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ひとプロジェクト【第13回・前編】世田谷記念病院 看護師/ビトゥンマークステフェンメッカロスさん

ひとプロジェクト ビトゥンマークステフェンメッカロスさん
ひとプロジェクト ビトゥンマークステフェンメッカロスさん

海外で活躍する看護師に憧れてフィリピンから日本へ!

第13回となるひとプロジェクト。今回は、日本へEPA(※)候補者として来日し、看護師の国家試験に合格、この4月に正看護師として世田谷記念病院で働き始めた、ビトゥンマークステフェンメッカロスさん、通称マークさんです。勉強熱心で真面目なお人柄に加えて、チャーミングな笑顔で、スタッフや患者さんからも愛されるマークさん。日本へ渡るまでの決断や、来日後の奮闘についてお聞きしています!
マークさんをよく知る、世田谷記念病院 榎並副看護部長も一緒にお話ししています。

 

※特定の国との間で人材の移動や投資など幅広い分野で経済関係を強化していく取り組み。

平成医療福祉グループのEPAの取り組みについては、こちらをご覧ください。

親から離れた開放感、
のびのび過ごした学生時代

―緊張されていますか。

緊張してます(笑)。

―リラックスしてお話しください(笑)。ご出身はどちらですか。

フィリピンです。ミンダナオ島の中のパガリアンというところに住んでいました。

―どういうところでしたか。

とても田舎でした。森が多かったですね。

―海ではなかったんですね。

海もありました。高いビルがあるような場所ではなくて、日本とは生活が全然違いましたね。

―小さい時はどんなお子さんでしたか。

そうですね、なんというか、もっともっと賑やかな子どもでした。

―今の方がちょっとおとなしくなったんでしょうか(笑)。ご兄弟はいらっしゃいますか。

妹が1人、今18歳で高校生ですね。

―ちなみにマークさんは今おいくつですか。

28歳です。

―10歳差なんですね。ご両親はどんな人ですか。

お母さんは教師をしていました。お父さんは、以前は兵士だったんですが、心臓の病気で今は亡くなっています。

―そうだったのですね。日本に来る前は、フィリピンでは大学まで通われたんですか。

はい。フィリピンは小学校が6年間、日本でいう中学と高校が一緒になった学校が4年間あって、その後に大学に4年間通います。

―マークさんは真面目な生徒でしたか。

真面目、ではなかったです(笑)。

―なるほど(笑)。

高校と大学の時は両親と離れて暮らしていたので、たくさん遊んでいました(笑)。大学の時は一番楽しかったですね。

―どんな風に羽を伸ばしていたか気になります(笑)。

 


 
 

日本を目指すきっかけは、
テレビで見たエピソード

―大学の専攻はなんでしたか。

看護でした。

―看護を学ぼうと思ったのはなぜでしたか。

その頃、海外で働いているフィリピン人の活躍がよくテレビで紹介されていたんですが、その中で、サウジアラビアとかで働いているフィリピン人看護師のエピソードを見て、いいなあと憧れたのがきっかけです。

―海外で活躍する姿に憧れたんですね。

でも私も元々は父のように兵士になりたかったんです。高校を卒業したらトレーニングして兵士になろうと思って、ある日、父にその想いを伝えたんですが「危ないからやめた方がいい」と止められてしまいました。

―危険を知っているだけに、やらせたくなかったんですね。

兵士以外なら何になってもいいと言ってくれましたので、そこで「テレビで見て憧れていた看護師になりたい」と伝えたんです。

―看護師を目指す時、最初からフィリピン以外の国で働きたいと思っていたんですか。

そうですね。資格はフィリピンで取って、そのまま国内で2、3年経験を積んでから海外で働く人がとても多くて、ある種トレンドみたいになっていました。

―日本を選んだのはなぜですか。

アメリカとかオーストラリアもいいなと思ったんですけど、プロセスに時間もお金もかかるんです。日本はプログラムが無料だったということも大きかったです。

―ちなみにフィリピンではどれくらい看護師として働いたんでしょうか。

フィリピンでは、同じ病院で4年以上働きましたね。

―始めから「日本に行こう」って、思いながら働いていたんですか。

そこまで考えてなかったですね。ある日、Facebookを見ていたら、たまたま大学時代のクラスメートからチャットが来たんです。彼は日本で介護の仕事をしていたので、「日本での仕事とか生活はどうですか」って色々聞くと、「すごくいいですよ。EPAのプログラムがあるから、申し込んでみたら」ってすすめてくれました。

―日本で働く友だちのアドバイスが決め手だったんですね。

どこかの国で働こうとは考えていたんですが、その後押しがあって、日本に行こうと決めました。

―「日本へ行きたい」と言った時に、ご家族は何とおっしゃいましたか。

お母さんもお父さんも特に問題なかったです。「どこに行ってもいい」と言われて、快く送り出してくれました。

―ではその後、プログラムに申し込まれて。

はい、面談や健康診断があって、そのあとフィリピンで半年くらい日本語研修がありました。そこから実際に日本に行き、半年ほど大阪でさらに日本語研修をしてから、この病院に来ました。
 
 

日本語習得に苦労も、
現場では問題なし!

―日本語の勉強はいかがでしたか。

大変でした(笑)。フィリピン語と英語は文法のパターンが似ているので、単語を覚えれば習得しやすいんですが、日本語は文法のパターンが逆なんです。

―確かに、英語と日本語は文章の順序が違いますもんね。

それでもう、今でも困ってることもたまにあります。

―今でもあるんですね。

はい、どうやって患者さんの状態を先生に報告するのか、まずは担当の看護師に聞いてもらって、練習してっていう時もあります。

―そうなんですね。

(榎並)でも現場での支障は全然ないですよ、すごく上達しましたもん!

―勉強された成果が着実に出ているんですね! 来日後の語学研修は大阪に行かれたとのことですけど、関西弁はわかりましたか。

習ってきた言葉と全然違ったので、初めは混乱しました(笑)。あと東京に来た時、どっちの言葉を使ったらいいのか迷いましたね。
 


 
 

病院選びの決め手は、
意外な理由から?!

―この世田谷記念病院を研修先に選んだのはなぜですか。

フィリピンで日本語の勉強をしていたときにできた友だちがいたんですが、その友だちの彼女が、この病院をすすめてくれたんです。

―意外な人物からおすすめが来たんですね!

彼女から「研修先の病院を選ぶときに、世田谷記念病院の名前があったら、ぜひ選んでください」って言われました。実際に名前があったので、迷わず選ぶことにしたんです。

―そのプッシュが決め手になったと。彼女はここで働かれていたんですか。

いえ、働いてはいませんでした(笑)。

―あ、実際に勤務しておすすめしてくれたわけではなかったんですね(笑)。

東京の別の病院で働いていたんですが、世田谷記念病院のことをどこかで知って、「働きたい!」とずっと思っていたので、おすすめしてくれたみたいです。教えてもらえてとても良かったと思います。

―素敵な出会いでしたね! 初めてこの病院に来たときのことは覚えていますか。

大阪での研修が終わって、ここに初めて来た日は、歓迎会をみんなでしてくれました。

―それは嬉しかったでしょうね!

とても嬉しかったです。写真もまだあります。
 

―日本に来た当初は不安もありましたか。

そうですね、どこに行っても言葉の壁がありますから、緊張しましたね。


 
 

来日直後の挫折…
試験は難しい!

―ここに2年前に来られて、まずは働きながら看護師の国家試験の勉強をされたわけですか。

はい、ただ、その時はまだ看護の仕事ができないので、介護の仕事をしながら、試験勉強をしていました。

―まずは介護の仕事だったんですね。

(榎並)フィリピンの看護師資格は持っていましたけど、日本の国家試験は受かってないから現場には立てないわけです。なのでまずは介護の仕事で入ってもらいました。
 
それが11月で、すぐ2月に看護師の国家試験を受けたんですよ。期間がなかったので、お試しのような感覚でしたけど。

―その時はどうでしたか。

難しかったです。勉強時間も十分ではなかったですし。でも、一回で合格した人もいるんですよ。毎年何人かはいます。

―すごいですね!

平成医療福祉グループだと、緑成会病院で働いているフィリピンの方が一回だけで受かってます。

―会ったことはあるんですか。

2週間前に慰安旅行で栃木に行った時に会いました(笑)。

―慰安旅行はグループのいろんな病院・施設の方と会えますものね。ちなみに旅行はいかがでしたか。

とても楽しかったです!
 
 

 
 


profile


世田谷記念病院 
看護師 ビトゥンマークステフェンメッカロス

【出身】フィリピン ミンダナオ島
【資格】看護師
【趣味】映画鑑賞・漫画鑑賞
【好きな食べ物】日本のコンビニフード(おにぎり、お弁当、おでんなど)
【尊敬する人物】両親、世田谷記念病院のスタッフ
【嫌いな動物】大きいクモ(小さいのは平気)

 

病院情報



http://setagayahp.jp

医療法人 平成博愛会 世田谷記念病院

東京都世田谷区野毛2丁目30-10

内科・整形外科・リハビリテーション科

急性期病院での治療を終えられた患者さんを迅速に受け入れ、入院早期からの積極的な治療とリハビリにより、できるだけ早く自宅や施設に退院していただくことを目標としたPost Acute Care(急性期後の治療)を専門的に行う病院です。