ひとプロジェクト 第64回【後編】世田谷記念病院 事務長/手老 航一さん
世田谷記念病院
事務長
手老 航一 さん
Terou Kouichi
非急性医療の分野のスタンダードを打ち立てたい
経験をフルに生かし、世田谷記念病院をさらに価値ある病院へ!
世田谷記念病院の事務長、手老航一さんの後編です。後編は、医療機関の経営を医師人材の紹介からサポートする手老さんが、世田谷記念病院に事務長として就くまでの経緯からスタート。さまざまな学びや出会いを糧にしながら、回復期や慢性期医療を盛り上げるために一歩を踏み出した手老さんですが、グループへの移籍の機会を一度見送ります。そこから事務長に至るまでの紆余曲折と、実際に就任してからのお話を伺います。手老さんが前職時代から一貫して考える問題意識と、それを実現するために行うさまざまな取り組みについて、前編に引き続き、熱く赤裸々に語っていただきました。病院運営や事務長のお仕事に興味のある方も注目いただきたい後編、ぜひご覧ください!
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回復期や慢性期医療の分野を盛り上げるため
学びを経て踏み出す新たな一歩
医療系人材事業の会社で、医師の偏在について課題を感じつつも働かれて、その後このグループに移るまではどのような変遷を経たのですか。
人材の会社には6年くらい在籍していましたが、その間に仕事とは別に、医療・介護・福祉の分野に興味のある人が集まるコミュニティに関わるようになって、そこでは情報交換や新しいつながりもたくさんできたんです。そのなかで出会った、病院経営や医療コンサルティングに携わる方に教えを乞う機会に恵まれましたし、さらに慶應義塾大学の大学院に入って、病院経営の人材を育てるプログラムを受けました。
新たに出会いを経て、さらに病院経営などについて学びの機会を設けたのですね。
大学院でもいろんな人たちと出会いがあり、最終的には「急性期以外の分野で求められる病院の採用やブランディングとは」みたいな論文を書いたんですね。それを書き上げるぐらいのタイミングで、会社を離れようと決めました。
次はどのようなことをしようと考えていたのですか。
病院に就職することや、医療やヘルスケアのスタートアップ、なども選択肢として考えていたんですが、僕の中では回復期や慢性期医療の分野を盛り上げることに気持ちが走っていました。
それはやはりマッチングの仕事を通じて得た課題ということですか。
そうですね、回復期や慢性期医療の領域でのスタンダードと言えるところがまだまだ少ないという印象がありました。先ほどのコミュニティを通じて教わったのが「優れた病院とは、診療報酬改定の後追いをするのではなくて、逆に診療報酬にこういうことを落とし込んでいったらいいのではないか、ということを先んじて取り組んでいける」病院だということなんです。
診療報酬改定に先行して、新しい取り組みを打ち出せることが大事であると。
その意味では、回復期や慢性期医療の領域で、そうした病院として名前を挙げられるところがまだまだ少なかったんです。そういうことを考えたときに、次の選択肢が2つありました。1つは、転職サービスを通じて紹介された、この平成医療福祉グループに移ること。もう1つは、当時自分がいた会社のグループ内で立ち上がった、病院の経営支援やコンサルティングを行う会社に移ることでした。
このグループに移るか、所属グループ内で移られるかで迷われたのですね。
平成医療福祉グループからも内定をいただいたので、最後までかなり迷ったんですが…その時はそちらの会社の方を選びました。
おっと、一度はグループへの移籍を見送ったということですか。
そうなんです。そちらの方が、ビジネスの観点で話せる人が多いんじゃないかと思って決めたところもありましたし、海外での仕事にも興味があったので、その会社が東南アジアで病院を展開しているということも決め手になりました。
真剣に比較したうえで選ばれたわけですね。ちなみにそこではどんなお仕事をされたのですか。
その会社では、経営に課題のある病院にM&Aを行って、運営を支援していたんですが、僕は地方の病院を担当しました。M&Aをする前はもともと一般病棟を1病棟と医療療養病棟を2病棟持つ病院で、そこで与えられたミッションが、在宅医療チームの立ち上げ、医療療養病棟の一部を回復期リハビリテーション病棟への転換、さらに、一般病棟の数床を地域包括ケア病床にしたけどうまく回っていなかったので、その運営。これを全部やって欲しいと。
かなりボリュームがありますし、もうその時点で事務長のようなお仕事ですね。
そうですね。会社から派遣された事務長と事務長補佐はいたんですが、現場とコミュニケーションがうまく進んでいなかったので、フォローとして私が入ったという感じでしたね。実際に入ってみると、現場スタッフのみなさんは取り組みを理解されていたので、コミュニケーションを取りながら最低限やれることはやって、なんとかそれなりに軌道に乗せることができました。
初の現場ながら、短期で実績をある程度出されたと。
それが大体4カ月の期間くらいでしたね。ただその間が本当に大変で、メンタル的にも厳しいものがありましたので、ここからは離れようと決めました。そこで、このグループの副代表にあらためて相談をさせてもらったんです。
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二度目の正直でグループへ移籍
世田谷記念病院の事務長へ
そこで再び、このグループに移るという選択肢が現れたわけですか。
話をするなかで「それなら事務長をやってみないか」ということで、昨年の11月に、この世田谷記念病院に来ることになりました。
率直に、事務長の話をもらった時は、どう思われました。
非常にいいお話だと思いましたし「えっ、いいの?」って思いました(笑)。ただ当初は、世田谷記念病院のことを事前に調べても「自分が入ってやることあるかな?」っていう印象があったんですよ。
直前に関わった病院のような、大きな立て直しを行ったケースと比較すると、そう思う部分もあるかもしれませんね。
実際に入ってみたら、外から見るのと中から見るのでは違うと思いましたね。もちろん、大きく崩れているということはありませんでした。ただ、地域連携室をさらに強化することが必要だなと感じたんです。
どういう観点でそう思われたのですか。
世田谷記念病院のような機能・規模の病院は、患者さんを受け入れる入り口と、退院していく先の出口がたくさんありますから、そこをしっかりコントロールすることが大事ですし、収益にも関わる部分なんです。
その点を強化していこうと。
特に入り口である前方支援ですね。病院のブランディングや見せ方といったところにもつながっていくんですけど、「この病院がこの地域でどんな患者さんに向けてどんなことをやっていくべきかということを、今一度見直していきましょう」と伝えました。患者さんから「この病院の治療を受けたい」と思っていただける価値がここにはありますし、それをもっとアピールするべきだと。もしその価値がまだ足りていないということなら、これからさらに作り上げていきましょうということですね。
なるほど、稼働率の見た目の数字だけでなく、その中身もしっかり充実させていくと。その考えはやはり前職での経験も大きいのですか。
そう思います。マッチングの仕事をしていた時の、求職者である医師に対しての病院のアピールの仕方と、各病院が集患をする時のアピールの仕方は近いものがあると感じていて、それは割と自分の得意な分野だったのかもしれないですね。
どちらも、その病院の強みを理解してプレゼンする必要がありますからね。
その病院の地域でのポジショニングを理解していることで、医師とのマッチングであれば「この病院ならキャリアをこう活かせますよ」とお話しすることができますし、紹介先の病院の方には「患者さんをこうやって在宅復帰につなげていけますよ」とお伝えできるわけです。
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オンラインを活用して
病院の取り組みをさらに発信
ほかにはどんな取り組みをされているのですか。
今の話にもつながるのですが、現在は営業回りもなかなか難しい状況なのと、電話やFAXでの営業にも大変さを感じていたんですね。そこに、そういった営業活動をITクラウド化できますよ、という提案を、企業からいただいたので、オンライン連携会という取り組みを、初めて今年の3月に行いました。
オンラインでほかの病院とつないで、世田谷記念病院をプレゼンしていくと。
いくつかの急性期病院とつないで、院長と地域連携室の在宅支援看護師に登場してもらって、地域密着型多機能病院とはどういうものか、とか、それを進めるためにどういった取り組みをしているのか、ということを発信させてもらいました。
実施してみての反応はいかがでしたか。
紹介をいただける病院に、以前と比べて変化があったように思えています。私たちに紹介をいただくのは、急性期病院で後方支援を担当するソーシャルワーカーさんですが、退院後の患者さんが“どのように”ご自宅に戻られるかを気にされたうえで「世田谷記念病院にコンタクトを取ってみようかな」と思って選ばれることが増えるといいな、と思っています。
在宅復帰というしっかりした目的を持って、この病院を選んでいただくことを増やしていく。
そのために、今後もこうして病院のことを知っていただくために、連携会を続けていきたいです。
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もっと世田谷記念病院を知ってもらいたい!
一丸となって、向かうべき方向へと進んでいくために
手老さんの、今後の展望や目標を教えてください。
グループで掲げる方針は、まだうまくスタッフのみなさんに伝わっていない部分があると思うんです。グループの代表や副代表が、一人ひとりに想いを伝えるというタイミングもそう多くはできないと思いますし。そこを伝える役割を僕が担いながら、この病院で一丸となって、本来向かうべきところに向かっていけたらいいですね。
このグループの取り組みに共感して入職した、手老さんだからこそできる役割かもしれないですね。
僕としてはさらに、国内で回復期や慢性期医療の領域のスタンダードを作りたいです。それをうまくブランディングして見せることで、そこに患者さんやスタッフも集まって。できあがったモデルを今度は、EPA研修生や海外の人ととの関わりを通しながら発信していくことが、やりたいことですね。
さらに外に発信していくと。ほかに取り組みたいことはありますか。
回復期や慢性期医療の分野で誇りやモチベーションを持って働けている人が必ずしも多いわけではない、と感じているので、それを解消していきたいです。そのためには、各現場で上司とスタッフが限られた時間で濃いコミュニケーションができることが理想だと思っています。特に今は看護の分野で取り組みたいと思っていて、それができるためのツールを導入できたらと考えているところです。
前向きに働けるためには大事なことです。働かれているなかで、自分がいる病院の重要性というのは、なかなか意識するタイミングは少ないかもしれないですね。
そのために、新人のスタッフさんが入ってきた時にも、ちょっと時間をもらってお話ししています。我々が世の中でどういう立ち位置の病院なのか、医療政策をどう理解していけばいいのか、うちの病院がこの医療圏でどうブランドデザインしていくかは、私たちスタッフにかかっています、と。
積極的にスタッフさんにもそういったお話をされているんですね。
その一環で、100人以上在籍するリハビリスタッフとも、まだ全員とはできていないんですが、ケースディスカッションみたいなことを行っています。例えば、この病院の課題ってどういうところにあると思いますか、この病院の取り組みには価値があると思いますか、っていうようなテーマに対して、みんなからの意見をもらって、話し合っています。そうした取り組みを通じて、病院への理解を深めていけたらいいなと。
ここまで働いてきて、どのような感慨をお持ちですか。
やっぱり世田谷記念病院はいい病院ですので、ここを知っていただきたいですし、このグループの取り組みも知っていただきたいと思っています。そのなかで、スタッフのみなさんとコミュニケーションを取りながら仕事ができているということが、極めて幸せな状況ですね。
今までの経験も役立てられていそうですね。
MRの仕事や人材のマッチングや、大学院やコミュニティで学んだこと、全てを生かすことができていますね。初めは「やることがあるのかな」と思いながら事務長になりましたけど、結果、新しいチャレンジだらけですから「入ってみたらやることはいっぱいあったな」というのが今の感想です。
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不義理をしていた両親に対する感謝の気持ち
家でもついしてしまう、医療政策の話…
プライベートについても伺いますが、お休みの日はどう過ごしていますか。
今はこういう状況なんでたくさん出かけられないですけど、ご飯を食べに行くことと、ジムで体を動かすことが多いですね。あとはちょっとしたプライベートの話をすると、僕の髪を切ってくれる人が、まあまあ有名な人でNHKの『プロフェッショナル』にも出てる美容師さんなんですね。その人に髪を切ってもらいながら、話を聞いてもらってます。
一流の美容師さんは、やっぱり話を聞くのも上手いんですか。
結局は、僕が話を聞いてるんですけどね(笑)。でも、とてもリラックスできる瞬間ではあります。そもそも、僕が新卒で働き始めた頃に、たまたま友人からもらった美容室の体験チケットを持って、当時彼が働いていたお店に行ったんですね。その頃はまだ見習いだったんですけど、初めて切ってもらった時から「この人に切ってもらいたい」と思いました。
見習いの頃からだと、かなり長いお付き合いなんですね。
そのうち独立して、あれよあれよと全国区になっていきました。話したり番組を見たりして、とても共感したのが、親をすごく大切にしているというところです。「身近な人を大切にできない人が、お客さんやスタッフを大切にできるわけがない」というようなことを言っていて、それは僕にとっても大切な信条になっています。
前編でお話しされていましたけど、手老さんとしても、特に高校から大学時代にかけて、親御さんに不義理をしてしまったという想いもあるわけですか。
僕としては、就職が決まったあたりのタイミングから、親とはできる限りコミュニケーションを取ろうと思ってきました。「1週間に1回は電話をしよう」とか「親が喜ぶことはなんだろう」っていうことを考えるようにもなりました。
関係性にも変化が訪れて、仕事にも良い影響があったと。
親や家族を大切にできない限りは、事務長として立っていても、病院スタッフを責任持って預かるとか、一緒に関わってやっていく、ということはできないんじゃないか、と思っています。あとはプライベートで言うと、先ほども話したコミュニティが、オンラインでイベントやセミナーを開催しているので、そういったものに参加することもありますね。「診療報酬改定についてくわしい人が解説しますので、みんなで聞きましょう」とか。
仕事を離れても、そういう情報にずっと興味を持って接しているんですね。プライベートの興味との垣根がないと言うか。
そうですね。そういうことが好きなんだと思います。同居しているパートナーも医療従事者なんですけど、医療政策とか病院経営が共通の趣味かもしれないです。
では家でもそういったお話をされるんですか。
する時もありますね。「厚生労働省はどうあるべきか」とか(笑)。
家のなかで話すにはなかなか堅い話題ですね(笑)。プライベートと仕事が地続きなんですね。
でも、仕事と関係ないところで言えば、漫画を読むのも好きですよ。仕事に関わる本ももちろん読みますけど。
最近はどんなものを読んでいますか。
なぜかこのタイミングで『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部を読み返しました(笑)。
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前編を読む

世田谷記念病院 事務長 手老 航一(てろう こういち)
【出身】静岡県伊豆市
【趣味】医療政策、病院経営、読書
【好きな食べ物】レモンサワー(檸檬堂)と唐揚げ
病院情報

東京都世田谷区野毛2丁目30-10
医療法人 平成博愛会
世田谷記念病院
内科・整形外科・リハビリテーション科急性期病院での治療を終えられた患者さんを迅速に受け入れ、入院早期からの積極的な治療とリハビリテーションにより、できるだけ早く自宅や施設に退院していただくことを目標としたPost Acute Care(急性期後の治療)を専門的に行う病院です。