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ひとプロジェクト【第21回・後編】平成医療福祉グループ 医療政策マネジャー 坂上 祐樹先生

    • 厚労省で学んだ経営・運営の視点
      マネジメントに携わり、日本の医療をもっと良いものに!

    • 後編では、10年働いた厚労省を離れた理由や、平成医療福祉グループで携わる「医療政策マネジャー」のお仕事に迫りました! 病院の経営・運営のほか、海外事業部長としてインドネシア展開にも関わる坂上先生。そのお仕事ぶりをお聞きしています。さらに、「秘境好き」だというプライベートのお話や、先生の姿勢に大きく影響を与えた恩師とのエピソードも! ぜひご覧ください。

  • 厚労省のノウハウを持って医療の現場へ
    グループ転身のきっかけは、偶然のお誘い

    厚労省を離れた時はどういうお気持ちだったんですか。

    10年でやりたいことも割とやらせてもらったし、違うことがしたいなと思うようになっていました。

    そこで次に移ることになったのが平成医療福祉グループだったと。

    離島医療に携わって、次は国に入って制度を良くしたいと思って厚労省に入ってやってきたんですが、実際それを運用するのは病院・施設じゃないですか。10年間学んだノウハウを持って現場に入って、また医療を提供する側に行こうと考えたんです。

    実際、どうやってこのグループにたどり着いたんですか。

    厚労省を辞めてから、ありがたいことにいろいろなところからお声がけをいただいたんですが、グループの武久代表からも「食事に行こう」と連絡があったんです。ただ、こちらから辞めることは特に知らせていなかったので、偶然の連絡だったんです。

    たまたまだったんですね! どんな仕事をするっていうことでグループに誘われたんですか。

    「病院がたくさんあるから、好きにやってほしい」みたいな感じでしたね。

    ざっくりしていますね(笑)。細かく「これをやってほしい」という話ではなかったんですね。

    ただ、臨床から離れて10年経っているので、「最初は臨床をやり直してほしい」っていうのは言われました。これから病院ができる時に、現場に入ってやらなければならないこともたくさんあるだろうから、その時にやっぱりわかってないといけないので。まずは半年、徳島の博愛記念病院で、みっちりと臨床をやって勘を取り戻しました。それから、「いろんな病院を見て回ってくれ」と。

    病院を「見る」っていうのは、実際には何をどうしていくんでしょうか。

    一例として、病院の経営状況を見て、改善策の提案などがあります。病床機能を転換して回転率を上げよう、というような指示を行っていくわけです。それと先日開院した堺平成病院のように、新病院が立ち上がる時は、そのお手伝いをします。病院移転の準備や、そのスケジュールを詰めるとかですね。

    けっこう中まで入って経営に手を突っ込むことになるんですか。

    そうですね。具体的に「こうしてほしい」っていう指示はないので、まずは現場に入って、何が問題なのかっていうことから探します。

    経営に限らず、もっと細かいことにも関わることになりそうですね。

    本当に、「よろず相談」みたいな感じで、何でも話を聞きますよ。

    海外にクリニック建設 インドネシアにリハビリテーションを広めたい!

    坂上先生は海外事業部長として、インドネシアでのクリニック開設にも取り組まれているそうですが、どういう経緯で始まったのでしょうか。

    毎年、グループでEPA(※)候補者を受け入れているなかで、インドネシアからの候補者が一番多いんですね。ただ、せっかく来てもらっても、研修後に帰国してしまう候補者も一定数いて。これから新たに来てもらう人たちのためには、現地にも受け入れ先があったらいいんじゃないか、っていうことがまずひとつありました。
    ※特定の国との間で人材の移動や投資など幅広い分野で経済関係を強化していく取り組み。
    平成医療福祉グループのEPAの取り組みについては、こちらをご覧ください。

    このグループで学んだことを、母国で生かせるわけですね。

    母国に拠点があることで、日本に来るハードルも下がります。もちろん、インドネシアではまだまだリハビリテーションというものが普及していないので、クリニックを通してそれを広めることも目的です。

    進行状況を教えてください。

    今はクリニックの物件が決まって、これから内装工事が始まります。あとは現地スタッフの求人募集や機器の準備中です。

    外来は実際どういった感じになるんですか。

    リハビリテーションがメインですね。例えば、脳卒中の治療後の方とか、骨折した方の機能回復ですね。

    インドネシアではリハビリテーションの普及はまだこれから。

    必要とされている方はかなり多いんですが、医療において「機能を回復させる」っていうところまではまだ至ってないんです。

    医療は、まずは命を救うものっていう認識なんですね。

    ただ、救ってからあとが無い。だからこそ潜在的なニーズはあるんです。そこにアプローチして、まずはリハビリテーション自体を広めていけたらいいなと思っています。

    経営・運営に携わる医師は 時代に求められている

    坂上先生は、経営や運営に関わっているわけですが、そういうことがしたいというのは、もともと考えられていたのですか。

    厚労省を辞めようとした時、そう思いましたね。10年間、患者さんを診ていなかったので、一流の臨床医になるにはブランクがあり過ぎる。でも、その分医療の制度とか仕組みにはくわしくなって、さらに組織のマネジメントについても学ぶことができた。医師の視点でマネジメントを行うっていうことに関しては、自分にアドバンテージがあると思いましたし、そういうことをやりたいなと思いました。

    厚労省で働いていて思うところもあったのでしょうか。

    地域の実情と合わなくなって、経営が立ちいかなくなった病院をたくさん見てきました。しょうがない部分もあるんですが、優秀な臨床医の方がトップに立って、自分の専門分野に注力する、そのことで地域のニーズと乖離してしまう、という例も多かったです。

    経営が厳しくなった病院が、M&Aで合併吸収されてということも多くなってきていますよね。

    そういったグループ化は、医療業界を含め、さまざまな業界で進んでいるんですが、マネジメントをする手が足りないんですね。臨床する医師が大事なのはもちろん、組織にとっては経営の視点を持った医師を増やすことも大切になってきています。

    今後のグループにとっても課題だと思うのですが、どのように人材を見つけていくのがいいんでしょうか。

    難しいですよね。僕自身、厚労省にいたからこそ学べたことだと思っています。中から育てていくか、もしくは医療ではない分野で活躍してきた方に入ってもらって、医療を学んでもらうということもあり得ますね。

    その際、どういう感覚が役立つと思いますか。

    外部から入る場合は、即戦力としてマネジメントの経験を生かしてもらいたいと思います。特性としては、何にでも興味を持てるっていうことですね。組織が大きいから、いろんなことが起こり得るわけです。そういう時に「それはやれません」「やりたくないです」って言っていると、仕事にならないですからね。

    臨機応変に対応できることが大切ですね。

    理念に共感して、患者さんのためにいいものを作っていきたいと思えるかっていうのも大きいです。それがベースにあって、あとは努力次第でどうにかなるんじゃないかなと思っています。

    このグループでの先生の目標を教えてください。

    平成医療福祉グループを、診療の質であれ経営であれ、いろんな意味で「日本一だよね」と言ってもらえる存在にしていきたいです。いい病院を作ると、地域が良くなるし、地域が良くなることは、日本が良くなることですから。グループの医療を良くして、日本の医療を現場から良くしていきたいな、っていうことを、漠然とですが思っています。

    それこそ離島まで届くといいですよね。地元にも作れたらっていうことは考えますか。

    まず九州にできたらいいなと思います。いずれは作りたいですね。

    癒しの温泉は
    雪深い「秘境」に

    坂上先生はお休みをどう過ごしていますか。

    基本は寝て、あとは家事をして…あまり面白くはないですね(笑)。時間がある時はプールに行くこともあります。最近あまり行けていないですが…。

    お忙しそうですね。

    時間があれば、喫茶店でのんびりしながら本を読むこともありますよ。

    今後、個人的にやりたいことがあれば教えてください。

    旅行が好きなので、行きたいですね。秘境の温泉が好きで何度か行っているんですけど。

    「秘境」。とても気になります。実際行ってよかったところはありますか。

    ちょっと前に青森県の「ランプの宿」というところに行ったのですが、すごい良かったですね。かなり山の中で、冬は雪深いので自家用車では行けないところにあるんです。

    まさに秘境ですね。どうやって行くんですか。

    宿の手前にある道の駅から、用意したフル装備の車に乗って向かいます。宿に着くと、名前の通り明かりが全部ランプなんです。


    素敵ですね〜! 秘境が好きっていうのは何か理由があるんですか。

    あまり都会が好きじゃなくて。田舎から出てきたからっていうのもあるのかもしれないですけど、東京もあまり好きではなくて(笑)。

    そうなんですね(笑)。じゃあ住むなら田舎の方がいいんですか。

    住めるなら離島に住みたいです。きれいな海の近くの、のんびりしたところがいいです。

    社会と関わる医師
    原点は長崎の恩師

    最後に、尊敬する人はいますか。

    長崎大学の時の恩師ですね。

    どんな方だったんですか。

    長崎県は原爆が落ちた場所なので原爆後の放射線研究の施設があって、そこの教授を務めていました。

    どんな点で尊敬されたんでしょうか。

    一言で言うと、自分の視野を広げてくれた人でしたね。その先生は、チェルノブイリの原発事故(※)で最も被害を受けた、ベラルーシに海外協力でずっと行かれていて、僕もそこに短期留学で連れて行ってもらったんです。それが初海外の経験で。
    ※チェルノブイリ原発事故:1986年に起きた、ソビエト連邦(現 ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所で起きた事故。30人以上の死者と、多くの被害者を出した。ウクライナと国境を接するベラルーシも大きな被害を受けた。

    初めてでなかなか大きな体験ですね。

    そこで「医師って目の前の患者さんを診るだけが仕事じゃないんだ」っていうことに気がついたんですね。間近で見て、視野が広がりましたね。

    今の坂上先生につながるような、原体験みたいなものがあったと。実際にどういったことをベラルーシではされていたんですか。

    教授は現地の患者さんも診ていたんですけど、ベラルーシにおける放射線による影響をどうするか、っていうことについて取り組んでいました。検診の仕組みを作ったり、現地でそういう疾患を診られる医師を育てたり、日本にも連れてきて研修を受けてもらったりもしていて。

    臨床だけでなく、社会全体で放射線被害への対策に取り組む手助けをされていたんですね。現在も教授を続けていらっしゃるんですか。

    長崎大学は先日退官したんですが、今は福島県立医科大学の副学長を務めていらっしゃいます。福島県の原発事故があった時も、すぐに現地入りしていました。退官の挨拶をする時に「こういう事故があった時に生かすために学んできたんだから、福島に骨を埋めてがんばる。それが自分の天命だ」と話していましたね。

    長年携わってきたからこその、重みのある言葉ですね。

    国の仕事にも多く携わっていましたし、厚労省のことを教えてくれたのもその先生なんですよ。入るのに必要な推薦状も書いてくれました。

    きっかけを作ってくれた方なんですね。厚労省を辞めて、このグループに入ると伝えた時はいかがでしたか。

    辞めると伝えたら、「バカタレ」と言われました(笑)。

    (笑)。

    でも、「こういうことをしたいんです」と話したら、「そこでお前が必要とされてるのか」と聞かれたんですね。そこで「そうだと思います」と答えると、「自分が必要とされているところで働きなさい」と言ってくれましたね。

    とてもいい先生ですね。

    先生は、医師として初めてWHO(※)での仕事にも携わったんですね。その時は、WHOで仕事をする理由を「お前たちに道を作るためだよ」って言ってくれました。
    ※WHO:世界保健機関 (World Health Organization)。「全ての人々が可能な最高の健康水準に到達すること」を目的として設立された国連の専門機関。

    言うことが全部かっこいいですね(笑)。坂上先生自身はどういうモチベーションで仕事を続けているんですか。

    「人のために良くしたい」「人のためになりたい」って言っていると行き詰まるので、自分がやりたいこと、楽しいと思うことをやって、結果的に人のため世のためになればいいと思っています。

    そうじゃないと続かないところもありますよね。

    好きなことじゃないと続かないんです。好きなことをやれているから幸せなんだと思うんですけどね。

    じゃあ最近は幸せを感じられているんですね!

    ……。いやぁ〜(笑)。

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    profile

    平成医療福祉グループ 医療政策マネジャー/海外事業部長 坂上 祐樹先生(さかがみ ゆうき)

    【出身】長崎県島原市
    【専門分野】医師/医学博士
    【好きな食べ物】蕎麦(戸隠で食べたのがおいしかった)

    病院情報

    医療法人 平成博愛会 世田谷記念病院

    東京都世田谷区野毛2丁目30-10

    内科・整形外科・リハビリテーション科

    急性期病院での治療を終えられた患者さんを迅速に受け入れ、入院早期からの積極的な治療とリハビリにより、できるだけ早く自宅や施設に退院していただくことを目標としたPost Acute Care(急性期後の治療)を専門的に行う病院です。