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ひとプロジェクト【第46回・前編】ケアホーム葛飾 介護主任/飯野 岳志 さん

    • 介護に進むきっかけは大好きな祖母
      家族想いの介護士の歩みに迫る

    • 今回は、ケアホーム葛飾で介護主任を務める飯野岳志さんです。介護の世界で長く働く飯野さんですが、この道に進むきっかけは、大好きな祖母にまつわるお話でした。前編では、釣り好きな少年だった飯野さんが、介護の世界へ入り歩んできた経歴を中心にお聞きしています。ぜひご覧ください!

  • 生まれは黄金町の元クリニック
    魚を釣った少年時代

    ケアホーム葛飾は今年(2020年)の4月にオープンしましたけど、それ以前はどちらに。

    もともとはグループのヴィラ神奈川(神奈川県横浜市)で介護主任として働いていました。

    ではケアホーム葛飾の開設にあたってこちらへ移られて。

    1月に開設準備のために移ってきましたね。

    もともとのご出身はどちらなのですか。

    神奈川県横浜市です。生まれたのは黄金町というところの近くで、父方の祖父が開業したクリニック兼自宅で、小学校にあがるまでは過ごしていました。

    おじいさんが開業医だったのですね。

    私が生まれた時には祖父は亡くなっていて、クリニック自体はもうやっていなかったんですけど、家に入り口が2つあったり、診察室や受付はそのまま残っていたりして、「どういう作りの家なんだろう」と子どもながらに不思議に思っていましたね。ただ記憶としては、その後の引っ越し先の方が残っています。

    どんなところでしたか。

    同じ横浜市内なんですけど、海が近かったので、堤防やテトラポットから父親とよく釣りをしていましたね。今はアウトレットモールができて、もうその場所ではできなくなったんですけど。釣りをしている時もずっと工事していて「何ができるんだろう」って見ていましたね。

    アウトレットが完成する頃には、よく釣りをしていた場所は無くなっていたと。

    そうですね。父親に連れられて行ってましたけど、今思えば多分入っちゃいけない場所でしたね(笑)。でもいろいろ釣れましたよ、カレイ、メバル、カサゴ、アジとか。

    すごい! 秘密の釣りスポットだったんですね(笑)。釣った魚はどうされたんですか。

    家でさばいて食べていましたよ。その頃から2人とも魚がさばけるんですよ。

    キャッチ&イートでいいですね。学生の頃は、どんな仕事がしたいっていうのは考えていましたか。

    全然考えてなかったんですよ。大学も、入れるところに入ろうと思って選んで、そこから先のことは入ってから考えようとしていました。それで経済系の学部に進みました。

    地元で進学されたのですか。

    いえ、最初は北海道にある短大に進みました。ただ、2年間勉強してみて、まだやりたいことが見つからなくて、延長しようと思ったんです(笑)。そこから、千葉県にある4年制大学に編入しました。

    2年では足りなかったと(笑)。そもそも北海道に進学するというのも、けっこう思い切っていますね。

    自分でも思いもよらなかったんですけど、北海道で暮らしてみたいという想いは少しありました。深川というところだったんですが、冬は毎日除雪車が走るような雪深い地域でしたね。学校と家は徒歩5分くらいで近かったんですけど、その間に吹雪に遭ってしまうと道が見えなくなっちゃうんで、街中でも遭難しかねない、っていう環境で。

    さすが雪国ですね。生活はいかがでしたか。

    楽しかったです。関東から来た人もいましたし、卒業後に編入を希望する人もけっこういたので、似た境遇の同級生が多くて、仲良くなりましたね。授業後にみんなでよくスキーにも行って、楽しかったです。

    編入後はどんなことを学ばれたのですか。

    編入先も経済学部だったんですけど、その頃から徐々に介護のことに興味を持ち始めてきました。

    介護に興味を持ったきっかけは
    仲が良かった祖母の死

    介護に興味を持ったきっかけはどんなことでしたか。

    父方の祖母の死でした。最初にお話ししたクリニックがあった家から私たち家族が引っ越した後も、祖母は残って住んでいて、仲が良かったのでよく遊びに行っていたんですが、私が大学2年生の時に亡くなってしまったんです。ただ、実はその頃祖母は施設にいたんですが、親から僕にはその事実は知らされていなくて。おそらく認知症があったんだと思うんですね。

    仲が良かったのに、その事実は知らされなかったと。

    「言ってくれれば良かったのに」と思いました。ただ、そこから、親たちがどうしてそういう気持ちになったのか知りたいな、と思うようになって、次第に介護業界への興味につながっていったんです。

    施設とはどんな場所なのか、介護とはどういうものか、ということを知らないと、その気持ちはわかりえないですよね。

    ちょうどその頃、介護保険法(※)が施行されたのも、興味を持つ要因のひとつになりましたし、卒業論文もそのことをテーマにしました。卒業後はすぐに就職せずに、まずヘルパー2級の資格を取りました。

    ※介護保険法:介護保険制度について定めた法律。介護や支援が必要になった人が、その能力に応じて自立した日常生活を営むために必要な保健医療サービス・福祉サービスを受けられるよう、介護保険制度を設け、介護保険料の徴収、給付の条件や給付サービスなどの詳細を定める。

    ちなみにヘルパー2級というのはどういう位置付けの資格になりますか。

    ヘルパー2級という資格は今はなくなっていて、現在では「介護職員初任者研修」と呼ばれる資格に移行しています。これを取っていなくても介護士としては働けるんですが、基礎的なことを学びますので知識もつきますし、介護現場で働くための足掛かりになる資格ですね。

    介護職に就くための前準備になると。飯野さんはどんなところに就職されましたか。

    たまたま大学の同じクラスに、家族が横浜市でデイサービスを運営している友だちがいたんです。そこに誘われたので、介護士として働き始めることにしました。

    初の就職先は
    同級生家族が営むデイサービス

    デイサービスで働き始めてみていかがでしたか。

    入ってすぐの頃は、利用者さんとどう話していいのかわからなくて、会話もなかなかできませんでした。

    どういった点が難しかったのでしょう。

    仕事として接してみた時に、話し方とかニュアンスとか声のトーンとか、そういうことを考えながらやってみると、なかなか上手くいかなくて。なので最初はまず入浴の担当でやらせてもらっていました。

    いざ現場で接してみると、難しいところもあったと。どのくらいの規模のデイサービスでしたか。

    接骨院の先生がケアマネジャーの資格を取って開設した小さな事業所でした。スタッフも常勤が5、6人くらいで、利用者さんも1日で10〜15人くらい。対象エリアに中華街も含まれていたので、中国語しか話せない方も利用されていて、身振り手振りで対応していました。

    そこではどのくらい働かれましたか。

    2年くらいですね。そこは訪問介護もやっていたので、訪問とデイサービスを交互に担当させてもらって、いい経験になりましたね。社会人マナーみたいなものも教わりましたし。そこで働くうち、次は利用者さんの生活全体に関わってみたい、と思うようになりました。そこで、有料老人ホームに転職したんです。

    実践しながら学んだ利用者さんとの接し方
    家庭を思って固辞した施設長職

    今度は生活全体をに関わろうと思われて、有料老人ホームで働かれてみていかがでしたか。

    求められる利用者さんへの接遇がホテルマンのようでしたね。「〇〇さん」じゃなくて「お客様」っていう対応が基本だったんですが、ここでも慣れるまでは大変でした。コミュニケーションが上手くできない時に、どう接していったらいいのか、日々考えながら働いていましたね。

    そんななかでどのようにコミュニケーションをとっていかれるのですか。

    まずは顔を覚えてもらうのが第一歩、次に声を覚えてもらいます。声を覚えてもらえると、顔を合わせた時に「さっきあっちから声がしたね」って、話しかけてくれるようになるんですね。慣れてきてからは、利用者さんによっては丁寧すぎると逆に距離が空いてしまうので、もう少し柔らかい言葉というか、フレンドリーに接するようにしていきます。

    そういったやり方を教えてくれる人がいらっしゃったのですか。

    実はいませんでした(笑)。実践しながら学んだ部分が大きかったですね。やりながら、これがいいんだな、これはやっちゃいけないんだな、っていうことを選別していきました。

    働きながら身に付けていかれたのですね。そこでは管理者的な立場にもなられたのですか。

    だんだん利用者さんが増えるとともにスタッフも増えてきて、入職して半年くらいで主任になって、1年くらいで、介護職全体を見る介護長になりました。

    どんなことをされるのですか。

    主任さんからの相談を日々聞いて、問題解決に努めていました。問題によりけりですけど、人間関係のことも多かったので、現場に任せることもあれば、関係スタッフと直接話すこともありましたし、私が話すと解決しなそうな時は身近な人からアプローチをしてもらったり、逆に施設長に話を上げたりと。いろいろバランスを取っていましたね。

    心労が多そうな役回りですね。

    多かったかもしれません(笑)。

    そこからさらに上の立場に、という話にはならなかったのですか。

    実際、さらに上の管理者や系列施設の施設長に、というお話もいただいたんですけど、そもそも現場が好きというのもありましたし、それと当時の施設長の働き方がとても忙しそうだったんですね。今うちは3人子どもがいるんですけど、その頃はちょうど2人目の子が2、3歳と、まだ小さい頃で、子育てにもしっかり関わりたいなと思っていた自分には、難しい働き方だなと思いました。

    なるほど、家庭にもしっかりと重きを置きたいと。

    自分のなかでは、家庭と仕事の割合が4:6くらいが理想なんです(笑)。

    当時の環境はそれが難しかったと。

    ずっと固辞するのも申し訳ないので、6、7年働いたんですが、離れることにしました。ちょうどそこでこのグループのヴィラ神奈川がオープンする、という話があって、移ることにしたんです。

    グループのヴィラ神奈川へ入職! 教育体制に感じた魅力

    ヴィラ神奈川には開設前に入職されたのですか。

    事前の合同研修の時期に入りました。採用時期としてはだいぶ後半だったみたいです。研修を受けてから1カ月半くらいで開設でした。

    オープン前から関わられて、いかがでしたか。

    まずグループ的に規模があるので、いろんなことがしっかりしてたなっていう印象でした。オープニング前に、系列施設からスタッフが来て教えてくれるというのも初めてでしたし。

    教育体制についての印象が大きかったのですね。

    体制がしっかりしていて、やりやすいなと思いました。施設内の委員会も今まではなかったので新鮮でしたね。各委員会が意思決定機関になっているので、現場スタッフが入っていろんなことを決められるっていうのはいいなと思いました。

    介護主任にはすぐなられたのですか。

    またお話はもらったんですけど、なるべく現場に、という気持ちと、3人目の子どもが生まれたタイミングもあって、ここでも少し様子を見させてもらって、だいぶ後になってから受けさせてもらいました。

  • 次回:介護職に求められる、プロとしての視点とは! ケアホーム葛飾をもっと地域に開いた施設にしていきたい。

    後編は2020/08/28公開予定

    profile

    ケアホーム葛飾 介護主任 飯野 岳志(いいの たけし)

    【出身】神奈川県横浜市
    【趣味】バスケットボール、釣り
    【好きな食べ物】ラーメン(最近のお気に入りは綾瀬の「中吉」)

    施設情報

    社会福祉法人 平成記念会
    介護老人福祉施設 ケアホーム葛飾

    東京都葛飾区小菅1-35-10

    2020年4月にオープンした介護老人福祉施設です。120床の特別養護老人ホーム(ユニット型)、18床のショートステイのサービスを提供する施設です。地域交流スペースを設け、地域の方々にもご利用いただける憩いの場所を目指します。地域に根ざした施設として、利用者さんが住み慣れた地域で長く暮らしていけるように、全力でサポートいたします。