ひとプロジェクト 第67回【後編】大内病院 作業療法士・ACTチーム リーダー/松本 武士さん
大内病院
作業療法士 ACTチーム リーダー
松本 武士 さん
Matsumoto Takeshi
患者さんが抑圧されることのないよう
どんな属性の人も受け入れられる社会を作りたい
大内病院で作業療法士としてACTチーム(※)のリーダーを務める、松本武士さんの後編です。大内病院で集団リハビリテーションのプログラムに取り組んでいた松本さんは、ACTチーム立ち上げのメンバーに抜擢されます。後編では、実際のACTチームの取り組みや、スタート1年ほど経ってみて思うこと、また、今後の展望について伺いました。精神科病院で働く松本さんだからこそ強く持つ人権意識など、患者さんと社会についての関わりについてもお話ししています。ぜひご覧ください!
※ACT:「Assertive Community Treatment(=包括的地域生活支援)」の略。 重い精神障害のある方でも、地域のなかで自分らしい生活を送ってもらうため、包括的な訪問サポートを提供するケアマネジメントモデル。
ACTチームの立ち上げに携わる
現在担当しているACTチームには、どのようにして関わるようになったのですか。
院内で認知行動療法のプログラムを行っている時に、ACTチームの医師である宮川先生(※)が話を聞きつけて見に来られて「ACTに興味ありますか?」って話しかけてくれたんですね。実はACTって2種類あって、ひとつは今取り組んでいる、包括的な訪問サービスのことで、もうひとつは認知行動療法の分野にあるアクセプタンス&コミットメント・セラピーというもので、どちらも「ACT」と略すんですよ(笑)。
同じ略称なんですね(笑)。
なので「どっちも興味あります」って答えたら、訪問の方の話をもらって。立ち上げる予定があるので、一緒にやってくれるスタッフを探しているということでした。
そこでスカウトを受けて、参加することにされたと。どういったところに興味を持たれましたか。
ずっと入院の患者さんを担当していたんですが、そうすると仕事がほとんど院内になるんですね。ただ時代的にも、精神疾患のある患者さんも地域に出ましょうという時代なので「実際に地域ってどうなってるんだろう」っていうことが気になっていたんです。そこで、新しいことにも取り組めて、地域ものことも見られるなら嬉しいなと思って、やらせてもらうことにしました。
ACTがどういった活動かというのは理解されていて。
はい、でも日本では数多くはやられていないということも知っていたので、まさか自分が、そこに携わる日が来るとは全然思っていませんでした。
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洗濯物を干す、一緒に公園に出かける
職種を超えて、患者さんの生活をサポートするACTあらためて、大内病院でのACTチームの取り組みについて教えてください。
ACTは、在宅生活を送っている患者さんに対して、365日24時間、訪問や電話でサポートを行っています。大内病院には訪問看護もあるんですが、そちらは日中の対応なので、より状態が悪化しやすい方や、重症度が高い方、生活のリハビリを重点的にやる必要がある方をACTで担当しています。
訪問看護と棲み分けているのですね。
ほかにも、長期入院をされていて、1人で生活することが難しい患者さんと、ちょっとずつ関係性を作りながら、地域に帰れるようにアプローチしたり。あとは、入院中は薬を飲んで、症状が改善して退院になるけれど、退院後に薬を飲まなくなると、また症状が戻って入院される、という方もけっこういらっしゃるんですね。そういった患者さんがなるべく再入院せずに済むように、訪問しながらサポートをする、とか。いくつかパターンがあります。
ACTは現在、どんなチーム構成ですか。
OTが2人、看護師さんも2人、あとは臨床心理士と精神科医の6名からなるチームです。
昨年から、いざ動き始めてみていかがでしたか。
当初は、大内病院を退院される患者さんをフォローするという形で始まったんですが、最初は戸惑いもありました。地域に出ると、病院内で仕事をしていた時は関わることがなかった、地域の保健師さんと直接やりとりしたり、家族がいるところに直接出向いて話をしたり。慣れないので大変なことも多かったですけど、それよりは、毎日新しいことがあって新鮮で、ひとつずつ勉強ができて楽しいという気持ちも強かったです。
具体的にどういったことをされているのでしょうか。
本当に、人によってケースバイケースなんです。例えば、退院したけれど外に出るのが怖くなって、引きこもり状態になってしまっている患者さんがいて、家族とはコミュニケーションはあるんだけど、家族としかコミュニケーションをとらないので、よく喧嘩になってしまうと。そこで実際に訪問して、家族と患者さんの間に入って、気持ちの整理をする場を設けたり、ACTメンバーが外に連れ出す形で、一緒に出かける練習をしたり、とかですね。
買い物に行ってみる、とかそういったことですか。
そうですね、それでコンビニに行くこともありますし、自転車で近くの公園に行って、その公園を一周して戻ってくる、ということもあります。
そういったステップを積み重ねていくと。
生活能力が落ちてしまっている方だと、洗濯物を干すのを一緒に手伝うということもあります。「こういう風にやると上手にできるね」っていうように。
今まで伺ったような取り組みは、職種に関わらず行うんですか。
やることは、どの職種もみんな一緒、と言うとちょっと変なんですけど(笑)。「超職種のアプローチ」って言うんですが、専門的な知識をそれぞれ持ってますので、それを持ち寄って、みんなでいろんなことをするっていう感じですね。
それぞれの専門性を踏まえたアプローチということになるんでしょうか。
そうですね。「こういうことがあった」っていうカンファレンスを毎朝1時間必ずしているんですけど、チーム内で丁寧に情報の共有をするなかでは、職種的な色が出ることも多いです。「自分の職種から見るとこう見える」という話は出ますね。僕はOTですけど、イメージとしては、心理士さんや医師が話してくれたアイデアも、バッグに詰め込んで訪問に行く、という感じです。
関わる期限は決まってますか。
いえ、無期限というのも特長のひとつです。長く関わっていくうちに、改善して利用が終わることもありますし、ある程度落ち着いた方は、大内病院の訪問看護に移行するということもあります。まだあまりたくさんはできてないんですけど、今後はそういった在宅サービスとも、うまく連携していけたらということを話しています。大内病院には近隣にOUCHI(※)もありますから。OUCHIのCAFEで仕事をしながら、ACTを併用されているという方もいらっしゃいます。
※OUCHI:大内病院近隣に立つ、精神障害を持つ人たちが地域に戻るためのサポートをする施設。カフェとしても営業中です。くわしくはOUCHIのサイトをご覧ください。 -
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心理学と作業療法
2つの土台を生かし、自分らしく働く
スタートから1年経ってみての感想としてはいかがですか。
院内で働いていると、作業療法士(OT)として「自分の職域はここまで」ということが明確なんですが、地域に出ると、全部やらないといけないので、今はOTをやっていて楽しいというよりは、対人援助職に取り組んでいて楽しい、という感じです(笑)。
お話を聞く限り、OTだからこそのお仕事とも限らないわけですしね。
なのでいろいろな視点を持ちながら、心理学と作業療法という2つの土台がありつつ、対人援助のことをザックリと幅広くやるというのが、多分自分の性格的にも合っているんでしょうし、楽しいなと思いますね。そういう意味では、自分が自分として働けているという感じもします。
よりご自身の色を持って働けているわけですか。
それと、ご自宅に訪問すると、病院にいる時とは違う、その方が本当に生活している姿や表情が見れますから、人生を生きている感じとか、ちょっとずつ良くなっている様子が体感できるのも嬉しいですね。
生活の場で触れ合うことは、病院で触れ合うのとは違った醍醐味があるわけですね。1年やってみて感じた、ACTの意義はありますか。
もしACTが介入していなかったら、すぐ再入院になってただろうな、という患者さんもいたんですね。ACTは、入院医療に代わるものとしての存在意義ということも言われていて、受け入れる仕組みが地域になかったがために、社会的な要因で入院していた患者さんが、ACTを利用することで、地域に出ていくことができたというのは、意味のあることだなと。
退院後の受け皿として存在することで、入院患者さんにとって大きなプラスになっていると。徐々に地域での認知も増えていくといいですね。
当初は大内病院を退院される方がメインでしたが、最近は地域の保健センターから依頼をもらうことも増えてきたんですね。だんだんと、存在が認知されてきて「こういうケースはACTに」という認識を持ってもらえているのかもしれないです。
ちなみに今後、チームに今いる職種以外のスタッフが加わるという可能性はありますか。
ゆくゆくは、精神保健福祉士(※)に入ってもらいたいなと思っています。よりパワフルなチームになることは間違いないだろうなと。
※精神保健福祉士:いわゆる精神科ソーシャルワーカー(PSW)のこと。精神疾患のある方が社会生活にスムーズに移行できるよう、相談や生活支援などを行う仕事。大内病院は今後建て替えを控えていますが、ACTにはどのような影響がありますか。
建て替えに伴って病床が少なくなるので地域に出る方が増えますから、ACTでサポートしながら在宅生活を送ってもらうというケースも多くなると思います。
ACTに限らず、在宅サービスがより重要になっていきそうですね。
ACTや訪問看護、デイケアも、1つひとつのサービスが大きくなるというよりは、多層的に患者さんをキャッチできる体制を整えることが、この地域でのセーフティネットになると思うので、そういう取り組みをしていきたいです。
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その人がどんな属性や状態であっても
受け入れられる社会を作りたい
松本さんが、今後目指すことを教えてください。
今は精神科のOTとしてACTチームにいて、という立ち位置ですけど、自分のなかにある切り口としては、社会的公正とか、人権ということを大切にしているんですね。その視点から見て、今の社会はどうなんだ、ということにすごく感心があるので、患者さんが弱い立場になってしまわないように、状況を良くしていきたいです。
どうしてそう思われたのですか。
前編でもスティグマ(※)の話をしましたけど、良くない言い方をすると、患者さんのなかには、入院することで臭い物に蓋をされてきた方もいたわけです。
※スティグマ:烙印のこと。この場合は患者に対する差別や偏見を指す。それこそ長期入院とか、強制入院という歴史があって、人権への意識が高まったと。
そういう背景を考えると、当事者である患者さんへ直接アプローチするっていうことも大事ですけど、いや社会の側はどうなんだっていう問題もすごく大きくて。自分がその社会の側に立って、患者さんに対して「世の中はこうだから、あなたはそれに合わせて生きないといけない」ということは絶対にしちゃいけないと思っています。そういう意味で、患者さんの側に立つということは大事にしたいなと思っています。
精神疾患のある患者さんに対して、社会がまだまだ不寛容な印象が強いです。
患者さんは、病気と共存するという人生のルーレットが、たまたま自分のところに止まってしまっただけで、ただでさえ病気で苦しんでいるのに、さらに社会からも抑圧されてしまう、みたいな二重の辛さを抱えていて。だからこそ、人権や社会的公正という視点は絶対に忘れないというか、大事にしたいなと思っています。
そういった人権への意識を持ちながら、患者さんと関わっているんですね。
その点で言うと、僕は大内病院の仕事とは別で、精神障害や発達障害があって、なおかつLGBTQであるという、ダブルでマイノリティとなっている人たちのサポートスタッフもやっているんです。
では、より抑圧の対象となりやすい方をサポートされて。
LGBTQやジェンダーについても、自分にとって身近な問題として存在していたので、それを通して社会構造のアンバランスさを感じることが多かったことが大きかったです。LGBTQはもちろん病気ではないんですけど、社会的弱者という意味では精神疾患のある方と構造が近くて。マイノリティになってしまうことで、社会的に周縁化されると言いますか、爪弾きにされてしまう世の中になっていると。ちょっとずつ良くはなっていると思うんですけど、その人がどんな属性や状態であったとしても、受け入れられる社会を作る。そのためには、まず職場から改革をするとか、今はそういうことに割と意識が向いていますね。
身近なところから、そういった視点でより良くしていくことは大事ですね。
まだ話し合い始めたばかりなんですが、グループの人事部とも、LGBTQの人も働きやすい職場にしようというミーティングをさせてもらっています。加えて、グループのリハビリテーション部でも、そういった取り組みが必要だよね、という話が挙がっていて、そちらでもミーティングに参加して、今後話し合っていく予定です。
職場や、周囲の出来事についても、常に問題意識を持って対峙しているのですね。
僕がそういった問題構造が認識できたのは、主にフェミニズムに触れてからですね。日本だとフェミニズムってちょっと敬遠されがちなこともあるんですけど、人権の思想とマッチするところがあるので、そこに触れていくうちに、認識が高まっていったと言えるかもしれないです。
より強く問題意識を持つ後押しとなったと。
職場でいつも使っているマグカップに、ルース・ベイダー・ギンズバーグっていうアメリカの法律家の顔が描かれれいるんですけど、それは性差別の撤廃を求めた、世界的にとても有名な人なんですね。人権についての意識を忘れないようにと思って使っています(笑)。
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料理を通して好きになった国フランス
昨年は原因不明の病気に襲われるも無事カムバック
では、プライベートについて伺います。どんな趣味をお持ちですか。
音楽と、あと今までは年1くらいで海外旅行に行っていて、旅行は割と好きですね。
今まで行ったなかではどこが良かったですか。
フランスですね。全部で5回行ってます。
5回も! なにかハマるきっかけがあったのですか。
学生時代に、ガレットのお店でアルバイトしていたことがあって、そこの店長さんがフランスで修行してきた人だったんですね。フランスって煌びやかなイメージがありましたけど、ガレットは、蕎麦粉でできたクレープのような、すごく素朴な食べ物で「フランスにはこんな安心できる食べ物もあるんだ」と思ってから、国の見方が変わりました。
フランスでオススメの場所はありますか。
パリも好きなんですけど、ストラスブールとかコルマール、レンヌとか、のどかな田舎街がたくさんあって、景色も良くて食べ物もおいしくて、とても好きです。
では今後、以前のように自由に海外旅行へ行ける状況になったら、フランスに行きますか。
今行きたいのはジョージアですね。
もともとグルジアと呼ばれていた国ですね。
食べ物がすごくおいしいと聞いたことがあって、行ってみたいなと。ロシアとアジアとヨーロッパといろいろな文化が混ざっているみたいです。
お休みの日はどんなことをされていますか。
ビッグバンドに所属しているんですけど、このコロナ禍で活動がお休みになってしまいました。
この状況なので仕方ないとは言え、残念ですね。
市民バンドみたいな感じで、月に1、2回練習していたんですけど、もう1年以上できていないんです。そろそろ再開しようかっていう話にはなっています。ただ、昨年体調を崩したので、自分の身体的に、まだ楽器ができるか怪しくて(笑)。
そうだったのですね…!
忘れもしない、昨年の12月4日の夜中に、腰がめちゃくちゃ痛んで動けなくなってしまって。何が起こってるのかわからないけど、とりあえず病院で診てもらうしかないと思って、救急車で運ばれて、そのまま1ヵ月入院することになったんです。
差し支えなければ、どんな病気だったんですか。
当初は、ギックリ腰だと言われていたんですよ。でもそれにしては痛みが強くて、ベッドからはずっと動けなくて、痛みで夜も眠れず。
かなり厳しい状況でしたね…。
それが2週間くらい続いた頃に、体を動かさないとどんどん悪くなっちゃうからっていうことで、それこそ自分がリハビリを受ける側になって(笑)。結果的には、ギックリ腰ではなく、化膿性脊椎炎っていう、背骨で菌が繁殖して骨が溶ける、という病気だったんです。
恐ろしい病気ですね。
元いた病院でまた1ヵ月半入院しました。結局、なぜこの病気になってしまったのかはわからなかったんですが、病名がわかってからは、もうしょうがないと思えましたね。ちゃんと原因がわからなかった最初の入院の時はとにかく辛かったです。本当は去年の12月は公認心理師の国家試験を受けようとも思っていて、勉強もたくさんしていたので、それもショックではありましたね(笑)。
原因がよくわからないままの入院は、かなり辛いものがありますね。
ACTも立ち上げた年なのに、リーダーが2ヵ月半もいない状況になってしまって、スタッフには本当に申し訳ないなと思いましたし、僕の仕事をみんなで分担して回してもらったので、感謝しかないです。
無事に復帰できて何よりです! とは言え、肺活量使うトロンボーンはまだ吹けないのですか。
そうですね。重い物をあまり持たないようにとも言われているので、楽器を持ち運ぶのもまだどうかなと思いながら(笑)。
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前編を読む

大内病院 作業療法士・ACTチーム リーダー 松本 武士(まつもと たけし)
【出身】愛知県刈谷市
【資格】作業療法士
【趣味】音楽鑑賞、演奏、旅行
【好きな食べ物】ガレット、クロワッサン(VIRONがオススメ)
病院情報

東京都足立区西新井5-41-1
大内病院
精神科・内科・歯科認知症や感情障害、神経症性障害などの方が治療を行う場として、多職種が密に連携をとりあって患者さんをケアしています。また院内に『診療適正化委員会』を設置し、常に適切な医療が提供できるよう、職種の垣根を超えて自由に意見交換を行っています。地域の総合医療福祉センターとして、予防・治療・リハビリテーションの一貫した最新医療サービスを提供すべく職員一丸となって日々努力を続けています。