ひとプロジェクト

ひとプロジェクト【第35回・後編】平成医療福祉グループ 海外事業部/山本 浩子さん

    • 「日本人ってかわいそう」。
      インドネシアの生徒に言われた一言から考えた、この国の幸せとリハビリの関わり方とは!

    • 海外事業部スタッフとして、HMW Rehabilitation Clinicの運営に関わる、山本浩子さんのインタビュー後編です。看護師、インドネシアでの日本語教師のアシスタントを経てきた山本さん。当グループの海外事業部スタッフとして働くまでの話や、クリニック開設時に感じたさまざまな想いについてお聞きしています。クリニック開設時に山本さんが噛み締めた、インドネシアの女子高生から言われた一言とは…! インドネシア在住経験のある山本さんだからこそのローカル情報も飛び出すインタビュー後編。ぜひご覧ください!

  • インドネシアの人のために何かできたら
    その想いでグループの求人に応募

    インドネシアでの日本語教師のアシスタントを経てから、このグループとはどう出会ったのでしょうか。

    日本にも看護師や介護福祉士のEPA候補者(※)として、インドネシアの人がたくさん行っているし、自分が日本に帰国しても、インドネシアの人のために何かできたらと考えました。そこで、日本の病院でインドネシアのスタッフをたくさん受け入れているところを探して、このグループにたどり着いたんです。
    ※EPA:特定の国との間で人材の移動や投資など幅広い分野で経済関係を強化していく取り組み。平成医療福祉グループのEPAの取り組みについては、こちらをご覧ください。

    なるほど、そういう経緯だったんですね!

    このインタビューが載る、グループのサイトを見て応募しました(笑)。

    ありがとうございます(笑)。でもサイトには特別そういった求人を出してはいませんでしたよね。

    実際、当時は人事部と広報部のことしか掲載がありませんでした。でも「EPAにまつわる仕事がしたいです」と連絡したら、面接をしてくれたんです。

    ちなみに以前に勤めてた病院にはEPA候補者は。

    実はいなかったんです。

    では特に今まで接してきたわではかったのですね。

    まずインドネシアに来てなければ、「EPA」という言葉も当時は知りませんでしたので。

    EPA候補者のどういうことに関わろうと思ってたんですか。

    どんなことでも、関われる仕事があればっていう感じでしたね。

    実際グループに入ってからは、海外事業部のスタッフとしてこのインドネシア事業に関わるようになったわけですが、その経緯を教えてください。

    面接で「実は今インドネシアでクリニックを作っているんですけど、インドネシア行きませんか?」って聞かれて、「行きます!」ってすぐ答えました(笑)。

    早いですね(笑)。話を聞いてどう思われたんですか。

    「いいな!」って思いましたし、そういう取り組みをしているというのが、すごいことだなって思いました。私としては、今後インドネシアで働ける機会はなかなかないだろうなとも思っていたので、嬉しかったです。

    大変すぎて記憶がない…
    クリニック開設までの日々

    入った時点では、このクリニックの話はどのような段階でしたか。

    クリニックの物件が決まったばかり、という頃でした。

    山本さんはクリニックについてどういった仕事に携わっていますか。

    海外事業部として、インドネシア人のスタッフが既にジャカルタで動いていたので、私は主に日本にいながら、その補佐的な役割ですね。時折インドネシアに行って、主に日系企業への営業活動や、広報活動をしたり、ドクターに会いに行ったり。

    こちらで働くスタッフの募集はどのように行ったんですか。

    最初は、院長になってくれるエドベルト先生のクリニックで働いてるセラピストに後輩を紹介してもらったりとか、学生にも会ったりしましたね。もう少しいろいろな人に会いたいなと思って、求人サイトに載せたら、ありがたいことにけっこう応募をいただいて。

    反応が多くあったのですね。

    日本と関連がある職場として、海外に興味がある人にも魅力的に映ったのかもしれないです。

    面接もされたのですか。

    やりました。面接の様子も、日本とは少し違って面白かったです。日本だと面接であえて言わないような「すぐ眠くなる」とか「忘れっぽい」っていうことを、自ら言っちゃうんです(笑)。

    みなさん正直なんですね(笑)。開設まで怒涛だったと思いますが、どんなことが一番大変でしたか。

    開設前の式典が9月3日と決まっていたんですが、セラピストの採用が決まったのが割とギリギリで…。式典に間に合うよう、8月中に日本で研修をすることになっていたのでかなり大変でした。さらに式典の準備もありましたし、慌ただしくて記憶がないです(笑)。

    おお…かなりギリギリの攻防があったのですね。

    ただ、内定から開設まであまり時間が空くと、それはそれで不安に思う方も多いので、このタイミングしかなかったのかなとは思います。

    何とか研修も式典も終えられ本当に良かったです!

    よく間に合ったなとは思っています(笑)。

    リハビリテーションの浸透までは
    まだ長い道のり

    実際に、インドネシアの方はどのくらいリハビリに興味を持っていらっしゃるものでしょうか。

    「リハビリとはこういうものですよ」という知識があれば、必要性を感じてもらえると思うのですが、そこがまだかなと思っています。急性期の病院で脳卒中の患者さんが来た場合、日本では早期から主治医の先生がリハビリを介入させると思いますが、こちらではドクター次第という側面がまだ強いです。

    自発的に「リハビリをしたい」と考える方はまだ多くはなさそうですね。

    良い例え話が思い浮かばないんですが、リハビリが嫌だとか、したくないかとかじゃなくて、多分そもそも選択肢に挙がっていないこないんだと思います。そこについて誰も教えてくれないから広がらない、ということが大きそうですね。

    まず「リハビリというものがあって、おばあちゃんが今より歩きやすくなるよ」というところからの説明が必要と言いますか。

    インドネシアはお手伝いさん文化が根強くて、それもハードルの1つになっています。ご家族は「お手伝いさんがいるのに、なんで自分でやらせないといけないんだ」と考えますし、本人は「なんで自分でやらないといけないんだ」、お手伝いさんは「それが自分の仕事だ」というように考えるケースも多いんです。

    手伝ってくれる人がいるから、大変な思いをして自力で歩かせることに必要性を感じないと。

    「そんなにさせるのはかわいそう」って思う方も多いみたいですね。

    生徒に言われた一言で
    クリニックの意義を見つめ直した

    なかなか難しいと思うのですが、リハビリを広めるためにこうしていきたい、という考えはありますか。

    ちょっと話がずれるかもしれないんですが、バンドンの高校で働いていたときのことを思い出したんです。

    どういったことでしょうか。

    当時2つの高校で日本語教師のアシスタントを務めていたんですけど、そのうち1つが日本でいう商業高校のようなところで、生徒の90%が女の子という学校でした。そこで職業体験を授業で話してほしいと頼まれて、話したことがあったんです。

    看護師時代のことを話されたのですか。

    看護師として見てきた日本の医療事情とか病院のことを紹介しました。「日本は長寿国なんですよ」っていう話は「すごい!」って言いながら、生徒たちも楽しく聞いてくれたんですが、「高齢になった方は病院で亡くなることが多い」という話をしたら、1人の生徒から「先生、日本人ってかわいそう…」って言われたんです。

    長寿が実現したとしても、病院で亡くなることが増えるのなら幸せと思えなかったと。

    家族のことを第一に考える国ですから、家族と離れた状態で亡くなるっていうことは信じられないそうなんです。この言葉を特に思い出すことはしばらくなかったんですけど、このグループに入って、インドネシアでクリニック設立の準備をしているときに、この一言を思い出して。

    どういった時に思い出したのでしょう。

    やっぱり海外でクリニックを開設するとなると、大変なことや乗り越えないといけないハードルもたくさんあって、うまく進まないことも多いわけです。日系企業の方からは「日本の医療が普及できるのはいいことなんだから、早く進むといいね」と励ましていただいたんですが、うまくいかないことが続くと、ふとあの時の「日本人ってかわいそう」っていう言葉がよぎりました。

    難しい局面でその言葉が思い出されたのですね。

    「自分たちのやっていることは良いことだと思ってインドネシアに来たけど、本当にそれが良いこととして受け入れてもらえるのかな」って考えてしまう時もありました。ひょっとして、独りよがりなんじゃないかって。

    文化の違うところで物事を進める難しさを感じたのですね。

    だから、進めていくうちに「日本にはこういう素晴らしいことがあるんだよ」と、私たちが良いと思うことだから勧める、ということでは考えなくなりました。

    どう考えられましたか。

    インドネシアの人が幸せだと思える人生に、リハビリが関わることができればいいかなと思うようになりました。リハビリというものがあることで、社会復帰できるチャンスや、健康的に生活できる時間が長くなるための選択肢が生活に増えるんだよ、という感じですね。

    インドネシアの人が思う幸せを、リハビリで手助けするというようなことですね。そのうちに「リハビリってやったほうがいいんだ」っていうことも浸透して。

    私としては、10年以上はかかるんじゃないかな、とは思っています。でも何でもそうですよね、始めるのは大変ですけど、だんだんと時間をかけて広めていけたら。

    EPA候補者へのサポートにも力を入れたい

    今後のクリニックの目標はどう考えていますか。

    10年かけてリハビリを普及できたらいいなっていうのと、その途中経過で、ここにアシスタントとして来てくれる日本のセラピストが、インドネシアの専門学校に行ってスキルを教えてあげるとか、そういう交流もできたら嬉しいなと思っています。そのうちに、インドネシアでのリハビリのスタンダードが、このグループが提供するものになっていったらいいですね。

    ご自身の仕事に限って言えば、どんなことを目標にしていますか。

    教育は今後も関わりたいと思っています。実は今通信制で大学生をやっていて、日本語教育の授業を取っているので、その免許は取りたいですね。今ちょっと単位が危ないので(笑)。

    (笑)。やっぱり教育に携わりたいという気持ちは強いのですね。

    インドネシアに来て、この国のみなさんに助けられて生活をしているので、その分、日本にいるインドネシアからのEPA候補者に関して、私でお役に立てることがあればと思っています。

    なるほど、サポートできることは多そうです。

    その国の人の気質は、暮らしてみないとわからないことも多いですから。もし日本のスタッフとEPA候補者で行き違いがあったとしても、割とお互いの文化を知れば解決することも多いと思います。

    看護師の経験もあって、インドネシアにも以前から関わっている山本さんならではですね。

    力になれたらいいなと思っています。

    オススメは
    ローカルなショッピングセンター

    インドネシアにいる時は、お休みの日はどう過ごしていますか。

    外に出かけるようにしていて、コーヒーを飲みに行くことが多いですね。

    仕事以外で今後やりたいことを教えてください。

    アフリカに野生の動物を見に行きたいです。でもその前に、インドネシアのカリマンタン島にオランウータンを見に行きたいと思っています。

    カリマンタン島はオランウータンが有名なのですね。

    でも、首都を今のジャカルタからカリマンタンに移転するって言われてて、オランウータンたちが心配ですね。

    では最後に、インドネシアのオススメを教えてください、物でも食事でも場所でも、何でもいいですよ。

    じゃあ好きな場所にします。タムリンシティ(Thamrin City)ですね。

    どんな場所ですか。

    ジャカルタにあるローカルなショッピングセンターなんですけど、バティック(※)や布が本当にたくさん売っているんです。バティックを買うこともありますし、生地を買って仕立屋さんで仕立ててもらうこともあります。あとお菓子を買って、お店の人と話したりとか。
    ※バティック(batik):蠟けつ(ロウケツ)染めの布で作られた、インドネシアの伝統衣装。フォーマルな正装であるとともに、カジュアルな普段着としても着られている。

    地元の方とふれあえて楽しそうですね!

    ジャカルタに来たら、ぜひオススメですよ!

  • 前編を読む

    profile

    平成医療福祉グループ 海外事業部 山本 浩子(やまもと ひろこ)

    【出身】兵庫県西宮市
    【趣味】旅行
    【好きな食べ物】お母さんの作るオムレツ(ひき肉、ジャガイモ入り)

    病院情報

    HMW Rehabilitation Clinic

    JL. Daksa 4 No. 69 Selong, Senopati, Kebayoran Baru,Jakarta Selatan 1220

    当グループが培ったリハビリテーションなどの技術を普及するため、インドネシアの南ジャカルタ市に開設するクリニックです。当グループで学んだインドネシア人のスタッフや、指導者として日本人スタッフも常駐し、日本式のリハビリテーションを提供します。日本のリハビリテーションロボットも導入を予定しています。