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ひとプロジェクト【第17回・後編】堺平成病院 看護部長/岩城 八重喜さん

ひとプロジェクト 岩城 八重喜さん
ひとプロジェクト 岩城 八重喜さん

「お水の道」を経て掴んだ、看護師としての喜び
スタッフ一丸となって堺平成病院を良い病院にしていきたい!

後編では、岩城さんが冒険心から飛び込んだ「あるお仕事」の経歴を掘り下げます! さらに、看護部長として携わる堺平成病院への意気込み、看護師にとって大切な姿勢などもお聞きしています。不思議体験や、尊敬するお母様とのエピソードなど、盛りだくさん! ぜひご覧ください。

まさかの転身!
看護部長ではなく夜の蝶へ

―堺温心会病院で勤め始めて、その後どんな経緯で看護部長になっていかれたんですか。

実は、そこから一旦全く違う仕事、飲食業を始めたんです。

―わっ! ずいぶん方向転換をされましたね…。どんなお店だったんですか。

ラウンジと言われる業態ですね。

―いわゆるスナックのような感じですか。

そうですね。ラウンジはボックス席があってスタッフの女の子がお客さんの接客をするんですけど会話術が必要なんです。新聞を読んだり、本を読んだりする子もいましたね。知識が広くないと会話にならないですからね。私自身も医療以外の世界に触れ、人生勉強になりました。

―一体、どういったきっかけで始められたんでしょう。

もともと主人の知り合いがやっていたお店だったんですが、事情があって閉店することになっていて。ただ、その方は「お店自体は残していきたい」という強い想いがあって「誰か継いでくれる人がいれば…」ということを言っていたんです。

―そこでまさか…?

「じゃあちょっとだけ、やってみましょうか」って手を挙げました。なんせ冒険心が旺盛なんで(笑)。

―ご主人もよく許してくれましたね。

一緒に経営したかったみたいです。ちなみに最初は看護師との二足のわらじでやっていました。

―え! 病院勤務と並行していたんですか?

だからもう毎日フラッフラで、それで病院を辞めたんです。主人は仕事を続けながらでしたが、今考えると恐ろしい決断でしたね(笑)。
 
 

型破りな接客で
お客さんのハートを鷲掴み

―水商売の経験がないなかで、ママさんとして立ったわけですよね。

ええ、知識がほとんどないまま始めたものですから、普通のお店とは全く違っていたみたいですよ。お客さんに説教してましたから(笑)。

―えっ!

「それはダメでしょ!!」って。そういうのが新鮮で、みなさん来てくださったんでしょうね。私自身が面白いと思っていたのは、本当にいろんな職業のお客さんが来て、そのお話を聞けることでしたね。そしてお客様に頭を下げること、感謝をすることを学べたのは大きかったですね。病院では「ありがとう」と頭を下げていただくことも多いですからね。

―普通に生活していると会えない方とも会えそうですね。

知らない世界の話をたくさん聞けて楽しかったんですが、同時に経営者の苦しみも知りましたよ。後々、看護師に復帰した時は「経営者の意志に共鳴して動けるスタッフでありたい」と思いましたね。

―ちなみに岩城さんがお店で歌うことはあったんですか。

歌はダメなんですよ〜。でも私が歌うと下手なお客さんも歌う気持ちになるんで、歌っていました。演歌が多かったですよ。あとはテレサ・テンとかね。

―その後お店はどうされたんですか。

5年やって閉じました。厳しい経営状況でしたから。それと私がお酒についてはザルで(笑)、飲むのも仕事ですし、それで体を壊したというのもありましたしね。

―かなり惜しまれて閉店したんじゃないですか。

そうだったかもしれませんが、私はそういう踏ん切りはすぐつく方ですので(笑)。主人はまだ続けたかったみたいですけどね。
 


 
 

看護師として働ける喜び
そしてまさかの予知夢の話

―閉店後、看護師に戻ろうって、すぐ思ったんですか。

「もう一回やってみたい」って、すごく思いましたね。以前勤めていた急性期の病院に戻ったんですが、看護師として働けることの喜びを感じられました。

―そこからしばらくして、堺温心会病院にまた戻られて。

その病院で働いていた方が堺温心会病院に移って看護部長をされていたんですが、「師長として来てほしい」とお声がけいただいて、また戻ることになりました。

―堺温心会病院がこのグループに加入したのはその後ですよね。

そうですね、実はそれにまつわるエピソードがあって。まだ加入の話を知る前、当時は看護部長を拝受していたんですが、仕事で煮詰まって「これからどうしよう…」と後ろ向きになっていた時期がありました。そこである不思議な夢を見たんです。

―えっ、夢ですか?

オールバックでスーツを着た人が、病院の会議室で話している夢でした。普段は夢を覚えていることもないのに、なぜか記憶に残ったので、起きて主人にその話をしたら「何言ってるの」って言われて(笑)。

―それはそうなりますよね(笑)。

それからひと月ほど経って、このグループに加入するという話が出まして。後日、会議室に集められた時に現れたのが、あの夢の中の人で、それがこのグループの代表だったんです! 「夢で見た人だ!」って思いました(笑)。

―えーっ! 不思議な体験ですね。

ゾクゾクするでしょ〜。後々みんなに話したら「恐い」って言われました(笑)。でもそこで「もう一度やってみよう!」って前向きに思えたんですね。これも何かの出会いですし、新しいチャレンジとして続けていく価値があるかもって思いました。

―まさかの一件で気持ちに変化が訪れたと。

それと、このグループって、いろんなプロジェクトを立ち上げますし、スピード感も早いじゃないですか。私の持ってる冒険心と波長が合うというか、ワクワクするんです。当初は目まぐるしさもありましたけど、私としては楽しいと思えましたし、やりがいを感じました。
 
 

職種の垣根を超えた
強い連携を生かしていく

―4月からは堺平成病院の看護部長となるわけですね!

はい、大きなプロジェクトですし、スタッフみんなで、いい病院にしようと動いている真っ最中です。
多職種連携のキーパーソンになりたいと思っています。

―岩城さんから見た、堺平成病院のアピールポイントはどんなところですか。

堺市には、市立病院や労災病院をはじめ大きな急性期の病院と、クリニックや施設もかなりたくさんあります。その中で、堺平成病院は外来や当院に入院して、自宅復帰や、在宅の介護・看護まで継続的なサポートができるというのが強みです。「地域密着多機能病院」という言葉に表れていますが、さまざまな機能の病床があります。回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟、障害者病棟、療養病棟、そして透析センターや併設された在宅部門もありますので、地域の中で急性期病院やクリニック、介護施設をつなぐ役割でありたいですね。

―地域の中心的な役割を担いたいですね。

地域のみなさんがなんでも相談できて、安心した暮らしをサポートできる、そういうポジションの病院にしていきたいです。全職種のスタッフのチーム力で、それができると思っています。垣根を超えた多職種連携が強みです。

―堺温心会病院、浜寺中央病院の2病院が合併しますが、連携はいかがですか。

看護部も含め、全スタッフで人的交流をしながら進めています。お互い顔の見える関係でないと、一緒に作り上げていけませんので、行ったり来たりして、協力しながら仕事のやり方をすり合わせていっています。

―開院間近ですが、今はどういうお気持ちでいますか。

堺温心会病院も浜寺中央病院も、職種を越えた横の連携が強く、チームで活動する風土があるんです。看護部長としてみんなを同じ目的に向かって牽引できればと思っています。そして地域に必要とされ選んでいただける病院を目指していきたいと思っています。

―現在、求人も募集していますが、こんなスタッフに来てほしい、というのはありますか。

やっぱり専門職なので、知識や技術は無いといけませんが、やはりそこに人間性が伴っていないと、いくらいい素質があってもダメだと思うんです。患者さんの心の声に気づける人、そういった人間性を伴ったスタッフに来てほしいです。
 
 

充実した教育で
長く働きやすい環境を

―スタッフが増えるわけですが、長く働けるように取り組みはありますか。

教育体制の充実ですね。グループとしてe-ラーニングを導入したり、中央研修を企画したりしていますし、病院としても、新人看護師の教育体制を作っています。そして何でも相談できる職場風土は、継続していきたいですね。

―ほかに何か取り組んでいることはありますか。

特定看護師の育成とサポートに力を入れています。特定行為研修を終了した看護師は、堺温心会病院と浜寺中央病院で合わせて現在10人ほどになりますが、そういったキャリアアップの機会があることも、定着にも結びついていくと考えています。

―実際、長く勤められている方も多いのでしょうか。

組織づくりのコアメンバーである師長さんたちは特に長いです。いろいろ変化があったとしても、師長さんたちがしっかりしていれば、その下のスタッフが右往左往することもありません。だから私としては、師長さんの育成を一生懸命やってきたつもりではあります。私がいなくても育った気はしますが(笑)。

―病院が新しくなるという大きな状況変化のタイミングでも安心ですね。

せっかく病院としてのハード面が新しくきれいなものに変わるのに、私たちがしっかりとしなければ、その中身も伴っていきません。環境が変わるので大変なことももちろんありますが、乗り越えられると思っています。
 


 
 

いつでもポジティブな、
母親のように

―一気にお話を変えますが、お休みの日はどう過ごすことが多いですか。

最近は主人と2人で四国八十八ヶ所の巡礼に行ってます。もう3周回りました。今まで2人とも思い思いに過ごしてきたようなところがあったんですが、この年になってから、2人で過ごす時間をなるだけ作りたいなと思ったんです。今まで見えなかった部分が見えるようになって、けっこう充実しています。

―いいですね〜。今だからこそわかるというか。

今やっと、夫婦になれてるのかもしれないですね。

―お仕事以外の目標があれば教えてください。

故郷の長崎県平戸市に家があるんですけど、いずれそこを自分のセカンドハウスのようにしたいんです。家というより、人が集まるような場所を作れたらいいな。人は一人では生きられませんから、みんなで助け合って孤独な人が少しでも減るように集える場所を作りたい。それが夢ですね。

―尊敬する人物はいますか。

母です。私が小さい時は家が貧乏でしたが、私自身はそう思ったことがなかったんですね。ある日、友だちに「八重喜の家は一番貧乏だぞ!」って言われたことがあって。

―ものすごいストレートな指摘ですね。

泣きながら母にそのことを伝えたら「その通り! うちは貧乏で間違いない!」って自信持って言われたんです(笑)。母は全てをポジティブに考える人で、そのためか私たちも心が満たされていて、貧乏と思わなかったんでしょうね。明るく育ちました。

―そういう思考が、100歳を超えてもお元気でいる秘訣かもしれませんね。

「そういうところは超えられへん」って思いながらも、追いつきたいなって思いますね。
 


 
 

 



profile


堺平成病院 看護部長
岩城 八重喜(いわしろ やえき)

【出身】長崎県平戸市
【専門】看護師
【趣味】写経、ドライブ、絵画など
【好きな食べ物】肉、野菜(セロリのピクルス)

 

病院情報



https://sakaiheisei.jp/

医療法人恵泉会 堺平成病院

大阪府堺市中区深井沢町6-13

内科・循環器内科・消化器内科・リウマチ科・放射線科・眼科・整形外科・泌尿器科・歯科・リハビリテーション科・脳神経外科・皮膚科・外科・糖尿病内科(代謝内科)・人工透析内科・心療内科

2019年4月、長らく堺市でご愛顧いただいた堺温心会病院と浜寺中央病院が合併して誕生する病院です。救急医療から回復期医療、慢性期医療、そして在宅サービスまでの幅広い機能を持ちます。地域にあるさまざまな事業者と遠慮なく無駄なく連携できる関係を作れるよう、地域医療のハブになり、地域全体で患者さんをサポートできるよう、努力を重ねてまいります。