祉法の規定が別途ある、精神科病院・精神病室のある病院は除く。
** 厚生労働省老健局『介護施設・事業者等で働く方々への身体拘束廃止・防止の手引き』令和7年3月
多摩川病院においても、ライン・チューブ類の自己抜去リスクを回避するために、「緊急やむをえない場合」として主にミトンの使用を中心とした身体拘束を行っていました。だからこそ、同院の看護部長 坂本 信一さんは「身体拘束廃止の実現は、非常にハードルが高いと感じていた」と言います。

坂本さん:身体拘束をしたくてする看護師は一人もいません。患者さんの安全を守るために、やむなくしていることです。そういう現場の葛藤がわかっているからこそ、どう向き合えばいいのか悩んでいました。
そんななか、2025年5月に同グループは改めて「身体拘束ゼロ宣言」の本格稼働を強く打ち出しました。トップからの強い意思表示は、多摩川病院でも身体拘束ゼロに向けて本腰を入れるきっかけになりました。
拘束ゼロ化に向けた組織体制をつくる
2025年の「身体拘束ゼロ化宣言」で、同グループは各病院に「身体拘束ゼロ化委員会」と「身体拘束ゼロ化チーム」を設置して、組織体制の強化を図るよう具体的な指示も出しています。


身体拘束ゼロ化委員会のメンバーは、医師、看護部長、病棟師長、看護主任、介護主任、リハビリスタッフ代表者、薬剤師代表者。月1回の会議で病院全体の拘束ゼロ化状況を確認し、院内の研修の計画・実施などを行うこととしました。身体拘束ゼロ化チームのメンバーは、病棟師長と看護主任、介護主任、リハビリスタッフ、薬剤師。週1回のラウンドで拘束している患者さんの状況の確認など、より現場に近い立場から「拘束ゼロ」を具体化する使命が課せられました。
このとき、多摩川病院の身体拘束ゼロ化委員会の委員長に選ばれたのが、回復期リハビリテーション病棟師長 平山 佳波さん。より現場に近い身体拘束ゼロ化チームに入ってほしいと、平山さんが願っていたひとりが今回の取材にも協力してくれた医療療養病棟の看護師 神定 美智子さんでした。

平山さん:以前から身体拘束に対して意見を出してくれるスタッフや、一緒に取り組んでくれそうな人に声をかけて入ってもらいました。医師の見解や日々関わっているリハビリスタッフの意見をもらったり、薬剤の調整について相談したりできるようになり、ぐっと前に進めやすくなりました。看護師だけでやろうとすると限界がありますから。
各病棟では、委員会やチームメンバーが中心になり、病棟配属の全スタッフが参加する「病棟拘束ゼロミーティング」を開催。拘束している患者さんごとに、拘束期間や状況を確認しあい、「拘束解除に向けて何ができるか」を話し合う場としました。また、ミーティングの議事録に、拘束解除のための対策や方法を記録・共有できるようにもしています。
すでに身体拘束ゼロ化を達成した、グループ内の他院からも大きな刺激を受けたそうです。とりわけ、山口平成病院の取り組みを紹介する動画に、平山さんは「涙が流れるほど感動した」そうです。「今はもう、身体拘束が必要ではないかと発言する職員は一人もいない」という同院のスタッフの言葉にも勇気づけられました。
平山さん:ぜひ、院内で見てもらいたくて、院長も参加していた身体拘束ゼロ化委員会の会議で動画を流しました。いよいよ取り組みを本格化する前には、平成横浜病院と平成扇病院へ見学に行き、意見交換もさせていただきました。平成横浜病院ではスタッフに直接話を聞いたのですが「え、なんで拘束するんですか?」くらいの認識なんです。これは、うちのスタッフにも伝えて意識を変えてもらおうと思いました。
ミトンを外すと患者さんの表情が変わる
身体拘束ゼロ化に向けた組織体制を強化しても、患者さんと接している病棟スタッフとの間に齟齬が生まれてしまっては、拘束解除にはつながりません。神定さんや降幡さんは、一人ひとりのスタッフに対して粘り強く働きかけていきました。
神定さん:平山師長から「平成横浜病院には、患者さんを拘束するという概念がすでにないんだよ」というお話をうかがったときも、すぐに病棟のスタッフにも伝えました。みんなは「そんな病院があるんだ」と驚いて、そこからガラッと意識が変わった感じがします。
降幡さん:神定さんの背中を見て、スタッフのなかに「私たちが拘束解除しないと、この患者さんは一生拘束されたままかもしれない」と気づく人が増えていきました。それに、拘束解除すると患者さんの表情が変わるんです。「いい表情をしているよね」と体感して、「やっぱり外してあげたいね」「身体拘束はダメだよね」という流れが生まれていきました。

取り組みが進むにつれて、安全を守るうえで「やむを得ないのではないか」と諦めかけていた患者さんについても、「どうにかして外せないか」と話し合うことが増えていきました。
平山さん:高次脳機能障害で入院されていたある60代の患者さんは、ベッド上での体動が激しく、四点柵とミトンをつけてもらっていました。転落したこともありましたし、正直これ以上はどうしようもないと諦めかけていたのですが、みんなで話し合ってまずは片方のミトンを昼間の何時間かだけ外すことから拘束解除をはじめました。
ミトンを外す時間を少しずつ長くして、問題がなければ夜間にも外してみる。動いてしまう原因を考えてポジショニングを調整する。リハビリスタッフと相談しながら、マットレスの下にクッションを置いてわずかな傾斜をつけてみる。何カ月もかけて試行錯誤を重ねた結果、拘束解除できる環境を整えることができたそうです。こうした事例が積み上がるにつれて、スタッフの間にも自信と安心が広がっていきました。

神定さん:以前は、拘束することで患者さんの安全を守れると思っていました。でも、今はそうは思いません。拘束解除すると表情も違うし、その人らしさがあります。もし、マーゲンチューブを外してしまっても、「レントゲン撮ってもらってやり直せばいいよね」という気持ちになってもらえたかなと思います。
平山さん:以前勤めていた急性期病院では体幹拘束もしていて、私もそれが当たり前だと思う看護人生を送っていました。でも、この病院に来てアイデアを出し合えば拘束解除できると知って、「私たちがやれることはたくさんあるんだ」と気づけたし、そのことがすごくうれしかったんです。
「身体拘束=安全」という思考停止をやめる
今、多摩川病院では難しい事例を解決するたびに、身体拘束ゼロ化チームに共有するようにしています。すると「うちの病棟でも試してみよう」と、さらによい流れへとつながるようになりました。

坂本さん:拘束しなくて済む対応をみんなで考えるような、より良い意見交換ができるようになりました。やっぱり、身体拘束しちゃうと安全対策をしたつもりになって、そこで思考が止まるんですよ。逆に、拘束しないことは「何もしないこと」ではありません。クッションの当て方や体位を工夫したり、リハビリスタッフの意見をもらったりを繰り返して環境調整をすることなんです。睡眠のバランスが悪くて眠れなくて問題が起きているなら、昼間は起きて離床して生活してもらったりする。そのプロセスのなかで、自然と患者さんにもいい変化が起きています。
「身体拘束をしない」というのは病院のルールではなく、「我々がひとりの人として患者さんにどう関わるのか」を考えることだと坂本さんは言います。近頃では、病棟をラウンドしているときに聞く、スタッフの発言も変わってきたのを感じているそうです。
平山さん:自己抜去する患者さんがいても、「抜いてしまったか……」ではなく、「今日も元気に抜いてくれたね!」みたいな感じで前向きに返すようにしています。インシデント(事故)だと思うとミトンを装着したくなるけど、「元気になってきたんだから、いいんじゃない?」と次に進めるような声の掛け方をする。そして「次はこれを試してみる?」と提案するようにしていたら、みんなけっこういろんなアイデアを出してくれるんです。
たとえば、胸元のチューブ類が気になってしまう患者さんには、目線を上げてもらうようにベッド上にキラキラした飾りをつけてみたり、点滴のコードを触ってしまう患者さんには触ってもいいダミーのルートをつくってみたり。好きな色味や人形など、ご家族から情報をもらいながらいろんなアイデアを試しています。
降幡さん:安全を第一に考えると失敗できなくなります。でも、いろいろ試してはじめて、それぞれの患者さんにとっての一番が見えてきます。安全を確保しながらも、トライアンドエラーを許容できるかどうかが大切だと思います。
さまざまな視点から意見を交わせるスタッフの関係性、“失敗”をプロセスの一部と見なせるような寛容性が、一人ひとりの患者さんを大切にする土台を築いていると言えそうです。

坂本さん:患者さんの幸せにしっかり向き合うためにも、スタッフが自分の意見を言える心理的安全性を守ることも大切ですよね。「じぶんを生きる」ができないと、看護師としてのやりがいも少なくなってしまう。また、患者さんのことを考えると、他職種との信頼と協力が常に大事です。看護師はチーム医療のコーディネーター役でもありますので、いろんな職種を巻き込みながら中心的な役割をもってもらえるようになると、より大きなやりがいを感じてもらえるのかなと思っています。
「身体拘束ゼロ」を実現するには、たくさんの積み重ねが必要なのだと思いました。「身体拘束をしない」というトップの強い意志、患者さんを全人的に看る姿勢、スタッフ間のコミュニケーション、信頼関係、他職種との連携など。その根底にあるのが、やはり「患者さんの幸せに真剣に向き合う」という看護のあり方なのだと思います。
現在、平成医療福祉グループでは入院時案内の書類にも「身体拘束は廃止します」と明記しています。急性期病院から身体拘束をされた状態で転院してきた患者さんも、入院時に拘束解除を試みます。近頃は、「この病院は身体拘束をしないと聞いて選んだ」というご家族もいるそうです。「しかたない」と諦めないという強い意志が、一人ひとりの患者さんの人生を変え、病院で働くスタッフの意識を前向きに変えていく。そのムーブメントが広がって、この社会の医療や看護のあり方をより良いほうへ導いていくことを願ってやみません。
次回の記事では、平成医療福祉グループの目指す看護についてお話を伺います。
プロフィール

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)、『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』(晶文社)など。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。




