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ひとプロジェクト 第51回【前編】ケアホーム三浦 管理栄養士/角田 幸恵さん

    • 激しい厨房での業務を経て栄養管理の現場へ!
      大変な時期も経たけれど今は「仕事が好き」

    • 今回は、ケアホーム三浦で管理栄養士を務める角田幸恵さんです。調理師さんの気持ちがわかる管理栄養士を目指し、修行期間として厨房業務での激務を経験した角田さん。前編では、そんな現場での大変なお仕事のエピソードや、管理栄養士を目指すきっかけにもつながる、厳しいお母さんとのお話などをお伺いしています。ぜひご覧ください!

  • 厳しかったお母さんに感謝
    管理栄養士を目指すきっかけは貧血気味の体質

    今日はよろしくお願いします。緊張されてますか?

    はい、緊張しいなので。しかも、いきなり指名いただいたので「恐縮です!」みたいな感じで驚きました。

    そうだったんですね! ぜひ気楽にお話しいただければ。

    編集能力に期待します(笑)。

    (笑)。ご出身はどちらですか。

    茨城県の結城市というところです。大学進学で神奈川に出るまで住んでました。

    どんなところですか。

    結城紬っていう織物が有名ですね。私はあんまりくわしくないんですが。あとは、全然バスも通らず、タクシーも呼ばないと来ないようなところでした。電車も2両編成のが1時間に1本くらいしか来ないですし。

    車がないと大変そうですね。

    私が行った高校が隣の下館市にあったんですけど、家から駅まで自転車で7km走って、そこから電車で下館まで行って、さらに下館駅に置いてある自転車にまた乗って…1時間半くらいかけて登校していました。でも田舎だからそれが普通でしたし、今となってはネタにしてます(笑)。

    みなさんそうやって通っていたわけですしね。どんな幼少期を過ごしましたか。

    母親が教育熱心で厳しかったです。学校から帰ってきて、母親が帰ってくる18時までに家事をやっておかないと怒られていましたね。お米を研いで、洗濯物を取り込んでたたんで、掃除機とモップをかけて…。

    モップまで! でも大人になってから、家事を面倒くさがらずやれるようになる気もします。

    今も体に残ってますね。でも当時は「将来役立つから」って言われても、何のこっちゃって感じで。今子どもが3人いて、自分はそんな風に言うようになりたくないなーと思っていますけど、そのうち言ってしまいそうですね(笑)。

    まだお子さんには言ってないんですね。学生時代は何か部活などやっていましたか。

    中学は卓球部で、高校が弓道部でした。高校は「この高校の弓道部に入りたい!」って決めてました。袴姿がかっこいいなと思ったんですね。

    部活が高校の決め手になったんですね。

    あとは、近所の高校は当時ちょっとヤンチャな人が多くて(笑)。

    (笑)。角田さんはそういう方面には全然縁がなく?

    自分で言うのもあれですけど、超真面目なタイプでしたから。高校も推薦で行きましたし。お母さんが絶対で、怖かったですね。でも結果的に悪い方向にいかなかったので良かったですし、感謝しています。

    けっこうガチガチに厳しかったんですね。弓道部は楽しかったですか。

    楽しかったですし、今でも付き合いがあるくらい仲が良いです。

    管理栄養士を目指したきっかけはどんなことでしたか。

    高校卒業後に何をやろうかなって思っていたところ、また母親から「資格は絶対だから、取っておきなさい」って言われて。母親自身は資格を持っていなかったので、何か思うところがあったのかもしれないですけど。いろいろ調べた結果、管理栄養士にたどり着きました。

    さまざまな資格があるなかで、なぜ管理栄養士だったのでしょう。

    もともと食べることが好きだったのと、貧血で朝礼や運動会でよく倒れる子って1人はいるじゃないですか。私がその1人だったんですね(笑)。当時は肉が嫌いで偏食気味で、その影響もあるのかなと思って、食に興味を持ち始めて。そこで管理栄養士という資格を知って、資格が取れる大学を探して進学しました。

    更衣室で寝ていた
    激務だった厨房時代

    大学の授業はいかがでしたか。

    レポートが頻繁で、この日にちまでにこれを提出するっていう、優先順位を組み立てるのが大変で。月曜から金曜まで、1限から5、6限までみっちり授業でしたね。

    ちなみに就職先は企業や給食の現場など、選択肢があるかとは思うんですけど、もともと病院や介護施設を考えていたのですか。

    実は企業も受けたんですけど、落ちました(笑)。就職について大学の先生に相談した時に「病院や介護施設の厨房を委託で請け負う企業で経験を積んでおくといいよ」って言われたことが印象に残ったんです。

    どういう点が印象的だったのでしょう。

    委託の現場では厨房の業務に多く関わるので、働き方が調理師さんとほぼ同じになるんですね。管理栄養士は、いずれは調理師さんに仕事の指示をする立場にもなるので、調理の経験があることで、調理師さんの気持ちもわかる管理栄養士になれると。なので、卒業したらまず厨房で経験を積もうと考えました。

    ちなみに委託業務というのは、どういったところまで請け負うのですか。

    各病院・施設の厨房に、当時の私たちのような外部の企業スタッフが入って、業務を請け負うんですが、どこまでやるかは現場ごとで違っていますね。献立は病院・施設側が考えて、こちらはその通りに作る、という時もあれば、献立から委託側が作る、というパターンもありました。

    角田さんはどんなところで働かれましたか。

    病院と老健の現場で働きましたよ。早番も遅番もどちらもこなしてましたけど、遅番の翌日は早番に必ず入るので、いつも泊まり込んでいました。

    厨房の早番は朝とても早いですもんね。仮眠室みたいなものがあったんですか。

    いや、みんなが着替える更衣室で寝ていました(笑)。

    えーっ! その環境で泊まるんですか。

    でも私が経験した現場は病院も老健もどちらもそうでしたね。その時は何の疑問も持たずにやっていましたけど、けっこう体力勝負な職場でしたね。

    基本的にどんなお仕事をされていたんですか。

    ほとんどは厨房での業務です。私は経験しませんでしたけど、献立も依頼されている職場だと、もちろんそれも管理栄養士が担当します。

    体力勝負ということで、相当大変だったんじゃないですか。

    でも楽しかったですよ。本当に大量調理だったので、みんなで決められた時間までに仕上げるために、組み立てながら進めるのは好きでした。

    厨房の方の仕事を調理コンクールや取材でもたまに見る機会があるんですけど、すごい手際だなあといつも思います。

    そういう働き方を先輩方に仕込まれるんです。1日の流れを事前に細かく予習をしてから入って、ここから食器を取って、この間に洗い物をして、次はこれをやる、っていうのを毎日やって。本当に下積みみたいな感じで最初は怒られるんですけど、1年2年とやっていくうちに、先輩が言ってるのはこういうことなんだなっていうことがどんどんわかってきました。

    次第にどんどんその手際が身についてくるんですね。実際にはどのくらいの期間働かれていたんですか。

    自分のなかで、3年は修行期間として働こうと決めてました。結局、体を壊しちゃったのもあって、3年働いてほかの職場に移りました。朝早かったり夜遅かったりもするんで、疲れちゃったんでしょうね。そろそろ3年経つので、介護施設で働きたいな、と思っていたら、タイミングよく老健に就職できたんです。

    最初は恥ずかしかった
    老健での栄養管理の仕事

    介護施設で働きたいと思われていたのはどうしてだったんですか。

    前職がそんな働き方だったので、もし結婚や妊娠をしたらずっとは続けられないだろうなと思っていましたし、3年間厨房のことを学んだので、これからは管理栄養士の資格を生かして、栄養管理とか利用者さんと関わることをしていきたいなって。

    栄養管理についていろいろ学んだことを、施設で生かそうと。実際に働いてみていかがでしたか。

    厨房業務を委託先にお任せできたので、私はシンプルに栄養管理に集中できて良かったです。この利用者さんの食形態は合っているかな、とか、ちゃんと食べれているかな、とか。利用者さんやご家族と直接お話しすることができるのも新鮮でした。

    それまでは厨房から出る機会っていうのは。

    ほとんどなかったです。なのでどんな人が食べているかがわからないまま、指示の通り、この食形態で作る、っていう感じで。でも自分が施設の管理栄養士になってからは、どんな理由でこの食形態にするっていうのがわかるので、そういった背景も厨房に伝えていきました。

    3年間の厨房業務の経験は生かせましたか。

    やっぱり、厨房でどこまで対応ができるかっていうのが大体わかりますから、調理師さんとの調整もしやすかったですね。作業的に難しいという声があった時に「じゃあこうやってみたらどうでしょう」と提案できますから。コミュニケーションは大事なので、世間話もしてましたし。風通しはいい職場でした。向こうが気を使ってくれてたのかもしれないですけど(笑)。

    (笑)。利用者さんを何人くらい管理されていたんですか。

    100人です。ちょうど育休で管理栄養士が休む穴を埋める形で私が入ったんですけど、1年後にその人も戻ってきたので、それからは管理は50人ずつ担当して、空いた時間は施設の事務仕事とか、利用者さんの送迎や添乗をやったりもしていました。

    栄養管理以外の仕事をやることもあるんですね。そこではどのくらい働かれましたか。

    5年いたんですけど、その間に結婚して、産休も2回取らせてもらったんです。でも結婚を機に三浦に引っ越していたので、通うのに2時間半くらいかかるようになってしまって。

    毎日通うにはちょっと離れていますね。

    でも楽しくて、いい職場だったんです! 人間関係もすごく良かったですし。

    そのくらい遠くなったらすぐ辞めてしまいそうですけど、いい職場だったので続けたかったのですね。

    でもさすがに大変でした。子どもが朝起きる頃にはもう私は家を出ていて、帰ってからも触れ合う時間がちょっとしかなかったですし。どうしようかと悩んでいたところに、ちょうどケアホーム三浦がオープンするという話を知ったので、説明会に参加してみようかなと。

    サンマの処理が終わらない…
    オープン当初のバタバタを振り返る

    施設がオープンするタイミングで入職されたんですね。印象はどうでしたか。

    「ああ直営かあ」って思ったのを覚えてます(笑)。

    それはどういう意味ですか(笑)。

    前の職場では厨房業務を委託していましたけど、厨房も施設が手がける、いわゆる直営はやったことがなかったんですね。

    経験がなかったので懸念していたところがあったと。

    施設の管理栄養士の目線で言えば、委託だと「厨房でできるのはここまで」という線引きがあるんですが、直営だとその線引きがないわけです。なので、何かを改善したり、新しいことをする場合は、直営の方が向いていると言えます。それぞれメリットデメリットはあると思うんですけど、実際直営で働いてみると、厨房と柔軟に連携が取りやすいのは良かったですね。

    そういう違いがあるんですね。オープン当初は慌しそうですが、いかがでしたか。

    きっとこれくらいバタつくだろうなっていうのは想像していました。今も一緒に働いてる同僚も同時に入職したんですけど、新卒なのにすごいハイスペックで本当に助かりましたね。ただ、しばらくは本当に大変でした(笑)。

    一番大変だった頃の印象深いエピソードはありますか。

    翌日のお昼に出すサンマが生で納品された時があって、その下処理はすべて厨房でするんです。でも、たまたまこういう施設の大量調理に慣れているスタッフさんがいない日に当たって、なかなか時間がかかってしまい。私も手伝いに入ったんですけど、その処理が延々終わらなかった…っていうのが一番大変だった思い出です(笑)。

    大量のサンマと格闘されて(笑)。

    手が空いた調理師さんにも手伝ってもらって、サンマを開きながら「あ、これ心臓だね」とか会話をしながら(笑)。無事に提供できたので良かったですが。今はもうそんなことは起きないですね。

    忙しさを理由に辞めないように

    今は割と施設の栄養課は落ち着いているんですね。

    ここ何年かで一番落ち着いてると思います。去年3人目の子どもを産むために産休に入っていたんですけど、その前に人員体制も整えることができました。

    どういうことをされたのですか。

    当時は厨房のパートさんが本当に忙しかったんです。施設も開設して年数が経つと、利用者さんもその分歳をとられて、それにつれて食事の形態も、最初は10人くらいしかいなかった軟飯やソフトE(※)の方が、2倍3倍と増えていくんです。その食事を盛る作業はパートさんが担当するので、人員は変わらないのに、作業量だけが増えていくことになって。

    ※ソフトE:グループ内での介護食の一形態。形はあるが、舌で押しつぶせて嚥下がしやすい柔らかさの食事。

    なるほど、年数が経つと、そういうポイントで業務量が変わってくるのですね。

    これからもそうなっていくことが予想できましたし、仕事が大変だと辞めてしまうパートさんも多くて。忙しさを理由に辞めてしまうのは残念ですし、人員を増やしてもらおうと思って。ちゃんと提案を行って、了承してもらいました。無事に採用もできましたし、教育もしっかりとして、それからは離職はなくなりました。

    ケアホーム三浦に移ってからも産休を取られて、復帰もされたのですね。

    去年の8月に生まれて、もともとは4月に保育園に入れて職場復帰するつもりだったんです。それが新型コロナウイルスの影響で、保育園のスタートが6月からになりました。

    では当初の希望より2カ月遅れて職場復帰をされたと。本来はそもそも育休は基本的に1年間は取れるわけですよね。

    そうですね。ただ、4月入園で申し込んだ方が保育園も入りやすいというのがあったのと、仕事が好きなんで、なるべく早く戻りたかったんですよね(笑)。

    なるほど、ご自身の希望だったんですね(笑)。

    今は時短勤務なんですけど、家族とも相談しながら、いずれはフルタイムにも戻していって。旦那さんもそうですし、一緒に住むおじいちゃんおばあちゃんの協力もあってのことですね。

    グループの制度としては、時短勤務を延長することもできるんですよね。

    時短勤務の期間は、小学生いっぱいに伸ばせるようになっていますね。私が休んでる間に、周りがすごく気を使ってカバーしてくれたので、もし誰か育休に入ることがあれば、今度は私がサポートしたいと思っています。

  • 次回:管理栄養士は利用者さんと積極的に関わることが大切。作っている人の「顔が見える厨房」づくりを進めます!

    後編を読む

    profile

    ケアホーム三浦 管理栄養士 角田 幸恵(つのだ さちえ)

    【出身】茨城県結城市
    【職種】管理栄養士
    【趣味】料理、ドラマ鑑賞
    【好きな食べ物】チーズハンバーグ、チョコレート
    【好きな調理器具】大きなスパテラ

    施設情報

    社会福祉法人 せいざん福祉会 介護老人福祉施設 ケアホーム三浦

    神奈川県三浦市初声町下宮田3516-1

    2017年6月に開設。三浦市の穏やかな自然に囲まれた環境のなか、特別養護老人ホームを中心に、ショートステイ、デイサービス、居宅介護支援事業所のサービスを提供します。光を多く取り入れた明るい施設で、家庭的な雰囲気を大切にしながら、一人ひとりに合わせたきめ細やかな介護を提供いたします。