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ひとプロジェクト【第33回・後編】HMW Rehabilitation Clinic /看護師 エルナさん(Erna Arsinawati)

    • 看護師の資格は『どこでもドア』
      インドネシアと日本を結ぶ看護師、母国や後輩を想うその気持ちとは!

    • HMW Rehabilitation Clinicで働く看護師のエルナさん後編です。EPA候補者として、グループの豊中平成病院で働いていた当時のお話を中心に、クリニックのこれからのことなどもお聞きしています。エルナさんがインドネシア帰国を決意した理由や、離れる寂しさでみんなが涙したという、豊中平成病院スタッフとの交流についてなど、エルナさんの人柄が伝わるお話を伺えました。後輩たちへの熱いメッセージも素敵な後編をぜひご覧ください!

  • 国籍や職種の垣根を越えて
    仲が良かった豊中平成病院

    豊中平成病院でEPA候補者として研修が始まった頃のお話を教えてください。

    最初は言葉もまだ不安なので、大変でしたね。その頃は資格がなくてまだ看護には携われないので、介護の仕事をしながら看護の勉強をしていました。いつも15時まで仕事をして、その後から勉強をして、の繰り返しで。

    勉強時間はしっかり確保されてたんですね。

    勤務時間中に勉強できるようにしてくれていました。職場では勉強ができたんですが、家に帰ると少し難しかったです。

    あまり集中できなかったのですか。

    インドネシアで暮らしている娘と話す時間が欲しかったんです。最初は携帯電話もなかったんですけど、お給料をもらってから携帯電話を買って、毎晩ではないけど、テレビ電話をつないでコミュニケーションを取っていました。やっぱりお互い寂しいですからね。

    離れているとどうしてもそうなるかもしれないですね。

    だからできるだけ、病院での勉強時間を大事に使っていました。みんなは家に帰っても勉強してたと思うので、私より早く試験に合格できた人もいます。私はちょっと遅れましたね(笑)。

    試験は何回受けられたんですか。

    3回です。2回目で准看護師に合格して、3回目で正看護師の資格を取れました。

    残念ながら、資格が取れないうちに帰られるEPA候補者の方もいましたか。

    いっぱいいます。家族のことを考えてとか、みんな理由はそれぞれありますね。後輩たちには「とにかくいっぱい勉強しなさい」って言ってます。「私は家で勉強できなかったのでなかなか合格できなかったからね」って。みんな「わかりました!」って言ってくれます(笑)。

    日本にいた時の印象深い思い出はありますか。

    仕事帰りにたまに飲み会があって、それがとても楽しかったですね。

    主に看護部の飲み会ですか。

    それだけじゃありませんでしたよ。職種関係なく行くときや、インドネシア人だけで行く時もありましたし。私はインドネシア人、看護師、介護士さん、リハビリのスタッフさん、みんな関係なく、誰でも呼びたかったです。「ご飯行こう!」って言って、よく行きましたね〜。

    いいですね〜。職種や国籍も関係なく行ってたんですね。

    よくカラオケも行きましたし、楽しかったですね。ああ今もやりたい(笑)。

    家族のため、病院を辞めようとした…
    その時クリニック開設の話が

    ジャカルタにこのクリニックができる話は、どのように知ったんですか。

    最初は、そういうものができるらしいという噂を少し聞いいてた程度でしたね。実は、正式にその話がある前、私は豊中平成病院を辞めて、インドネシアに帰国するか迷っていたんです。

    差し支えなければ、どういった事情だったのですか。

    そのちょっと前に、娘と一緒にインドネシアで暮らす私の母が脳卒中で入院をしたんです。退院は無事できたんですけど、少し後遺症があって心配でしたし、その状態で娘の面倒をみてもらうのも難しいだろうなと思いました。ちなみに今はもう元気になったんですけどね。

    当時はご家族のことで、帰るかどうかという決断を迫られて。

    本当はもともと、子どもを日本に呼んで一緒に暮らそうかと思っていたんですが、母の体調が何より心配で…とても悩みました。だから、当時のEPA担当のスタッフには「私帰ることになっちゃうかもしれない」って相談をしていたんです。

    それはなかなか判断が難しいですね…。

    私は、このグループで、豊中平成病院で働くことが好きです。本当に日本で働き続けたいし、子どもと日本で暮らしたい。でも母のことも大切だから、それを考えると、帰国しないといけないなって。そのタイミングで、「今度ジャカルタにクリニックがオープンするから、興味がある人はいませんか?」っていうお知らせがあったんです。

    そのお知らせを見て、エルナさんが手を挙げられたと。どういうお気持ちでしたか。

    やっぱり、豊中平成病院や、このグループが好きで、離れたくない気持ちがありました。言い過ぎかもしれないですけど(笑)。もし家族の心配がなかったら、残って働き続けていたと思います。

    ジャカルタのクリニックで働くということは、グループで仕事を続けながら、家族の近くにもいたい、という希望を叶えるものだったのですね。

    そうです。ここジャカルタと、家族が住むバンドンは少し離れていますけど、同じ国内なので、日本より安心して働くことができます。時差もありませんしね。それで、面接があって、このクリニックで働かせてもらえることになりました。

    お話を伺っていると、病院やグループへの強い想いを感じます。

    本当にみんな良くしてくれたという想いがありましたし、本当にみんな明るくてやさしくて、働きやすかったです。

    ちなみに、次回のひとプロジェクトに出られる隠田さん(※)も豊中平成病院にいらっしゃいましたよね。

    隠田さんのことも、めっちゃ知ってます(笑)。
    ※HMW Rehabilitation Clinicで指導役となる理学療法士。次回ひとプロジェクトに登場予定。

    (笑)。実際に、ジャカルタで働けると決まった時はどういうお気持ちでしたか。

    もちろん嬉しかったんです! でも正直、気持ちがグチャグチャでした。帰国して家族と近くなるのは嬉しい、でも病院やみんなのことは好きだから離れるのは寂しい…。

    家族のことが大切なのはもちろん、一緒に働いてきた仲間への想いも大きなものですよね。

    最後の出勤が終わったときも、みんながすごい泣き出しちゃって。私は「泣かないで泣かないで! 私も泣きたくないから」って言ったんですけど、みんなとお別れのハグをしてたら自分も泣いちゃって…。

    本当に愛されていたんですね…。

    いやいや、みなさんが優しかったんです。「まだ平成医療福祉グループのスタッフなので、またきっと会えるよ」って伝えました。

    看護師の資格は『どこでもドア』
    いつでも日本とインドネシアを行き来できる

    帰国することが決まって、EPA候補者の後輩スタッフのみなさんはどんな反応でしたか。

    「なんで帰っちゃうんですか、エルナがいないと不安だよ」って言ってくれました。でも「そんなことないよ、できるできる!」って言って(笑)。

    後輩のみなさんから慕われていたんですね。

    でも、私けっこう後輩たちに厳しいんですよ。「ちゃんと勉強しなさい!」って強く言いますし。なぜかみんなそこで逆に甘えてくるんです。仕事の後もよく「今家にいる?」って電話をかけてきて、何かと思ったら「ご飯食べたい〜」って(笑)。

    そこでエルナさんのお家に食べに来るんですか(笑)。

    そうなんですよ! 「私、あなたたちのお母さんじゃないよ!」って(笑)。

    (笑)。後輩のみなさんにとっても、母国にこういったクリニックがあるということはいいことかもしれないですね。

    いずれインドネシアに帰って働きたいという場合に、とてもいいです。興味を持ってもらえたら嬉しいですね。今はみんなには、看護師の資格取得をとにかく優先してがんばってほしいと伝えています。

    やっぱり資格を持つことは大事ですね。

    インドネシアでの看護師資格だけでなく、日本の資格もあるのが大事です。このクリニックは日本のグループの所属なので、日本の技術や知識を持っていることが重要になります。それと、私たちがよく言うのは「看護師の資格は、ドラえもんの『どこでもドア』」ということです。

    どこでも行ける、ドラえもんのひみつ道具ですよね。どういう意味で『どこでもドア』なのでしょうか。

    日本の資格があれば、もし事情があってインドネシアに帰ることになったとしても、後々また日本で働くことができるからです。帰国しておしまいではなくて、日本にまた行ける。日本とインドネシアをつなぐドアなんです。

    なるほど! 確かに資格があれば、国境を越えてどこへでも行きやすくなりますね。

    そうです!だから『どこでもドア』だといつも話しています。これは、私の言葉だけじゃなくて、みんなが言ってることですね。

    インドネシアでクリニックを
    開設できることに大きな誇り

    このクリニックでは基本的にリハビリテーションを提供するわけですが、エルナさんはどんなお仕事をされるのでしょうか。

    リハビリをする前に、必ず医師が診察をして、そのうえで理学療法士と相談して、どうやってリハビリを進めるか決めていくのですが、その診察の際に患者さん対応をしたり、バイタルを測ったり、それとリハビリ中に体調が悪くなることもあるかもしれませんので、その対応をしたりですね。スタッフの人数もまだ多くはないので、いろいろとやることもあると思います。常駐する日本人スタッフと、インドネシア人スタッフや患者さんとの通訳の役割もありますね。

    豊中平成病院にいた時とはまた大きく仕事が変わりそうですね。

    だいぶ違います。私はリハビリのことはまだくわしくないので、勉強が必要です。

    こういうクリニックができることは、インドネシアの患者さんにとっては、どういう影響がありますか。

    今はインドネシアでリハビリを受けられるのは、知っている限りでは大きい病院が中心ですね。使用する機械もある程度限られますし、ロボットを導入しているところもまだ少ないです。だから、インドネシアでリハビリ専門のクリニックを作るっていうのはすごくいいことだと思っています。私にとっては誇りでもあるんです、私が働くグループは、インドネシアでこういう取り組みもするんだよっていうことが。

    やはりそこには特別な想いもありますか。

    自分がこのクリニックに立ち上げから関わることができるっていうのはすごく光栄です。最初なのでいろいろ大変ですけど、クリニックの成長と一緒に私も成長していきたいです。グループから離れず、家族にも近くなって、スタッフのみんなと仕事ができるのは何よりです。日本語も使えますし。

    せっかく学んだ言葉ですしね。どういうクリニックになったらいいなというのはありますか。

    まだ始まったばかりですけど、みんなと一緒にがんばっていって、もっと大きくなったらいいなと思います。来院する患者さんが増えていけば、将来的にはリハビリのレベルもアップするでしょうから。インドネシアのスタッフ、日本のスタッフで、力を合わせていきたいです。

    「ママを超えたい!」
    娘さんの夢を叶えるために

    さて、プライベートのことを伺います。

    わあ〜。

    お休みの日はどうやって過ごしますか

    ゴロゴロです(笑)。

    (笑)。それは豊中平成病院で働いていた時もそうでしたか。

    その頃はよくみんなとご飯に行っていましたよ。旅行とか温泉にも行きました。インドネシアに戻ってからはまだ落ち着いてないので、どこも行けていないんですが、そのうち仕事帰りにスタッフと一緒にご飯に行くようにもなるんじゃないかと思っています。

    では最近はお休みがあるとゆっくりされているんですね。

    そうですね。それと娘とスカイプで話もします。今は子どものことが一番優先ですね。

    お仕事以外で、個人的な目標は何かありますか。

    それもやっぱり、娘の将来を考えることですね。本人は医師になりたいと言っているので、私もがんばらないといけないなあって。医学の道に進むなら、私はずっと働いて支えなきゃいけないです(笑)。それは冗談ですけど。

    (笑)。エルナさんを見て、医療の道に進もうと考えたんですかね。

    そうみたいです。「ママを超えたい」って言ってました。

    すごい! これからが楽しみですね。

    こうして娘が無事に成長していっていて、私も日本に行っていろんな経験ができて、人生として何よりですね。たくさんの良い人たちとも出会えましたし、神様にありがとうと思っています。

    最後に、インドネシアでお気に入りのところを教えてください!

    最初にも話しましたけど、生まれ育ったバンドンですね。タンクバンプラフ山はきれいですし、涼しくて良い場所です。それとバンドンは食べ物もおいしいんですよ。

    ちなみにどんなものがオススメですか。

    わあ〜いっぱいありますよ! 私はボラウビが好きです。ボラというのはボール、ウビというのは芋のことです。

    どういうものなんですか。

    サツマイモを潰して丸めてあげたものなんですけど、甘くてお菓子みたいです。外はカリカリで、中身はフワフワしておいしいです!

    おいしそう! では最後に、趣味はありますか。

    歌うことですね〜。

    やはり歌がお好きなんですね。今カラオケに行ったとしたら、1曲めは何を入れますか。

    中島みゆきの『糸』です!

  • 前編を読む

    profile

    HMW Rehabilitation Clinic 看護師 エルナ(Erna Arsinawati)

    【出身】インドネシア 西ジャワ州バンドン市
    【好きな食べ物】サテ・カンビン(ヤギの串焼き)
    【趣味】歌うこと(十八番は『糸』)

    病院情報

    HMW Rehabilitation Clinic

    JL. Daksa 4 No. 69 Selong, Senopati, Kebayoran Baru,Jakarta Selatan 1220

    インドネシア ジャカルタ州南ジャカルタ市に開設。脳卒中や脊髄損傷による後遺症だけでなく、肩こり・腰痛、スポーツによる外傷に悩む方などに、日本で培った技術を提供してまいります。当グループで学んだインドネシア人のスタッフや、指導者として日本人スタッフも常駐し、日本式のリハビリテーションを展開。日本のリハビリテーションロボットも導入を予定しています。