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ひとプロジェクト 第48回【前編】多摩川病院 院長/後藤 紀史先生

    • 地域の医療に貢献するため、選んだ循環器内科の道
      生まれた土地への恩返しを胸に、多摩川病院へ

    • 今回は、多摩川病院の院長、後藤紀史先生です。親族に医療関係者も多く、身近に医学があったという後藤先生。医師になられてからは、長らく長野の地で医療に取り組まれてこられました。専攻である循環器を選ばれた理由も、当時の地域医療ならではの実情と、そこに打ち込む先生の想いがありました。今回は、多摩川病院に至るまでの後藤先生の経歴を中心にお話を伺っています。ぜひご覧ください!

  • 吉祥寺生まれのシティボーイ
    親戚の勧めで医学の道へ

    ご出身はどちらですか。

    東京の武蔵野市です。吉祥寺駅の近くですね。以前は前進座っていう劇場があったすぐ近くで、ちょっと行けば杉並区っていうところでした。

    吉祥寺と言うと今は「住みたい街ランキング」常連の人気の街ですが、当時はどのような感じでしたか。

    今と違って、中央線が高架になっていなくて、駅の南北が踏切で遮断されてたんですよ。今みたいに発展していったのは、高架ができてつながってからですね。近鉄百貨店とかいろいろデパートがきて。昔は今みたいな街ではなかったです。

    少し雰囲気が違ったと。

    特に北口は戦後バラックだったところでしたし、駅前に今もあるハモニカ横丁なんかはその名残りですよね。

    ずっとそちらで育ったのですか。

    高校まではそうですね。

    高校時代はどんなふうに過ごしていましたか。

    中野の高校に通っていて、映画研究会に入っていたんですけど、そんなに積極的ではなくて。

    映画を作る方の研究会ですか。

    作る方です。学園祭に向けて作ってましたけど、あんまりいいものもできず(笑)。

    医師を志したきっかけを教えてください。

    母方の祖父が産婦人科医で、伯父も医師でしたし、母方の親戚に医療関係者が多かったのが影響しましたね。本当はもともと英語の教師になりたいと思ってはいたんですけど、義理の叔父から「まずは医師免許を取ってから考えてみろ」と言われて(笑)。

    ご親戚から強い勧めがあったと(笑)。もともとは英語に興味があったのですね。

    喋れるわけじゃなかったですけど、好きだし、得意だったんですよね。

    それでも医学の道を選ばれて。

    全科必修っていうところは魅力でしたね。ただ「そもそも医師になれるのかな」と思いながら受験しましたよ。中学の時はそれなりに勉強もできていたんですけど、高校に入ったらもっとできる同級生がたくさんいましたから。

    相当勉強されて進まれたのですか。

    そうなんですけど、まあ2浪はしました(笑)。

    のどかな環境の大学時代
    医療現場に立って抱いた無力感

    大学進学とともに東京を離れられたのですか。

    福井医科大学(現 福井大学医学部)に進みました。当時新設されたばかりだったんですけど、周りは田んぼだらけで何もない場所でしたね。

    なかなか勉強に集中できそうな環境ですね。

    車で3、40分くらいのところに、曹洞宗の有名な永平寺があるので何回かは行きましたけど、当時は遊びに行くようなところはそんなになかったので、勉強以外は卓球をやってましたよ(笑)。

    みなさん研修が大変だったと言われますが、後藤先生はいかがでしたか。

    研修は神奈川県の病院だったんですけど、やっぱり大変でしたね。冬でも半袖着てるような感じと言いますか(笑)。

    それはどういうことですか(笑)。

    季節感がなくなるんですよ。自宅のアパートに帰るよりも、病院にいる時間が長いですし、時間の余裕もなかったですし。

    いざ現場に立ってみてどういう気持ちを抱きましたか。

    やっぱり無力感が強かったですよ。できないことにたくさん直面しますし、当時トップレベルの教授だったので紹介患者さんも多くて大変でした。

    求められることも多かったですか。

    スタッフの数が少なかったので、受け持ちの患者さんが6、7人はいて、要領も悪かったので苦労はしました。

    地域医療に貢献するため
    循環器内科の道へ

    専攻はどういう気持ちで決められましたか。

    内科系の当直をすると、心筋梗塞など心臓がらみの疾患の患者さんが来られることがあって、けっこうヒヤヒヤすることもあったんです。まずはそういうことを克服すると、自信がつくかなと思って、循環器に進むことに決めました。

    循環器には進む方も多そうなイメージがあります。

    内科の中では専攻として多いと思いますよ。実際の需要も多いですし、いろいろな検査や手技があって、命にも直結する分野ですから、興味を持つ人も多いのだと思います。

    先生ご自身としては、興味というよりは、実務的な意味合いが強かったですか。

    研修後は長野県の病院で勤務したんですが、当時は医師が少なかったのもあって、1人でやることが多かったんです。心筋梗塞を診られる医師にならないと、いつまで経っても1人立ちできないっていうのがありましたから。地域医療に貢献するためには必要だなと考えました。

    長野県と言えば長寿県上位のイメージがありますが、当時はいかがでしたか。

    以前はそうではなかったんですが、当時は既に改善されていましたよ。

    それ以前は違ったのですね。

    長野県って、名産の野沢菜漬けに代表されるように、塩分量の多い保存食が多く食べられていて、高血圧から脳出血になる患者さんが多かったんですよ。「これではいけない」ということで、佐久市にある佐久総合病院の若月俊一先生という医師が、保健師と一緒に農村に入って行かれて、減塩の食事を指導したと。

    栄養指導的なことを地域で進められたわけですね。

    なおかつ健康診断も定着させていって、予防医療の概念を広めて行ったんですね。そのおかげで、だいぶ健康寿命が伸びていった。今でも国民健康保険の優良県ですよ。

    では先生が勤め始めた頃には。

    もうそういうシステムができ上がってましたね。脳出血で亡くなる方は本当に少なかったです。

    いずれは地元へ恩返しを
    病院の仕事は苦にならない

    ここまでのキャリアでは長野県が一番長くなりますか。

    そうなりますね。なかでも、飯田市では12年ほど働いたので、そこが一番長かったです。

    当時のキャリアを振り返って、どんなことが印象深いですか。

    どの病院でも、東京のように医師が多くなかったので、そういう意味では大変でしたね。

    人手不足が問題だったと。

    特に僕らの頃は、中堅の医師がいなくなってしまった時代があって大変でしたね。長野県は医学部が信州大学にしかないので、医局で教育する側の人を増やさないといけないっていうことで、県内で働く中堅の医師を全部大学に戻した時期があったんです。

    現場で働く医師が一気に減ってしまいますね。

    今は制度も整って、かなり充実しましたけど、当時は本当に全体的に少なかったです。なので、血が出てない疾患はほとんどが内科に来るんですよ。内科のなかでも本来なら、めまいなら耳鼻科へ、とか分けられるんですけど、そうもできず。脳梗塞も診ましたし、お子さんも診ましたよ。

    もともと進んだ専門より、かなり幅広く見る必要が出てくると。

    外科以外はほとんど診ざるを得ませんでしたね。

    決して良いことではないですが、みなさんそこで鍛えられそうですね。

    そういう側面はあったかもしれないです。

    そういう環境ながら、長い間医療に取り組まれて。

    もともと両親の実家が長野県で、昔から毎年夏には長野に行っていましたし、親戚も周りにいて、環境も良かったですね。

    長野県自体に愛着も強かったのですね。そのままずっと長野県に、ということは考えなかったのですか。

    親の介護もあって長野からは離れることにはなったんですが、いずれ自分が生まれ育った地で医療に貢献したい、ということは考えていました。

    東京で医療に貢献する、ということを考えられたと。

    多摩川病院のある調布市は、地元の吉祥寺からは少しだけ離れていますけど、最終的なキャリアは自分が生まれ育った東京で、ということは思っていたんです。ここに移ったのは、そういう気持ちがあります。育ったところへ恩返し、じゃないですけど、そう捉えると病院での仕事は苦ではないですね。

  • 次回:慢性期医療に感じた「医療の原点」。地域包括ケアシステムの中核病院となるべく、これからも取り組みます!

    後編は2020/09/25公開予定

    profile

    多摩川病院 院長 後藤 紀史(ごとう としふみ)

    【出身】東京都武蔵野市
    【専門】内科、循環器内科
    【趣味】読書、ワイン、料理(カレー・ポテトサラダが得意)
    【好きな食べ物】握り寿司、エビフライ、ステーキ

    病院情報

    医療法人社団 大和会 多摩川病院

    東京都調布市国領町5-31-1

    内科・循環器内科・整形外科・リハビリテーション科

    回復期リハビリテーション病棟、医療療養病棟、地域包括ケア病棟に機能分化し、慢性期疾患の患者さんの治療、早期在宅復帰を目的とした機能訓練を行います。 また、内科、整形外科、循環器内科の外来治療をご提供するほか、居宅サービス、訪問看護や、日常の機能回復訓練のためのデイサービス、デイケアを設置し、地域の患者さんの幸福な日常生活の維持・増進のために努力しています。