お知らせ ひとプロジェクト

ひとプロジェクト 第53回【前編】ヴィラ桜ヶ丘 生活相談員/高原 香織さん

    • 身近に感じていた福祉の世界
      障害者福祉、居宅介護支援の仕事を経て、介護施設に行き着くまで!

    • 今回は、ヴィラ桜ヶ丘で生活相談員を務める高原香織さんです。
      「身近に感じていた」という福祉の道に進んだ高原さん。前編では、障害者支援施設での指導員や、居宅介護支援事業所でケアマネジャーとして働いた経験も持つ、高原さんのキャリアを中心に振り返ります。お喋り好きで明るい様子が伝わるインタビュー前編、ぜひご覧ください!

  • 初めて買ったレコードは少年隊
    お喋り好きの少女時代

    以前からこの記事をご覧いただいていたそうですね。

    けっこう見させてもらっていますよ。栄養課の堤さんやケアホーム葛飾の飯野さん(※)は一緒に働いていたこともありましたし、興味深く読みました。みんながんばってるなあって(笑)。

    ひとプロジェクト 平成医療福祉グループ 栄養部 課長/堤 亮介さん
    ひとプロジェクト ケアホーム葛飾 介護主任/飯野 岳志 さん

    (笑)。みなさん場所が変わっても輝いてますね。ご出身はどちらですか。

    神奈川県の川崎市です。大学に入るまではずっと住んでいました。

    小さい頃はどんな感じのお子さんでしたか。

    どんなだったかな〜。あ、でもすごい喋ってました、アハハハ(笑)。卒業アルバムで「〇〇な人1位」とかあるじゃないですか。大体お喋りな人の上位に入ってましたね(笑)。

    (笑)。今もお喋りが好きそうですね。親御さんの影響もありますか。

    口が達者なのは子どもの頃からかもしれないです。母は社交的でしたね。父も母も洋服関係の仕事で、今は別れてしまったんですけど。父は会社を経営していて、母ずっと洋服のデザイナーでした。

    ファッションデザイナーをされていたんですね。

    仕事をしながら、私と姉を母1人で育ててくれましたね。

    両親とも服飾のお仕事をされていて、そちらの道に進むような影響はなかったんですか。

    不器用だったんです(笑)。家庭科も、授業中はやっているフリをして、持って帰って母にやってもらって「できました〜!」って提出して(笑)。

    できすぎる人が近くにいるとそうなっちゃうのかもしれないですね。学生時代はどんなことをしていましたか。

    部活は特にやっていなくて、お弁当屋さんでアルバイトをしたり、あとは母が働いていたので家の手伝いをしていましたね。

    当時はどんなことに夢中になっていましたか。

    好きなアーティストのコンサートとか行っていましたね。

    ちなみに誰が好きだったんですか。

    やっぱりジャニーズですね。初めて買ったレコードは少年隊です。高校生ぐらいのときは急になんかまたおじさんが好きで、J-WALKとか安全地帯とかのコンサートに行っていました(笑)。

    身近に感じた福祉を学ぶため
    のどかな地の専門大学へ進学

    今のような介護や福祉の道に進まれたのは、何かきっかけがあったのですか。

    もともと、学校のボランティアで老人ホームに行って掃除をする機会があったときも、割と進んで参加していて、そういうのは好きだったんですね。あとは叔父が障害者関係の福祉工場の管理者として働いていたので、福祉が身近だったということもありました。

    そこから仕事として福祉を選ぼうと思われて。

    まず大学を選ぶ時に、理系教科ができないので文系に行こうと思って。それと自分が一般の企業に入って毎日通勤するイメージがあまりに湧かなかったんですね。じゃあ何がいいかなと思ったら、人を相手にして、一緒に何か自分のしたことで笑顔になってもらえたりとかできたらいいなって。

    実際に福祉を学ぶために進学されたのですか。

    福祉を学ぶにしても、どこ行っていいかわからなかったので、専門の大学に行こうと思いました。当時は専門の大学が全国でも少なかったし、それを全部受けて、愛知県にある日本福祉大学に進みました。

    どんな学生時代でしたか。

    知多半島っていう、愛知県の左側にある半島の先の方にあって、名古屋からも特急で1時間くらいかかる、のどかなところでした。高校生の時にオープンキャンパスで行ったときに、環境の良さにビビッときたんです。大学から歩いて海も行けるし、魚も安くておいしいんです。

    じゃあけっこう楽しみもありましたか。

    だから正直ね、学校行くよりも、温泉に行くとか遊びに行っちゃって(笑)。

    じゃあ学校はほどほどに(笑)。授業としてはどんなことがメインでしたか。

    社会福祉学科だったので、社会福祉士の受験資格を取るためのカリキュラムでしたね。

    実習も行かれるのですか。

    私は特養と知的障害者の入所施設に行きました。その知的障害の施設で、利用者さんと関わることが刺激的で楽しく感じられて、それで就職も横浜にある障害者支援施設に決めました。

    卒業後の就職先については、ほかの選択肢は考えなかったのですか。

    生活相談員や、自治体で働くケースワーカーとか、医療ソーシャルワーカー(MSW)もあったんですが、なるべく現場がいいなとその時は思っていましたね。障害者施設では当時スタッフを「指導員」って呼んでたんですけど、指導員になろうと。

    お仕事としてはどういう内容でしたか。

    利用者さんと一緒に作業をしたり、入所施設ではお食事を出したりお風呂の介助をしたり、特養で言う介護士さんのように、利用者さんに直接関わるお仕事ですね。

    利用者さんが地域で生活できるように
    障害者支援施設でのお仕事

    最初の就職先でのお仕事はいかがでしたか。

    知的障害の入所施設を中心に、近隣にグループホームや作業所も運営しているところでした。利用者さんは、基本的にお家での生活が難しい方が多いので、入所施設にまず入って、落ち着いたらグループホームに移って、だんだん地域に出ていこう、っていうのを当時からがんばっていましたね。

    当時で言うと、そういった地域への移行というのは珍しかったのでしょうか。

    施設だけで完結してコロニー化してしまうのが、当時のあるあるだったみたいです。

    グループホームではどんな生活をされていたのでしょう。

    一戸建ての家の中にスタッフと利用者さん10人近くが暮らしているという感じで。一緒にご飯を作ったり、お買い物も行ったりとかもしますし。休みの日は公共交通機関を使ってとか遊びに行ったりもしていましたよ。

    実際に働かれてみていかがでしたか。

    やっぱり利用者さんに地域に出てもらうために積極的に支援している法人で、そこは魅力に感じましたし、勉強になることも多かったですね。

    どのくらい働いてから離れられたのですか。

    10年ほど働きました。難しいケースの方も積極的に受け入れる施設でしたので、そういう方も地域社会で暮らしていけるようにということを目指していくなかで、どうしても大変なこともあるわけです。私自身子どもも生まれて、だんだん働き方として難しくなってきたところがあって、離れることにしました。でもその職場では育休も2回取らせてもらったし、本当に感謝していますね。

    今も障害の分野については興味を持っていますか。

    やっぱり常に気にはなってますよ。旦那とはその職場で出会ったんですけど、今も別の職場で障害の仕事をしているのでよく話は聞きますし、もし私が今また仕事をしたら、違う関わり方ができるかもしれないなって思うことはあります。

    ケアマネージャーとなって高齢者福祉の道へ

    障害者支援施設を離れて、次は介護の分野に移ろうと考えられたのですか。

    その時は、特に次に何をしようと思って辞めたわけではなかったです。ただ、何をしようかと思っても、私は本当に福祉しか勉強してなかったですから。その分野で何をしようという時に、じゃあヘルパー2級、今で言う介護職員初任者研修を取りに行こうかなって。

    まずは資格を取ってみようと。

    そこで、ヘルパー2級の研修を受けていた講座をやっている学校の人から「うちで事務をしてみないか」って言われて手伝い始めたんですね。そしたらさらにそこの学校長から「社会福祉士とかケアマネジャーの受験資格があるんだから、取った方がいいよ!」って言われて。

    ではそこで資格をさらに取られて。

    もう1年間で、ヘルパー2級、社会福祉士、ケアマネジャーと、一気に取りました(笑)。その学校の講師に、居宅介護支援事業所でケアマネジャーをしている方がいて、「うちで働いてみる?」と誘っていただいて。

    縁がつながりますね〜。居宅介護支援事業所でのケアマネジャーというと、どういう仕事内容になるんですか。

    在宅で生活している高齢者の方が、介護保険サービスを受けるためには必ずケアマネジャーがついて、ケアプランを立てる必要があるんですね。依頼は包括支援センターや自治体を通して来るので、実際に利用者さんのご自宅に伺って、お困りごとを聞いて、ケアプランを作成します。

    適切な介護保険サービスにつなぐわけですね。

    いろいろなパターンがありますね。例えば「最近家のことができなくなってしまった」という相談でしたら、ご家族に手伝っていただけることがあればお願いして、「日中のバランスを作るためにデイサービスだけ利用しましょう」とか。それぞれの事情に合わせてプランを立てて、実際にプランが始まってからも、1カ月に1回は最低でもモニタリングしていきます。

    暮らしの様子を事細かに聞いて、一人ひとりの状況に応じたプランを作って見守っていくと。

    一人暮らしの方ですと、体調不良の時なんかもお電話いただくこともありますし、それこそ「〇〇が見つからなくて困ってるんだけど」っていう「それも私に!」っていうことでも連絡いただくときがありましたね(笑)。

    生活の困りごと全般の相談窓口みたいになるんですね。障害者支援施設の仕事から、居宅のお仕事となると、まただいぶ仕事の様子が変わったのではないですか。

    全くやることが違いますし、1からのスタートでしたので、その時はもう障害の仕事のことを正直思い出せないくらいでしたね。最初は、ご挨拶の仕方からお話をするときのクセ、相槌を打つタイミングにも先輩からダメ出しを受けてしまって。ガーンと落ち込むこともありました。

    ずいぶん細かい部分まで注意されたんですね。

    人のお家にお邪魔するところからお付き合いが始まる仕事ですし、初めましてのファーストインプレッションがとても大切なんですね。生活相談員になった今も役に立っています。仕事としても、居宅のことを学べてとても勉強になったなと思いました。

    徐々に湧いてきた介護施設への興味
    芝生で見つけたグループ施設

    そこから、施設の仕事にはどのように興味が出てきたのですか。

    居宅では利用者さんとの契約が終わるケースとして、ご逝去のほかに、長期入院されるか、施設に入所されることが多いんですね。施設に入られてからの話もよく聞くことがあったので、今度はそちらが気になるようになって。

    実際にどんな感じなんだろうと。

    そう思ってた頃、休日に家族で公園に遊びに行って、芝生でお弁当を食べてたんですね。たまたま持ってきてた新聞を開いたら「ヴィラ神奈川オープン!」っていう大きい広告が目に入ったんですよ。「こんなに大きい広告出すんだ!」って(笑)。

    目について良かったです(笑)。

    それで、面接を受けることにしたんです。

  • 次回:必要としている人のために情報を届ける、生活相談員のお仕事とはー。プラスアルファを提供できる施設になれるよう、仲間と取り組みます!

    後編は2020/12/04公開予定

    profile

    ヴィラ桜ヶ丘 相談員 高原 香織(たかはら かおり)

    【出身】神奈川県川崎市
    【趣味】宝塚観劇(宙組の真風涼帆さん推し)
    【好きな食べ物】焼き肉(カルビが好き)

    施設情報

    社会福祉法人 兵庫福祉会 介護老人福祉施設 ヴィラ桜ヶ丘

    神奈川県横浜市旭区上白根町1436-10

    2010年4月に開設。周囲に自然があふれる、緑豊かな環境で特別養護老人ホームと、ショートステイのサービスを提供します。家庭的な雰囲気のなかで、利用者さんの自立した生活を支援し、身体機能の回復、生きがいづくりのお手伝いをさせていただく施設です。