看護師は、ほぼすべての国に存在する医療職。世界には約2980万人*1、日本国内だけでも136万人以上*2が、看護の仕事に従事しているとされます。さまざまな職業があるなかでこれほどよく知られ、また必要とされる仕事は多くありません。
*1 世界保健機関(WHO)「世界の看護の現状報告書 2025」 *2 厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」
ところが、これほど身近な職業でありながら、その仕事の具体的な内容を知っている人は少ないのではないでしょうか。実のところ、看護師は働く医療機関や病棟などによって求められる役割は大きく異なります。
本記事では、急性期病院での救急医療(ER)、脳神経外科などを経て、博愛記念病院に転職したふたりの看護師にインタビュー。急性期と回復期・慢性期における看護師の役割の違い、そして転職による看護観の変化について聞かせていただきました。
<プロフィール>
脇野 麻優子さん(わきの・まゆこ)
博愛記念病院 看護部副部長。特定行為研修修了。医療安全管理責任者。2017年、徳島赤十字病院に入職。救急外来(ER)に勤務し、一次救急から三次救急、ドクターカーによる病院前救急診療まで幅広い患者さんの看護を経験。2023年7月、博愛記念病院に入職。回復期リハビリテーション病棟 看護師長を経て2025年より現職。
細田 めぐみさん(ほそた・めぐみ)
博愛記念病院 回復期リハビリテーション病棟 看護師長。2017年、徳島赤十字病院に入職。脳神経外科、外科病棟で看護に携わる。2025年6月、博愛記念病院に入職。
※所属・役職は取材時のもの。
医療ドラマに憧れて
急性期病院に就職
子どもたちの「将来なりたい職業」として上位に名前が挙がりつづけている看護師。特に、高校生以上の女子では「手に職をつけられる」「将来が安定する」という理由から高い人気があります。現在、博愛記念病院にて看護部副部長を務める脇野 麻優子さんもまた、「一人でも生きていける仕事」として看護師の道を選びました。

脇野さん:大学で看護学を学んでいた頃、救急医療を描く人気ドラマが放送されていて。その作品の影響もあって、ER(救急外来)を希望しました。研鑽を積んでドクターカーにも乗り、超急性期と呼ばれる病院前看護にも携わりました。事故や事件の現場に出て、瞬時に判断して動くのは、私の性分には合っていたのでとても充実した日々でした。
回復期リハビリテーション病棟で看護師長を務める、細田 めぐみさんが看護師に憧れたのは幼稚園の頃。肺気腫を患っていたお父さんを治したいと思ったことがきっかけでした。

細田さん:進路として意識したのは高校生のときです。小学校から続けていたバレーボールで体育大学に行くか、看護学校に行くかを迷っていたとき、母に「手に職をつければ将来安定するよ」と背中を押されました。私も医療ドラマを見ながら急性期やERに憧れていたので、前職では脳神経外科と外科病棟に勤務していました。
実は、ふたりは同じ急性期病院に同期入職した元同僚。転職を考えはじめたのは、それぞれに産休・育休を経て職場復帰した頃でした。脇野さんが先に、博愛記念病院に転職を決めました。
脇野さん:産休・育休後はまたERに復帰しました。ER勤務も長くなってきて、自分の成長も頭打ちかなと思っていたのですが、かといって他の病棟に異動したいとも思えなくて。それなら、大きな組織の運営に関わってみたいと思い当グループに転職しました。その後、機会を見て細田さんに「転職してこない?」と声をかけていたんです。
細田さん:急性期で学んだことを回復期・慢性期のフィールドで生かしながら、患者さんをご自宅に帰すところまで看てあげたいと思いました。それに、ここは自宅からも近いので子どもとの時間をとりやすいことも魅力だったんです。
急性期病院と回復期・慢性期病院では、医療が担う役割とともに看護師に求められることは違ってきます。脇野さんと細田さんは、回復期・慢性期の看護をどのように受けとめ、やりがいを感じているのでしょうか。
急性期と回復期・慢性期の看護はどう違う?

医療機関は病棟ごとに機能が明確に定められており、相互に連携しながら地域の人たちを支えています。ここでは、本記事で取り上げる「急性期」「回復期」「慢性期」について簡単に説明しておきましょう。
急性期は、病気を発症またはケガをしたとき、あるいは救急搬送されるなどした重篤な症状に対して集中的な治療やケアを行います。病状が安定すると退院になるため、平均在院日数は15.7日*と長くはありません。一般的にイメージされる「入院」の多くは急性期病院であることが多いです。
* 厚生労働省「令和6(2024)年医療施設(静態・動態)調査・病院報告」
脇野さん:急性期の患者さんは、だいたい同じような経過を辿って同じくらいの入院期間で退院されます。患者さんに合併症を起こさせないように、全身管理や診療の補助を行い、できるだけ早い退院を目指すのが急性期の看護です。
回復期医療では、急性期医療を経て、命の危険を脱して病状が比較的安定した患者さんに対し、リハビリテーションやケア、退院に向けた環境調整などを行い、在宅生活・社会生活に戻れるよう支援します。回復期の代表的な病棟に「回復期リハビリテーション病棟」と「地域包括ケア病棟」があり、患者さんの疾患や病状などに応じて適切な病棟を選択します。慢性期医療では、病気や障害などにより、長期にわたって継続的な医療やケアを必要とする患者さんを、医療と生活支援の両面から支えます。慢性期医療の中心的な役割を担うのが「医療療養病棟」です。
入院期間は、患者さんの病状や生活環境などによって異なりますが、回復期では1月から数か月、慢性期では年単位に及ぶこともあります。

脇野さん:保健師助産師看護師法(第5条)が定義する、看護師の業務は「診療の補助」と「療養上の世話」。急性期では前者、回復期・慢性期では後者のウェイトが高くなります。急性期での治療を引き継ぎつつ、病気をもったままでどうやって地域での生活ができるようにするのか、家族はどう受け止めているか。回復期・慢性期の看護では、視点がぐっと広がります。
「生死を分ける判断を瞬時に求められるER」から、「患者さんの回復プロセスにじっくり伴走する回復期・慢性期」に転職して、最初のうちは「救急車のサイレンが懐かしかった」と言う脇野さん。でも今は、救命救急の現場では経験できない看護の奥深さを感じています。

脇野さん:印象に残っているのは、回復期病棟の師長として関わった、元漁師のALS患者さん。「気管切開はせず、最後まで自分で飯を食って死ぬ」と決めておられたのですが、疾患の進行とともに食事を摂れなくなり、好きなお酒も飲めなくなっていきました。当時、グループ代表が主治医だったのですが「スプーンでお酒を飲んでもらってもいいんじゃない?」と言ってくれて。みんなで話し合って好きなお酒を出したり、ご家族に地域で獲れたお魚の刺身を持ってきてもらったり。当グループにしかできないやり方で、その人らしい最期の希望を叶えられるようにしたんです。
患者さんの人生を理解しようとしたり、最期の希望を叶える喜びをともにしたり。今では、回復期・慢性期の看護に、ERで経験した看護を上回る喜びを感じるようになったそうです。
退院後の生活までしっかり見届けたい
急性期病院では「病状が安定するまで」の治療が終わると、患者さんは退院または回復期病院などに転院します。前職の急性期病院の脳外科で勤務していたとき、細田さんは「社会復帰できる状態になって退院する人を見ることは少なかった」と振り返ります。
細田さん:回復期リハビリテーション病棟では、車椅子に乗って転院してきた患者さんが歩けるようになったり、良くなって退院できたり。それを患者さんご自身やご家族と一緒に喜べるのがうれしいですね。病棟のスタッフは自分の役割をしっかり担っていて、地域と連携しながらサービスを整えて、患者さんが自宅に帰れるようにするんだという意思がすごく伝わってきます。
現在の細田さんは師長として回復期リハビリテーション病棟を統括する立場。病棟の運営やスタッフ・マネジメント、医師や各医療スタッフとの連携などを担っています。パソコンの前での事務作業も増えましたが、スタッフと共に現場にいることも大事にしています。

細田さん:急性期病院の師長さんは、ずっと机に座っているイメージでした。ところが、この病院の師長さんたちは現場にもバンバン入るしスタッフとの距離感も近くて「一緒に働けている感覚」は今の方が強いです。若手のスタッフには、急性期で学んできたことを伝えながら一緒に考えたりすることもあります。
回復期リハビリテーション病棟では、患者さんの生活すべてをリハビリとして捉えて日常生活動作(ADL)の回復に努めます。それには、医師、看護師、薬剤師、栄養士、介護士、療法士が情報を共有して対等に話し合い、チーム医療の力を最大化することがとても大切です。

細田さん:急性期病院では治療が中心ですので、どうしても医師の意見が絶対的になる傾向があります。もちろん、回復期・慢性期においても治療の決定権は医師にあることは変わりありませんが、医師に対して「一緒にやってください」というスタンスでいるのが、博愛記念病院の回復期リハビリテーション病棟。私自身も、ここに来たことで急性期では学びきれないことを学んで成長できたかなと思っています。
家族のような距離感で患者さんの生活を支える
回復期・慢性期病院では疾患別に病棟を分けていないため、「さまざまな疾患・症状の患者さんに対処する複雑さがある」と脇野さんは言います。
脇野さん:急性期の単科病棟では、臓器別・疾患ごとの専門知識を学ばなければいけませんが、回復期・慢性期で必要なのはむしろ幅広い知識。栄養や薬剤についても、ある程度は理解しておかないといけません。ただし、病棟には多職種のスタッフがいますから、看護師に一番求められるのは、患者さんの日々の小さな変化に気づく力かもしれません。「昨日と違うかも」「少しやせてきたかな?」と、家族と同じくらいの距離感で患者さんに接することが大事だと思います。
慢性期の医療療養病棟では、さらに「小さな変化」を繊細に感じ取る看護が行われています。人工呼吸器や中心静脈栄養、気管切開・気管内挿管のケア、経管栄養などの処置が必要な患者さんも多いため、看護師はこれらの機器を適切に扱う知識ももたなければなりません。

脇野さん:医療療養病棟に何年も入院している患者さんにとっては、看護師は家族よりも近くにいる存在かもしれません。ふだんはとても静かで波風の少ない病棟ですが、感染症ひとつ起こしてしまうと一気に急変して亡くなってしまうリスクもあります。そういう患者さんに「何かしてあげたい」という思いがある、お世話好きな看護師さんが多いように思います。
たとえば同じ入浴であっても、回復期では「お風呂に入れるようになってほしい」とできるだけ自分で入浴できるように関わりますが、慢性期では「お風呂に入れてきれいにしてあげたい」という思いで介助します。「看護師それぞれに向いている現場があると思う」と脇野さん。慢性期には、「平坦で穏やかな日々をつくりながら、人生の最期の時間に携わることをすごく大事に感じている」看護師さんが向いているのではないかと言います。
医療療養病棟は患者さんにとって「生活の場」という側面も大きいため、患者さんとご家族を含めてケアすることになります。「患者さんのご家族とゆっくり話して家族支援をする」という看護もあるのです。
スタッフと患者さんの笑顔を叶えるしくみづくり
おふたりはまだ30代ですが、脇野さんは看護副部長、細田さんは師長という管理職。患者さんだけではなく、スタッフのケアにも心を砕いています。


細田さん:やっぱり、スタッフが笑っていないと患者さんは絶対に笑えないので。できるだけゆとりをつくって患者さんと関わる時間を増やしてあげたいと思っています。患者さんとお話ししながら、ご家族にもリハビリの状況をお伝えして喜んでもらえると「よかったな!」と自分自身も思えるので。スタッフにもその喜びを感じてもらえたらと思って関わっています。
脇野さんは、業務効率を高めることによりスタッフの余裕をつくり、患者さんへの看護に還元されるしくみづくりに取り組んでいます。回復期リハビリテーション病棟の師長だったときは、スタッフ間のコミュニケーションの質を向上するために、カンファレンス改革にも取り組みました。

脇野さん:医療の専門家が集まると、どうしても治療や症状の報告会になってしまうんです。それはいったん置いて、「患者さんはどんな生活を送ってきて、何を大事にしているのか」を話すようにしてきました。2年くらいかかりましたが、確実にスタッフのなかに「回復期リハビリテーションマインド」が養われてきたかなと思います。
また、「動線、記録、配置のムダ」を徹底的になくし、ベッドサイドで患者さんをケアする時間を最大化するセル看護提供方式®」(以下,セル看護方式)も導入しました。
脇野さん:私が師長になった当時、業務のムダが非常に多くて、看護師は休憩も取れずに毎日のように残業していました。いろいろ調べるなかでセル看護方式を見つけて、導入している病院に見学に行くと、スタッフステーションに看護師が誰もいないことに衝撃を受けて。みんな、患者さんのベッドサイドにいるんです。これなら患者さんも話しやすいし、転倒や転落も防げる。記録のためにスタッフステーションに戻るムダも省けると思い、絶対に導入しようと思いました。



セル看護方式では、看護師は担当する患者さんについて情報を集約し、医師に報告して指示を受けます。当初は、自ら直接医師に報告することに不安を感じる看護師もいましたが、脇野さんは「やるしかないから!」と背中を押し続けました。
脇野さん:導入したらみんながセル看護方式の良さを理解してくれました。残業も減りましたし、以前はお昼の休憩もろくにとれなかったのに、今ではみんなで食堂に降りてランチして、休憩室でお菓子を食べられるようになりました。その後、セル看護導入後の他職種とのコミュニケーションについて検証する研究をしたのですが、病棟スタッフの80%が「より良くなった」と感じているという結果が出ました。看護師が患者さんの側にいるから、他の職種も話しかけやすくなったんです。ご家族からも声をかけてもらいやすくなりました。

目指す看護はライフステージとともに進化する
博愛記念病院では、勤務形態についても非常に柔軟に考えています。二交代制と三交代制を選ぶことができるうえ、日勤・夜勤のみのパート勤務や時短勤務も可能です。ライフステージに合わせて働き方を選べることは、働きやすさのひとつにもなっています。
看護観もまた、ライフステージとともに進化していきます。ERが大好きだった脇野さんは、30代を迎えて回復期看護の喜びに目を開かれました。細田さんは「今日はあなたが担当で安心だ」と言われる看護師になりたいと思っていたことから、ひとりの患者さんに長く関われる回復期のフィールドへと移ってきました。40代、50代になって親を看取ったのちに、慢性期を選ぶ看護師さんもいるそうです。

細田さん:急性期を経た次のステップとしてこの病院はすごくいいだろうなと思います。「じぶんを生きる を みんなのものに」という理念を知ったうえで、患者さんの人生そのものを支援することに興味がある人は、きっと当グループに合うと思います。私が今、力を入れているのはACP *です。がん看護でターミナルに関わっていた人や訪問看護でお看取りを経験していた人にも向いているのかなと思います。
*ACP「病気などにより意思決定能力が低下したときに備えて、今後の治療や療養について、患者さんの意向をかなえるために話し合うプロセス」と定義される。日本では「人生会議」という名称もある。ACPについての特集記事はこちらから。
急性期から回復期・慢性期への看護師の転職を「キャリアを降りる」と考える看護師もいますが、脇野さんは「当グループへの転職はステップアップにつながる」と言い切ります。特定行為看護師や認定看護師の資格取得のためのサポートも手厚く、病院の枠を超えたキャリア形成の道もあるからです。脇野さん自身は、同グループのスケールメリットを生かしたキャリア構築を考えはじめています。


脇野さん:今は一病院の副看護長を務めながら、グループ全体の仕事にも携わっています。これから病院が減る時代にあって選ばれる病院、施設、グループになっていくために、他の病院にセル看護方式を横展開したり、看護師の教育に関わっていきたいと考えています。それがスタッフを守ること、地域の医療資源を守ることにもつながってくると思います。
おふたりのお話を聞いて、看護師という仕事の幅広さ、キャリア形成の多様性に驚かされました。また、ライフステージに合わせて看護観を進化させられるという意味において、まさに「生涯の仕事」になりうる職業なのだと思いました。実は、私もまた子どもの頃に「将来の仕事」として看護師を夢見た時期があったのですが、もしそのときに脇野さんや細田さんにお話を聞けていたら、今頃はこの記事を書く側ではなく読む側だったのかも?なんて考えたりもしました。
まだまだ、特集「回復期・慢性期の看護」は続きます!次の記事では「チーム医療における看護師の役割」についてお届けします。
プロフィール

フリーライター
杉本恭子
すぎもと・きょうこ
京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)、『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』(晶文社)など。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。


