ひとプロジェクト

ひとプロジェクト【第38回・前編】 平成医療福祉グループ 栄養部 課長/堤 亮介さん

    • 意識の低い新人時代から、施設の栄養管理のプロフェッショナルへ
      グループ栄養部を支える課長のターニングポイントとは!

    • 今回登場するのは、グループの栄養部門で課長を務める堤亮介さんです。施設での栄養管理に興味を持ち入職したものの、当初はあまり意識が高くなく、転職することも考えていた、という堤さん。前編では、そんな堤さんの意識がガラッと変わり、栄養部の管理者として立つまでの紆余曲折を、赤裸々にお話いただきました。管理栄養士の仕事に興味のある方にもオススメです。ぜひご覧ください!

  • 食べることと運動が好き!
    でもバットは借りたまま

    ご出身はどちらですか。

    生まれは京都です。両親は京都出身でずっと住んでいたんですけど、僕が幼い時に父親の仕事の関係で横浜市に引っ越して、僕はそちらで育ちました。

    ちなみにお父さんはどんなお仕事をされていたんですか。

    父は大手電気機器メーカーの会社員で、技術者でした。当時はあんまり気にしてなかったんですけど、うちの父親は部長だったらしくて。今になって仕事の話を聞くと、自分が役職ある立場についたからこそ、教育のこととか、大変だったんだろうなって思いました。

    小さい頃はどんなことをされていましたか。今の仕事につながるような片鱗があったとかは。

    食べること自体はずっと好きでしたよ。あとは運動もずっと好きでした。小学校は野球、中高大学時代はテニス、社会人になってからも野球はやってますよ。最近は行けていないですけど。

    草野球的なことですか。

    もともと働いていたヴィラ南本宿のスタッフたちを中心にチームを作ったんです。メンバーは変わっても、まだ続いていると思います。チームのバットを借りたままなんですよ(笑)。

    それは早く返してあげてください(笑)。

    あの頃はそうやって遊びまくっていて、介護士さんに誘われてマラソンもやってましたよ。フルマラソンも走ってて、確か3時間40分台で、4時間切ってましたね。

    お〜けっこう早いですね! 今も走れますか。

    無理です無理です! 倒れちゃいますね(笑)。

    スポーツ栄養学を学びたい
    しかしギリギリで過ごした大学時代

    管理栄養士を目指したのは、大学に進む段階でしたか。

    そうです。あの時はスポーツ栄養学を学びたかったんです。

    スポーツ選手の栄養管理ということですか。

    なぜそれをやりたかったのかは忘れちゃいましたけど、きっかけはそれでしたね。

    大学はどうやって選んだのですか。

    当時は指定校推薦で男子が入れる栄養学科があるのが県内では2校だけだったので、そもそも選択肢が少なかったんです。入ったのは、神奈川県立保健福祉大学っていう、当時まだ割と新しい学校でした。ちなみに今はそこの大学院に通ってます。

    入ってみていかがでしたか。

    だいぶ頭のいい学校で、「チョイスを間違えた」って思うくらい、自分の学力が追いつかなかったです(笑)。

    入学してみたら驚いたと(笑)。どんなことを勉強されたのですか。

    栄養学でも、特に臨床に力を入れていた学校でしたね。

    じゃあ病院で働くことを前提として。

    だから人体構造学とか生理学の授業があって、筋肉の名前を覚えてましたよ。栄養学科としては珍しいかもしれないです。

    熱心に授業は出ていましたか。

    サークルの部室で寝て、授業の終わり際に出席表だけを出したり、二日酔いのまま授業出たり、バイトがあるからと言って帰ったり…。

    なるほど…(笑)。

    そもそも40人のクラスで男子も4人しかいなかったので、1人いないと絶対バレるんですよ。でもギリギリまで授業はサボっていました。大学の先生からは、今みたいに役職ある立場で働くとは思わなかったって言われますね(笑)。

    施設での栄養管理に興味!
    先輩の誘いでグループ施設へ

    就職先はどのように決められましたか。

    最初は企業に進もうかと思っていたのですが、病院や施設での実習を経て「栄養管理がしたい」と思うようになって、そちらで就職先を探しました。

    そこでグループの施設に出会われたと。

    大学のゼミの先輩が、当時グループのヴィラ南本宿で管理栄養士として働いていて、「うちに入らないか」って紹介してくれたんです。入職後は仕事もしっかり教えてもらえましたし、厨房を始め職場の仲もよかったですし、環境としては恵まれてましたね。

    入職した頃の印象的なエピソードはありますか。

    最初は管理栄養士も厨房に入って下処理を手伝うんですが、一番初めに入った日にブリをドンっと出されて、「これを一尾さばくのか!」って(笑)。がんばってさばきましたけど、下手くそでしたね〜。

    それはだいぶハードです(笑)。管理栄養士も仕事のスタートは厨房からになるのですね。

    今も新しく入るスタッフは厨房から入ってもらうようにしてますね。厨房の仕事がわかれば全体の仕事の流れがわかりますし、利用者さんの食形態を変える時に、細かい調整がどこまでできるか、自分で判断が効くようにもなるので。

    そこを把握できていれば、調理師さんに無茶なお願いをすることもなくなると。

    そういうことですね。100%できなくてもいいので、例えばインフルエンザで調理師さんが休んでしまったときに、代わりに7割くらいのことができればいいよと言っています。でも最初にブリの下処理は、さすがに厳しかったですね(笑)。

    今と当時とで環境の違いはありますか。

    栄養部が部門として成立したことが一番変わったと思います。それまではグループで組織化されていませんでしたので。

    栄養部自体がなかったのですか。

    あったんですけど形も少し違っていて、多分人手不足もあってか、今のように方針が全体に行き渡る仕組みになっていなかったと思います。

    仕事にやりがいを感じるも…
    ぬくぬくと過ごした新人時代

    そもそも施設で働くに当たって、どんなことにやりがいを感じられたのでしょうか。

    思ったより栄養管理や医療的な知識を求められるということですね。施設では医療的な専門知識を持ったスタッフの数が病院よりも限られるので、管理栄養士の存在がすごく重要で。回診の時に医師と看護師さんと一緒に回ることもありますから。

    素人目に見ると、管理栄養士さんがそういう役割も担っているのが意外な感じもします。当たり前のことなのでしょうか。

    むしろ当たり前にしようとしています。結局利用者さんの全体を把握するためには、やっていく必要があるんです。自分としても経験しておいて良かったというところなんで、今後も各施設でやっていってほしいと思います。

    勉強しなきゃいけないことが想像より多そうですね。初めからそういった意識で仕事をされていたのですか。

    いえいえ当初は先輩におんぶに抱っこで楽しく過ごしてました(笑)。仕事はちゃんと教えてもらっていましたけど、そこまで意識も高くなく働いて、飲み会も毎週のようにやり、野球とかバドミントンもして遊んでましたし。

    すごく遊んでますね!

    本当にそうですね。でも、入職して1年しないうちに、同じ県内にあるグループ施設のヴィラ桜ヶ丘で欠員が出たので異動することになったんです。意識が変わったのはそこからですね。

    当初は仕事以外のところに熱を傾けていたけれど。

    異動直前にやった最後の大仕事は、グループ忘年会でやる出し物の練習日程の調整でしたから。施設のみんなは優しかったですけど、今考えたらあんな管理栄養士はいらないと思います(笑)。

    転職への誘惑を断って成長…
    異動によって変わった意識

    異動してどのように意識が変わったのですか。

    異動先は管理栄養士が僕1人だったので、自ずと責任感を持つようになりましたね。そこで「これはもっと勉強しないとダメだな」と思って、もともと通っていた大学の栄養学科に、社会人でも通えるコースがあったのでそこに通い直しました。そこで大学の先生とも再会して変わっていったんです。

    意識が大きく変わるターニングポイントだったのですね。

    とは言え、その頃も全然遊んでましたけどね(笑)。毎週土曜日が授業だったんですけど、だいたい金曜日に飲みながら翌日の資料を作って、二日酔いで授業発表したりしてましたから。

    えっ、よくそんな状態でも通い続けましたね。

    言っていい話なのかわからないですけど、当時は今より管理栄養士の給与形態も低くて。「今後も上がらないよ」と言われていたので…だから実は転職したいという気持ちもあって通ってたんです(笑)。そこで次につながる出会いがあればいいなと思って。

    その理由もモチベーションになっていたと(笑)。

    実際に、先輩管理栄養士や外部の人たちに会えたのはとても良かったです。病院や特養、市で働いている人などいろいろいて。悩みを話したり、栄養管理の仕方を聞いたりして、自分の中で世界が広がりました。

    同業の人と触れ合ってわかることも多かったですか。

    それと先生たちから教えられることも多かったです。給料が上がらないからと辞めようとしている僕に対しては「やり方が悪い」と言われました。「職場は自分がただやっただけで評価してもらえるところじゃない。やったことを自分でプレゼンして、評価を受けてから次に進むべきだ」と。

    建設的なアドバイスですね。それを受けて意識が変わるまではどうやって働いていたんですか。

    単純に管理栄養士として必死に働いてましたね。やってもやっても「状況が変わらないな」っていう認識でした。

    1人で利用者さん全員の栄養管理をとにかく一生懸命やられて。

    そうですね。栄養管理をやりながら、利用者さんのところに行くのが大事という認識はあったので、よく行って話してました。そっちの方が楽しくて。今も僕のことを覚えていてくれますよ。「久しぶり〜」って声をかけてくれるんです。

    素敵ですね〜。その後、学校でアドバイスをもらい、変わっていったのですか。

    それと仕事の仕方を施設でいろいろ教わったのも大きかったです。リハビリテーションや介護の責任者に仕事の流れとか人の管理を教えてもらいましたね。あとは社会人としての部分もそうです。当時は口の利き方も悪かったですし、頭ごなしに言ってしまうこともあって、そういうところは施設長に注意されましたね…(苦笑)。

    そんな時期もあったのですね!

    厨房を改善しようと思って行動したんですが、そんな感じだったので反発も生んでしまって。当時は「利用者さんのため」っていうところが抜け落ちていて、「自分がこうしたい」っていう想いが全面に出てたんだと思います。反省です。

    そこから今のような管理職には、どのようになっていったのですか。

    学校卒業時に作ったスライドを当時の部長に見せたら「もしよかったら主任にならないか」と言ってくれたんです。その後、栄養本部というものが作られて、徐々にそこから役職が係長、課長と上がっていきました。

    栄養部が組織化されていくのとともに、堤さんの立場も変わって行かれたのですね。

    今は、グループの副代表が部長をしていて、そこに自由に動ける課長が僕ともう一人いて、エリア担当も置けるようになりました。グループ栄養部として組織で動けるようになって、方針も全体に行き渡るようになったので、そこは以前より良くなったと思います。

    立ち上げや企画など
    管理職として打ち込むお仕事

    今はどんなお仕事がメインですか。

    新規開設する施設の立ち上げと、立ち上げ後のフォローアップに関わる仕事が大きいですね。ちょうど今は、2019年6月に開設されたケアホーム板橋と、2020年の春頃に開設予定のケアホーム葛飾の仕事をどちらもやっています。

    立ち上げというのはどのように関わるのでしょうか。

    施設の厨房の設計に携わったり、使う器具や機材の選定、実際の運用におけるルールやマニュアル作成を行っています。

    ルールなどは施設ごとに違うのですか。

    基本はグループ統一では設定しています。ただ施設ごとに使う器具や構造は違うので、それに合わせて微調整をする必要があるんです。

    そのほかにどんなことを行っていますか。

    企画業務課の課長として、今までの取り組みを見直して、必要があればアップデートを行っています。例えば食事形態とか付加食のマニュアルを作り直したり、新しい取り組みを始めてみたり。年に一度の献立・調理コンクールも業務企画課の仕事ですね。

    それぞれに、堤さんは実際どのくらい携わるのですか。

    主導してくれるスタッフを立てて、僕は補佐をしています。やる気があるスタッフにはどんどん任せたいなと思っているんです。

    チャンスがあるのはいいですね。そういったやる気のある方は出てきますか。

    出てくることもありますし、こちらから「こういうことをやらない?」って声をかけることもあります。今だと「サバイバルフーズ」について、台風などで実際に被災を受けた病院・施設のスタッフが積極的に取り組んでくれています。

    周りのスタッフの方にも恵まれていますね。

    入職した頃からいろんな人に助けられてますし、そういう運はすごく良かったです。人が辞めて大変なときもありましたけど、そのあと入ってくれた人がすごく良かったとか。そういう人たちがいたからこそなんとかやれてるんじゃないかなって気がしますね。

  • 次回:正しさだけが全てではない?! 正解の無い施設での栄養管理に挑む!

    後編は2019/12/20公開予定

    profile

    平成医療福祉グループ 栄養部 課長 堤 亮介(つつみ りょうすけ)

    【出身】京都府京都市
    【職種】管理栄養士
    【好きな調味料】マヨネーズ
    【好きな調理器具】ホーロー鍋

    施設情報

    ケアホーム板橋

    東京都板橋区向原3丁目7-8

    2019年6月に開設。特別養護老人ホーム(ユニット型、従来型)、ショートステイ、グループホーム、ケアハウス、地域包括支援センター等の介護保険サービスを提供する高齢者施設です。