医療は、生物医学的に疾患を治療する「キュア(cure)」と、患者さんの苦痛をやわらげてQOL(生活の質、Quality of Life)を向上する「ケア(care)」の相互補完によって成り立っています。とりわけ、平成医療福祉グループが主に取り組んできた包括期・慢性期医療においては、ケアによる全人的アプローチが重要とされています。
超高齢化が進む今、キュアの主な担い手である医師もまた、ケアに向き合うべきときを迎えています。今回は、同グループ副代表の天辰優太さんが、『ケアしケアされ生きていく』『福祉は誰のため?』などの著書で知られる兵庫県立大学環境人間学部教授の竹端寛さんを訪問。これからの医師のあるべき姿、医療現場の未来について語り合いました。
<プロフィール>
竹端 寛(たけばた・ひろし)
兵庫県立大学環境人間学部教授。専門は福祉社会学、社会福祉学。1975年京都府生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科修了。博士(人間科学)。主著は『「当たり前」をひっくり返す――バザーリア・ニィリエ・フレイレが奏でた「革命」』『権利擁護が支援を変えるーセルフアドボカシーから虐待防止まで』『家族は他人、じゃあどうする?』(ともに現代書館)、『枠組み外しの旅――「個性化」が変える福祉社会』(青灯社)、『ケアしケアされ、生きていく』『福祉は誰のため?』(ともにちくまプリマー新書)、『能力主義をケアでほぐす』(晶文社)などがある。
天辰 優太(あまたつ・ゆうた)
平成医療福祉グループ副代表、経営企画医師、訪問事業部部長。1987年大分県大分市出身。2012年岐阜大学卒業。岐阜市民病院で初期研修後、厚生労働省に入省。介護報酬制度、診療報酬制度の改定や国立ハンセン病診療所の医師確保、医師の働き方改革に携わる。2020年に同グループに入職。
医師は「取れるはずのない責任」まで求められている
天辰さん:平成医療福祉グループでは、ケアを「じぶんを生きるを支えるすべての営み」と定義しています。それはすなわち「患者さん、利用者さんに必要なさまざまなサポートは、すべてケアである」ということです。たとえば薬物治療や手術などの医療、退院支援やサービス調整までもが「じぶんを生きる」を支えるためのものであるべき、という意味で「ケアのなかに含む」としています。
以前の理念「絶対に見捨てない。」は、慢性期病院が“寝たきり病院”と揶揄されていた時代に、患者さんが退院できるように何でもやると決意した言葉でした。先輩の先生方の努力のおかげで、慢性期医療におけるキュアのクオリティはかなり上がりました。ただ「絶対に見捨てない。」だと、病院や施設のなかでの最善を尽くすというイメージがあります。そのため、在宅医療や介護、地域連携などにも取り組みを広げている現在のグループを捉えきれていないと感じるようになったんですね。そこで新たな理念「じぶんを生きる を みんなのものに」が生まれました。
僕らは「すべてケアである」ことにますます確信を深めている一方で、それを充分に言語化して伝えられてはいないと感じています。特に医師は、ケアをどう捉えて実践していけばいいかについて、戸惑っている人が多い印象です。竹端さんの著書を読ませていただいて、なぜケアの視点が重要かを議論させていただくことで、もう少し手触り感をもってケアを理解し、伝えられるのではないかと思いました。

竹端さん:ありがとうございます。それはつまり急性期におけるキュアだけでなく、包括期や慢性期などのケアが医療の主流になってくるなかで、より良い生活という意味でのケアに切り替えていこうとされている。それに伴って、グループの医師の価値観を変えていく必要があると思われたということでしょうか。
天辰さん:そうですね。グループでは病院だけでなく、在宅医療や介護施設までを含む領域でさまざまなサービスを展開してきました。その経験からも、今の社会ではケアの視点をもつ医療が求められている実感があります。

竹端さん:日本の医療は、制度的に医師の指示や責任に強く依存する構造になっています。その結果として、医師に責任が集中しやすく、「取れるはずのない責任」まで取らされ、他職種の専門性や裁量が十分に発揮されにくい側面があるのではないかと感じています。ヨーロッパの一部の国々では、看護師やソーシャルワーカーの自律性がより高く制度化されている例もあり、それと比べると、日本の医療提供体制は医師中心性が強いのではないか、という問題意識をもっています。
天辰さん:それについては僕も同じことを感じています。
竹端さん:さらに言うと、医師はそれが苦しいとチームメンバーの前で言えているんでしょうか。若い医師はそういうことを言えると感じるんですが、40代以上の人は難しそうだなと。医療の世界って、実は体育会系じゃないですか。「歯を食いしばってがんばれ」とか「これぐらいできて当たり前」という風土が根強い。そこで、マッチョな昭和的価値観の良い部分は残しつつ、良くない部分をどうアップデートできるのかは、すごく大きなテーマだと思います。
天辰さん:そうですね。僕らは2024年に『HMW VISION BOOK』をつくり、目指す医療や福祉のあり方を追求するなかで、ケアを理念の軸に据えてきました。ただやっぱり「ケアが大事だとわかっているけど、今さらどう振舞ったらいいのかわからない」「現場で何をすればいいかがわからない」という医師は多いです。そこの差分をどう埋めていくかを考えています。
AI時代の医師の役割は全人的医療にある
竹端さん:さらにAI時代になったでしょう。今後は標準的な画像診断はAIがやってくれるようになる。そうなったときに医師はAIではわからない、より特殊で専門的な方向に行くのか、ジェネラリスト的に答えがない世界のなかで、病とともに生きる患者さんの困難や生きる苦悩に出会い、問いを立てながらチームメンバーと一緒に解決策をつくり上げていくのか、どちらかしかないと個人的には思うんですが、そこはどうなんでしょう。

天辰さん:特に在宅医療をやっていると、医師が何を担えるのかについては日々問われていると感じます。診断・治療の網羅性という意味ではもはやAIに勝てなくなりつつある。そこであらためて医師の役割について自問自答すると、医学の知識は前提としてあったうえで、安心させてあげるとか患者さんやご家族の思いに寄り添ってあげるとか、そういうことのほうがエビデンスより遥かに大事だと感じることがよくあるんです。特に、終末期に近づいて相対的にキュアの役割が小さくなっている場面において、そのあたりの対応について感謝されることのほうが多いとも思います。
竹端さん:やはりそうですよね。近年、標準化された医療に患者さんが不信感を抱いているのは自分の話を聞いてもらえないから。患者さんの困りごとは疾患以外にもいろいろあって、毛玉のようにグチャグチャに絡まっている。訴えたいことがたくさんあるのに、何をどう喋ればいいかがわからないし、医師も専門以外のことには耳を傾けようとしてこなかった。本来、複雑に絡み合った困りごとを聞いて解決していくのは、人にしかできないことだと思うんです。
天辰さん:それについて、医療側から受け止めて改善していくのが、総合診療という枠組みになるのかなと思います。グループでは2026年4月から「HMW総診」という総合診療専門研修プログラムをスタートさせました。総合診療のいいところは専門性の壁がないこと。もう一つは全人的医療を掲げているため、地域や家族といった社会的側面を診ることも役割だとされていることです。これからの医療には総合診療的視点が何より求められると思っていて、いずれはグループすべての病院で、総合診療の視点を中心とした医療を提供する必要があると考えています。

竹端さん:プライマリ・ケアの領域で言われている「健康の社会的決定要因(*1)」を真面目に考えられるかは、すごく大きな要素ですよね。それこそ、これまで「唯一の正解」とされてきた標準的治療の枠を取っ払い、「家族関係の不和は治療とは関係ない」などと排除してきたところにまで目を向けなくてはいけなくなる。自分がこれまで依拠してきた「正解」を一度横に置くことは、ものすごく怖いことだろうとは思います。
天辰さん:おっしゃるとおりですね。しかも正解がないので評価もされにくい。本腰を入れて取り組むには手間も時間もかかりますし、経営の観点では収益とのバランスも取らなければいけないので、やはり簡単ではありません。ただ、前代表である会長は「目の前の患者さんをちゃんと見て、あるべき医療をしていれば、経営は後からついてくる」と言い切っていました。うちのグループはその手間や時間は容認していますし、むしろそこをないがしろにすることを良しとしていないので、医師も少しずつ変わってくるだろうとは思っています。
*1 SDH: Social Determinants of Health。健康に直接的または間接的に影響を与える経済的・社会的・環境的要因
医師のなかで「正しさ」をどうアップデートするか
竹端さん:それだけの気持ちで取り組まれているのであれば、先ほども申し上げたとおり、医師ばかりが負わされている責任を看護師やソーシャルワーカーなども含めて再配置できると、チーム全体が楽になるのではないかとどうしても考えてしまいますね。
天辰さん:確かにそうですね。たとえばグループでは、特定看護師(*2)が増えています。特定看護師がいると、医師としてはすごく助かるんですね。僕も信頼している方がいて、いろいろなことをお任せしています。
竹端さん:それはもしかしたら医師のなかでの正しさをどうアップデートできるかということなのかもしれません。これまでは、自分で全部責任を引き受けることが正しい医師のあり方だったけど、そうじゃない正しさがこのグループにはあるということや、このグループではそういう医療のあり方に医師が移行できるよう支援してくれると思えて安心できれば、医師も変わっていける気がします。
*2 正式には厚生労働省の「特定行為研修を修了した看護師」。厚生労働省の定める研修を受け、医師があらかじめ作成した手順書をもとに、医師の判断を待たずに一定の診療補助業務が実施できる看護師のこと

天辰さん:おそらく若い医師やVISION BOOKに共感して入職してくれた医師は、そこはクリアしていると思います。ただ、ほとんどの人は、医学教育の中でケアについて習ったわけではないんですね。特に自分も含めて中堅以上になると、竹端さんの著書にあった「相互ケア」というものが理解しがたい感覚があると思うんです。
竹端さん:そこは「他者の他者性」と「己の唯一無二性」がキーになると思います。他者には僕の知り得ない他者性があるし、自分には他の人には知りえない唯一無二性がある。では医師は、己の唯一無二性を本当に大事にできているのか。絶対に見捨てない方向で他者のことを見捨てずがんばる人ほど、自分のことを見捨てていませんか、ということです。
つまり「迷惑をかけるな憲法(*3)」に縛られている状況から、迷惑をかけあってもいいと思えて、ケアしあう組織に変わっていくためにはどうしたらいいかが、チーム医療の根幹にある問いなのではないか。だって、自分の声が大事にされる経験がなかったら、他人の声も大事にできないと思うんです。
天辰さん:これは今の話に通じると思うんですが、学生実習を受けもつ医師のコンディションがすごく良くなることがあるんです。こちらとしては、指導には時間が取られるので、申し訳ない気持ちでお願いしています。でも実は、自分はこういう経験をしてこういう考えで医療に取り組んでいるという己の唯一無二性みたいなところを自然と伝えることになっているのかもしれません。
*3 竹端さんが著書で提唱している、日本社会に根深く存在する「他人に迷惑をかけてはいけない」という規範を、憲法以上に真面目に守ろうとする心理的呪縛のこと
なにより重要なのは、チームが対話的であること
天辰さん:当グループにはチームデザイン部という部署があって、合宿やワークショップをはじめとする対話の場づくりに積極的に取り組んでいます。実施後は参加したチームのコンディションが確実に良くなるため、場づくりの依頼や相談が後を絶たない状況だそうです。現場の人たちもそういった場を求めているのだと思います。
竹端さん:それはたぶん「聴かれる」という経験がコンディションを変えているんですよね。
天辰さん:そうだと思います。ケアされているとは捉えていないかもしれないですけど、ケアされているんですよね。
竹端さん:ただそれが日常を離れたときにしかできないままでは苦しいよね。それをどう、職場でも当たり前にできるように変えていけるのか。医療福祉の領域では、他者をケアできるのだから組織内ケアもできて当然だと思われている節があります。でも、対象者をケアすることとチームメンバーをケアすることは位相が全然違うんですね。むしろ対象者へのケアの精神が高い人ほど、チームメンバーに対する評価が厳しい傾向もあるんです。

天辰さん:組織内の相互ケアを当たり前にしていくためには、何が必要でしょうか。
竹端さん:根本はやはり査定や評価に紐付けないフラットな「対話」だと思います。僕が今、理事を務めている京都の「ACT-K」というACT(*4)チームがあります。代表で精神科医の高木 俊介さんは、チームが対話的でなければならないと考え、その方法論としてフィンランド発祥の対話を中心とした精神的ケア・治療法であるオープンダイアローグを学びました。何が言いたいかというと、高木さんはもともとオープンダイアローグを治療に使おうとはしていなかった。患者さんに対して対話的である前に、チームが対話的であることが決定的に重要だと考えていたんです。
これが実に本質的な話なんですね。高木さんは2017年にオープンダイアローグの提唱者の一人、トム・アーンキルさんを京都に招いて集中ワークショップを実施しました。その後8年の間に、職員の入れ替わりや組織構造の変化もありましたが、今も対話文化がしっかり根付き、以前より対話的な組織に成熟していきました。なぜかというと、対話文化は何年もかけてしつこく取り組むなかで醸成されていくものだから。体質改善のための漢方的な対話を続けていくことで、組織自体が強靭になって、危機があっても柔軟に乗り越えていけるようになる。ミッション・ビジョン・バリューを整理してそれを伝えていくのが片輪だとしたら、もう片輪として現場での組織内ダイアローグを進めていかないとうまく走っていかないのではないかと思います。
天辰さん:今日は医師の専門性の壁を取っ払って視野を広げるにはどうしたらいいかという議論もしたいなと思っていたんですが、まずは対話で足元を固めることが第一歩になるのかなという気がしてきました。
竹端さん:そうですね。医師の専門性の壁を超えていくためには、やはりチーム内で対話ができていることが大前提だと思います。科の中の小さなチームだけでもいい。医師も看護師も介護士も事務も含めて対話的であれば、他のチームと話すときも、患者さんと話すときも、対話的になりえます。
天辰さん:当グループでもさまざまな医師向けの研修会を開催しているんですが、どちらかというと知識のアップデートに主眼を置いていました。今後は、もう少し広い意味でのアップデートやリカレント教育にも取り組んでいくつもりですが、医療の文脈とは違う学びや対話の機会も必要かもしれません。
竹端さん:対話文化の構築に向けた「投資」は、時間がかかります。5年10年は目に見える形での「リターン」や「成果」を感じにくいものかもしれません。でも、その「投資」をしておくことがケア中心の医療につながっていくし、さらに少子高齢化が進んで専門職の奪い合いになってきたときに、自分たちのグループが働きたい職場として選ばれることにもつながります。平成医療福祉グループはVISION BOOKをしっかりつくられて、組織の体質改善に時間がかかっても取り組んでいこうと明確に思われているのですから、ぜひ医療業界の先頭に立ってがんばっていただきたいですね。
*4 Assertive Community Treatment:包括型地域生活支援プログラム。重度の精神障がいのある人たちが住み慣れた地域で安心して暮らせるように多職種の専門家チームで支援を提供するプログラム

患者さんにケア中心の医療を提供するためには、提供するチームがそもそもケア的なチームでなければならない。当たり前のようで、つい見過ごされがちな根幹をあらためて確認させられたお話の数々でした。「じぶんを生きる を みんなのものに」を体現する医療とは果たしてどんな医療なのか。平成医療福祉グループは、対話と実践を通して、たゆまずこの問いに向き合い続けています。
次の記事では、HMW総診がスタートした堺平成病院を取材。指導医・専攻医のみなさんに、総合診療の現場についてお話を伺います。
プロフィール

ライター
平川友紀
ひらかわ・ゆき
フリーランスのライター。神奈川県の里山のまち、旧藤野町で暮らす。まちづくり、暮らし、生き方などを主なテーマに執筆中。

フォトグラファー
生津勝隆
なまづ・まさたか
東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。




