お知らせ ひとプロジェクト

ひとプロジェクト【第10回・前編】ヴィラ播磨 施設長/久保 恭子さん

ひとプロジェクト 久保さん
ひとプロジェクト 久保さん

20代で理学療法士から突然施設長に抜擢。
勇気と覚悟を持った、忘れられない言葉とは

今回は、兵庫県加古川市の介護老人福祉施設 ヴィラ播磨の施設長で、介護福祉事業部の関西南エリア長も務める、久保恭子さんです。
理学療法士として入職し勤務していた20代のときに、突然施設長に。新しい環境に戸惑う久保さんを支えた言葉や気持ちの変化などについてお聞きしました。

大好きなスポーツがきっかけで理学療法士を目指す

―ご出身はどちらですか。

兵庫県の加古川です。まさに、ここです。生まれも育ちも、仕事を始めてからもずっと関西圏なんです。

―入職時から今の仕事をされているのでしょうか。

いえ、入職時は理学療法士だったんです。今までは病院の理学療法士として働いていたんですが、地元に戻ってきて職場を探すときに、病院勤務とは違う「利用者さんへのリハビリ提供」に魅力を感じて、ヴィラ播磨に入職しました。

―理学療法士になろうと思ったきっかけを教えていただけますか。

進路を考えるタイミングで、運動に関する仕事がしたいなと思ったんです。

―何かされていたのですか。

中学・高校とソフトボール部でピッチャーをしていました。短髪で日焼けで真っ黒になって、めちゃくちゃ青春を謳歌していました。その影響から高校野球をよく見ていて、甲子園には理学療法士が球児のケアにあたっていると知ったことがきっかけです。高校生の私にとって、サポートする姿が輝いて見えてました。

―スポーツリハビリテーションに憧れたということですか。

そうですね。実は、理学療法士になりたての頃は、スポーツリハビリテーションも勉強して携われるようにしたいと思っていましたが、入職した病院が急性期病院だったので、毎日、いろいろな患者さんを診れる環境が魅力的になって、途中で病院の理学療法士を極めようと思ったんです。何度か転職したんですが、ヴィラ播磨で勤務するまでは、急性期病院で働く機会が多かったです。

 


 
 

終わりがないリハビリを知って、急性期医療から気持ちが移りはじめた

―病院以外でのご経験はお持ちですか。

デイケアや訪問リハビリの経験があります。訪問リハビリをしていた頃は、2人目を妊娠してたのですが、今までは知らなかった新しい発見もあって、お腹が大きくなりはじめているのに、自転車を爆走しながら毎日訪問リハビリに燃えてました(笑)。

―爆走(笑)。新しい世界が楽しかったんですね。

あはは(笑)。やっぱり体育会系で育ってきて、気合いが違ったみたいです。今考えたら、よくやったなぁと思うんですけど、めちゃくちゃ楽しかったですね。

―今の職場につながる片鱗があったんですね。

そうですね、ありました。誤解を恐れずに言うと、急性期のときって若い患者さんが退院されたら、病院での暮らしや私たちを思い出すことがないぐらい、入院する前の暮らしがキラキラと待っているケースが多いです。でも、高齢の方々へ提供している訪問リハビリは「退院」という明確な終わりがなくて、私たちが提供するリハビリテーションが日常生活の中にあるんです。それに、運命みたいに、ときどき「あなたがいい!」って言っていただける利用者さんに巡りあうんです。看護師さんも先生もご家族の方ですら断固拒否をするような方が、私のリハビリテーションだけは「楽しみに待ってるから」って言っていただける出会いがあるんですよ。その距離の近さに心動かされるものがありました。

―すてきですね。

めっちゃうれしいでしょ! 燃えるものがありました。「苦痛じゃなくて楽しいリハビリを私が提供しなくちゃ!」 って自転車を爆走させながら思ってました。

 


 
 

奮闘を支えてくれた、周囲からの言葉

―この施設に入職されたときのリハビリテーション部はどんな雰囲気でしたか。

それが、当時は理学療法士が誰もいない状態だったんです。

―立ち上げからのスタートだったんですね。

そうなんです。今は、ほかにスタッフがいますけど、当時はいなくて。リハビリテーションをヴィラ播磨のなかで浸透させていくうちに、業務係長として現場と施設管理のような仕事をしていて、毎日慌ただしく動き回っていました。

―現場の仕事と管理職を並行されていたんですね。

その頃に、突然「施設長にならないか」という話をいただいて、家族会議を開きました。

―うれしさよりも戸惑いが大きかったのでしょうか。

そうですね。当時は20代の後半になって仕事が面白くなってきたときでした。それに、子どもがまだ小さくて、両親の協力が絶対に必要な状況だったので、施設長になったら子どもの体調や行事に合わせて必ず休める可能性は低くなるので、かなり真剣に相談しましたね。

―ご家族の反応はいかがでしたか。

父が「これから30代、40代になっていくときに、そういう立場を任されない人間の方があかん」って言って、背中を押してくれたんです。重要な仕事が任されるような働き方をすべきだという父のひと声で、施設長になると決めました。

―心に沁みるエールですね。

そうなんです。全員がなれるわけじゃない立場に選んでもらえたことに感謝してもいいのかなって思えました。

―決意を固めて、施設長になったんですね。

でも、いざ施設長の仕事を始めると想像通り、両親には子育ての協力をたくさんしてもらいました。「熱を出した、病院に行った」っていう連絡は事後報告が多かったですし、両親だけじゃなくて、いろんな人に相当支えてもらい、協力があったから続けて来れたと思ってます。

 
 

目の前にいるのに、認識してもらえなかった過去

―施設長になった当時のことを伺ってもいいですか。

今は、時代がもっと変わってきて周囲の反応も違うと思いますけど、当時は若い施設長が、まだまだ珍しかったです。この周辺エリアの特別養護老人ホームの施設長が集まる会議が月に1回あるんですけど、私が施設長になった頃は、オーナーをされている方や理事長として何十年と続けてきた方たちばかりが出席されていて「孫と同じ年齢やな」って言われたり、私が目の前にいてるのに、わざわざ遠くにいるうちの事務長に手を振って「施設長さーん!!」って叫ばれることもありました。事務長の方が施設長っぽい貫禄があって、そんな雰囲気が出てたんですよ(笑)。

―その様子が目に浮かびます…。

優しい事務長なんですけどね(笑)。当時は、「まず、施設長として認識してもらう」ことに苦労しました。「遠い未来を見ない!」って決めて、目の前の仕事を丁寧に懸命に重ねていって、振り返ったときに「あ、ここまで来れたな」って振り返るぐらいでいいなって思ってました。

―たくましい発想の転換ですね。

体育会系で育ってきた強みかもしれませんけど(笑)。青春時代にがんばった根性が、ここで活かされました。

―今、変化していることはありますか。

認識されなかった、施設長ばかりの会議なんですが、今は「副会長」をしています。若い施設長も増えてきましたし、今の時代の流れもあって、雰囲気はかなり変わってます。副会長の職は、ちょっとなぁって思ったこともあったんですけどね(笑)。でも、いいことばかりじゃなくて、施設長になってから私って厳しくなったなぁと思う瞬間もあるんです。「結論から話して」みたいなニュアンスで先に話を遮ってしまって、スタッフが愚痴を含めて相談ごとを持って来てくれたのに、昔みたいに対応できてないなぁと反省しています。

―仕方ない部分でもありますが…難しいですね。

でもね、例えばケアマネジャーや相談員は、ストーリー展開とか結論が読めたときでも、そばで「そうなんやぁ、そうかぁ」って長い話も聞いてるんです。多少足がしびれても顔色変えずに、ずっと聞き続けられる優れたひとたちだっていてます。現場から離れてしまって、事務的に対処してるんじゃないかって不安になることもあります。まだまだですね、がんばらないと。

 


 
 

次回:場がひとをつくる? 働く環境大改革に取り組む。


 

 
 

profile


介護老人福祉施設 
ヴィラ播磨 施設長 久保 恭子(くぼ きょうこ)

【出身】兵庫県加古川市
【趣味】ドラマ鑑賞(特に韓流)、バスケットボール観戦
【好きな食べ物】唐揚げ、ビール
【好きなキャラクター】ぐでたま

 

病院情報



https://harima.tokuyou.jp

介護老人福祉施設 ヴィラ播磨

兵庫県加古川市志方町成井100

2018年4月で設立20周年を迎えました。毎月、ボランティアの方々による賑やかなイベントやレクリエーションが人気です。地域の方の要望に寄り添い、地元の学生と交流するなどさまざまな取り組みが盛んな介護老人福祉施設です。