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ひとプロジェクト【第26回・前編】平成扇病院/薬剤部 課長 入間川 寿々可さん

    • 「なんとなく」で踏み込んだ薬剤師の世界
      病院薬剤師として活躍するまでに迫ります!

    • 今回は、初の薬剤師さんのご登場。平成扇病院の薬剤部で課長を務める入間川さんです。バイクにまたがる多感な学生時代を過ごし、薬学部の学生となった入間川さん。しかし、当時はとにかく薬に興味がなく、やる気も低かったそうです。そんな入間川さんが変わるきっかけとなったのは、近所にリニューアルオープンした、印西総合病院への入職でした。入間川さんの就いてきたお仕事、また、病院薬剤師のお仕事とは。薬剤師を目指す方、お仕事に興味のある方にもぜひ読んでいただきたいインタビューです。ぜひご覧ください!

  • グレていた…?
    バイクにまたがる青春時代

    入間川さんは、印西総合病院から平成扇病院に移られたんですよね。

    以前は印西総合病院の薬剤部で責任者でしたが、平成扇病院の薬剤部を強化するということで、2018年末ごろに移ってきました。

    まだ割と移って来られたばかりなのですね。さて、ご出身はどちらですか。

    宮崎県です。でも父親の仕事の関係で、横浜と宮崎を行ったり来たりしていて、小学校6年生くらいの時に、千葉県の印西市に落ち着きました。

    ちなみにお父さまはどんなお仕事をされていたんですか。

    航海士でした。石油タンカーに乗って半年くらい海外で過ごして、1、2カ月くらい家にいるっていう。

    長く家を空けられて、寂しかったんじゃないですか。

    いや、厳しくて口うるさかったので、家にいる2カ月が逆に長くて(笑)。印西市に移ったとき別の仕事に就いたので、そこまでの話なんですけどね。

    小さい時はどんなお子さんでしたか。

    今とそんなに変わらないですよ。適当で大雑把な性格です。

    すごい言いようですね(笑)。ご兄弟はいましたか。

    上に兄と姉がいたんですが、父が厳しかったからか、兄はちょっとグレてしまって。私は「その妹」っていう見られ方をしました(笑)。

    入間川さんご自身は特にグレることもなく。

    グレてたんじゃないかってたまに言われるんですけど、実際そんなことはないんですよ。

    そうなんですね。学校に真面目に通われて。

    ん〜、でも高校の頃が一番グレてましたかね。

    グレてるじゃないですか(笑)。

    まあグレていたというよりは、夜な夜な遊びに出かけていましたね。ゼファーっていうバイクが流行ったころで、友だちがそのバイクで迎えに来てくれて、その後ろに乗せてもらって遊びに行く、という高校時代でした。

    遊びたい盛りですからね(笑)。ちなみに部活はやっていましたか。

    高校からはひたすらアルバイトの日々でしたね。朝、登校前に宅配便の仕分けをして、放課後は郵便局やスーパーでまた働いて。そうやって稼いだお金で遊びに行ってました。

    なんとなく目指した薬剤師
    かなりユルく過ごした大学時代

    薬剤師には高校生の頃になろうって思ったんですか。

    もともとそんなつもりもなかったんです。母親がたまたま大学の薬学部のチラシを持って来て勧められて。なんとなく「じゃあ受けてみようかな」って思って受けたんです。手に職を持とうっていうのは思っていました。

    それだけ遊んでいたのに、ちゃんと大学に受かるのはすごいですね。

    推薦入学を目指していたので、定期テストをしっかりがんばりました。それと数学だけは得意だったので。

    「薬剤師になりたい!」というわけでもなく。

    夢を持って薬剤師を目指す方も多いと思うので、とても申し訳ないのですが…私はそういうスタートではなくて(笑)。

    実際、大学入ってみていかがでしたか。興味が湧いてきたんでしょうか。

    いや、それが全然なくて…(笑)。

    (笑)。入ったら興味も出そうなものですが。ちなみに授業には出られてましたか。

    朝は起きて家を出るんですよ。でも、学校の最寄り駅からキャンパスまで歩いている間に、いろいろ寄り道してしまって。ついつい立ち読みしちゃったり、今ではやらないですけど、当時はパチンコに行ってしまったり…(笑)。授業に出るまでが長かったですね。結局2、3限目から出てました。

    目前まで行ってるのに、寄り道してしまうんですね。単位は大丈夫だったんですか。

    毎年、留年候補だと言われていたんですが、大丈夫でした! 周りに教え方の上手い友だちがたくさんいて、助けられましたね。

    サークルとかアルバイトはされてたんですか。

    アルバイトは、一時期銀座で水商売的なことを…。

    そうだったんですか! 銀座っていうと敷居が高そうですね。

    そこまででもなかったですよ。でも話し方もこのままだったので、ママにいつも怒られていて、銀座の「品格」みたいなものは身につきませんでしたね(笑)。ただ、普段会えないような方と会って、いろいろお話が聞けるので、勉強にはなりましたね。

    品出し、話を聞くこと
    薬剤師の働き方はさまざま

    大学を経てどんなところに就職したんですか。

    大手ドラッグストアチェーンに入りました。今もかもしれませんが、当時は特にドラッグストアの薬剤師の募集が多かったです。

    ドラッグストアですと、店舗に立ってたんですか。

    はい、もちろん。当時は、薬が好きっていうよりは、ドラッグストアの業務全般、レジとか品出し、接客も好きでした。薬剤師としても仕事をしますけど、品出しもバンバンやって、ダンボールをバッカンバッカン潰して、楽しかったですね〜。

    楽しそうにお話しされますね(笑)。

    天職だったんじゃないかと思いますね。

    そこではどれくらい働いたんですか。

    何事も3年、と思ってたので、3年働きました。それからは、もうちょっと専門的に薬剤師として働いてみようと思って、調剤薬局へ転職しました。そこは精神科病院の目の前にある、いわゆる門前薬局でした。

    どんな感じのお仕事でしたか。

    処方せんをもらって、そのお薬を渡してっていうことなんですけど、患者さんの話を聞くっていうことが多かったですね。

    薬局でそうやって話し込むこともあるんですね。

    精神科ならではかもしれないです。いろんな方がいましたね。でも話をしたことで、患者さんから「あなたから薬をもらえてよかった」って言ってもらえたこともあって、そこには満足感がありました。

    お話を聞くことが、仕事のなかでも大事な部分だったと。

    それこそ銀座のアルバイト時代に培われたものだったのかもしれないです。

    なんとなくのイメージですが、精神科だと飲み方に気をつけなきゃいけない薬もありそうですね。

    お恥ずかしいことですが、当時は私の知識が今より薄かったので、今考えたらあり得ないこともありましたね。それこそ、一気に何錠もお渡ししたとか。その病院では患者さんから「良い先生」と呼ばれるのは、患者さんから「この薬が欲しい」と言われた時に、とにかくいっぱい処方してくれる先生だったんです。おかしいと思うこともありましたけど、その頃の私は何も言えませんでしたね。

    当グループまでたどり着くのはもう少し後のことですか。

    その後、私が結婚しまして、出産をするタイミングでその薬局を辞めて、それからはパートとしてドラッグストアで働いていたんですが、近所にあった印西総合病院が薬剤師を募集し始めたのを知って、応募しました。

    なるほど、そこでつながるんですね。

    ちょうど、印西総合病院の運営が前の法人から平成医療福祉グループに変わってリニューアルされるタイミングだったので、新しいスタッフを募集していたんです。

    初めは大変だった…
    院内薬剤師のお仕事

    病院の中で働くのは初めてだったわけですよね。

    そうですね。ただ、当時は病院自体好きではなかったです。なんとなく、いつも混んでいて、待たされるっていうイメージが強くて…(笑)。

    あ、いち患者さんとしての視点ですね(笑)。当時、印西総合病院の薬剤部はどんな感じでしたか。

    リニューアル時は、薬剤師2人からのスタートでした。私は病院内で働くのは初めてで、知識も経験もなかったので、聞かれたことに対して、ものすごく調べてお答えして。大変だし辛くはありましたけど、最初の頃は幸い入院患者さんがそこまで多くなかったので、どうにか回していましたね。

    基本的な質問で恐れ入りますが、病院内の薬剤師さんのお仕事っていうのはどういったことなんでしょうか。

    入院している患者さんの薬を調剤するため、絶対薬剤師がいなきゃいけないので、そのお仕事がメインになります。外来の患者さんのお薬は、病院外にある調剤薬局なので、病院の薬剤師さんとはまた別ですね。

    続けていくうちに、薬剤師もどんどん増えていかれたわけですか。

    3、4年目くらいから増えてきましたね。最初はなかなか人が増えなかったので、落ち着かない状態でスタートして。本当に大変でしたねえ…(笑)。

    大変な時期を乗り越えたんですね。

    辞めようと思って、グループ薬剤部の部長に相談したこともあったんですけど、「大丈夫だよ、入間川さんは人柄がいいから」って明るく言われて(笑)。今となってはいい思い出です。今は薬剤師が10人くらいになって、安心して任せられるようになったので、こうして平成扇病院に移ってくることができました。

    やるべきことはたくさんある!
    病棟での薬剤師のお仕事

    印西総合病院に関しては、今と当時でどんな風に変わりましたか。

    基盤がしっかりしましたね。各病棟に薬剤師を配置して業務をやっていますし、人数も多いのでポリファーマシー(多剤内服)※への取り組みも行っています。
    ※薬物の相互作用を減らすため、6種類以上の服薬を「多剤内服」として減らす取り組み。詳しくは下記ページをご覧ください。
    平成医療福祉グループ 薬剤部の取り組み

    薬剤師の病棟業務というのは、どういうことをされるのですか。

    スタッフステーションに薬剤師が常駐していないところもあるので、机と電子カルテを置いてもらって、とにかく病棟にいて患者さんと関わります。例えば、リハビリを受けている患者さんに、薬の副作用でうとうとしてしまっている人がいたら、薬の変更を提案して、リハビリに集中できるようにするとか。痰が多い方であれば、まずは他職種に相談させていただいて、それでもダメなら薬を足してみるとか。

    薬剤師として患者さんを積極的にサポートするんですね。

    それと、患者さんごとの薬の配薬を看護師さんがやっているところもあるんですが、それを薬剤師がやることで、その作業の手が空きますよね。その分、しっかり看護に取り組める。病棟業務としてはそういうことをやるべきなのかなって。やれることはいっぱいあるって気がついたんですね。

    それを始めたきっかけはあったんですか。

    ある時、グループの代表が「カルテだけ見ていても、患者さんの悪いところはわからない。直接患者さんのところに行った方が良いし、他職種のスタッフも必要としている」って言われたことが始まりでした。それを聞いて納得して、事務長にお願いして各病棟にパソコンと電子カルテを置いてもらいました。

    そこから始めたんですね。

    でも、自分がいざ病棟業務をやってみようと思ってラウンドしてみたんですが、服薬指導を求めている方がいなかったんですよ。みなさんからは「痰を取って欲しい」とか「位置変えてほしい」と言われて。

    始めたてで浸透していないと難しそうですね。

    薬剤師は医療行為ができないので「役に立たないな」って、思ってしまいました。でも「私がここにいて役に立てることって何だろう」と考えた時、患者さんが入院中に求めることに対して、薬で手助けできることをやろうと思ったんです。

    どういうことですか。

    患者さんは、病気を治したいのはもちろん、一生懸命リハビリに取り組みたいとか、手厚い看護を受けたいとか、おいしいご飯を食べたいとか、求められることがあると思うんです。その助けになることを、薬剤師としてアプローチできるんじゃないかと考えました。そこで、さっき言ったように、患者さんに積極的に関わっていくようになっていったんです。

  • 次回:ついに開眼! 薬剤師としての楽しさに気がついた「あるきっかけ」とは!

    後編を読む

    profile

    入間川 寿々可(いりまがわ すずか)

    【出身】宮崎県宮崎市
    【職種】薬剤師
    【好きな食べ物】チョコレート(市販のメーカーのシンプルなもの)
    【尊敬する人】King Gnu(バンド。人と違うことをやっているのがすごい)

     

    病院情報

    医療法人社団 大和会 平成扇病院

    東京都足立区扇3-26-5

    内科・リハビリテーション科・精神科

    2016年4月に開院。精神科と内科を併せ持つ「こころとからだに寄り添う」病院。認知症ケア・ストレスケアを軸とした精神科病棟と、医療療養・回復期リハビリテーションという2つの内科病棟の4つの機能を持ち、地域のみなさんが安心して在宅で生活できる後方支援病院を目指します。